緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第4話「武偵達の正月」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月の終わりともなれば、長野の雪はだいぶ深くなり始める。

 

 整地されていなければ、歩くだけでも一苦労である。

 

 一面の銀世界に覆い尽くされた山里と言うのは、ある種、冬の風物のような趣があり、東京では見る事の出来ない風景だった。

 

 大晦日を迎えたこの日、深い雪をかき分けるようにして、友哉達は茉莉の実家である瀬田神社へとたどり着いた。

 

 とは言え、ここに来るまでがひどく大変だった。

 

 元々、数の少ない路線バスが、雪で更に本数が減らされた為、危うく年内には到着できないと思った程である。

 

 神社の鳥居が見えた時には、思わずホッとしてしまった。

 

 だが、そんな苦労を忘れさせるような、美しい光景が目の前に広がっていた。

 

「夏に来た時は緑に覆われて綺麗だったけど、冬は冬で良い景色だね」

 

 周囲を見回しながら、友哉は感嘆したように呟いた。

 

 辺り一面に広がる銀世界。周囲の山々は元より、目についた民家の屋根もまた、全てが白銀の雪に覆われた光景は、幻想的の一言に尽きる。

 

 夏場の緑に囲まれた光景も良かったが、こうして雪に囲まれた様子を見るのも趣が合って良かった。

 

 始めて来た彩夏なども、目を奪われている様子だ。

 

「皆さん、こっちです」

 

 先を歩く茉莉に導かれ、一同は、石段のある参道の方へと歩いて行く。

 

 しばらく歩くと、何やら活気に満ちた喧騒が聞こえてきた。

 

 人々が話す声に交じって、何かの作業音も聞こえてくる。

 

 茉莉を先導にして進んで行くと、やがて音の出どころに辿りついた。

 

 参道の左右を埋めるように、多数の出店屋台の建設が進んでいる。

 

 恐らく、正月参拝客を狙った出店なのだろう。綿飴にフランクフルト、イカ焼きなど、食べ物系を中心に多くの屋台建設が進んでいた。

 

 正月もまた稼ぎ時の一つである事に変わりは無い。作業している皆は、活気を滲ませて作業している。

 

「おう、茉莉じゃねえか。帰って来たのか!!」

「茉莉ちゃん、今年も宜しく!!」

 

 出店する幾人かは茉莉とは、毎年の顔なじみであるらしい、前を通ると気さくに挨拶をしてきた。

 

 それらに挨拶を返しながら石段を登って行くと、友哉達にとっては4か月ぶりとなる瀬田神社拝殿が姿を現した。

 

 こちらも雪化粧に身を包んでおり、神社と言う場所柄もあって、一種の神々しい雰囲気を醸し出していた。

 

 すると、見覚えのある女性が、笑顔でこちらに近付いて来るのが見えた。

 

「ああ、茉莉ちゃん、おかえり。緋村君に相楽君、瑠香ちゃんも、よく来たわね」

「おばさん、ただいま帰りました」

 

 駆け寄ってきた高橋さんに、茉莉は軽く会釈して挨拶する。

 

 夏に友哉達もあった事がある高橋さんは、瀬田神社の近所に住む女性で、母を早くに亡くした茉莉にとって、母親代わりの人物である。

 

「高橋さん、またお世話になります」

「あらあら、大歓迎よ。みんな、自分の家だと思って、ゆっくりして行ってね」

 

 一同を代表してあいさつする友哉に、高橋さんはコロコロと笑いかける。

 

 その時、

 

 玄関の扉が開き、宮司姿の男性が姿を現した。

 

 中肉中背ながら、どこかいかめしい顔つきの男性は、それでいて、不思議な温かみも感じる事ができる。

 

 その男性と目を合わせると、茉莉は笑顔を向ける。

 

「お父さん、ただいま」

 

 茉莉がそう言うと、男性もまた重々しく頷きを返す。

 

「おかえり。良く帰って来たね、茉莉」

 

 茉莉の父はそう言うと、友哉達を見回す。

 

「みんなも、夏に来てくれたときは、碌に挨拶もできなくてすまなかったね。茉莉の父の瀬田信次郎だ」

 

 見た目に反して、耳に通るような優しげな響きのある声である。

 

 言ってから、信次郎の目は友哉に向けられた。

 

