緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第9話「戦役終結」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、終わった。

 

 友奈(友哉)、キンジ、海斗、ジャンヌ、そしてリサが大暴れした結果、眷属側は総崩れとなり、一敗地にまみれた。

 

 その後、ワトソンの説得により、ようやく重い腰を上げたリバティ・メイソンの本隊が到着し、龍の港を制圧。イヴィリタ、カツェ、パトラを始め、主だった眷属メンバーを捕縛する事に成功した。

 

 更に、内通者であるローレッタもキンジによって捕縛された。

 

 キンジと戦った閻とセーラは辛くも逃げ延び行方をくらまし、妖刕と魔剱はいずこともなく姿を消した。

 

 由比彰彦もついに姿を見せなかったが、イヴィリタの話ではどうやら、ブータンジェの戦いが終わった時点で契約が解除された為、一足先に欧州を去ったとの事だった。

 

 これで、欧州における眷属勢力も、事実上、壊滅状態に陥った事になる。

 

 イヴィリタは、最後は一軍の将らしく堂々たる物だった。

 

 自ら白旗を掲げ、部下達を背中に庇いながら、最後まで眷属としての威厳を失う事は無かったのだ。

 

 流石は、師団勢力を最後まで苦しめた女傑である。戦闘能力の有無など関係無い。そうした堂々たる人柄から来るカリスマこそが、イヴィリタと言う人物の魅力であり、最強の武器であると、友奈(友哉)は思った。

 

 こうして、師団に投降したカツェ達を連れてアムステルダムへと戻った友奈(友哉)達は、リサが作ってくれた食事を存分に堪能してゆっくりと休んだ後、師団と眷属、双方による停戦交渉に移行する事となった。

 

 今回、師団と眷属の戦いは、事実上、眷属の降伏、敗北と言う形で幕を閉じている。

 

 戦争における降伏とは、実質、2つに分ける事ができる。一言で言えば「無条件降伏」と「条件付き降伏」である。

 

 前者の場合、敗北側はそれこそ、国家としての軍事力、経済力が完全に破綻し、民間人にまで被害を出し、抵抗する力を完全に喪失した状態で白旗を掲げる事である。当然、戦争終結後に、勝利側から突きつけられる条件も厳しい物となり、そこに一切の異議を挟む事が出来なくなる。第二次世界大戦における日本とドイツが、これに当たる。

 

 一方、後者の場合、敗北側は戦争の途中において政変等で方針を転換し、ある程度、戦力を保持した状態で降伏する事になる。この場合、降伏側は継戦能力を保持した状態で終戦を迎える事になり、同時に勝者側も、それ以上の無用な損害を避ける事ができる為、無条件降伏に比べれば条件も緩和され、停戦交渉の場にあっても、ある程度の発言権は維持される。同じ第二次大戦における、イタリアがこれだ。

 

 今回、眷属側の立場は後者になる。

 

 眷属側は、セーラや閻等、未だに有力な戦力を保持したまま降伏した為、継戦自体は可能となっている。もし、尚も戦い続けなければ、師団側も相応の損害を覚悟しなくてはならないだろう。

 

 そこで、眷属側の言い分を聞きつつ、それも含めて停戦条約が纏められた。

 

 以下が、師団と眷属、双方合意に至った条約文である。

 

 

 

 

 

 

○師団側負担

 

1、東京近郊に敷いた鬼払い結界を除去する。

 

2、以後、破壊活動が行われない限り、眷属勢力の存在を容認する。

 

 

 

 

 

○眷属側負担

 

1、龍の港、兵器庫を含む、複数の拠点をリバティ・メイソンに譲渡する。

 

2、保有する殻金を全て、神崎・H・アリアに返還する。

 

3、リサ・アヴェ・デュ・アンクを含む、代表戦士数名を、師団側に譲渡、乃至、期限付きで貸与する。尚、リサ・アヴェ・デュ・アンクに限り、本人の希望により、永久譲渡とする。

