緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

11 / 137
第2話「時期外れの転校生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一次お隣大戦(命名:瑠香)から一夜明け、友哉とキンジは揃って登校していた。

 

 当事者であるキンジは体のあちこちに軽傷を負っていたが、取り敢えず動けない程ではなかったらしい。

 

 友哉はと言えば、取り敢えずこれからの事を考えなくてはいけないので、キンジ達の事ばかりに気を向けている訳にもいかなかった。

 

 デュランダルがもし本当に実在すると言うならば、多くの犯行を行って、未だに誰の目にも止まっていないと言うのはおかしな話である。

 

 本当に存在しない幻なのか。それとも、常識はずれなほど巧妙に行動しているのか。

 

 デュランダルを戦場に引きずり出すとしたら、友哉1人の手には余るかもしれない。諜報科と、できれば探偵科、それに情報科の人間に協力してもらいたいところだ。

 

 諜報科は戦妹である瑠香がいるから何とかなるとして、問題は探偵科と情報科の方だ。何人か知り合いはいるが、調査依頼を頼めるほど親しい友人となると、キンジか、あるいは先頃武偵殺しとして剣を交えた峰理子くらいのものだった。その理子は学園を去り、キンジはあまり武偵活動に積極的ではないときては、頼める友人は他に思いつかなかった。情報科に至っては、友人と呼べる人間はほとんどいない状態である。

 

『仕方が無い。この件は後でまた考えるとしようかな』

 

 そう心の中で呟くと同時に、チャイムが鳴り担任のゆとりが入って来た。

 

「おはようございます、皆さん。今日は皆さんに、新しいお友達を紹介しますね」

 

 そう言ってゆとりは、廊下の方に視線をやる。

 

 次の瞬間、教室の中は感嘆の声に包まれた。

 

 小柄な少女である。

 

 背はレキ程度。かなりほっそりした印象がある。セミロング程度の長さの黒髪を、頭の後ろでショートポニーに結い上げている。前髪の下から見える大きな瞳は、まるで何の感情も映していないかのように冷たい光を宿していた。

 

 全体的に小ささを感じる少女である。

 

 ゆとりに自己紹介を促され、コクリと頷くと前へ出た。

 

瀬田茉莉(せた まつり)、です」

 

 少女特有の高さが混じっているが、それを無理やり低く抑えたような声。ふとすれば聞きそびれてしまうと思うほど小さな声である。

 

 茉莉はそれ以上しゃべろうとせず、真っ直ぐに前を向いたまま黙っている。

 

「あの、それだけ、ですか、瀬田さん?」

 

 困ったように促すゆとりの言葉を受けて、更に口を開く茉莉。

 

「よろしく、お願いします」

 

 更に一言だけ。

 

 曰く言い難い空気が流れ込む。

 

「そ、それじゃあみんな、仲良くしてあげてね」

 

 間が持たないと思ったのか、ゆとりは早々に自己紹介を打ち切りに掛った。

 

「じゃあ、席は・・・・・・緋村君の隣に」

「はい」

 

 友哉の隣の席は空いた状態になっている。

 

 茉莉は無言のまま頷くと、トコトコと友哉の隣に歩いて来て腰を下ろした。

 

「よろしく」

「こちらこそ、よろしくね」

 

 茉莉の着席を確認してから、ゆとりがHRの連絡事項を始めた。

 

「皆さん、もうすぐアドシアードが始まります。アドシアードは各国から様々な人達がこの学校に集まりますので、皆さんも武偵校の生徒として恥ずかしくないように行動してくださいね」

 

 アドシアードとは武偵の国際競技会だ。射撃や格闘など様々な分野の代表が、その技術を競い合う事になる。言ってみれば武偵オリンピックとも言うべき物である。

 

 各国から様々な人物がこの学園島に集まり、見物客も相当な物となる。気を隠すには森の中とはよく言った物で、仮にデュランダルが活動するなら、最適な空間となる。

 

 その時、

 

「おい、緋村、お前、アドシアードで何か競技出るのか?」

 

