緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第10話「竜王の嘶き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建物そのものが、一瞬にして倒壊するのではと思えるような踏み込みが、両者の間でなされる。

 

 いずれの者も視覚において動きが追えないまま、両者は全力でもって激突する。

 

 友奈(友哉)が横なぎに、ルシアは上段から振り下ろすように、

 

 振るう互いの剣が激突する。

 

 ガリィィィン

 

 耳障りな金属音と共に、互いの剣が火花を散らす。

 

 同時に2人は衝撃に押される形で、後退を余儀なくされる。

 

 体勢を立て直したのは、友奈(友哉)の方が早かった。

 

 床に足を付くと同時に強引に体勢を入れ替えると、神速の踏み込みと共にルシアへと斬り掛かる。

 

 対して、一瞬遅れる形でルシアもまた、体勢を整え友奈(友哉)を迎え撃つ。

 

 迸る剣撃。

 

 踏み込みは、僅かに友奈(友哉)が速い。

 

「ハァっ!!」

 

 袈裟懸けに振るわれる剣閃が、バルムンクの刃を潜り抜けてルシアへと襲いかかる。

 

 だが、

 

 ガキンッ

 

 異音と共に、ルシアの方に決まった逆刃刀の刃は防ぎ止められる。

 

 舌打ちする友奈(友哉)とは反対に、会心の笑みを浮かべるルシア。

 

 やはり、攻撃が通らない。

 

 ルシアの防御魔術の前では、友奈(友哉)の攻撃は全て無意味な物と化すのだ。

 

 並みの攻撃では埒が明かないだろう。

 

 では、九頭龍閃ならどうか? あるいは奥義・天翔龍閃なら?

 

『だめだッ』

 

 頭に浮かびかけた戦術を、友奈(友哉)は即座に破棄する。

 

 ジョーカーは切り時が肝心。すぐに切り札に頼るのは下策中の下策である。

 

 何とか、必勝の体勢を整えないと。

 

 焦る気持ちを押さえ、友奈(友哉)は剣を振るう。

 

 唯一、友奈(友哉)がルシアに勝っている要素があるとすれば、それはスピードくらいの物だろう。

 

 振りかざされるバルムンクの剣閃を、友奈(友哉)は紙一重で回避しつつ反撃の剣を繰り出す。

 

 しかし、やはり結果は同じ。

 

 友奈(友哉)の攻撃は、ルシアにダメージを与える事はできない。

 

「どうしたッ よけてばっかじゃ、あたしは倒せないぜ!!」

「判ってるよ!!」

 

 いらだち紛れに言葉を返しながら、友奈(友哉)は大きく後退して逆刃刀を正眼に構える。

 

 そこヘルシアが、容赦なく切り込んでくる。

 

 大気を斬り裂くような、横なぎの一閃。

 

 その攻撃を受け流しつつ、友奈(友哉)は大きく後退。同時に開いていた窓から、外へと飛び出した。

 

「逃がすかよ!!」

 

 それを追いかける形で、ルシアもまた庭へと飛び出してくる。

 

 ジャンヌの奇襲によって、既に博物館全体が大混乱に陥っているらしい。

 

 係りのスタッフに偽装していた魔女連隊の隊員達が、慌てて戦闘準備をしながら飛び出していくのが見える。

 

 そんな中、前庭の中央付近まで駆け出してきた友奈(友哉)とルシアは、再び互いの剣を構えて向かい合う。

 

 喧騒と陣風が交錯する中、鋭い視線を交わし合う両者。

 

「もう諦めろ」

 

 ややあって、ルシアの方が口を開いた。

 

「もう判ってんだろ。お前の剣じゃ、あたしは倒せない」

 

 自身の防御魔術に対する絶対的な自身を滲ませながら、ルシアは告げる。

 

 確かに、

 

 藍幇城の遭遇戦に始まり、クベール空港での激突、そして今回の戦いに至るまで、友奈(友哉)がルシアに与えたダメージは全くのゼロである。

 

 その事を考えれば、決してルシアの言葉が虚偽ではない事が判る。

 

「降伏しろ、緋村。ナチス・ドイツは、降伏して恭順した敵には寛大だぜ。日本は元々は盟友だしな」

 

 などと、かつての枢軸同盟ネタを持ちだして降伏勧告を迫ってくる。

 

