前回までの四回分を何回も書き直していたので時間が掛かりました。
洞窟の中で、五人の改造人間が対峙していた。
その内、臨戦態勢に入っているのは、三体である。
黒いボディと、緑の眼――ガイストライダー。
黄色い身体に、黒鉄の縞模様――クレイジータイガー。
鉄の肌と、額に戴いた三日月――ストロングベアー。
未だにその正体を見せていない鷹爪火見子と、象丸一心斎が、高坂健太郎の家から強奪した五振りの剣を持っている。
「その剣――」
ガイストが、Gマスクを完成させるパーツであり、ブラック・マルスを始めとした、ガイストライダーの全機能を稼働させるエネルギーを取り込む為のパーフェクターの内側から、声を発した。
「いや、草薙剣と呼ぼうか、或いは、アロンの杖、と――」
「貴様……」
火見子が、ガイストライダーを睨んだ。
眼の前に立つ幽鬼の改造人間が、どうして、その事を知っているのか。
それは、テラーマクロと、彼女を筆頭とした地獄谷五人衆しか知り得ない秘事の筈だ。
「それを、この奥にある御影石……十戒石板に差し込む事で、“火の車”は起動する」
「――」
「ンで、勾玉……マナは、その五つの剣に対応した属性を持っており、御影石にはめ込めば、草薙剣が供給するエネルギーを相殺する……要するにエネルギー制御装置になる訳だ。だから、戦闘員連中に、勾玉を持って逃げた子供たちを追わせた……」
「――」
「そうだろう、
「……貴様、何処まで、知っているのだ⁉」
火見子のこめかみの辺りに、ふつりと汗の珠が浮かんで来ていた。
ガイストがどれだけ事情に精通しているのか、分からない。
「別に俺が知ってる訳じゃない。事情通がこっちに一人、いるだけさ」
そう言うガイストライダーに、クレイジータイガーが襲い掛かった。
浮かび上がった縞模様を、槍や手裏剣のように変化させる事が出来る。
その槍を、ガイストライダーの頭上から打ち下ろしたのだ。
ガイストは、アポロ・フルーレのナックル・ガード部分で、槍の柄を受け、横に払った。
開いた胴体に、返す刀でクレイジータイガーの槍の穂先が突き進んで来る。
身体を半回転させ、背中を通り過ぎさせると、回転するその勢いで、フルーレの切っ先を伸ばした。
鉄の蛇がしなり、クレイジータイガーの赤い眼を狙う。
ガイストライダーとクレイジータイガーとの間に、ストロングベアーが割り込んで来た。
アポロ・フルーレの剣先が、ぴんっ、と、弾かれてしまう。
ストロングベアーの皮膚と、フルーレが奏でた、ヴァイオリンの高音は、あの黒い表皮が頑強な金属である事を意味している。
「――ふんっ!」
ガイストは、ストロングベアーのボディに、前蹴りを叩き込んだ。
鉄のレガートが、黒鉄の皮膚にぶち当たり、じぃんと振動する。
自分の蹴りの威力が、そのまま、足に返って来たような感覚であった。
今度は、ストロングベアーの反撃であった。
ストロングベアーは、左腕の棘付き鉄球を、ガイストに振り下ろす。
ガイストが躱すたびに、その歪な鉄球が、空気をぐちゃぐちゃに掻き回した。
洞窟の壁にぶつかると、大きく壁面を抉り、打ち下ろされれば、地面を陥没させた。
「莫迦力が……」
ガイストは呟くと、停止しているアポロクルーザーの傍まで下がり、アポロ・フルーレの先端をマシンの方に向けた。
すると、その先端に持ち上がっていたアポロ・マグナムが、ガイストの右腕を包み込むように飛来し、合体する。
小径ながら、戦車をぶち抜く弾頭を、ガイストはストロングベアーに向けて放った。
破裂音と、金属音が、洞窟の中に響き渡る。
しかし、ストロングベアーは無傷であった。
