緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第7話「仮面舞踏会」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランペイジ・デコイ

 

 通称「暴れん坊の囮」と称されるこの戦法は、味方の主力部隊が拠点の防備を固めている隙に、少数精鋭の部隊が最前線で派手に暴れて敵の目を引き付ける事を基本とする。

 

 今回、友奈(友哉)達欧州派兵班に課せられた使命が、このランペイジ・デコイである。

 

 東京をイクス・バスカービルが、香港を藍幇が固めている隙に、友奈(友哉)達は欧州で派手に暴れて眷属の目を引き付ける。

 

 その隙に、バチカンやリバティ・メイソンと言った欧州の師団勢力は戦力の立て直しを図るのだ。

 

 魔女連隊やイ・ウー主戦派と言った主力も警戒が必要だが、謎の傭兵である妖刕、魔剱にも注意を払わなくてはならない事を考えれば、かなり困難な任務が予想された。

 

 

 

 

 

 友奈(友哉)が目を覚ますと、カーテンからは朝の日の光が差し込んできていた。

 

 その光が瞼を透過する形で、眼球を刺激してくる。

 

「・・・・・・うわ、どれくらい寝てたんだろ?」

 

 身体が妙にけだるく感じる。少なくとも、かなりの時間、眠っていた事は間違いなかった。

 

 その時、寝室に通じる扉が開き、部屋着姿のジャンヌが出てきた。

 

「おはよう緋村。随分と寝たものだな」

「ああ、おはよう。ごめん。完全に爆睡しちゃって」

 

 既にパリ到着から1日が過ぎていた。

 

 長旅に加えて時差ボケも有り、友奈(友哉)は自分で思っている以上に体力を消耗していたのだ。

 

「ご、ごめん、何かあの後、動きは・・・・・・」

 

 言いかけた瞬間、

 

 ク~~~~~~~~~~~~

 

 何とも間の抜けた音が、友奈(友哉)の腹から聞こえてきた。

 

 無理も無い。丸一日眠っていたと言う事は、丸一日何も食べていなかった事を意味しているのだから。空腹を覚えて当然である。

 

 顔を赤くする友奈(友哉)

 

 それに対し、ジャンヌはクスクスと笑う。

 

「まずは風呂に入ってこい。それから食事だ。話はその時でも良いだろう」

「う、うん」

 

 ここは、素直に従っておいた方が良いと思った。

 

 風呂場に入ると、よく洋画等で見かけるバスタブに戸惑ったが、取りあえず試行錯誤しながら湯に浸かる。

 

 風呂桶に溜めた湯に浸かっていると、寝ぼけた意識が徐々に覚醒してくるようだった。

 

 身体を充分にあっためると、ジャンヌが用意しておいてくれたらしいバスタオルで体を拭き、そして制服を着込んで行く。

 

 女子用のセーラー服の着方も、CVR教諭の結城ルリにみっちりと仕込まれた為、今では男子用の制服並みに慣れた手つきで着る事ができる。

 

 勿論、それで恥ずかしさが和らぐ事は、薄紙一枚分もあり得ないのだが。

 

「・・・・・・とにかく、日本に帰るまでの我慢だ」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 

 日本に帰る事さえできれば、この屈辱的な格好を止める事もできるのだから。

 

「っと、これも忘れられないな」

 

 セーラー服を着込んだ友奈(友哉)は、スカートのポケットからスプレーを取り出して、全身に振りかける。

 

 これはCVRと装備科が共同開発した特殊な香水で、女性特有の匂いを発する作用がある。

 

 男と女は体臭に違いがある。これは両者が発するフェロモンの差でもあるのだが、男は女を引き付けやすいように、そして女は男を引き付けやすいような匂いを、汗と共に発すると言われている。

 

 この香水は、そうした女性特有のにおいを体に磨り込む事ができるのだ。

 

 とは言え、こんな物を使わなくてはいけない辺り、友奈(友哉)の精神的ダメージはいよいよ壊滅的なレベルになりつつあるのだが。

 