 

4、師団側の条約履行監視員派遣を受け入れる。

 

5、条約履行数年間、師団側との協調体制を取る。

 

 

 

 

 

○双方負担

 

互いに得た捕虜を返還する。ただし、自発的な残留を希望する者に限っては除外する。

 

 

 

 

 

 若干の捕捉解説をすると、眷属側は敗れはしたものの、完全に勢力を失ったわけではない。ただし、今後も下手に蠢動されるのは困る為、拠点や兵力保有を制限する事で、戦後しばらくは勢いを削いでおく事になったのだ。

 

 その際、リサに関しては、ある意味、友奈(友哉)が目論んだ通り師団側(と言うかキンジの所)に来る事となった。もっとも眷属側としても、ジェヴォーダンの獣の実態が分かった以上、リサの扱いには苦慮しており、ここは渡りに船であった感が強い。

 

 殻金はある意味、この戦役における最重要アイテムであり、アリアの緋緋神化を押さえる為に絶対に必要な物である。返してもらうのは当然の事であると言えるだろう。ただし、カツェ、パトラの保有していた2つは返還されたものの、行方の分からないハビが所持している最後の1個に関しては眷属側としてもどうしようもなく、結局、うやむやにされてしまった。

 

 捕虜に関する条文は、師団、眷属双方ともに負担と言う形にはなるが、一部の捕虜、たとえばヒルダなどは、そのまま残留する事を希望している為、このような形に決着した。

 

 因みに、この停戦交渉の間、バチカンの発言権はほぼ皆無と言っても良かった。

 

 漁夫の利を狙って師団と眷属に媚を売った挙句、決着直前になって眷属への鞍替えを表明したバチカンだったが、まさかのまさか、その直後に眷属が逆転負けを喫するとは思っても見なかったのだろう。おかげでバチカンは、師団勢力の中で唯一の「敗者」となってしまった。

 

 まさに清々しいくらい典型的な「自業自得」である。

 

 なお、この件に関してバチカンは、責任者であるローレッタに詰め腹を切らせた。

 

 ローレッタはこの後、シチリアの修道院に出向、事実上の左遷される事となったらしい。

 

 バチカンと言う組織に対し腹立たしい面はあるし、責任を押し付けられたローレッタには同情したい気持ちはあるが、事はバチカン内部での事である為、友奈(友哉)達に口出しする事はできなかった。まあ、身内内で処刑されなかっただけ良しと考えるしかないだろう。

 

 以上を持って、停戦条約は締結された。

 

 そして、

 

 それは同時に、約半年に渡って世界各地で死闘を繰り広げた、極東戦役の終結をも意味していた。

 

 

 

 

 

「よう、久しぶりだな、緋村」

 

 ロッジの廊下で声を掛けられて振り返ると、そこには、見覚えのある少女が松葉づえをついて歩いてくる姿があった。

 

「おろ、君は・・・・・・」

 

 身体に包帯を巻いて現れた少女は、ルシア・フリートである。

 

 彼の大英雄ジーク・フリートの子孫とも言われる魔女で、友奈(友哉)とは数度に渡って激戦を繰り広げ、最後は兵器庫の戦いでようやく、友奈(友哉)が勝利するに至った。

 

「もう、歩いても大丈夫なの?」

「おう、仲間内に治癒魔術に詳しい奴がいてな。そいつが頑張ってくれてな」

 

 もっとも、戦うのはまだ無理そうだけどな。などと言って笑うルシアに、友奈(友哉)も苦笑を返す。

 

 この分なら、復帰するまでに、そう時間はかからないだろう。

 

 2人はラウンジに出てコーヒーを淹れると、ベンチに座って一服する事にした。

 

「イヴィリタ様がな、あたし達を庇ってくれたんだよ。おかげでこうして、まだ生きている事ができるんだ」

 

 そう言って、ルシアは自嘲気味に笑みを浮かべる。

 