弾頭のめり込んだ胸を反らして、ぐっと大胸筋に力を入れると、アポロ・マグナムの撃ち出した弾丸が、ぽろりと地面にこぼれる。
「硬いな……」
ぽつりとガイスト。
抜群の切断力を持つガイスト・カッターでも、通じるかどうか、分からない。
対応に戸惑うガイストを、部下の改造人間たちの陰から眺めていた火見子は、
「ここは、お前たちに任せた」
と、象丸に言い、自分は五振りの剣を持って、洞窟の奥へと駆け込んで行った。
「ゆかせぬ!」
ガイストがアポロ・フルーレを振るう。
しなるその剣に、クレイジータイガーの槍が追い付いて来た。
意識を反らしたガイストに、ストロングベアーが躍り掛かる。
振り下ろされる鉄球を躱し、ハイキックを見舞った。
ダメージは通らない。
そうこうしている内に、鷹爪火見子は、ガイストが“天岩戸”と呼んだ洞窟の先にある御影石・十戒石板の許へ、辿り着いている。
又、その場に残った象丸一心斎も、他二人と同じく、改造人間の姿を表していた。
眉間の肉が盛り上がり、別の生物のように蠢く。
鬼のように、角がめりめりと剥き出して来た。
後頭部の皮膚が、外側から引っ張られたかのように、膨らんでゆく。
頸を覆う程に広がった頭の肉の中で、血管が脈打っていた。
全身が鈍い色に染まる。
その中で、双眸だけが血のように赤く艶めいていた。
肩口が、瘤のように盛り上がったかと思うと、その部分の肉が、内側で弾けたかのように飛び出して、一本の筒を造り上げる。
ゾゾンガーであった。
ゾゾンガーは、クレイジータイガーとストロングベアーらに翻弄されるガイストに、肩の筒の先端を向けた。
これを察して、クレイジータイガーとストロングベアーは、ガイストから距離を置く。
ガイストがゾゾンガーに顔を向けると、ゾゾンガーは、自らの体内で合成した火薬を爆発させる事で、代謝によって排出される細胞を再利用した弾丸を撃ち出していた。
爆炎が、洞窟の中を真っ白に染め上げる。
その白い光の中に、ガイストライダーの黒いボディが、くっきりと浮かび上がっていた。
歪な形の山の中腹から、轟音と共に、煙が上がった。
山彦村から、外へ出てゆく森の中――
克己は、樹の上に避難させていたシンタとチエを地面に下ろしてやり、一旦、仮面を外した。
息を吐く克己の顔には、メガール将軍の真の姿である死神バッファローから受けたダメージが、そのまま残っていた。
どうにか追い返したものの、あのパワーは、強化改造人間第四号を遥かに凌駕する。
仮面やプロテクターは、至る所に窪みが出来ていた。
勢い任せのパンチが、仮面を叩き、その衝撃で頭が仮面の内側にぶつかって、こめかみや瞼が切れたりしたのだ。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
シンタが言った。
「ほら、チエも……」
と、克己が手渡した人形を、ギュッと抱き締めたままのチエが、頬を薄く染めて、
「ありがとう……」
囁くような声で言った。
「こいつぅ、ませガキめ」
シンタが、チエの頬の紅潮の理由を察して、笑った。
克己は、二人の視線に合わせるように膝を着き、
「光る玉を、渡してくれないか」
と、言った。
シンタとチエは、父・健太郎から、村に伝わる宝物である“光る玉”を、或る場所まで持ってゆくように言われていた。
しかし、それは、ドグマに襲われた村を、地獄谷五人衆によって嬲られた父を救う為の行動ではない。
飽くまでも重要なのは、“光る玉”の方なのだ。
“光る玉”を守るのが、シンタたちの村の一族の使命であった。
それを簡単に渡す事は、出来ない。
「心配するな」
克己が、淡々と、しかし、優しい声で言った。
「俺は、お前たちを守る為にやって来たのだ」
「え?」