「何か僕、後戻りできない方向に進んで行っているような気がするのは、気のせいかな?」

 

 朝からブルーな気分に浸りつつ、友奈(友哉)は大きくため息を吐いた。

 

 着替えを終えた友奈(友哉)がリビングへと戻ると、既にキンジも起きており、更にジャンヌが朝一で買って来たらしいパンがテーブルの上に置かれていた。

 

「・・・・・・そう言えば」

 

 席に着きながら、友奈(友哉)はふと思った事を口にする。

 

「キンジって、昨夜はどこで寝たの?」

 

 言った瞬間、キンジの動きがピシッと固まる。

 

 ソファーは友奈(友哉)が占領していたし、この部屋にはベッドは一つしかない。キンジが寝るスペースは無かったはずだが。

 

「遠山なら昨夜は私と・・・・・・」

「ゆ、床だッ 床にマットを敷いて寝たんだよ!!」

 

 何か言おうとしたジャンヌを遮る形で、キンジが答える。

 

 何やらひどく慌てた様子だが、何だかそれ以上追及できるような状況でもない為、取りあえずはそれで納得しておくことにした。

 

「そ、それより、これからの作戦の事なんだがな・・・・・・」

 

 ぎこちない感じで話題を変えるキンジ。

 

 キンジがシャルル・ド・ゴール空港で訓示したとおり、この修学旅行の補習では、特に何かやる事が決まっている訳ではない。

 

 と言う事は、「欧州戦線の救援」を活動内容にしても、何ら問題は無い訳だ。

 

「まずは、メーヤを呼ぶ事になった」

「メーヤさんって、バチカンの?」

 

 友奈(友哉)も宣戦会議で会った事があるバチカンの聖女。やたら巨大な大剣を振り回し、カツェを特に危険視していたのを覚えている。

 

「でも、バチカンは今、孤立しているんでしょ。そんなところから、戦力を引き抜いちゃってもいいの?」

「このまま守りに徹してもじり貧になるのは目に見えている。ここは抜本的な解決策が必要だ」

 

 ジャンヌの説明に、友奈(友哉)は納得したように頷きを返す。

 

 確かに、負けが込んでいる勢力と言うのは、亀のように拠点にこもって防御を固めるのが定石だが、それでは敵に良いように戦力を削られた後、総攻撃を喰らってアウトである。

 

 ここはあえて「攻め」に転じ、一気に状況を覆すのも作戦としてはアリだろう。

 

「メーヤは『祝光の聖女』、敵からは『祝光の魔女』と呼ばれている。簡単に言えば、とにかく『運が良い』のだ」

「いや、運が良いって・・・・・・」

 

 ステルス系はさっぱりな友奈(友哉)は、ジャンヌの説明に首をかしげる。

 

 運が良いから、要するに何だと言うのだろう?

 

「運とは魔学上、最古から研究され、最新の研究も続いている、メジャーな分野の一つ。そして、最も危険な分野でもある」

 

 ジャンヌの説明によれば、運とは非常に平衡的な物であり、ある一方に運が良ければ、他方の運が悪くなる、といった具合に、バランスを取る性質があるらしい。

 

 その点、メーヤの場合はカトリックの祝福の粋を集め、武運に恵まれるように幸運強化をしているそうな。その分、どこか別の分野で割を食っているらしいが。

 

「メーヤとの合流を待って行動を開始するが、目標としては、魔女連隊の持つ兵器倉庫『兵器庫(アルゼナール)を探して叩くのが好ましいと、私は考えている。

 

 魔女連隊はその超常的な名称とは異なり、近代兵器も多数保有し、積極的に戦線投入していると言う。

 

 魔術一辺倒のバチカンや、隠密戦メインのリバティ・メイソンが苦戦している理由の一つが、それであると思われた。

 

「何とか兵器庫の場所を探り当て叩く事ができれば、欧州戦線はだいぶ楽になる筈なんだが・・・・・・」

「できないの?」

 

 尋ねる友奈(友哉)に、ジャンヌは苦い表情で頷きを返した。

 