 車輛科の武藤剛気が話しかけて来た。ガッシリした体つきをしており、ふとすれば体育会系の爽やか男子に見えなくもない。ちなみに決して悪い奴ではないのだが、性格がガサツである為女子にもてないという悲しい一面があったりする。

 

「出ないけど、どうしたの?」

 

 幸か不幸か、友哉はどの競技からもお呼びが掛っていない。よってアドシアード当日は暇を持て余す事になりそうだったのだが、

 

「ならよ、俺達と一緒にバンドやらないか?」

 

 バンドとは恐らく、閉会式でチアと一緒に行うバンドの事だろう。それを武藤はやると言っているのだ。そう言えば、瑠香がチアガールをやると言っていた気がする。ついこの間、本番で着る衣装を、友哉の部屋で着て見せてくれたのだが、なかなか似合っていた。

 

「俺『達』って?」

「俺と、キンジと不知火。お前を合わせると4人だよ」

 

 既に友哉が頭数に入って話が進んでいるらしい。

 

「僕も、競技には補欠で登録されているけど、多分出番はないだろうからね」

 

 そう言って来たのは、強襲科の不知火亮である。こちらは端正な顔立ちと優しい性格から女子からの人気も高い。実力も射撃、ナイフ、格闘全てにおいて総合力が高く、信頼性の高いオールラウンダーと言える。

 

「まあ、どうせ当日はやる事無いと思ってたところだし。良いよ」

「よっしゃ、これで頭数は揃ったぜ。あとでやっぱやめるなんて言ったら轢いてやるからな」

「いや、言わないよ」

 

 苦笑しながら手を振る友哉。

 

 やがてHRも終わり、一時限目の授業が始まる。武偵校では午前中に一般教養の授業を行う。今日は英語の授業からだ。

 

「それじゃあ、授業を始めます。あ、緋村君、瀬田さんは教科書がまだ来ていないので、緋村君、見せてあげてね」

「あ、はい」

 

 そう言うと、友哉は茉莉と机をくっつけた。

 

「すみません」

「いいよ、気にしないで。お隣同士、仲良くしないとね」

 

 そう言うと、授業のページを開いた。

 

 そんな友哉の顔を、茉莉はジッと眺めて来る。

 

「ん、どうかした?」

「・・・・・・いえ、別に」

 

 そう言うと、茉莉は前を向いて自分のノートを開いた。

 

 そんな茉莉の様子を眺め、不思議な娘だな、と思いながらも、友哉も自分のノートを開いて授業に集中した。

 

 

 

 

 

相良陣(さがら じん)は2年A組の教室に入ると、その異様な空間と化した場所に、思わず二の足を踏んだ。

 

「うおっ、何だこりゃ?」

 

 友人である緋村友哉に呼び出されてやってきたのだが、その友人の机周辺は黒山の人だかりができていた。

 

 一体何が起きたのか、恐る恐ると言った感じに近づこうとすると、横から声を掛けられた。

 

「よう、相良、お前何やってんだ?」

 

 別のクラスの人間がいるのだから、嫌でも目立ってしまう。知り合いの怪訝そうな声に振り返る。

 

「おいおい遠山、何なんだこれ?」

「転校生だよ。で、さっきからそいつを囲んで質問攻めってわけだ。まったく、騒がしい限りだよ」

 

 うんざりした調子で言うキンジ。陣とキンジは友哉を介して知り合いとなったが、妙にウマの合う所があったので、こうして会話する程度の仲にはなっていた。

 

「ふうん、そんで、友哉はどうした? 俺はあいつに呼ばれたんだが、」

「緋村なら、あの中だよ」

 

 キンジは黒だかりの方を指差す。

 

 考えてみれば、友哉の席もあのあたりだった気がする。どうやら、黒だかりに巻き込まれてしまったらしい。

 

「こりゃ、今は無理かね」

「ああ、やめといた方が良い」

 

 仕方が無い。友哉の用事もすぐに聞かなければいけないと言う訳でもないだろうし。

 

 何より、あの押しくら饅頭状態の場所に好んで入って行きたくなかった。

 