「俺たちが、村を救ってやる」
「本当に⁉」
「ああ」
克己は頷いた。
シンタの、村を救う事などとうに諦めていた心に、克己のはっきりとした物言いは、刃のように鋭く、春の陽射しのように温かく入り込んだ。
現に、この男は、不気味な怪人たちから自分たちを守ってくれた。
「わ、分かった!」
シンタは、“光る玉”の入った巾着袋を、克己に渡した。
克己は、強化服のポケットに巾着袋を仕舞い、仮面を抱えて、村の方へ歩いてゆく。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん以外にも、仲間がいるの?」
シンタが訊いた。
「いる」
「凄いや……」
シンタの眼が、きらきらと、輝きを取り戻していた。
克己に付いてゆくシンタの後ろに、チエが更に付いてゆく。
「お兄ちゃん、名前は?」
「俺の名前は――」
克己は、自分の背中を見上げるシンタに、言った。
「仮面ライダー」
ぱちぱちと、家を造っていた木材が音を立てて燃え、火の粉を舞い上げている。
ネイビー・ブルーの空を、紅蓮の村が照らし上げているようであった。
山彦村――
マヤに言われて、黒井・克己・ガイストたちは、“空飛ぶ火の車”をドグマの手に渡すまいと、それぞれ村に潜入していた。
克己は、村から脱出する為の森に入り、そこで、メガール将軍とファイターたちに追われていた香坂シンタ・チエの兄妹を救出した。これにより、光る石――“火の車”の安全装置でもあるマナ・霊玉・勾玉を回収する事も出来た。
ガイストは、香坂の屋敷から五振りの剣――アロンの杖・草薙剣・七支刀を強奪した地獄谷五人衆に先んじて、御影石――十戒石板・八咫鏡の置かれた洞窟で待ち伏せし、五人衆の内、ゾゾンガー、クレイジータイガー、ストロングベアーと戦闘に入っている。
そして黒井は、山彦村の中心地で、蛇塚蛭男・ヘビンダーに蹂躙されていた村人たちを助け出そうとしている所であった。
「俺は――仮面ライダー三号」
蒼いヘルトメットとプロテクター、黒い強化服を纏い、炎が起こす熱風に黄色いマフラーをなびかせた黒井響一郎は、何よりも憎むべき敵の名を、自らの名として告げた。
それは、ヘビンダーにとっても、許すべからず敵が名乗っている称号であった。
「ライダーめ!」
擦過音交じりの声で吼えたかと思うと、ヘビンダーは、自らの分身たちに命じた。
分身――と、言っても、黒井ライダーに襲い掛かった三体は、ヘビンダーのように、完全に怪人の姿に変わっている訳ではない。
そもそも、ドグマの改造人間ではなかった。
若い男二人と、同じ年頃の女が一人。
彼らの顔は、半分だけ、蛇のように変形してしまっている。
その全身に、ヘビンダーと同じように、蒼い鱗の蛇を絡み付けているが、これは、ついさっき、ヘビンダーの卑劣な策によって埋め込まれたものである。
ヘビンダーは、自分の身体から分裂した小さな蛇たちを、村人の身体に潜り込ませ、細胞を侵食し、ヘビンダーの意思を受けて操られる人形に変えてしまったのだ。
それが、ヘビンダーの言う“分身の術”である。
この分身たちを、黒井は倒す事が出来ない。
男たちが、黒井の両脇から襲い掛かる。
黒井ライダーは、身体を沈めて、横薙ぎに振るわれた二つの腕を躱した。
ガラ空きのボディに、パンチでもキックでも叩き込めば、彼らの肋骨は粉砕され、内臓は破裂して反対側から飛び出すだろう。
しかし、黒井は二人の間を駆け抜ける事を選んだ。
飛蝗の跳躍力を再現する脚力で、一気にヘビンダーとの距離を詰める。
その黒井ライダーの前に、ヘビンダーの細胞に侵された女が立ちはだかった。
「くっ……」
黒井は、繰り出したパンチを、寸前で止めた。