 対して、

 

「昔のよしみで仲良くしましょう、か・・・・・・ま、そう言うのもアリかもだけど・・・・・・」

 

 言いながら、正眼に構えていた逆刃刀をくるりと回し、逆手の持ち変える友奈(友哉)

 

「けど、もう少し、付き合ってもらおうかな」

 

 そんな友奈(友哉)の態度に、スッと目を細めるルシア。

 

 友奈(友哉)はまだ、交戦の意志を捨てていない。ルシアとの対決を投げていないのだ。

 

「・・・・・・後悔するぜ」

 

 声を低めて、ルシアは告げる。

 

 既に勝負は見えている。

 

 にも拘らず勝負を投げないと言うなら、徹底的に殲滅するまでだった。

 

 対峙する両者。

 

 周囲で観戦していた魔女連隊の女子達も、喧騒をやめて対峙する2人に見入っている。

 

 勿論、彼女達はルシアの応援(サポーター)である事は言うまでも無い。

 

 いわば友奈(友哉)は、四面楚歌の状況で戦っているに等しかった。

 

 だが、

 

 その程度の事は不利にもならない。そもそも四面楚歌と言うなら、藍幇城の決戦で既に体験済みであった。

 

 高まる緊張が、空気を張り詰める。

 

 次の瞬間、

 

「行くぜ!!」

 

 大上段にバルムンクを振り上げたルシアが、大地を蹴って疾走する。

 

 一気に距離を詰めるルシア。

 

 自身の攻撃力と防御力を最大限に発揮して、一撃のもとに勝負を決める心算なのだ。

 

 対して、

 

 そのルシアを、冷静に見据える友奈(友哉)

 

 スッと細められた双眸が、突進してくる《鉄腕の魔女》を睨む。

 

 向かってくるルシア。

 

 両者が間合いに入った瞬間、

 

 友奈(友哉)が動いた。

 

「受けろ、龍王の嘶き!!」

 

 逆手に持った逆刃刀を振り翳す。

 

「飛天御剣流・・・・・・・・・・・・」

 

 左手は鞘に添え、同時に地を蹴って疾走する。

 

 交錯する一瞬、

 

「龍鳴閃!!」

 

キイィィィィィィィィィィィィィィィン

 

 鳴り響く鍔鳴。

 

 甲高い音が、周囲一帯に拡散する。

 

 そんな中、

 

 友奈(友哉)とルシアは、互いに交錯したまま、背中を向け合った状態で動きを止めていた。

 

 互いに、微動だにしない。

 

 だが、奇妙な事がある。

 

 友奈(友哉)は、刀を鞘に納刀した状態で動きを止めているのだ。

 

 確かに技は放たれた筈。

 

 誰もが訝りを覚える中、

 

 次の瞬間、

 

「ぐあァァァ!?」

 

 ルシアはバルムンクを取り落とし、その場に膝を付いた。

 

 魔女連隊の女子達が悲鳴を上げて見守る中、友奈(友哉)はゆっくりと振り返る。

 

「いくら魔術で肉体を強化したって、体の中まで強固になる訳じゃないよね」

「緋村・・・・・・テメェ・・・・・・」

 

 ルシアは膝を付いた状態のまま、苦々しい表情で振り返り、友奈(友哉)を睨み付ける。

 

 その左手は、自分の耳に当てられ、苦しそうな呼吸を繰り返しているのが判る。

 

「何を・・・・・・しやが・・・った!?」

 

 自身で大声を発するのもつらいのか、声を震わせるように絞り出す。

 

 対して、友奈(友哉)は冷静な眼差しでルシアを見据える。

 

 飛天御剣流 龍鳴閃

 

 それは神速の抜刀術の逆回し。「神速の納刀術」である。

 

 目にも止まらぬほどの神速で、抜刀状態の刀を鞘に収めた際、発生する強烈な鍔鳴音を相手の鼓膜に直接叩き付ける事で、聴覚にダメージを負わせるのだ。

 

「ただ、今回は少し強めにいかせてもらったから、たぶん、三半規管もやられてると思う。暫くは歩くだけでふらつくだろうけど、そこは許してほしいかな」

 

 そう言って、友奈(友哉)は肩をすくめて見せる。

 