「そんじゃな、遠山。友哉にはよろしく言っといてくれ」

「ああ、判った」

 

 そう言うと、陣は自分の教室へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中は大変な騒ぎであった。

 

 転校生と言う存在に並々ならぬ興味を持つのは武偵校も一般校も変わりはない。

 

 一時限目の授業を終えると、早速A組の生徒は茉莉の机を完全包囲し、質問の集中砲火を浴びせた。

 

 問題なのは机をくっつけていた関係で、友哉の席もその包囲網の中に組み込まれてしまった事だ。

 

 それが二、三時限目にも続いたのだから溜まったものではない。

 

 そして質問と言うのが、また武偵高らしさが爆発していた。

 

「どこの科に所属しているの?」

「武器はなに使ってんの?」

「今までどんな仕事した事ある?」

「死んだ事ある?」

 

 等々、物騒な質問のオンパレード。て言うか、最後のは明らかにおかしいだろ。

 

 そんな訳で昼休み。

 

 飛天御剣流の極意に従い先手を打った友哉は、包囲網が形成されるよりも早く教室を脱出し食堂に来ていた。

 

「まったく、疲れる事この上ないね」

 

 ぼやくように言いながら券売機の方へと向かう。

 

 今日は瑠香の弁当も無い為、食堂で何か食べようと思った。

 

 その時だった。

 

「こちらが食堂ですか」

 

 聞き憶えのある、それでいて新鮮さを感じる声が背後から聞こえ、思わず振り返る。

 

 そこには件の転校生、瀬田茉莉が立っていた。

 

「えっと、どうしたの?」

「昼休みに入って緋村君が出て行くのが見えましたので、恐らく食堂に行くものと思いついてきました」

 

 淡々と言う茉莉。どうやら、教室から後を付けて来たらしい。

 

「よく、みんなに捕まらなかったね」

「造作もありません」

 

 事も無げに茉莉は言う。

 

 とは言え、ここで突っ立っているのは非常に迷惑である。現に2人の背後に立つ男子生徒が苛立たしげに舌を打つ音が聞こえた。

 

「じゃ、取り敢えず、何か買って食べよう」

「はい」

 

 友哉は照り焼きチキン定食を頼み、茉莉はきつねうどんの食券を買うと、カウンターで料理を受け取り席に着いた。

 

 向かい合って席に座ると、茉莉は無言のまま割り箸を持って食べ始める。しっかりと箸を持って食べる茉莉だが、華奢な外見のせいか、小動物が食事をしているように見えて何ともほほえましい。

 

「・・・何ですか?」

 

 そんな友哉の様子を不審に思ったのだろう。茉莉が顔を上げて見詰めて来る。

 

「いや、何でもないよ」

 

 そう言って友哉も食事に箸を付けようとした。

 

 すると、

 

「あれ、友哉君」

 

 背後から声を掛けられて、振り返ると、瑠香が何人かの友人を連れて立っていた。どうやら、彼女も食堂に食事しに来たらしい。手にはチャーシュー麺を乗せたお盆を持っている。

 

「友哉君も来てたんだ。って言うか、あれ、その娘・・・・・・」

「ああ、彼女は転校生で、」

「やっぱり、昨日引っ越してきた人!!」

 

 瑠香の意外な反応に、友哉は驚いて2人の顔を見た。

 

「あれ、2人、知り合い?」

「私が入寮した部屋の隣は、四乃森さんの部屋です」

 

 うどんを啜りながら答える瑠香の顔を、友哉は意外そうに見つめる。妙なところで縁は繋がる物である。

 

「そっか、友哉君のクラスに転校したんだね。これからよろしくね」

「宜しくお願いします」

 

 友達に断って、瑠香は茉莉の隣に座る。

 

『あれ・・・・・・』

 

 そこで友哉はある事に気が付き、意外そうな面持ちで瑠香を見た。

 

 瑠香は先輩である茉莉に対してタメ口を聞いている。意外に思うかもしれないが、瑠香は礼儀には気を使う方だ。これは実家が旅館を経営している関係からなのだが、初めは年下だと思っていたアリアにも今は敬語で接しているくらいだ。上級生で瑠香がタメ口を聞くのはせいぜい友哉くらいの物だ。