「場所が判らないんだ。これまでリバティ・メイソンが幾度も偵察を仕掛けたが、悉く失敗に終わっている。どこか、意外な場所に隠されていると思われるのだが・・・・・・」

「成程ね」

 

 敵にとっても最重要の拠点と言う事だ。

 

 とすれば、もし兵器庫を叩く事ができれば、欧州戦線を一気に終息に導き、それを持って極東戦役を終結させる事も不可能ではないかもしれない。

 

「何か、作戦は?」

 

 《銀氷の魔女》ジャンヌ・ダルクは、同時に優れた参謀でもある。何かしら、策を用意してくれている事を期待して友奈(友哉)が尋ねる。

 

 果たして、ジャンヌは友奈(友哉)の質問に対し、頷きを返す。

 

「これは、リバティ・メイソン経由の情報だが、カツェが今、パリに来ているらしい。普段は普段はストラスブールにいるのだが、戦役以外の何らかの理由で、パリに来ているらしい」

「つまり、カツェを逮捕して、奴に兵器庫の場所を吐かせる事ができれば、事は一気に進むって訳だ」

 

 ジャンヌの説明を補足するようにキンジが言う。

 

 確かに、戦役以外の理由でパリにいるなら、カツェは眷属メンバーとは離れて単独行動している可能性が高い。全員で攻めれば、捉える事も不可能ではなかった。

 

 ともかく、今はメーヤと合流した上でカツェを探す。

 

 その方針で、一同の意見は一致した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜7時過ぎ。

 

 友奈(友哉)達は、バチカンから来たメーヤと合流すべく、ガルニエ宮にやってきた。

 

 ネオ・バロック調と呼ばれる様式で建てられた宮殿は巨大且つ荘厳で、屋上には芸術の象徴たる黄金の像が立ち、外壁にもびっしりと彫刻が施されている。

 

 ある意味、場違いなのではと思えるような建物を見上げ、友奈(友哉)とキンジは言葉も出ない感じである。

 

 ジャンヌの説明では、ここで行われる仮面舞踏会(バル・マスケ)において、メーヤと合流するのだとか。

 

 わざわざこんな面倒くさい手順を踏むのは、万が一、自分達やメーヤに尾行があった場合、この仮面舞踏会の混雑を利用して撒く為であるとか。

 

 その為、3人ともそれぞれ、パーティ用の恰好に着替えていた。

 

 ジャンヌはややタイトなドレス、キンジも、ジャンヌがどこかから調達してきた白のタキシードを着込んでいる。

 

 元々モデル並みにスタイルの良いジャンヌは、ドレスを切る事で体の曲線が強調され、より華やかな雰囲気になっている。

 

 キンジはと言えば、元々、パッと見た感じはクールな感じがする事もあり、白のタキシードがよく素材を引き立てていた。

 

 友奈(友哉)は、パーティとは言え女装を解くわけにはいかないので、ジャンヌからサイズの合うドレスを借りて着ている。こちらは、ややフレア上に広がった膝丈スカートに、レースのフリルが入った半袖のブラウス、腕には肘上まで覆おう手袋をしている。一応、胸にはパットを入れて誤魔化している。

 

 その他、仮面舞踏会と言う事もあり、キンジは端から下を覆うタイプの仮面をしている。ちょうど、「オペラ座の怪人」のファントムがしていたような仮面である。

 

 友奈(友哉)は逆に、目元だけを覆う仮面をしている。これは黒い縁取りのある、貴婦人が身分を隠す際に使用する物だ。

 

 ジャンヌはと言えば、なぜか頭にネコミミを乗っけている。これは出国前に理子がジャンヌに渡した物で、一応、ネコミミ型の集音機になっているらしい。これを付けると「ニャンニュ(命名:理子)」の完成である。

 

「でもさ、これ、持って行っても本当に大丈夫なのかな?」

 

 友奈(友哉)は言いながら、手に持った逆刃刀を指し示す。

 

 いかに武偵とは言え、舞踏会のような場所に持っていくのは似つかわしくないのは確かである。

 