「君が、緋村友哉君だな。話は茉莉からよく聞かされている。不肖の娘が、いつも世話になっているね」

「い、いえ、僕の方こそ、茉莉・・・さんに、いつも助けられてばっかりで」

 

 流石に、自分の彼女とは言え、その父親の前で呼び捨てにする事は憚られ、友哉は慌てて言い直す。

 

 そんな友哉を目を細めて見ながら、信次郎は口を開いた。

 

「実は緋村君。来て早々、申し訳ないが、君に折り入って頼みたい事があるのだ」

「おろ?」

 

 首をかしげる友哉。視線を茉莉に向けてみるが、彼女も何のことか判らないらしく、同様に首をかしげていた。

 

 「着いて来なさい」と言う信次郎の言葉に従い、一同は揃って歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 瀬田家の持つ道場はそれなりの広さを誇っており、友哉の実家にある道場と比較しても、遜色無い物だった。

 

 この場で茉莉は、幼いころから厳しい修練を信次郎から施され、今に至る強さを手に入れていたのである。

 

 その道場の中央で今、2人の男が木刀を構えて対峙していた。

 

 1人は信次郎、そしてもう1人は友哉である。

 

 信次郎の頼みとは、友哉に立ち合って欲しいとの事だった。

 

 他の面々が見守る中、友哉と信次郎は油断ない視線をかわしながら、切っ先を互いに向け合っている。

 

 既に道場の空気は臨戦態勢にまで高められていた。

 

「お父さん、友哉さんだって長旅で疲れているんですよッ それなのにッ」

「黙っていなさい、茉莉」

 

 娘の抗議を、信次郎はピシャリと遮断する。

 

 その意識は既に、友哉との激突に傾注されていた。たとえ娘と言えど、口出しは許さない、という態度を崩そうとしなかった。

 

 一方の友哉はと言えば、現在に至る状況にイマイチ理解が追いつかないながらも、こちらも意識を高めて激突の瞬間に備えていた。

 

 信次郎がなぜ、友哉との立会いを望んだのかは判らない。

 

 しかし、やる以上、友哉は手加減する気は無い。

 

 元より、相手は茉莉の師だ。手加減などと考えた瞬間、叩き伏せられるであろう事は目に見えていた。

 

「て言うか、完全に予想外なんだけど。茉莉ちゃんパパって、こんなぶっ飛んだキャラだったんだ」

「まあ、茉莉のあの性格からは、ちょっと想像できないわよね。あの娘、お母さん似かも」

「良いじゃねえか、面白くなってきたし」

 

 茉莉と並んで見守っている瑠香が唖然として、彩夏が呆れ気味に、陣が面白そうに、それぞれ口々に言う。

 

 次の瞬間、

 

 信次郎と友哉は、ほぼ同時に床を蹴って疾走した。

 

 一瞬で詰められる間合い。

 

 同時に、互いの木刀が振るわれる。

 

 横薙ぎの友哉に対し、信次郎は真っ向から振り下ろす形だ。

 

 激突する刀身。

 

 金属とは違う、木の乾いた音が道場に鳴り響く。

 

 次の瞬間、友哉は押し負ける形で後退を余儀なくされた。

 

「ッ!?」

 

 息を呑みながら後退しつつ、体勢を立て直そうとする友哉。

 

 しかし、それを許さず、信次郎が斬り込んで来た。

 

『速いッ!?』

 

 目を見張る友哉。

 

 振り下ろされた木刀を、とっさに繰り出した自分の木刀で弾く。が、そこから反撃につなげる事はできない。

 

 あまりの踏み込みの速さに、友哉は対応するので精いっぱいである。

 

 茉莉の師であるから、恐らくは縮地もできるのだろうが、ある意味、娘以上の戦闘力である。

 

「ならッ」

 

 短い呟きを残すと、友哉は振り下ろされる木刀をすり抜ける形で上昇を掛ける。

 

 縮地使い相手に、後の先を待つのは危険すぎる。ここは自分から積極的に動いて戦いをリードしないと勝機は無かった。

 

 友哉の動きに気付いた信次郎も視線を上げるが、その時には既に、友哉は攻撃態勢を整えていた。

 

「飛天御剣流、龍槌閃!!」

 

 放たれる一撃。

 

 その攻撃を、

 