 出発前にワトソンから内通者の存在を示唆された後、友奈(友哉)は自分なりに対ステルス戦の戦術を構築していた。

 

 だが、当然ながら先天的な才能が全てと言っても過言ではない超能力を、友奈(友哉)がこれから覚える事は不可能に近い。

 

 故に友奈(友哉)は、発想を自ら転換する事にした。超能力に対抗する手段が、何も超能力である必要は無い。既存の技と能力の組み合わせで対抗する手段が無いか考えた。

 

 その答えが龍鳴閃である。

 

 過去の戦いで、魔術や超能力は強力である反面、その行使には多大なエネルギーを消耗し、尚且つ、十全に行使する為には相当な集中力が必要な事は判っている。

 

 ならば、その集中力を乱してやれば良い。

 

 聴覚と言うのは、人間の持つ感覚の中で最も脳に近しいと言われている。そこに強烈な高周波を喰らわせる事で耳に、そして脳にダメージを負わせ、集中を乱してやれば、相手の魔術行使を乱す事は可能なのでは、と考えたのだ。

 

 加えて、どんな達人であっても体の中まで鍛える事はでいない。否、そう言う修行方法もあるのかもしれないが、そこまで鍛えた人間と言うのは得てして、仙人クラスの超越者のみだ。

 

 結果的に、友奈(友哉)の考えは正しかった。

 

 龍鳴閃をまともに喰らったルシアは、もはやまともに動く事すらできずによろけている。

 

 勝負はあった。

 

 そう考える友奈(友哉)

 

 だが、

 

「まだ・・・・・・だッ」

 

 落としたバルムンクを拾い、其れを杖代わりにしてルシアが立ちあがる。

 

 足は生まれたての仔馬のようにプルプルと震え、目は苦しさをこらえるように涙をにじませている。

 

 まだ耳が痛むらしく、左手は耳を押さえたままだった。

 

 だが、それでも、

 

「う、うわァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 渾身の力を振り絞るようにしてバルムンクを掲げ、ルシアは友奈(友哉)に斬りかかってきた。

 

 驚いたのは友奈(友哉)である。

 

 とっさに後方に跳躍してルシアの斬撃を回避する。

 

 次の瞬間、ルシアが振り下ろした剣が地面を大きく抉った。

 

「・・・・・・・・・・・・驚いたね」

 

 着地しながら友奈(友哉)は、素直な称賛を送った。

 

「まだ、それだけ動けるんだ」

「当たりめェだッ 舐めんなよ・・・・・・」

 

 友奈(友哉)の言葉に対し、ルシアは荒い息を吐き出しながら悪態で応える。

 

 本来なら、バルムンクはルシアの細腕で扱えるような代物ではない。それを魔術で補正する事で軽々と振るって見せていたのだ。

 

 まだ一応、持って振り翳す事くらいはできるようだが、スピードは明らかに先ほどと比べて低下しているし、剣先も定まっていない。大幅に戦力を削ぎ落す事には成功したらしかった。

 

「あたしは・・・・・・て、《鉄腕の魔女》ルシア・フリートだ・・・・・・仲間と・・・勝利の為・・・なら・・・・・・いくらでもこの命・・・・・・賭けてやるよ!!」

 

 言いながらルシアは、全身の筋肉を総動員してバルムンクを持ち上げ、切っ先を友奈(友哉)に向ける。

 

 対して友奈(友哉)は、スッと目を閉じる。

 

 大した気迫だ。龍鳴閃をまともに食らったせいで、動くどころか黙って立っている事すら不安な状況だというのに、尚も勝負を投げようとしない。

 

 友奈(友哉)は胸に宿った確かな称賛と共に、並みの決着方法では彼女を満足させる事は出来ない事を悟る。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 目を開きながら、鞘から刀を抜く友奈(友哉)

 

 そのまま正眼に構えてルシアに向き直る。

 

「決着、付けよう」

 

 その友奈(友哉)の言葉に、

 

 ルシアも笑みを持って応じる。

 

「・・・・・・ありがとよ」

 

 自身の気概に友奈(友哉)が答えた事に満足しながら、バルムンクを構え直すルシア。

 

 もはや戦える状態ではない。

 

 だが、それでも魔女連隊の代表戦士として、一歩でも退く事は何よりルシア自身が許さなかった。

 

 次の瞬間、

 