 停戦交渉の際、眷属側には当初、もっと厳しい条件が付きつけられており、その中にはカツェやルシアと言った代表戦士たちの処刑も含まれていたらしい。

 

 そこを、イヴィリタが粘り強く交渉する事で撤回させ、どうにか緩和する事に成功したのだった。

 

「そっか、すごい人なんだね、イヴィリタさんって」

「ああ、あたし達にとっては親みたいな人さ。ま、怒ると怖いけどな」

 

 ルシアの言葉を聞いて、2人は互いに笑いあう。

 

 まあ、あれだけ残酷な方法でキンジを処刑しようとしたイヴィリタだ。普段からわりと怖いのは、容易に想像できた。

 

 とは言え、

 

 友奈(友哉)は奇妙な感覚に捉われる。

 

 あれだけの死闘を演じたルシアと、今はこうして、互いに言葉を交わし、笑い合っている。

 

 何とも不思議で、奇妙な光景である事は間違いない。

 

 だが、よくよく考えても見れば、それはこれまで通りの事であるとも言える。

 

 今は味方になっているワトソン、ジャンヌ、ヒルダ、ココ姉妹、諸葛、伽藍、かなめ、ジーサード、彩夏、陣。そして、カノジョである茉莉でさえも、皆、かつては敵だった者達だ。

 

 だから、こうしてルシアと会話を交わす事自体は、「普通でないが故に普通の事」であるとも言えた。

 

「さてと」

 

 ひとしきり話し終えてから、ルシアは立ち上がる。

 

「おろ、行くの?」

「ああ、これから、色々と準備しなくちゃいけないからな。お前も、日本に帰るんだろ?」

 

 そう。友奈(友哉)達は間も無く、この欧州を去る事になる。極東戦役が決着した以上、友奈(友哉)達に帰国の時間が迫っていた。

 

 たぶん、帰ってからも、残るハビへの対応や、妖刕、魔剱の捜索など、やる事は無数にあるのは間違いない。

 

 だが、取りあえず、一区切りついた事は間違いなかった。

 

「じゃあな、緋村、また会おうぜ」

 

 ルシアはそう言ってニヤリと笑うと、松葉杖をつきながら、ひょこひょこと歩いて行く。

 

 それと入れ替わるようにして、長身の青年が近付いて来るのが見えた。

 

 海斗はすれ違う時にルシアと目礼を交わすと、そのまま友奈(友哉)に歩み寄ってきた。

 

「ここにいたか」

「ああ、海斗」

 

 友奈(友哉)はコーヒーを飲んだ紙パックをくずかごに捨てると、立ち上がって右手を差し出した。

 

「今回は助かったよ、来てくれて、本当にありがとう」

「気にするな。俺は約束を守っただけだ」

 

 素っ気なく言いながらも、海斗は口元に笑みを浮かべる。

 

 かつて交わした約束を守るため、土壇場で友奈(友哉)を守るために駆け付けてくれた海斗。

 

 そんな海斗に、友奈(友哉)は本当に感謝していた。

 

「そう言えば理沙・・・・・・君の妹はどう、容態?」

 

 最近知り合った狼メイドさんと同名である為に少々ややこしいが、海斗の妹である、エムツヴァイこと武藤理沙は、数か月前に友奈(友哉)達との戦いで再起不能の重傷を負い、今は加療中である。

 

 元々、子供の頃から過剰な肉体強化と薬物投与を続けてきたせいで、理沙の体はとっくの昔に限界を迎えたのだ。

 

 診断したワトソンや高荷紗枝の見立てでは、たとえ友奈(友哉)に敗れなくても、数年の内には剣を振るう事が出来なくなっていただろう。との事だった。

 

「もう、車いすの自走は始めている。体調が良ければ、来月辺りからリハビリを開始できると医者に言われたよ。今回も話したら着いてきたがったが、そこは説得して思いとどまらせた」

「そっか。頑張ってるんだね」

 

 海斗の言葉を聞いて、友奈(友哉)も顔をほころばせた。

 

