「凱鬼士と言ったわ」
マヤが黒井たちに告げたのは、ショッカー首領に、聖櫃――“空飛ぶ火の車”についての情報を与えたという男の名であった。
マヤは、その人物の血統、即ち、凱族の歴史について語った。
チンギス=ハンの子孫、その一派。
そして、一大騎馬民族の君主が、兄によって都を追われた悲劇の英雄である事。
エルサレム教団によってパレスチナから消えたユダヤの秘宝・聖櫃を起動させる、三種の神器の内、霊玉を再び中国に持ち込んだのが源義経であるという事だ。
「まぁた、トンデモ話か」
と、ガイストが言った。
マヤが話を続ける。
「半世紀ばかり前の事よ」
「五〇年前?」
「首領が、チベットにいた事は知っているわね?」
マヤが克己を見た。
克己は、太平洋戦争直後、首領から連絡を受けてドイツより来日したイワン=タワノビッチを、ショッカーの日本に於ける拠点となる浜名湖の地下へと案内している。
その際、克己は、日本軍が秘密裏に開発していた生物兵器ヨモツヘグリと戦い、栄光あるショッカーの一員となる証を立てている。
その後、イワンと、彼に先んじて日本に来ていたバカラシン=イイノデビッチ=ゾルらと共に、チベット僧の姿をして現れたヘールカという男と出会った。
彼が、イワンやゾルを、ナチスから引き抜き、ショッカーを組織する事となる男である。
首領については、多くが謎に包まれているが、チベットではチェン=マオと名乗っていた。
そこでは、主に交霊術を生業としており、死者を霊界から呼び戻す様子を見せて、密教集団を形成していたという。
「首領は、人類をあるべき形に統治する組織を求めて、各国を旅していたわ。そこで、中国に足を踏み入れて、凱鬼士と出会ったのよ。尤も、出会ったと言うよりは、拾ったと言うのがそれらしいわね」
「拾った?」
「凱鬼士は、瀕死の重傷を負っていたのよ。自らの一族に反旗を翻して、ね」
凱族を始めとした、チンギス=ハンの子孫たちであり、源義経が中国へ持ち出した勾玉を守る火の一族たちに対して起こした、クーデターの事である。
鬼士は、気性の荒い男で、一日に一度は血を見ねば済まなかった。
そんな鬼士は、自分の一族の使命に疑問を抱いた。
そして、一族が守る力の存在を知り、自分の祖先が抱いた大いなる野望と復讐心を受け継いだとうそぶき、聖櫃を手に入れる事を目論んだ。
鬼士によって、他の一族からも幾らかの賛同者が集められ、一族に対して反乱が起こされた。
同じ血を分けた一族同士の、血で血を洗う、無残な殺し合いが、軍閥の闊歩する中国の歴史の陰で行なわれていた。
敵味方問わず、多くの者たちが傷付き、死んでゆく。
この戦いの中で、鬼士も重傷を負い、勾玉は凱族の長老――鬼士の祖父である鉄玄によって、何処かへと持ち去られてしまった。
その、危うく死に掛けていた鬼士と、チェン=マオが巡り合った。
チェン=マオは、鬼士の生命を助け、鬼士から“火の車”についての情報を得た。
しかし、鬼士は、聖櫃についての全てを相承した訳ではなかったから、僅かな手掛かりから世界各国を巡る他にはなかったのであった。
「で、その凱鬼士は、どうなったんだ?」
「イワンが手術を施した……」
と、克己が言った。
「え?」
「俺や、あの男とは違い、手術に適合する特異体質ではなかったが、危うく死に掛けていたというのが良かったのかもしれんな。オリジナル部分を殆ど持たない為に、幾度となく改造を繰り返し、精神にまで異常をきたして、残虐性を増してゆく事になった」
あの男と言うのは、克己と時を同じくしてショッカーの改造人間製造実験に、自らの肉体を献上していた、後のゼネラルモンスターである。
ナチスでの“人狼化現象”に適合した彼は、ゾル大佐の指揮する“人狼部隊”の一人として戦った。
ショッカーでは、トカゲロンとして野本健の脚力を奪って本郷猛に敗れた。
後に人間ながらもデルザー軍団の末席にジェットコンドルとして加わり、日本でのライダー対デルザーの決戦に加わる事なく、ダブルライダーに倒される。
暗黒大将軍としてデッドライオンと手を組み、ストロンガーたちに挑んで野望を砕かれた。
そして、ゼネラルモンスターとしてネオショッカーを率いつつもスカイライダーによる度重なる作戦の妨害を受けて、ヤモリジンと成ってライダーを斃そうとして失敗し、その最期は、魔神提督に処刑されるというものであった。
一方、凱鬼士は、
「最後には、不死を求めて、脱皮を繰り返して何度も生まれ変わる事が出来る、ザリガニの改造人間となったよ」
「ザリガニ?」
ガイストが怪訝そうな顔をした。
マヤを見る。
「デストロン最後の大幹部、ヨロイ元帥よ」
と、マヤは言った。
奇しくも、源義経が、モンゴル平原にてチンギス=ハンとなったように、凱鬼士は、ヨロイ元帥となって日本へ帰って来たのである。
ヨロイ元帥――
ショッカー首領は、日本支部に着任した大幹部・地獄大使の死と共に、ショッカーの幹部や科学者たちを粛清し、残された一部の者たちはアフリカ奥地の秘教集団ゲルダムと結託した。
そうして設立されたゲルショッカーも、本郷猛と一文字隼人、所謂“伝説のダブルライダー”によって壊滅する。
このゲルショッカーの後を継いだのが、デストロンであった。