 対して、ジャンヌは何でもないと言った感じに笑いかける。

 

「問題無い。入ってみればわかるさ。ついて来い(フォロー・ミー)

 

 そう言うと、さっさと歩き出すジャンヌ。

 

 仕方なく、友奈(友哉)とキンジも顔を見合わせて後に続くのだった。

 

 入口から地下の会場へと入ってみると、成程、と納得する。

 

 薄暗い内部には、きちっと正装を着込んだ身形の良い者達が、それぞれパーティを楽しんでいる。

 

 最も、大半の者が顔を隠している辺り、怪しいムードは拭えないが。

 

 中にはそうとうおかしな恰好をしている者までおり、一種のコスプレ会場のような様相を呈しているのが判る。

 

 そう考えれば、たかだか日本刀の一つや二つ、持っていたところでコスプレ用小道具以上には見られない事は明白だった。

 

 と、

 

「ミャォウ」

 

 突然、ジャンヌが猫の鳴きまねをしてみせる。

 

 ネコミミを付けているから、そのキャラ付か何かだろうか?

 

 そう思っていると、ジャンヌは手にしたウマのぬいぐるみを掲げて見せた。

 

「何だそれ?」

「猫がウマを持つと言う、愉快な目印だ。メーヤの側は犬が牛を持っている」

 

 尋ねるキンジに、どこが愉快なのかよくわからない説明をする。

 

「ようするに、メーヤは犬の恰好で、馬のぬいぐるみを持っているって事か?」

「そう言う事だ。少し手分けして探そう。思ったより人が多いからな。5分後にここで落ち合うぞ」

 

 ジャンヌの言葉に頷きを返すと、3人はそれぞれ、別々の方向へ人ごみをかき分けるように歩き出した。

 

 とは言え、地下室にこの人だかりである。小柄な友奈(友哉)では、まっすぐ歩く事すら難しい。

 

 加えて、暫くして、自分がメーヤの事をあまりよく知らない事を思い出した。会ったのは宣戦会議の時の一回だけだし、その時も、殆ど会話らしい会話をしなかった。

 

 だと言うのに、このコスプレ集団の中から彼女を探すのはかなりの困難を擁する。

 

「・・・・・・ま、良いか。顔は知ってるし。それに、いざとなったら2人に任せよう」

 

 そう気楽に考えると、再び人だかりをかき分けて歩き出す。

 

 改めて見ると、多種多様な仮装(コスプレ)をした者達でいっぱいである。

 

 中には、日本のアニメのキャラクターに扮している者までいるくらいだ。

 

 日本のサブカルチャーは世界随一と言われている事を考えれば、そう言う選択肢も有りなのかもしれない。

 

 と、脇を見ながら歩いていたせいか、正面に立っている人物に気付かずに突っ込んでしまった。

 

 ボフッ

 

「おろッ?」

「おや、大丈夫ですか?」

 

 タキシードを着た紳士は、友奈(友哉)を優しく抱き留めると、姿勢を正してくれる。

 

「これだけの人だかりですからね。気を付けて歩いた方が良いですよ」

「そうですね、すみません」

 

 そう言って顔を上げた友奈(友哉)

 

 次の瞬間、絶句した。

 

 なぜなら、その人物の顔に見覚えがあったからだ。

 

 否、正確に言えば、友奈(友哉)はその人物の顔を見た事は一度も無い。

 

 そしてある意味、この場において最も相応しい出で立ちをした人物である事は間違いなかった。

 

「由比彰彦!?」

「おやおや、誰かと思えば、緋村君でしたか」

 

 緊張を高める友奈(友哉)に対し、彰彦はあくまでも飄々とした態度を崩すことなく対峙する。

 

 普段から仮面をつけて素顔を隠している彰彦は、この仮面舞踏会の会場にあって、何の違和感も無く溶け込んでいた。

 

「随分、奇遇な所で会いますね」

「クッ」

 

 とっさに、刀の柄に手をやる友奈(友哉)

 

 しかし、

 

「やめておきましょう」

 