 理沙が戦場に立つ事は、恐らくもう無いだろう。だが、このペースで行けばもしかしたら、数年の内には、ある程度普通の生活をできるくらいにまで回復するかもしれなかった。

 

「それよりも・・・・・・・・・・・・」

 

 海斗はそこで、話題を変えるべく口調を改めた。

 

 振り返ると、海斗は真剣な眼差しを、友奈(友哉)に向けてきている。

 

「飛天御剣流奥義、天翔龍閃、しかと見せてもらった。想像に違わぬ、凄まじい技だった」

 

 あの、パトラが全魔力を注ぎ込んで作り上げた巨大な砂像。

 

 海斗の九頭龍閃ですら完全には破壊できなかった砂像を、友奈(友哉)は天翔龍閃を用いて完全破壊して見せたのだ。

 

 恐ろしい程に強力な技である事は間違いない。

 

 だが、

 

 同時に、ある危惧が、海斗の中では持ちあがっていた。

 

「あの技は危険だ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 海斗が放った一言に対し、友奈(友哉)は僅かに眉をひそめて応じる。

 

 友奈(友哉)のその反応を見て、海斗もまた目を細める。

 

 海斗の言葉が意味するところが何か、友奈(友哉)にはよく判っているのだ。

 

「お前にも、判っているのだな? あの技が、如何なるものであるか?」

「・・・・・・・・・・・・うん」

 

 不承不承と言った感じに、友奈(友哉)は頷きを返した。

 

 天翔龍閃は、確かに最強の技かもしれない。その一撃で戦局を決し得る、最大最強のワイルド・カード(ジョーカー)だ。

 

 だが、リスクの無いジョーカーは存在しない。

 

 天翔龍閃もまた、その例外ではなかった。

 

「使い続ければ、いずれあの技は、お前自身をも滅ぼす事になるぞ」

「判ってる」

 

 海斗の言葉に、友奈(友哉)は頷きを返す。

 

 海斗は友奈(友哉)の身を案じているのだ。

 

 友奈(友哉)が今後も武偵として活動していくなら、天翔龍閃は確実に「武偵としての緋村友奈(友哉)」の寿命を削り続ける事だろう。そしていつかは、命を落としてしまう事もあり得る。

 

 だが今回や、前回の呂伽藍戦のように、奥義に頼らなければ勝てない相手が、今後増えて来るだろう事は、容易に想像できた。

 

「大丈夫」

 

 そんな海斗に対し、友奈(友哉)は柔らかく笑い掛ける。

 

「僕は大丈夫だよ」

 

 根拠など何も無い、ただの気休めの言葉。

 

 だが、海斗もそれ以上、何も言う事は無かった。

 

 これは問題としてはあまりにも微妙すぎる為、他人が安易に口を出して良い類の事ではない。全て、友奈(友哉)が自己責任において解決しなければならない問題だった。

 

 そんな友奈(友哉)に、海斗は諦念と共に息を吐く。

 

「判った。ただ、無理だけはするなよ」

「うん。ありがとう」

 

 互いに互いを知る2人の飛天の継承者は、そう言って頷き合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ」

 

 帰国しての第一声が、それかい。

 

 舌打ちする蘭豹を前にして、友奈(友哉)は内心でそう思った。

 

 その後の細々とした交渉をジャンヌやワトソンを任せ、友奈(友哉)とキンジは、リサを伴って先に日本に帰国した。

 

 初めて日本にやって来たリサが、飛行機から見た高層ビル群に感動し、日暮里駅やコンビニでプチ騒動を起こしつつも、どうにか懐かしの武偵校へ戻って来る事が出来た。

 

 そこで友奈(友哉)は、先に寮に戻ると言うキンジやリサと別れ、1人で教務課(マスターズ)へと足を向けたのだった。

 

 目的はただ一つ。とっとと、この忌々しい女装とおさらばする為である。

 