 

 その瑠香が茉莉にはタメ口で接している。それが友哉には意外だった。

 

「茉莉ちゃん、学科は何?」

探偵科(インケスタ)です。四乃森さんは諜報科(レザド)ですか?」

「うん、そうだよ」

 

 女の子同士、会話は弾んでいる様子だ。

 

 そこでふと、友哉はある事を思いついて口を開いた。

 

「二人とも、ちょっと僕に協力してくれないかな」

 

 そう言った友哉に、2人はキョトンとした表情を作った。

 

 

 

 

 

 丸橋譲治(まるばし じょうじ)は街を歩いていれば非常に目立つ男である。

 

 何しろがたいが大きい。180センチ以上ある身長に、ガッシリした体付き。その筋肉質の体はまるで戦車のような印象を受ける。

 

 顔つきもいかつく、まるでお伽噺に出て来る鬼のような風貌をしていた。

 

 指定されたホテルの部屋に入ると、相手も気配を察したのか、奥の方から声が聞こえて来た。

 

「やあ丸橋君、待っていましたよ。さあ、入ってください」

 

 誘われるままに奥に行くと、ベッドに横たわって上半身だけ起こした、仮面の男が譲治に手を振っていた。

 

 男の名は由比彰彦。裏の世界では仕立屋というコードネームで知られ、他者の作戦を支援して報酬を得る事を生業としている人間である。

 

 先頃、武偵殺し事件に介入して世間を騒がせた事は記憶に新しい。

 

「具合はどうだ?」

「まあ、ぼちぼちと言ったところです」

 

 そう答える彰彦の声には、まだ張りが戻っていない。どうやらまだ本調子ではないようだ。

 

「お前らしくも無いな」

「まあ、風邪は拗らせると厄介ですからね。治るには、もう少しかかりそうですよ」

 

 彰彦はハイジャックしたANA600便から逃走するのに、スーツの下に格納できるパラシュートを用いた。

 

 ハイジャック機の中で友哉に語った通り、彰彦はどんな作戦であっても常に万端の準備を整えて行動するようにしている。万が一の時の逃走手段も例外ではない。これは彼が臆病ゆえではない。そう言った備えをする事は彼にとってある種の信念であり、それを怠った者は必ず失敗すると信じていた。

 

 とは言え、パラシュートで降下したのは4月の東京湾。それも折からの嵐である。連絡を入れた譲治が救出に来るまで4時間近くも海面を漂っていたせいで、すっかり風邪をひいてしまった。

 

「いや、みっともない姿をお見せして申し訳ありませんね」

「構わん、それより、仕事の話だ」

 

 譲治が彰彦の仲間として行動し始めてから大分経つが、出会った頃からこのように素っ気ない性格であった。こればかりは変える気が無いらしい。

 

「デュランダル女史から連絡がありました。本日より行動を開始するとの事です。彼女の今回の目的は、この娘」

 

 そう言って彰彦は一枚の写真を差し出す。そこには、日本人形のような清楚さを漂わせる一人の少女が立っていた。

 

「巫女か」

「はい。名前は星伽白雪。武偵校では期待のステルス、すなわち超能力者だそうです」

 

 譲治はもう一度、写真の中の白雪に目をやる。見るからに華奢な体付き。とても荒事に向いているようには見えないが、相手が超能力者であるなら、外見で判断する事はできない。

 

「判った。それで、おれはどうすれば良い?」

「デュランダル女史への支援役として、既にあの娘を潜り込ませていますが、それとは別にもう一手打ちます。間もなくアドシアードが始まり学園島は結構な賑わいを見せる事になるでしょう。あなたはそれに乗じて学園島に潜り込み、彼女の行動開始に合わせて、陽動作戦をお願いします」

「俺に潜入任務か、向かんと思うが?」

 

 何しろこの容貌である。どこにいても目立ってしまう。武偵校なら絶対に諜報科と探偵科には入れない人物である。

 

 その言葉に、彰彦は仮面の奥で笑みを見せた。

 