 信次郎は木刀を振り上げて防ぐ。

 

 否、僅かに膝をたわめ、龍槌閃の衝撃を堪える信次郎。

 

 その姿を見て、未だに空中にある友哉は軽く目を見張る。

 

 友哉自身、木刀なので威力は抑えざるを得なかったが、それでも龍槌閃の直撃にまともに耐えられるとは思って無かった。

 

 追撃を。

 

 そう思い、着地と同時に木刀を横に振り抜く友哉。

 

 しかし、当たらない。

 

 友哉が木刀を振り抜くよりも早く、信次郎は一足飛びに間合いから遠ざかったのだ。

 

 木刀を振り切った状態で、友哉は信次郎を見据える。

 

 信次郎は、例のダム建設を事件で襲撃され、長期入院生活を送っていた身である。

 

 それでいて、この身のこなし。万全の状態だったら、シャーロックとも互角に戦えるのではないだろうか?

 

 そこで、

 

 ふっと信次郎は笑うと、構えを解いた。

 

「いや、すまなかったね。急に変な事を頼んでしまって」

「・・・・・・いえ」

 

 やわらかい真次郎の声を聞いて、友哉もまた構えを解く。

 

 どうやら決着を付ける事が目的ではなく、単純に剣を合わせてみたかっただけらしい。

 

「茉莉から、君が飛天御剣流を使うと聞いていてね。一度、立ちあってみたかったんだ」

「飛天御剣流を知ってるんですか?」

 

 真次郎の言葉に、友哉は目を丸くする。自分の流派の名前が、こんな所で出てくるとは思ってもみなかったのだ。

 

 そんな友哉に対し、信次郎は頷きを返す。

 

「我が家の祖先が、飛天御剣流の使い手と関わりがあったらしい、という事が伝わっているんだ。もっとも、どういう繋がりだったかまでは分からないがね」

 

 共に闘ったのか、あるいは敵対していたのか。

 

 いずれにせよ、失われた筈の古流剣術を使う人物を相手に、真次郎も好奇心を抑えられなかったのだろう。

 

 一見すると剛健なイメージのある真次郎だが、その中身的には、意外と少年的な要素も残っているのかも知れなかった。

 

「もうッ お父さん!!」

 

 そんな真次郎の娘は、プンプン、と言った感じにに肩を怒らせて、父へと詰め寄ってきた。

 

「まだ病み上がりだって言うのに、こんな無茶してッ」

「大丈夫だ。お前も見ただろう。この通り、もう何ともないよ」

「それだけじゃありませんッ 友哉さんが怪我でもしたらどうするんですか!?」

 

 娘の怒りの意味が分からず首を傾げる真次郎。

 

「何を怒っているんだ、茉莉?」

「いや、実はですね・・・・・・」

 

 そんな真次郎に彩夏は擦りよると、何事かヒソヒソと話し始めた。

 

 恐らく、友哉と茉莉が付き合っている、という事を説明しているのだろう。

 

 彩夏の話を聞いて、真次郎はバツが悪そうに頭をかいた。

 

「いや、そうだったのか。それは気付かずに済まなかったね、緋村君」

「いえ、こっちこそ、説明が遅れまして・・・・・・」

 

 そう言って、互いに頭を下げ合う友哉と真次郎。

 

 だが、茉莉は尚も、お冠なようで、

 

「もう知りませんッ お正月のお雑煮、お父さんだけお餅無しですからね!!」

「いや、茉莉ちゃん。それじゃただの『お吸い物』だからね」

 

 と、瑠香に呆れ気味に突っ込みを入れられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一宿一飯の世話になる以上、その家の家事を手伝うのは当然のことである。

 

 という訳で、到着早々の騒動が収まると、早速というべきか、イクスのメンバー達は行動を開始した。

 

 所謂、大晦日の大掃除である。

 

 村で唯一の神社と言う事もあり、瀬田神社の敷地は広い。掃除するだけでも大変なのだが、そこは若く、体力も余っている武偵達。持ち前の手際の良さを発揮して、次々と仕事をこなしていく。

 

 友哉は箒を手に庭と玄関前の掃除。さすがに神社だけあって庭の広さは相当な物だが、広さで言えば友哉の実家も相当である為、さほど苦にはならなかった。

 