 そんな友奈(友哉)を制するように、彰彦はスッと手を翳して見せた。

 

「ここで暴れても、お互いに得な事は何もありませんよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、友奈(友哉)は周囲を見回す。

 

 見れば、居並ぶパーティ参加者たちが、手を叩きながら2人の様子に歓声を上げている。どうやら、パフォーマンス的なイベントの一環だと思われているらしい。

 

 確かに、ここで暴れたりしたら、収拾のつかない大混乱になる事は間違いない。何よりメーヤとの合流が目的である以上、騒ぎになるような事は控えなければならない。

 

 友奈(友哉)としては不承不承ながら、ここは剣を引くしかなかった。

 

 そんな友奈(友哉)の様子を見ながら、彰彦は仮面の奥で笑みを見せる。

 

「ご理解いただけたようで助かります・・・・・・ところで・・・・・・」

 

 言いながら、彰彦のぶしつけな視線が友奈(友哉)に注がれる。

 

「な、何ですか?」

「いえ、まさか、君にそのような趣味があるとは知りませんでした」

 

 言われてから、友奈(友哉)はハッとなって、自分の今の恰好を思い出す。

 

 そう言えば、女装しているのをすっかり忘れていた。

 

「そう言う事なら早く言っていただければ、そう言った関連の接待も、こちらでご用意いたしましたのに」

「断じて違います!!」

 

 ガーッと言い募る友奈(友哉)

 

 もう、周りの目なんて気にせず、このまま斬り掛かっても良いんじゃないかと、割と本気で思っていた。

 

「そ、それより」

 

 慌てて話題を変える友奈(友哉)

 

 これ以上、話を長引かせたりしたら、変な方向に持って行かれそうだったので。

 

「あなたこそ、こんな所で何をしているんですか?」

 

 まさか、このような場所で彰彦に遭遇するとは思っていなかったのは、友奈(友哉)も同様である。その真意を確かめる必要があった。

 

 それに対し、肩をすくめて見せる彰彦。

 

「勿論、仕事ですよ」

「仕事って、戦役関連の?」

「他に何があると?」

 

 彰彦の答えに、友奈(友哉)はスッと目を細める。

 

 まさか、こちらの作戦が読まれたのか?

 

 警戒する友奈(友哉)を前にして、彰彦はフッと緊張を解くように言う。

 

「まあ、ここに来たのは、ある方との待ち合わせの為なのですが・・・・・・」

 

 言いながら、ウェイターの持つトレーから、グラスを2つ取り、片方を差し出してきた。

 

「良い機会です。一杯、付き合いませんか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 彰彦の真意は判らない。

 

 だが少なくとも、お互いにここで仕掛ける事が出来ないのは確かだった。

 

 友奈(友哉)はグラスを受け取ると、煽るようにして口へと流し込む。

 

 熱い液体が喉を通過するのを感じながら視線を向けると、僅かに仮面をずらした彰彦もまた、グラスに口を付けている所だった。

 

 そう言えば、

 

 友奈(友哉)は彰彦が仮面を取っている所を見た事が無い。

 

 一体なぜ、あのような仮面をしているのだろうか?

 

 そんな友奈(友哉)の視線に気付いたのか、彰彦は視線を向けてくる。

 

「この仮面が気になりますか?」

「それは・・・・・・まあ・・・・・・」

 

 曖昧な返事をする友奈(友哉)に対し、彰彦はフッと笑い掛ける。

 

「この仮面はね、緋村君。いわば願掛けですよ」

「願掛け?」

 

 意外過ぎる答えに、友奈(友哉)は首をかしげる。

 

「そう、我が一族の悲願。それを達成するまで掛けつづけなくてはならない、という、ね」

 

 言いながら彰彦は、飲み干したグラスをテーブルの上へと置く。

 

「人は叶えたい願いがある時には、願掛けをする物です。それが一族の総力を挙げた願いともなれば尚更、ね」

 

 そう言うと、彰彦は友奈(友哉)に背を向けて歩き出す。

 