「なに、心配はいりません。時間はそう長くありませんし、それにアドシアードの見物に来た客だと言えば誰も疑ったりしませんよ」

 

 それに、と彰彦は続ける。

 

「あの娘は、あくまで私達にとって協力者に過ぎません。私がこの状態である以上、誰か1人、確実性の高い手駒を送り込んでおきたいのですよ」

「それが俺か」

「ええ、お願いしますよ」

 

 そう言って彰彦は再びベッドに横になった。

 

 譲治は写真を胸ポケットに仕舞い込んで立ち上がろうとした。

 

「ああ、そうだ」

 

 そこで彰彦が呼びとめる。

 

「作戦に当たって、彼には充分注意してください」

「彼?」

 

 彰彦は横になったまま言った。

 

「緋村友哉君です」

 

 その名前は譲治も聞いていた。彰彦がその少年に敗北した事も。

 

「それ程か?」

「剣先にはまだ迷いが見られました。それに、まだまだ発展途上な面も見られます。しかしそれでも尚、私と互角以上に戦った相手です。油断はできません」

 

 そう告げる彰彦の瞳は、仮面の奥で鋭く光っているのが判る。

 

 この男がそう言うのだから、誇張や偽りはない。長い付き合いで、譲治にはそれが判っていた。

 

「判った。憶えておこう」

「お願いします」

 

 そう言うと、彰彦は布団をかぶり直す。

 

 それを見て、譲治は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イテテテ」

 

 キンジは自分の頭を押さえながら、しかめっ面をしている。

 

 話を聞くところによると、どうやらアリアがまた何かを始めたらしく、その巻き添えと言う形で付き合わされてしまったらしい。

 

「大丈夫?」

 

 友哉が心配そうに尋ねると、何でもないと言う風に手を振って来る。

 

 既に時刻は下校時間。二人の周りにも同じように鞄を下げて歩いている武偵校生徒が何人かいる。

 

 結局、今日は陣に会う事ができなかった。デュランダルを焙りだすには、まず情報の面から当たらなくてはならない。

 

 情報科に知り合いがいない友哉だが、人海戦術を駆使すれば情報科と同じ行動ができる筈。その点で行けば陣は元不良グループのリーダーと言うだけあり、お台場周辺に顔が効くのだ。

 

 デュランダルがどのような手段で超偵をさらうにせよ、実行の段階では必ず直接姿を現す筈だ。それには学園島に侵入する必要がある。

 

 学園島は東京湾に浮かぶ人工島だ。侵入経路は2つ。レインボーブリッジを通るか、海から密かに上陸するか、である。

 

 陣に情報収集してもらえれば、陸路は潰す事ができ、友哉は残る海路に意識を集中すれば良い事になる。

 

 相手の選択肢を潰す。こうした情報戦では、それが基本的な戦術の一つとなる。

 

 その時、二本のピンク色の線が視界の中によぎった。

 

 と、思った瞬間、目の前に躍り出た人物がキンジめがけて木刀を振り下ろした。

 

 ガンッ

 

 小気味良い音と共に、木刀はキンジの脳天を直撃した。

 

「イッテェ!?」

「おろッ?」

 

 頭を抱えるキンジに、驚く友哉。

 

 その目の前で通り魔、神崎・H・アリアが木刀を振り下ろした状態で立っていた。

 

「もう、一度くらい成功させなさいよね、真剣白刃取り」

 

 困ったように言うアリア。一体、これがどんな練習なのか、友哉にはさっぱり判らなかった。

 

「お、お前なぁ~~~」

 

 恨みがましい目でアリアを見るキンジ。

 

 その時だった。

 

《あ~・・・・・・2年B組の・・・星伽白雪、この放送聞いてたら・・・て言うか、聞いてんでしょ。すぐ教務課まで来なさい。以上・・・・・・》

 

 ものすごく気だるげな声が校内放送から聞こえて来た。

 

「今のは、綴先生?」

 

 尋問科の綴梅子は白雪の担任でもある。

 