 陣は真次郎の手伝いをして、屋敷内の重い物を動かす作業に従事し、そして彩夏がその間に室内の掃除をしていた。

 

 茉莉と瑠香は、高橋さんと一緒に台所に立って料理をしている。とは言え、茉莉は相変わらずの料理音痴である為、料理は主に瑠香と高橋さんが担当、茉莉はその傍らで食器出しや配膳を行っていた。

 

 そうして一通りの作業を終えた一同は、その夜、瑠香達が作った料理を囲んでの宴会を行った。

 

 おせち料理に、近所のすし屋から取り寄せた特上の寿司。

 

 イギリス育ちの彩夏に合わせて、洋風の料理もいくつか出されている。

 

 最後には酒も入る形で行われた宴会は、皆それぞれ大いに盛り上がり、最後にはご近所さんも集まる形で大宴会と相成った。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 宴会もひと段落したころ、友哉は1人、縁側に出て風に当たっていた。

 

 酒も入っているせいか、体の中身は芯から熱を帯びているのが判る。

 

 少し熱気に当てられた体を冷まそうと思ったのだ。

 

 長野の肌寒い風に当たっていると、火照った体が冷やされて気持ちが良くなってくる。

 

「こういうのも、たまにはいいよね」

 

 誰にともなく、呟きを洩らす。

 

 今まで大晦日や正月と言えば、家族と暮らす事が常だった友哉。しかし実のところ、こうして友人一同と騒ぎながらする年越し、という物にも憧れがあったのだ。

 

 それが思わぬ形で実現できた事は、友哉にとっても嬉しい事であった。

 

 茉莉、陣、瑠香、彩夏、それにキンジをはじめとしたバスカービルのメンバーや、この戦役を通じて知り合った多くの仲間達。

 

 それら掛け替えの無い仲間達と、これからも共に戦い、そして共に穏やかな暮らしができれば、それだけでも幸せと言えるのかもしれない。

 

 その時、床板を踏む音と共に、誰かが近づいてくる気配があった。

 

 振り返ると、真次郎が手にお盆を持って、歩み寄ってくる所であった。

 

「隣、良いかね?」

「あ、どうぞ」

 

 そう言うと、真次郎は友哉の側へと腰を下ろした。

 

 真次郎は、お盆に載せて持ってきた急須から茶を入れると、湯気の立つ湯呑を友哉に差し出した。

 

「飲みなさい。少し、落ち着くよ」

「いただきます」

 

 湯呑みを両手で押し抱くように受け取り、口へと運ぶ友哉。

 

 熱の籠った液体を嚥下すると確かに、ほんのりとした苦みと共に腹に堪る温もりが、気分を落ち着かせてくれるようだった。

 

 渋みの少ない滑らかな口触りで、茶の成分が良く出ている。いい茶葉を使っているのもあるのだろうが、淹れ手の心配りを感じられた。

 

「話は聞いたよ。茉莉が、随分と君にお世話になっているようだね」

「あ、いえ・・・・・・・・・・・・」

 

 恐縮した体で返事をする友哉。

 

 考えてみれば「茉莉の彼氏」として真次郎に会うのは今回が初めての事である。そう考えれば、否が応でも緊張は増してしまう物である。

 

 そんな友哉の緊張を察したように、信次郎はフッと柔らかく笑って続ける。

 

「夏の一件で君も分かっているかもしれないが、あの娘は普段は大人しい方だが、思い込むと周りが見えなくなる癖がある。そのせいで、危険な目に遭う事もこれまで何度かあった」

 

 確かに、真次郎の危惧はもっともな事である。

 

 茉莉は「稲荷小僧」と称して、村を荒らす不良や谷家の者達を襲っていた過去がある。ああいう普段大人しい娘だからこそ、一度火が付けば、誰にも留める事ができない。

 

 ああ見えて、イクスの中で最も頑固な性格をしているのだ。

 

 真次郎は、友哉に向き直る。

 

「緋村君、どうか、これからも娘の事をよろしく頼む」

「真次郎さん・・・・・・」

「私はかつて、谷家に対抗する力を得る為に、あの娘をイ・ウーに行かせてしまった。その事をずっと後悔してきたのだが、それが結果的に君という良きパートナーに巡り合えた事を考えると、決して悪い事ばかりではなかったと考えている」

 

 人間万事塞翁が馬

 