「ちょっと!!」

「言った通り、ここで仕掛ける気は私にはありませんし、キミの事を眷属の方々に報告する気もありません。だから、存分にパーティを楽しんでください」

 

 そう言って、後ろ手に手を振りながら去って行く彰彦。

 

 その姿を、友奈(友哉)は立ち尽くしてみ守る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 友奈(友哉)と別れた彰彦は、暫くして、壁際で腕を組んで佇んでいる少女の傍らに立った。

 

「お待たせしましたか?」

「遅ェよ、ナンパでもしてたのか?」

 

 悪びれた様子も無く言う彰彦に、少女は睨み付けるような視線を向けてくる。

 

 それに対して、彰彦はクックッと仮面の奥で笑う。

 

「ええ、まあ、そんなところです」

 

 何しろ、友奈(友哉)のあの恰好である。ナンパと取られてもおかしくは無いだろう。

 

 それにしても、女装があれほど完璧に決まる人間が、果たしてどれくらいいるだろう? 下手をすると、イ・ウー時代に一緒に戦った御ことがある遠山金一、カナにも匹敵するのではないだろうか?

 

 あれで男であると言われても、下手な冗談にしか見えなかった。

 

 そんな彰彦を横目でにらみつつ、少女は壁から背を離す。

 

「とにかく行くぞ。これ以上、カツェを待たせたくないからな」

「判りました。それにしても、あなたもなかなか律儀な方ですね。研修の護衛の為に、わざわざ、敵地まで来るとは」

「カツェの頼みだからな。あいつの頼みじゃ、断る訳にはいかないさ」

 

 そう言って歩き出す少女の背に従い、彰彦も出口へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 彰彦と別れ、友奈(友哉)は足早に人ごみをかき分けながら歩いていた。

 

 彰彦がここにいた、と言う事は他の眷属メンバーもいると言う事だ。それが誰かは判らないが、万が一、こちらの顔を知っている人間だとすれば、最悪の場合、奇襲を喰らう可能性もある。

 

 速やかにジャンヌ、キンジと合流し、メーヤを回収して撤収する必要があった。

 

 忘れていたが、このパリは今、欧州戦線の最前線なのだ。敵がいつ攻め込んで来たとしても不思議ではなかった。

 

 と、比との間を縫うようにして歩いている内に、見知った銀髪ネコミミ少女が目に飛び込んできた。

 

「ジャンヌ!!」

 

 呼びかけながら、急ぎ足で駆け寄ると、ジャンヌも友奈(友哉)の姿に気付いて振り返って来た。

 

「ああ、緋村か。メーヤはいたか?」

「いや、見付けられなかった。それよりも・・・・・・」

 

 友奈(友哉)は起こった出来事を、かいつまんで説明する。

 

 その説明を聞いている内に、ジャンヌの顔を見る見るうちに険しくなっていった。

 

「そうか、由比が来ていたか。これは、のんびりもしていられないな」

「もしかしたら、眷属の本隊も迫っている可能性もある。作戦を早めた方が良いよ」

「同感だ。遠山達にも伝えて、この場を離れよう」

 

 2人は頷き合うと、再び人ごみの中へと足を踏み入れようとする。

 

 すぐ傍らで騒動が起こったのは、その時だった。

 

「何だ?」

「さあ?」

 

 喧騒に首をかしげつつ、揃って中を覗き込んでみる友奈(友哉)とジャンヌ。

 

 そこには、

 

 我等が親友にして、師団のリーダーとも言うべき遠山キンジ君が、ホルスタイン級の巨乳美女を押し倒す形で、その乳房の中に顔をうずめていた。

 

 その押し倒された美女はと言えば、

 

「あら、まあ・・・・・・」

 

 何やら頬に手を当てて嬉しそうにしている。

 

「おろ、あれって、メーヤさんじゃ?」

「・・・・・・確かにな」

 

 キョトンとする友奈(友哉)の言葉に、ジャンヌは何やら妙に抑え気味の口調で返事をすると、カツカツとハイヒールを鳴らしながら近付いていく。

 

「遠山ッ 衆人環視の中で何をしている!!」

 