 しかし(キンジ関連以外では)品行方正かつ成績抜群の白雪が教務課に呼び出しとは穏やかではない。

 

 一体何があったのか。

 

 そう思った時、アリアがまるで勝機を掴んだと言わんばかりに、身を乗り出して来た。

 

「これはチャンスだわ」

「あ?」

「おろ?」

 

 突然何を言い出すのか。意味の判らない友哉とキンジは互いに顔を見合わせる。

 

「これは、あの凶暴女を遠ざける良い機会よ」

 

 そう言うと、元祖凶暴女たる神崎・H・アリア嬢は二人に向き直り、

 

「キンジ、友哉、今から一緒に教務課に潜入するわよ」

 

 それはそれは、素敵に遠慮したい提案をなさったのだった。

 

 

 

 

 

 通風口のダクトの中を匍匐前進しながら、アリアはこうなった経緯を語った。

 

 それによると、アリアは白雪の手によると思われる嫌がらせを受けていたらしい。

 

 アリア曰く、廊下を歩いていると視線を感じたり、渡り廊下から水をぶっかけられたり、下駄箱に「泥棒猫」と書かれた手紙(猫のイラスト付き)が入っていたり、と。

 

 確かに。キンジはもとより、白雪の性格の片鱗を知っている友哉にも、彼女ならそれくらいやりそうだと言う思いはあった。

 

 だが、最後の一つは洒落にならなかった。

 

 何でも、アリアの使っている更衣室のロッカーにピアノ線が張られていたとか。背の低いアリアはロッカーに潜り込まないと物を取れない。それを見越してのトラップだったのだろうが、下手をすればアリアの首が切断されていた可能性もある。

 

 そうこうしている内に、綴の部屋の通風口まで辿り着いた。中から話し声が聞こえて来る所を見ると、既に白雪は来ているらしかった。

 

 三人はそれぞれ、覗き込むようにして通風口から顔を出してみた。

 

「星伽、あんた最近急に成績落としてるわよね。何かあったの?」

 

 髪をベリーショートにした細身の女性、2年B組担任の綴梅子が、煙草を吹かしながら、目の前に座った白雪と話している。

 

「単刀直入に聞くけど、あんた、あいつにコンタクトされてんじゃないの?」

「デュランダル、ですか?」

 

 その話が出た瞬間、友哉と、そしてアリアはピクリと反応した。

 

 友哉としては、ここで白雪自身から何らかの情報をえられれば、事件捜査に少し前進が見られる所である。

 

 だが、現実はそううまくいかなかった。

 

「いえ、そんな事はありません。それに、デュランダルが実在するなら、私なんかよりももっと大物を狙うでしょうし」

「星伽、もっと自分に自信持とうよ。あんたはうちの秘蔵っ子なんだよ」

「そんな・・・・・・」

「何度も言ってるけど、いい加減ボディガードくらい付けなって。諜報科のレポートじゃデュランダルがアンタを狙っている可能性が高いってレポートが出てるし、超能力捜査研究科でも似たような予言出てるんでしょ?」

 

 それは友哉も呼んだレポートの内容だった。当然、同じ物を教師陣も目にしている筈である。

 

 どうやら今回、綴が白雪を呼び出した本当の理由は、成績云々よりもデュランダル絡みの事が大きいらしい。

 

 しかし綴の再三の説得にも、白雪はなかなか首を縦に振ろうとしない。

 

「でも、私はキンちゃ、幼馴染の子のお世話をしたくて、ボディガードを付けると、その子のお世話ができなくなっちゃう・・・・・・」

「アドシアードの期間中だけでも良いからさ。どう?」

 

 綴がそう言った時、それまで黙って聞いていたアリアが、何を思ったのか通風口のカバーをパンチ一発でこじ開けた。

 

「そのボディガード、あたしがやるわ!!」

 

 そう言い放つと、スカートが盛大に捲れ上がるのも構わず通風口から飛び降りて見事着地を決める。

 

 と、それを見ていたキンジがバランスを崩し、着地を決めたアリアの上に頭から落下した。

 

「ギャッ!?」

「ムギュ!?」

 