 友奈(友哉)は地を蹴って疾走する。

 

 ルシアはもはや動く事すらできない。

 

 次の瞬間、

 

「飛天御剣流、九頭龍閃!!」

 

 九つの閃光は龍の牙となりて、彼女へと襲いかかった。

 

 刹那の間に撃ちこまれる、必殺の9連撃。

 

 轟き渡る轟音。

 

 その圧倒的な威力を前に、

 

 ルシアはなす術も無く吹き飛ばされる。

 

 龍殺しの末裔たる少女は、龍の名を冠した技を食らい、その身を牙によって切り裂かれる。

 

 やがて、技を撃ち終えた友奈(友哉)が残心を示す中、

 

 ルシアは膝をつき、そして地面に倒れ伏した。

 

 見守っていた魔女連隊の女子達が悲鳴を上げる。

 

 彼女の武力の象徴とも言うべきバルムンクは地に倒れ、その振るい手たる少女もまた、身動きすらできずにいる。

 

 勝負はあった。

 

 友奈(友哉)は魔女連隊代表の1人、《鉄腕の魔女》を下す事に成功したのだ。

 

 刀を鞘に戻しながら、友奈(友哉)は倒れ伏したルシアに目を向ける。

 

 やはり、侮れない相手だった。もし対抗策である龍鳴閃が効かなかったら、友奈(友哉)は手も足も出せなかった事だろう。

 

 だが、

 

 周囲に群がる殺気を感じ、友奈(友哉)は動きを止める。

 

 見れば、取り囲んでいた魔女連隊の女子たちが、友奈(友哉)に敵意の眼差しを向けてきている。

 

 何を考えているのか、その意図は明らかである。

 

 ルシアはかなり、部下から慕われていたらしい。どうやら彼女達は、その仇打ちを狙っているらしかった。

 

「やめときなよ。勝負はもう着いた。それに、そんな事、彼女も望まないんじゃないかな?」

 

 一騎打ちで負けた相手を、味方が私闘(リンチ)に掛けて嬲り者にする。誇りある戦士なら、そんな事は決して望まない筈。

 

 だが、そんな最低限の礼儀も、頭に血が上っている少女達には通用しそうもない。

 

 自分達の大切な存在であるルシアを傷付けた者は、たとえ誰であろうとも許さない。そんな感情が見て取れる。

 

 再び、刀の柄に手を置き、戦闘に備える友奈(友哉)

 

 次の瞬間だった。

 

 轟音と共に博物館の外壁が崩れ、中から巨大な鉄の塊が飛び出してきた。

 

 2つの履帯を轟かせ、逃げまどう魔女連隊の女子たちを蹴散らすように飛び込んできたそれは、友奈(友哉)の目の前でドリフトするように停車して見せた。

 

「おろッ せ、戦車?」

 

 突然の事態に、思わず目を丸くする友奈(友哉)

 

 その戦車は、ブルドーザーのような車体の上に、玩具のような砲塔がチョコンと乗っており、現代の重量感ある戦車のフォルムからすると、いかにも「チャチ」な印象がある。

 

 だが、その戦車は旧日本陸軍が開発した九五式軽戦車である。攻撃力、防御力共に当時の列強各国が使用した戦車に比べて劣るものの、機動性と走破性、航続力に優れ、マレー電撃戦においては2,000キロを走破した車両もあるという伝説を持っている。

 

 そんな友奈(友哉)の目の前で戦車前部に備えられたハッチが開き、中から小柄な人影が首を出してきた。

 

「お待たせしました、監査役補佐様ッ 早く乗るですの!!」

「おろッ 島、さん?」

 

 顔を出したのは、コンステラシオンメンバーで車輛科所属の島苺である。

 

 その小柄な体躯に似合わず、車輛科では唯一、武藤とタメを張れる実力者であるらしい。

 

 だが、ワトソン、中空地と共にブリュッセルに行っていたはずの島が、なぜここにいるのか?