 ジャンヌの苛立ち交じりの怒声が響き、視線が彼女に集中される。

 

 それに対し、返事をしたのはキンジでは無く、押し倒されているメーヤの方だった。

 

「はいィ そのお声はジャンヌさんですね? ああよかった、お会いできて」

「久しぶりだなメーヤ。遠山に襲われたのか?」

「いや、違うんじゃないかな、予想だけど・・・・・・」

 

 取りあえず、フォローのつもりで友奈(友哉)が横から口を挟んでおくが、どうやらジャンヌは聞いていない様子である。

 

「あの、その・・・・・・急に遠山さんが胸に飛び込んできて、私には何が何だか・・・・・・」

 

 普段の性格がポケポケしているメーヤは、そう言いつつオロオロしており、イマイチ要領を得ない。

 

 だが、ジャンヌはそれで全て納得したように、険しい表情で頷く。

 

「この男は時々、急に女を襲う習性があるのだ。かつて、私も手籠めにされそうになった事がある。それも、ヒルダとの戦いで弱っている時にな」

 

 と、火に油を、自らドボドボと注いでいくジャンヌ。

 

 対して、メーヤは目をキラキラと輝かせる。

 

「まあ、そうなんですか。それはそれで、期待感の持てる方ですね」

 

 そこで、ようやく体勢を立て直したキンジが、メーヤの胸から顔を上げた。

 

「お、おいジャンヌッ 言っておくが、今のは完全に不幸な偶然だからなッ」

 

 とっさに言い訳しようとしているキンジ。

 

 だが、当のジャンヌは全く聞いておらず、手にしたカクテルを、景気付とばかりに一気飲みすると、自分の胸を見て、次いでメーヤの胸を見てから顔を上げた。

 

 ポン

 

 キンジの鼻っ面に馬のぬいぐるみを投げつけるジャンヌ。

 

 キンジが抗議の声を上げる中、どこからともなく馬上鞭を取り出して見せた。

 

「な、何するんだよッ て言うか、何をそんなに怒っているんだ!?」

「別に怒ってなどいない」

「いや、怒ってるだろ」

「ない。ところで遠山、良い事を教えてやろう。駄馬をしつけるのに最適な物は何だと思う? それは鞭だ」

 

 言いながら、ジャンヌは手にした鞭をヒュンと一振りする。

 

 それだけで、周囲の人間たちは面白そうに歓声を上げる。どうやら、SMショー的な何かが始まると、勝手に勘違いしているらしい。

 

「因みに、鞭は一般の欧米圏では、子供をしかるときに使う」

 

 日本では体罰等の問題が深刻化し子供をしかるのに(武偵校以外では)暴力を振るう事は少なくなってきたが、欧米ではまだ、それら「躾の文化」が根強く残っていると言う事だろう。

 

「・・・・・・一晩ごとに女を換えるような節操無しには、痛みで罪と罰の意味を覚えさせてやる。遠山、お前は私とメーヤを侮辱した。侮辱されたら仕返しするのが騎士道だ」

 

 早速、酔いが回り始めているのか、ジャンヌは言動までおかしくなり始めている。

 

 それに対し、もはや説得は不可能と判断したキンジ。その場から脱兎のごとく逃げ出す。

 

「待てェい!!」

 

 対して、鞭を振り翳しながら追撃するジャンヌ。

 

 逃げるキンジに追うジャンヌ。

 

 状況が違ったら、さぞ羨ましい状況であろう。

 

「トオヤマさーん、ジャンヌさーん、どっちも頑張ってくださーい!!」

「キンジはホント、どこ行ってもブレないね。ま、死なない程度に頑張ってー」

 

 メーヤは大剣を振り回しながら、友奈(友哉)は呆れ気味にそれぞれ声援を送る。

 

「煽るなメーヤ!! あと緋村は見てないで助けろ!!」

 

 逃げながら絶叫するキンジ。

 

 その状況に歓声が加わり、場は大きく盛り上がるのだった。

 

 

 

 

 

第7話「仮面舞踏会」      終わり

 


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