 教務課の扉を開けると、友奈(友哉)は専門科目までの時間があるため、暇を持て余していた蘭豹の前まで行き、リバティ・メイソンのロッジや、飛行機の中で急いで作成した書類を突きつけた。

 

 その書類はレポート2通と、署名書類から成っており、レポートの方はパリのガルニエ宮での仮面舞踏会や、ブータンジェでのお祭り等、女装して参加したイベントについて書かれたものと、リサから習ったより効果的な女装術やホルモンスプレーの有効活用法について、友奈(友哉)なりに纏めた物の2種類だった。

 

 因みに後者のレポートに関しては、CVRと装備科の方にも提出する予定で、今後の開発や実習に役立ててもらおうと思っていた。

 

 そして、署名書類についてはこう書かれている。

 

 

 

 

 

『我々は、緋村友哉(強襲科(アサルト) 2年)が、今、修学旅行(キャラバン)V内において、一度も女装を解かなかった事を、ここに証明するものである。

 

 

 

遠山キンジ(探偵科(インケスタ) 2年)

 

ジャンヌ・ダルク30世(情報科(インフォルマ) 2年)

 

エル・ワトソン(衛生科(メディカ) 2年)』

 

 

 

 

 

 これは出発前に教務課から義務付けられていた物で、帰って来た際には、このように同行した者達の署名入りで提出するように言われていた。

 

 その為友奈(友哉)は、キンジ達に頼んで署名をお願いしたのである。

 

 これで、友奈(友哉)は、自身を束縛する女装から解放されるための条件を、全て整えた事になる。

 

「しゃーない。まあ、がんばった事は確かみたいやし、これでうちに楯突いた件はチャラにしたる」

「ありがとうございます」

 

 頭を下げる友奈(友哉)

 

 もっとも、友奈(友哉)的には、あの時、蘭豹に意見した自分の行動は、間違った物ではないと今でも思っているのだが、今ここで、これ以上の時の事を蒸し返す必要は無いだろう。

 

「で、それはそれとして、お前自身、今回の事で、何か感じた事があったら言ってみい」

「そうですね・・・・・・・・・・・・」

 

 蘭豹に促され、友奈(友哉)は考えてみた。

 

 今回の欧州遠征は、本当に色々あり、命の危険を感じた事も何度もあった。

 

 だが、最も感じた事と言えば、

 

「もう少し、国際的な感覚を身に着けたいと思いました」

 

 言語や習慣の違い、それにコネの有無。日本から離れるだけで、自分はここまで無力になってしまうと言う事を、嫌と言うほど思い知った。パリではジャンヌが、ブータンジェではリサがいてくれたから何とかなったが、あの2人がいなかったら、正直、こうして生きて帰って来れるかどうかすら怪しかった。

 

 そんな友奈(友哉)の言葉に、蘭豹も笑みを浮かべて頷きを返す。

 

「ん、その事を肝に銘じて、今後も頑張り」

 

 そう告げる蘭豹に対し、頭を下げて踵を返す友奈(友哉)

 

 と、

 

「おう、そうや緋村、言い忘れる所やった」

 

 何かを思い出したように、蘭豹は友奈(友哉)を呼び止めると、口の端を吊り上げて笑みを見せる。

 

「お前、折角やから、もう暫く、その格好ですごさへんか?」

 

 そんな蘭豹の巣的な提案に対し、

 

 友奈(友哉)は心の中からさわやかな笑みを浮かべて返した。

 

「絶対ヤです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教務課を出た友奈(友哉)は、その足で強襲科のシャワールームへと向かった。

 

 訓練を終えてシャワーを浴びていた男子学生たちは、女装したまま入ってきた友奈(友哉)にギョッとしていたが、友奈(友哉)はそれらを一切合財無視して服を脱ぎ、シャワールームへと突撃すると、そのまま気が狂わんばかりにシャワーを浴び続けた。

 

 とにかく、体に染みついているホルモンスプレーの匂いを、一秒でも早く、徹底的に洗い流したかった。

 