 二人折り重なって煎餅みたいになるキンジとアリア。

 

「ちょ、ちょっとキンジ、どこに頭押し付けてんのよ!?」

 

 顔を真っ赤にして騒ぐ二人。

 

 こうなったら一人隠れている訳にもいかないので、友哉も通風口から飛び降りた。

 

「ん~、これ、どういう事?」

 

 綴は突然現れた三人組を睨み、ツカツカと歩み寄って来ると、アリアのツインテールを片方掴み上げた。

 

「何だ、誰かと思ったら、この間のハイジャックトリオじゃん」

「イッタ、痛いわよ、離して!!」

「この娘が神崎・H・アリアちゃん。武器はガバメントの二丁と小太刀の二刀流。付いた渾名が『双剣双銃(カドラ)』。欧州で活躍したSランク武偵ね。で、弱点は確か、およ、」

「わーわーわー!!」

 

 何かを言い掛けた綴の言葉を、アリアは強引に遮った。

 

「そ、それは弱点じゃないわ。浮き輪があれば大丈夫だもん!!」

 

 アリア、自爆。

 

 どうやらアリアはカナヅチであるらしい。まあ、雷の事も含めて、人間何かしら弱点があった方が可愛げも出ると言う物である。

 

 綴は次にキンジに目を向けた。

 

「で、こっちは遠山キンジ君」

「あー、俺は来たくなかったんですが、こいつが勝手に・・・・・・」

 

 そう言ってアリアを差しつつ、無駄な抵抗をするキンジ。

 

 しかし綴は構わず続ける。

 

「性格は根暗で非社交的。しかしある種のカリスマ性を備えている。武器はベレッタM92の違法改造型。三点バーストとフルオートが可能な、通称キンジモデルだっけ?」

 

 その言葉が出た瞬間、キンジはあからさまに顔を青くして目線を逸らした。

 

「い、いや、それはハイジャックの時に無くしました。今はれっきとした合法の物を、」

装備科(アムド)に改造の予約入れてるだろ?」

 

 ギクッと言うキンジの心臓の音が聞こえたような気がした。

 

 綴は続いて、友哉に視線を向けた。

 

「そんでもって、そっちが緋村友哉君。飛天御剣流とか言う剣術流派の使い手で、武器は峰と刃が逆になった日本刀、通称『逆刃刀』だっけ? アンタ、銃くらい持ちなさいって教務課から何度も言われてんでしょ」

「いや、まあ、前向きに検討してます」

「不正隠しの言い訳する政治家か、アンタは」

 

 呆れたように言いながら、綴は椅子に座りなおした。

 

「で、ボディガードするってのはどういう事?」

「言った通りよ」

 

 アリアが立ちあがって言う。

 

「あたしが白雪の護衛をやるわ。二十四時間体制で、もちろん無償で良いわ」

「へえ」

 

 綴は面白い物でも見たと言うふうに感心しながら、白雪に視線を向けた。

 

「星伽、何か知らないけど、Sランク武偵がロハで護衛してくれるらしいよ。どうする?」

「嫌です」

 

 一も二も無く、拒否する白雪。

 

「アリアと二十四時間一緒だなんて、けがらわしい!!」

 

 いや、けがらわしいって。

 

 呆れる一同を余所に、スカートの下からガバメントを抜いたアリアが、その銃口をキンジの側頭部に突きつけた。

 

「あたしに護衛させないと、こいつを撃つわよ」

「おいおいっ」

「おろ・・・・・・」

 

 なぜにそうなるのっ!?

 

 心の中で激しく突っ込みを入れる友哉とキンジ。

 

 だが、白雪には効果があったようだ。

 

「ど、どうしてもって言うなら、条件がありますッ」

 

 そう言うとギュッと目をつぶり、右手を真っ直ぐ伸ばしてキンジを差した。

 

「き、キンちゃんも、私の護衛して。24時間体制で。私も、キンちゃんと一緒に暮らすぅ!!」

 

 その瞬間、教務課が凍りついたのは言うまでも無い事だった。

 

 

 

 

 

第2話「時期外れの転校生」     終わり

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。