デストロンは、当初、ショッカー期の改造人間――薬物により特殊なホルモンを分泌させ、改造した細胞に反応させて肉体を変形させる――を武装させる、機械合成改造人間を主力として用いていた。
その技術の基礎が、ショッカー草創期の改造人間である“蠍男”にあり、改造人間を武装させるという発想が、強化改造人間のヘルメットやマシンといった“外部ユニット”という結果に繋がった事は、既に述べている。
それら機械合成改造人間たちは、しかし、ダブルライダーの手で強化改造人間第三号――否、仮面ライダーによって仮面ライダーとされた、唯一の正統な仮面ライダー、風見志郎・仮面ライダーV3の前に、尽く斃される事となる。
遂には、大幹部・ドクトルGも打ち倒され、デストロンは危機に陥った。
改造人間を製造・維持するにもコストが掛かり、その上に銃火器などで武装させるとなると倍以上の資金が必要になる。
デストロンの主力部隊であった機械合成改造人間らが、ショッカーよりも早い期間で壊滅させられたのは、その為である。
資金繰りに困ったデストロン大首領は、ドーブー教を信奉するキバ一族や、まんじ教教祖・ツバサ大僧正率いるツバサ一族らと結託した。
ヨロイ元帥配下のヨロイ一族兵団も、その一つである。
彼らも亦、ダブルライダーにV3を加えた三人の仮面ライダー、そしてデストロンを裏切った科学者・結城丈二ことライダーマンらにより斃され、デストロンはとうとう崩壊する事になる。
ヨロイ元帥はデストロン壊滅に立ち合った、デストロン結託部族最後の大幹部であった。
凄まじく残酷な性格をしており、一日に一人は殺害せねば気が治まらない。
その上、非常に嫉妬深く、科学者集団のリーダーであった結城丈二が、自らを追い抜いて大幹部の座に着く事を懸念し、彼に裏切り者の汚名を着せて抹殺しようと目論んだ。
それに関して、このような話がある。
或る時、ヨロイ元帥の許に、一人の部下がやって来て、結城丈二に関する評価を聞きに来た。
彼は、結城をデストロンに引き入れた、言わばスカウト・マンであった。
これは、その時の会話である。
スカウト・マン 如何でしょう、結城丈二は?
ヨロイ元帥 ううむ、中々の奴だ。隊員たちの信望も厚い
スカウト・マン 左様で。
噂ではこのデストロンを実際に動かしているのは結城ではないか
と。
勿論、これは冗談――それ程にまで成長してくれるとは、わたくし
も鼻が高いですよ
ヨロイ元帥 (憤怒の表情で振り向いて)
たわけ者‼
(斧を取り出して、スカウト・マンを斬殺する)
スカウト・マン (悲鳴を上げて倒れる)
ヨロイ元帥 このデストロン基地のボスはこの私だ!
私以外の誰がデストロンを動かせる。冗談にも程があるぞ!
又、次のような話もある。
やはり、結城が何らかの成果を出し、部下――と、言っても、彼よりも年上の人間の方が多かった――たちと結城が談笑している時だ。
通り掛かったデストロンの戦闘員たちが、結城に頭を下げた。
結城はフレンドリーに軽く手を持ち上げて挨拶し、部下たちと歩いて行った。
戦闘員1 今のが誰か知ってるか?
戦闘員2 勿論さ。デストロン一の天才科学者、結城丈二さまだ。
戦闘員1 あの人の造った武器もさる事ながら、人柄の良さも大したものだ。
ヨロイ元帥 (戦闘員1・2の背後に立つ)
戦闘員1・2 (談笑しながら歩いてゆく)
ヨロイ元帥 おい、そこの二人、待てっ。
戦闘員1 はっ、ヨロイ元帥さま!
ヨロイ元帥 貴様ら、どうして敬礼せぬ。
それとも、結城丈二には出来ても、大幹部のこの私には出来んと言うの
か。
戦闘員1 い、いえ、決してそのような……。
戦闘員2 失礼を致しました!
ヨロイ元帥 たわけ!
(戦闘員1・2を鉄球で撲殺する)
全く、不愉快な奴らだ。
これらの話からも分かるように、ヨロイ元帥は自分が他人の上に立ち、常に敬われていないと満足のいかない性格でもあった。
そんなヨロイ元帥により、結城丈二は裏切り者として処刑されそうになった。
硫酸のプールの上で逆さ吊りにされ、ヨロイ元帥の見ている前で、じっくりと身体を硫酸に浸けさせられてゆく――
結城を特に慕っていた、阿部、平、片桐らによって助け出されなければ、全身が溶かされ、焼け爛れる苦しみに、結城は晒される事となったであろう。
この時に失った右腕を、開発していたカセット・アームで補い、V3を模して造り出されようとしていたデストロンライダーのパーツから流用した強化服を装着し、結城丈二はライダーマンを名乗って、ヨロイ元帥に対する復讐の鬼となったのである。
「だが、首領はどうして、そんな奴に幹部の座を与えたのだ?」
黒井が問う。
首領の目的としては、寧ろ、そうした者を失くしてしまうというのが、本当である筈だ。
「毒を以て毒を制す……」
「何?」
「ショッカーの理想とする世界の為の口減らし……言わば地均しよ」
「地均しだと」
「ええ。この地球を管理するに当たって、余りに人が多過ぎては、結局同じ事になってしまうわ。そうならない為にも、人間を減らしてゆく事が必要だったの」
組織が、幾度となく大量虐殺を行なって来たのは、その為である。
「人類の数を減らすという意味では、凱鬼士の性格が役に立つと、断腸の思いで判断した事でしょうね……」
マヤがしんみりとした調子で言った。
断腸の思い――その言葉に、黒井には、何か思う所があるようであった。
山田ゴロ版のヨロイ元帥、結構好き。