 約1時間近くもぶっ通しでシャワーを浴び、その間に10回もボディソープで体を洗い流した友哉は、ふやけそうなくらいに水を含んだ体に男子用防弾制服を着込み、ようやく「緋村友哉」に戻る事が出来た。

 

 その足で、懐かしき第3男子寮へと赴く。

 

 既に、先に帰ったキンジとリサが、居合わせているであろうアリア達と騒動を起こしている可能性は大いに否定できなかったが、今日ばかりはそっちは無視。とにかく、久方ぶりに「男」に戻れた感触を喜びと共に噛み締めつつ、友哉は自宅玄関を潜った。

 

 本当に、久しぶりに見る寮の光景は、いっそ新鮮に思えるくらいである。

 

 と、

 

『ほらほら、これなんか良いんじゃない?』

『そうですね、悪くないかもしれません』

 

 リビングの扉の向こうから、茉莉と瑠香が楽しそうに話しているのが聞こえてくる。

 

 その声が聞こえて来ただけで、友哉は心が浮き立つ思いだった。

 

 自然と、口元には笑みがこぼれる。

 

『て言うか、茉莉ちゃん、少し大きくなった?』

『は、はい。実は、ちょっとだけ』

『何ィー 茉莉ちゃんのくせに生意気だぞー!!』

『あ、ちょっ る、瑠香さん!!』

 

 楽しげに騒ぐ、2人の少女達の声。

 

 その声に導かれるように、友哉はリビングの扉を開いた。

 

「ただい・・・・・・・・・・・・ま」

 

 ノブに手を掛けた状態で絶句する友哉。

 

「「・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・」」

 

 同時に、リビングにいた2人も硬直する。

 

 凍りつく時間。

 

 無理も無い。

 

 なぜなら、

 

 部屋の中では友哉の彼女と戦妹が、

 

 ともに、華やかな下着姿でこちらを見ていたからだ。

 

 瑠香はピンクの花柄をした、両サイドを紐で縛るタイプのパンツ、所謂「紐パン」に、上は同色のブラ。

 

 茉莉は、淡いブルーの布地に、お尻にはネコのバックプリントが入ったパンツ。因みに、ブラは外され、両胸は瑠香に思いっきり鷲掴みにされている。

 

 艶姿を惜しげも無く晒す、2人の少女。

 

 殺伐とした武偵校男子寮に、可憐な2輪の花が咲いていた。

 

 2人して試着大会の真っ最中だったのか、テーブルとソファの上には、色とりどりの下着類がこれでもかとてんこ盛りされている。

 

 帰国一発目としては、なかなか嬉し恥ずかし、インパクトのある眺めである。

 

「・・・・・・・・・・・・失礼しました」

 

 そのまま、パタンと扉を閉じてリビングを出ていく友哉。

 

 それを合図に下着姿の茉莉と瑠香は、互いに抱き合ったまま顔を真っ赤にして、ヘナヘナとその場に座り込むのだった。

 

 

 

 

 

 ~それから暫く~

 

 

 

 

 

 ようやく落ち着き、服を2人が服を着直すのを待って、友哉はリビングに入る事が出来た。

 

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 正面のソファに座った茉莉と瑠香は、余程恥ずかしかったのだろう。顔を真っ赤にしたまま俯いている。

 

 かなり、気まずい雰囲気である事は確かだった。

 

 そんな2人を見て、苦笑する友哉。

 

 まあ、何はともあれ、言うべき事は言わねばなるまい。

 

「2人とも」

 

 ビククッ

 

 友哉が声を掛けると、ほぼ同じタイミングで肩を震わせる茉莉と瑠香。

 

 そんな2人に対し、

 

「ただいま」

 

 ニッコリと微笑んで、告げる友哉。

 

 対して、

 

「おかえりなさい、友哉さん」

「おかえり、友哉君」

 

 2人もまた、はにかんだような笑顔を浮かべて応じる。

 