もう少しタイミングが遅れれば、その女の、細胞を侵食される痛みに悶える顔面を、果物のように破裂させていた事であろう。
「どうした、仮面ライダー」
ヘビンダーが、只でさえ大きく裂けている口――唇は消失している――を、更に吊り上げてみせた。
そのヘビンダーの右腕の蛇の頭が鎌首をもたげ、黒井ではなく、自分の盾になった女の咽喉笛に咬み付こうとした。
「よせっ⁉」
黒井が、咄嗟に女の身体を抱き寄せて、横手に倒れ込んだ。
ライダーに地面に押し付けられる事になり、ヘビンダーの毒牙を受けずに済んだ女であったが、その鱗の浮かんだ両手が、黒井ライダーの咽喉元に駆け上がって来た。
強化服と、マフラーを固定している金属製のリングの為、黒井ライダーに頸動脈絞めの類の技は効かない。
だが、今まさに助けた女が、自分の身体の下から頸を絞めようとしている――その事は、黒井の心を深く傷付けた。
ヘビンダーに操られている事は分かっていても、だ。
黒井は、女の腕を握り潰さないように手を外し、横に転がった。
膝立ちになってヘビンダーを睨む黒井の背後から、分身にされた男たちが蹴り付けて来る。
ガードしただけの心算だったが、鉄のレガートは、蹴り掛かって来た男の脚を逆に折り曲げてしまった。
「きゃーっ!」
黒井が乗って来たトライサイクロンの傍に避難していた村人の中から、女の甲高い悲鳴が上がった。
ヘビンダーの分身が、黒井に蹴り掛かって脚を折られた男に入り込んだ時、
“兄ちゃん⁉”
と、叫んだ女だ。
彼らは、ヘビンダーの分身として、黒井に襲い掛かっているが、本当は、この山彦村の住人たちなのだ。
彼らは、誰かの兄であり、娘であり、やがては父や母となるであろう未来が待っていた。
それを、黒井は奪う事が出来ない。
黒井も亦、かつて、最愛の妻と娘を理不尽に奪われているからだ。
ヘビンダーを、黄色い複眼越しに睨み付ける。
ヘビンダーの前には、分身にされた女が、血の涙を流しながら両手を広げている。
片方の唇がなくなり、鋭利な牙が覗いていた。
もう片方の、紫色に変色した唇が、小刻みに動いていた。
“ご免なさい”
“ごめんなさい”
“ゴメンナサイ……”
そう言っている。
それなのに、長く延び、太く膨らんだ舌と、鋭い牙の所為で、まともな声にならない。
黒井が、ヘビンダーを睨みながら立ち上がると、背後で、分身の男が、脚を折られた男と共に立ち上がって来ていた。
見れば、男の折れた足には、骨がなくなっている。
いや、なくなっているのではなく、再生された骨が、蛇の胴体のように変えられてしまっているのだ。
そこまで、ヘビンダーの分身による肉体の浸食が、進行してしまっている。
「ヘビンダー……貴様、許さんっ」
黒井が、鎖をも噛み千切る
しかし、許さんから、どうだと言うのか。
「やめてぇ!」
「娘を殺さないでくれ⁉」
「兄ちゃん!」
村人たちが、ライダーに言う。
仮面ライダー・黒井響一郎が、自分たちを助ける為に戦おうとしているのは分かる。
だが、同じ村の住民たちを殺さないで欲しいと願う事も、仕方のない事であった。
彼ら三人を犠牲にして生き延びる――理屈では許容出来ても、納得など出来ない。
黒井は、胸の前に持ち上げた右手首を、左手で握った。
「さぁ、どうする、仮面ライダー」
ヘビンダーが、黒井を煽る。
黒井は、鉄の装甲越しに自らの昂る脈動を感じ、その熱を孕んだ手を鉤爪にして、ヘビンダーに向けた。
蒼い装甲に、炎の赤が反射している。
その胸の内にも、火が燃えていた。
仮面ライダー――
仇敵と言うべきその名を、自ら告げるその決意を、黒井は思い出していた。
けれどもすぐに回想に戻ります。