 物事、悪い事ばかりだと思っていても、それが巡り巡って、結果的に良い結果に繋がる事は往々にしてある。勿論、その逆もしかりだが。

 

 茉莉をイ・ウーに入学させた事は父親である真次郎には痛恨だった事だが、それで友哉と巡り合えた事は、茉莉のみならず真次郎にとっても得がたき事だったのだろう。

 

「茉莉を、よろしくお願いする」

「い、いえ、こちらこそ、です・・・・・・」

 

 彼女の父親に深々と頭を下げられ、恐縮してしまう友哉。

 

 勿論、これからも茉莉と共に戦い、彼女を全力で守っていくという想いが友哉の中にある。

 

 だが、それは逆に、友哉自身が茉莉に守ってもらうという事態もありうるわけである。

 

 良くも悪くも武偵同士のカップル。

 

 その愛は、戦いの中でも尚、色褪せる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あくる日、元旦。

 

 早速朝から参拝客に賑わう瀬田神社の境内では、祭りの日もかくやという賑わいを見せていた。

 

 何しろ、村内に神社は瀬田神社しかない。

 

 その為、村中だけでなく、近隣の町からも参拝に来る人々が多く、普段よりも人の出入りが激しくなる訳である。

 

 普段は近所の人々に応援を頼んでいる。

 

 しかし今回は、ちょうど午前中は暇を持て余しているという事もあったので、イクスメンバーも神社の業務を手伝う事になったのだが。

 

 が、

 

 業務時間を前にして、なぜか友哉は女子一同から包囲を受けていた。

 

 にじり寄ってくる女子達に対し、壁際に追い込まれてしまう友哉。

 

「・・・・・・・・・・・・本当に、これ、着なきゃだめなの?」

「だ~め」

「ププ いや、絶対にあってるって友哉君・・・・・プププ」

「すみません友哉さん。体格に合うのが其れしか用意できなくて。あ、でも、確か前にも一度来た事があるので、大丈夫なのではないか、と・・・・・・」

 

 笑顔で友哉の逃げ道を塞ぐ彩夏。

 

 含み笑いを隠そうともしない瑠香。

 

 フォローになってないフォローをする茉莉。

 

 何と言うか、無駄に迫力のある構図である。

 

 イクス女子3人に包囲され、壁際に追い詰められ、顔を引きつらせる友哉。

 

 陣はと言えば、友人を救援する気は一切無いらしく、状況を見て面白そうににやにやとしている。

 

 あとで覚えてろ。

 

 友哉は恨みがましい視線を陣に向けるが、それが事態の好転に対してなんらの寄与模していないのは明白だった。

 

 にじり寄る、女子3人。

 

 どれは同時に、友哉の命運が旦夕に迫っている事も如実に表していた。

 

 

 

 

 

 1時間後。

 

 開店した社務所には、4人の巫女さんが、お札や破魔矢を買いに来た参拝客に対応していた。

 

 そう、「4人」である。

 

 「3人」ではなくて。

 

 1人は、慣れた感じにそつなく対応している茉莉。

 

 1人は、元気一杯にお客さんと話している瑠香。

 

 1人は、持ち前の順応力で、あっという間に仕事を覚えた彩夏。

 

 そして、最後の1人は、

 

 もはや説明不要であろうが、一応紹介しておくと、

 

 巫女装束に身を包んだ緋村友哉君(17歳 ♂)だった。

 

「・・・・・・こちら、お札と・・・・・・お、お守り、ですね・・・・・・5000円・・・・・・お預かり・・・・・・します・・・・・・」

 

 屈辱感で顔を伏せながら客対応をする友哉。

 

 目には若干、涙まで浮かんでいる。

 

 泣きたくもなると言う物だろう。まさか、長野くんだりまで来て女装する羽目になるとは、思っても見なかった。

 

 確かに、茉莉が言った通り、京都に行った際、白雪の機転で巫女服を着た事が一度あったが、だからと言って慣れている訳ではない。

 

 もっとも、誰も友哉が男である事には気付いておらず、それどころか男の参拝客に至っては好奇の視線で友哉を見ていく者まである。

 

 これは友哉の女装が完璧に機能している事であり、武偵と言うあらゆる任務を請け負う職業を目指す物としては、むしろ誇るべき事である。

 