 

「説明は後ですのッ 早く乗って!!」

「わ、判った!!」

 

 島に促されると、友奈(友哉)はヒラリと砲塔上部に飛び乗る。

 

 同時に島はハッチを締め、戦車をスタートさせる。

 

「行くですのッ しっかり掴まっていてくださいですの!!」

 

 言うと同時に、殆どフルアクセルに近い急発進した。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 博物館を脱出する事に成功した友奈(友哉)と島は、その後、こちらもどうにか脱出してきたらしいキンジとジャンヌを回収し、一路、逃避行へと移っていた。

 

 九五式戦車は本来3人乗りである為、操縦する島の他にキンジが砲手、ジャンヌが機銃手を務め、友奈(友哉)は車上歩兵の役割を果たす為、戦車上部に陣取っていた。

 

 先述したとおり、九五式戦車は速力が意外に速い。このままなら逃げ切る事が可能かもしれない。

 

 と思い始めた時だった。

 

「ああ、これは良くないね」

 

 キンジが、僅かに声を濁らせる感じで、静かな警告を発した。

 

 再会した時、なぜか既になっていたヒステリアモードの視線は、接近しつつある敵の存在を察知していた。

 

 地平線を踏み越えるようにして追撃を仕掛けてくる大型戦車。

 

 ふとすると玩具のような印象の受ける九五式と異なり、巨大な車体に力強さを感じさせる主砲塔を搭載した、まさに「戦車然とした戦車」のシルエットを持っている。

 

 それは旧ナチスドイツが、陸戦においてあらゆる敵戦車を圧倒する事を来して開発した、当時、世界最強を誇った重戦車、Ⅵ号ことティーガーⅠだ。

 

 戦争中期のレニングラード攻防戦や北アフリカ戦線で実戦投入されドイツ軍の快進撃を支え、後期には東部戦線に投入され、敗勢のドイツ軍を支えた傑作戦車である。

 

 速力においては九五式に匹敵し、主砲には九五式の倍以上の威力を誇る八八ミリ砲を採用、装甲はやや直線を多用され、被弾経路の対策が甘いようにも見えるが、少なくとも九五式よりは厚い。

 

 こちらが歩兵支援用の火力車輌であるのに対し、向こうは対戦車戦を設計段階から意識した本格戦車である。まともな撃ち合いでは勝負にならない。と言うよりそもそも、「まともな撃ち合い」にすらならないだろう。

 

 何しろ、日本戦車を圧倒的性能で蹂躙した米戦車M4シャーマンですら、このティーガーには「必ず3対1で掛かれ」とマニュアルされたほどである。

 

 間違いなく、最悪の相手である。

 

「頼むぞ、島ちゃんッ 全速前進だ!!」

「はいですの!!」

 

 ヒステリア・キンジの激励を受け、島は九五式をかっ飛ばす。

 

 開始される砲撃の中を、全速力で疾走する軽戦車。

 

「今、私は大きい!! 私は強い!! ですの!! ひゃっはーですの!!」

 

 ハイテンションの島が、笑いながら戦車を操縦する。

 

 その時、

 

《敵陣営の通信を傍受。繋ぎます》

 

 渡されたインカムから、冷静沈着な声が響いて来る。

 

「おろ、この声は・・・・・・・・・・・・」

 

 砲声の中、聞き覚えのある声に友奈(友哉)はキョトンとする。

 

 それはコンステラシオンの残るメンバー、中空知美咲の声だった。

 

 普段はどうしようもないくらいオドオド気味の態度しか取れない彼女だが、ひとたびインカム越しに喋り出せば、テレビのアナウンサー並みに滑舌が良くなると同時に、あらゆる手段を駆使した情報収集が可能となる。

 

 言ってしまえば、性的興奮こそない物の「通信科(コネクト)版ヒステリアモード」のような物を備えた少女である。

 

 ジャンヌが出撃前に言った「援軍」とは、中空知と島の事だったのだ。

 

 中空知が繋げた通信網から、声が聞こえてくる。

 

《前進、前進!! 撃て撃て撃てーッ!!》

 

 インカムからは、かなりヒステリックな女性の声が聞こえてくる。

 

 その声を聞いたキンジが、呆れ気味に溜息をつく。

 

「何とまあ、少将閣下のお出ましとは」

 

 声の主はイヴィリタ長官。魔女連隊のリーダーを務める女性である。捕虜になっている間、キンジは彼女と顔を合わせて居る為、声を覚えていたのだ。

 

 同時に放たれたティーガーの88ミリ砲を、島は絶妙な運転で回避する。

 

 爆炎と衝撃が吹きすさび、地面にクレーターができる。

 