 そこにあった物は、友哉が欧州にいる間、ずっと心の中で求め続けていた物。

 

 帰るべき場所と家がある。

 

 日本にいて普通に生活していれば当たり前に感じる事ができる事を、友哉は今、心の底から噛みしめていた。

 

 そこへ、

 

「おおいッ 友哉が帰って来たってのは本当か!?」

「ちょっと、帰って来るなら、一言先に言いなさいよねッ ワトソンに聞いてびっくりしたわよ!!」

 

 玄関が開く音がして、陣と彩夏の怒鳴り声が響いて来る。

 

 苦笑しながら、瑠香が立ち上がって玄関に行くのを見届ける友哉。

 

 と、

 

「友哉さん」

 

 茉莉の柔らかい声で呼ばれ振り返る。

 

 優しく笑い掛けてくる茉莉に対し、友哉もまた、笑い掛ける。

 

「本当に、お疲れ様でした」

「うん。ありがとう」

 

 恋人の優しい声を聴きながら、友哉は改めて実感するのだった。

 

 極東戦役は、本当に終わったのだ、と。

 

 

 

 

 

第9話「戦役終結」      終わり

 

 

 

 

 

欧州戦線 後編     了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、

 

 

 

 

 

 現在(いま)より、ほんの少しだけ、未来(さき)の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男が公安刑事だと言われても、誰もが何かの冗談だと思う事だろう。

 

 外見的には少年にしか見えず、どう見ても20歳に達しているようには見えない。

 

 だが、その少年は間違いなく、公安刑事である。それも、この日本においても屈指の実力者であり、「殺しのライセンス」を持つ、警視庁公安部 公安0課に所属する警察官だった。

 

 少年は次の瞬間、対峙する妙齢の美女に対して発砲する。

 

 だが、発砲のタイミングも、構えた筈の銃も、周りの人間には見えない。

 

 ただ、発砲の音だけが、残響のように響き渡る。

 

 不可視の弾丸(インヴィジ・ビレ)

 

 少年が持つ、攻撃的な技の一つである。

 

 放たれた弾丸は、亜音速で美女へと迫る。

 

 それが命中するかと思われた、

 

 次の瞬間、

 

 割って入った影が、手にした白刃で、飛んできた銃弾を弾き飛ばした。

 

 漆黒のコートを着た、公安の少年よりも、更に幼い印象のある少年だ。一見すると、少女にしか見えない。

 

 手にした刀を構え直しながら、漆黒の少年は背後の美女へと語りかける。

 

「早く逃げてください。ここは僕が引き受けます」

 

 漆黒の少年の言葉を受けて、美女は頷くと踵を返して走り去る。

 

 対して、公安の少年は、それを追おうとはしない。漆黒の少年がどれ程の脅威になるか、よく知っているのだ。

 

「やれやれ、アリアに続いて、お前まで出て来たのか」

「僕は上からの命令でね。悪いんだけど、そっちの好きにはさせないよ」

 

 そう言うと、互いに笑みを交わし合う。

 

 お互い、実力も手の内も把握している。故に、やり辛い相手である事は間違いなかった。

 

「斎藤さんも、お前の首を狙っているんだが、こいつは、悪いが早い者勝ちだな」

「まだ、君が勝つとは限らないでしょ」

 

 やや不満げに言いながら、少年は刀の切っ先をだらりと下げて構える。

 

 そこら辺は、学生時代と何ら変わらない仕草だ。

 

 対して公安の少年も、両手を空にしたまま下げる。

 

 一見するとリラックスしているように見える両者。

 

 しかしそれは、互いにいつでも攻撃開始できる合図に他ならなかった。

 

 次の瞬間、両者は同時に動く。

 

 公安の少年は銃を抜いて構え、漆黒の少年も刀を携えて駆ける。

 

「行くよ、キンジ!!」

「来いッ 緋村!!」

 

 次の瞬間、

 

 両者の影が鋭く交錯した。

 

 


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