 勿論、当の友哉からすれば、ミジンコの足先程も嬉しくは無いのだが。

 

「ほらほら、友哉。いつまでも恥ずかしがってないで」

「可愛いよ、友哉君」

 

 実に楽しそうに言い募ってくる彩夏と瑠香を、半眼で睨み付ける友哉。

 

 こっちの気も知らず、良い気な物である。

 

「すみません友哉さん。本当に、すみません」

 

 しきりに頭を下げてくる茉莉の存在だけが、唯一救いらしい救いであると言えた。

 

 

 

 

 

 巫女装束の袴と、剣道着等の袴には違いがある。

 

 剣道着の袴は、股の部分で二つに分かれたズボンのような形をしているのに対し、巫女装束の袴はスカート状になっている。

 

 剣道着の方は気慣れている友哉も、(当然の事だが)巫女装束は殆ど経験が無い。

 

 傍から見るとロングスカートを穿いているような形だが、

 

「・・・・・・・・・・・・歩きにくいっての」

 

 社務所での業務を終えた友哉は、境内を歩きながらぼやくように言った。

 

 午後からは交代のアルバイト巫女が来る事になって居る為、友哉達は自由行動と言う事になった。

 

 そこで陣は屋台めぐりの為に早速石段を降りて行き、彩夏は純日本家屋が珍しいのか、散策がてら色々と見て回っている。

 

 瑠香は、友達の小学生の女の子に買って帰るお土産を物色している。

 

 各々が自分達の行動をする中、友哉は茉莉と共にや体験物をする事にした。

 

 とは言え、着替えている時間が無かったため、友哉はまだ巫女装束を着たままである。

 

 先程から周囲の人間、特に男達が向けてくる好奇の視線が気になって仕方ないのだが、

 

 そこはそれ、もはや割り切る以外に無かった。

 

 と、

 

「お待たせしました、友哉さん」

 

 パタパタと駆けてくる足音に振り返ると、同様に巫女装束を着たままの茉莉が、慌てた調子で駆けてくるのが見えた。

 

 なんちゃって巫女さんに過ぎない瑠香や彩夏、友哉などと異なり、もともとこの神社で子供の頃から巫女服を着なれている茉莉の姿は、他の3人に比べると、やはりどこか洗練された印象があった。

 

 と、

 

「キャァ!?」

「わァ 茉莉!!」

 

 友哉が茉莉の巫女姿に見とれていると、足元を滑らせて茉莉が転倒しそうになる。

 

 慌てて支える友哉。

 

 間一髪、友哉が伸ばした手が茉莉を捉え、顔面から地面に突っ込むのは回避された。

 

「気を付けないと。いくら茉莉でも、今のは下手すると怪我してたところだよ」

「は、はい、そうですね。すみません」

 

 そう言って謝る茉莉。

 

 それにしても、

 

 転んだ拍子にとっさに支えた為、友哉が茉莉を抱きしめるような格好になってしまっている。

 

 そして、それを見ている周囲の男達の視線は、更に好奇の度合いを増そうとしている。中には、下品にも口笛を吹いている者までいる。

 

「ま、茉莉、こっち!!」

「は、はいッ」

 

 慌てて、茉莉の手を引いて駆け出す友哉。

 

 巫女装束の少女(しょうねん)が、巫女装束の少女の手を引いて走る。

 

 その光景は、否が応でも人の目を引いてしまう。

 

 しかし友哉も、それに茉莉も、そんな事はもう気にしなかった。

 

 互いにつないだ手の温もり。それさえ感じる事ができれば、それで充分だった。

 

「じゃあ、まずは屋台めぐりと行こうか」

「はい。お父さんからお金ももらいましたし。今日1日遊ぶ分くらいはありますから」

 

 そう言って、笑顔をかわし合いながら駆けて行く友哉と茉莉。

 

 ほんのひと時、

 

 戦いに明け暮れる毎日を忘れ、2人とも穏やかな自由時間を体いっぱいに満喫する。

 

 

 

 

 

 だが、この時はまだ、知る由も無かった。

 

 友哉達の与り知らない所で、重大な問題が起ころうとしている事に。

 

 そして、それはイクス達メンバーにとっても、決して無関係ではいられなかった。

 

 

 

 

 

第4話「武偵達の正月」      終わり

 


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