《もっと、ちゃんと狙いなさーい!!》

《首、首を絞めないでくださいイヴィリタ様!!》

 

 八つ当たりされたらしいカツェが、何やら喚いている声が聞こえてくる。

 

 だが、コントじみた掛け合いとは裏腹に、敵の攻撃が徐々に正確さを増してきているのが判る。

 

 苦し紛れに、キンジが九五式の主砲である37粍砲を放つが、ティーガーの装甲にあっさりと跳ね返され、敵の失笑を買っただけに終わった。

 

 逆に九五式は敵の至近弾を受けただけで、容赦なく地面から跳ね上げられている有様だ。

 

「感じる・・・・・・向こうは命中率を上げるような魔術を併用しているのだ。遠山、次は当てて来るぞ」

「何の、避けきって見せますの!! 国境の川はすぐそこですの!!」

 

 冷静に状況を分析するジャンヌに対し、アグレッシブに請け負う島。

 

 ベルギーでは魔女連隊は指名手配を受けているらしく、そこまで逃げる事ができれば振り切る事ができるはず。

 

 だが、そんな淡い期待を斬り裂くように、強烈なサイレンのような音を上げて空中を飛翔してくる物体がある。

 

「ぶ、V1だと!?」

 

 自分達に向かって飛んでくる円筒形の物体を見たキンジが、驚愕の声を上げる。

 

 それはナチス・ドイツが完成させた、世界初の弾道ミサイルである。

 

 もっとも、オリジナルのV1は精密目標を狙い撃つようにはできていないので、今向かって来ているのは、無線誘導装置を搭載した改良品かもしれない。

 

「クソッ!!」

 

 キンジはとっさに九五式の主砲を旋回させると、飛んでくるV1目がけて照準を付ける。

 

 無茶だ、と友奈(友哉)が叫ぶ前に、キンジは砲弾を発射した。

 

 果たして、

 

 キンジが放った37粍砲弾は、一瞬の飛翔の後、間髪の間をおかずに飛翔するV1に命中した。

 

 軌道を逸らされるV1。

 

 だが、喝采を上げている暇は無い。

 

 直撃こそ免れたもののV1は九五式の右後方へと着弾。

 

 その影響で、元々が軽量の九五式は、そのばで180度スピンターンをしてしまった。

 

 それでも島は超絶的な操縦技術で瞬時に状況を把握。超信地旋回を選ばず、バックで後退を試みる。

 

 しかし、V1の至近弾炸裂により、九五式は履帯を損傷したらしく、自慢の速力が大幅に低下している。

 

 このままでは、追いつかれてしまう事は間違いなかった。

 

 ノロノロと後退する九五式に、ティーガーは容赦なく追いついて来る。

 

「まずい、距離を詰められたら終わりだ」

 

 友奈(友哉)が歯噛みする中、

 

 ティーガーからメガホン越しに、カツェ達が何やら叫んでいるのが聞こえてきた。

 

「ジャンヌ・ダルク!! イ・ウーの落ちこぼれ!! お前には地獄の業火がお似合いだ!!」

 

 その様子に、友奈(友哉)は唖然とする。

 

「え、何これ? 小学生の悪口?」

 

 訳が分からず首をひねる友奈(友哉)

 

 だが、変化は機銃を握るジャンヌに起こっていた。

 

「わ、私は・・・・・・・・・・・・」

 

 俯き加減に、絞り出すような声を発するジャンヌ。

 

 一体どうしたのか?

 

 そう思っていると、インカムから中空知とは別の声が聞こえてきた。

 

《ま、魔女共の歌を聞いてはいけません!! それは「恐怖の歌」、戦時中にも使われた、敵兵の士気をくじき、その次に内乱を起こさせる歌なのです!! 魔力を持つ人間は、それを感知してしまう!!》

 

 どうやら中空知と共にいるらしいメーヤが、焦ったように警告を発してくる。

 

 成程、どうやらさっきの「悪口」は、魔術を併用した即効性のマインドコントロールのような物だったらしい。

 

 人間は良くも悪しくも、外部からの影響を受けやすい生き物だ。周囲の人間から褒められ続ければ気分は高揚するし、逆に貶され続ければ鬱にもなる。

 

 魔女たちはジャンヌにピンポイントで精神攻撃を仕掛ける事で、こちらの戦力低下を狙っているらしい。

 

 その効果は絶大だった。

 

「そうなのだ、遠山、緋村、私は・・・・・・策を巡らす女。それは、本当は・・・・・・よ、弱いから。本当は、お前達と共にある事も恥ずかしい程、弱いのだ・・・・・・だから、私は・・・・・・」

「聞くな、ジャンヌ!!」

 

 弱気になり、涙まで浮かべるジャンヌを庇うように、キンジが叫ぶ。

 

 呪いに蝕まれたジャンヌが崩れ落ちようとするのを、必死に支えているのが判る。

 

 そんな2人の様子を見て、

 

 友奈(友哉)も決断した。

 

「・・・・・・キンジ、1発、何とか凌いで」

 

 言い置くと同時に、友奈(友哉)は九五式の車体から飛び降り、地面を一気に疾走した。

 

 その耳に流れ込んでくる、清涼感のある歌声。

 

 メーヤが対抗の歌を歌う事で、「恐怖の歌」を打消し、ジャンヌの呪いを解除しようとしているのだ。

 

 向かい合う九五式とティーガー。

 

 その戦力差は歴然。

 

 だが、そんな不利は考慮にも値しない。

 

 なぜなら、その砲を操るのは遠山キンジ。「(エネイブル)」の異名を持ち、不可能を可能にする最強の男だ。

 

 彼を信じずして、他の何を信じると言うのか?

 

 放たれる両者の砲弾。

 

 そして、立ち直ったジャンヌが放つ機関砲の弾丸。

 

 次の瞬間、

 

 やや下面気味の箇所に37粍砲弾を喰らった88ミリ砲弾は、軌道を僅かに上へとずらされ、そのまま弾道を山なりに変えられると、九五式を遥かに超える形で後方に着弾した。

 

「やってくれるッ」

 

 惜しみない喝采を友に送る友奈(友哉)

 

 いわば砲弾版銃弾撃ち(ビリヤード)とも言うべき技で、キンジは友奈(友哉)の要請にこたえてくれたのだ。

 

 2発の砲弾が描いた軌跡の下を、全力で駆け抜ける友奈(友哉)

 

 同時に逆刃刀を抜刀。刃に反して両手で構える。

 

 肉薄するティーガー戦車。

 

 その巨体を見上げ、

 

「ウオォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 強烈な剣気と共に、刃を一気に斬り上げる。

 

 迸る一閃が、視界を縦に斬り裂いた。

 

 次の瞬間、

 

 ティーガーの砲身は、付けなから四分の一ほどを残して斬り飛ばされ、地面へと転がる。

 

 斬鉄

 

 本来なら日本刀では切れない筈の鉄を斬る技術で、達人級の腕前、銘刀の切れ味、裂帛の気合の3つが高いレベルで相乗した時、初めて可能になる奥義である。

 

 友奈(友哉)はこの斬鉄を使い、ティーガーの砲身を斬り飛ばして見せたのだ。

 

 何やら後方で、島が悲痛な叫びを発しているが、そこは丁重に無視しておいた。面倒くさそうだったので。

 

「・・・・・・て言うか今思ったんだけど、普通に戦車降りて魔術戦仕掛けた方が、そっちにとっては有利だったんじゃないの?」

 

 ティーガーの車体に乗りながら、友奈(友哉)は親切に教えてあげる。

 

 こっちはメーヤが別行動中なので、ステルスはジャンヌだけだったのだ。もし魔術戦を仕掛けられたら、不利になるのはこっちだったはずなのだ。

 

 まあ、それも今さらではあるが。

 

 友奈(友哉)は刀を納めるとティーガーから飛び降りて、ノロノロと後退する九五式を追いかける。

 

 取りあえずこれで、この場は逃げ切れるだろう。

 

 だが、相変わらず欧州戦線の不穏は続いており、師団は劣勢のままである。

 

 どうにかして、どこかで巻き返しを図らない事には、本気でじり貧になりかねないのが現状だった。

 

 

 

 

 

 因みに、ティーガーを壊した罪で、友奈(友哉)は後ほど、島から駄々っ子パンチでポカポカと殴られるのだった。

 

 

 

 

 

第10話「竜王の嘶き」      終わり

 

 

 

 

 

欧州戦線 前編   了

 


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