尚、この物語はフィクションです。
その証拠もある、と、鉄玄。
義経が、鴉天狗の弟子であると伝えられている事が、その証明である、と。
牛若丸は鞍馬寺に預けられ、そこで、僧正坊に剣術を授けられた。
この僧正坊というのが、鞍馬寺の尊天である護法魔王尊、大天狗の配下であるという。
「鴉天狗と言えば、誰かの」
鞍馬山僧正坊もそうであるが、
「役行者……」
「左様。では、役行者とは何者じゃ」
役行者とは、修験道の祖である。
修験道は、仏教、神道、道教をミックスした、日本密教に先立つものである。
役行者は、激しい山岳修行の果てに、龍樹菩薩のヴィジョンを見て密教の灌頂を受け、金峰山上にて蔵王権現を感得し、神通力を得たという。
この役行者、又の名を賀茂役君小角といい、即ち、高名な陰陽師である安倍晴明の師となる賀茂保憲を輩出する、賀茂氏に属していた。
そして賀茂氏は、八咫烏を紋章としている。
八咫烏とは太陽に住む三本足の霊鳥であり、賀茂氏は、秦氏――日本へ渡って来たエルサレム教団の子孫と、婚姻関係にある一族であった。
賀茂氏である鴉天狗が義経の師であり、彼の美少年が溺愛されたとするのなら、或いはその秘宝の力の一端を、義経に与えていたかもしれない。
その義経が、兄に疎まれ、追放の憂き目に遭わんとする時、義経は自らの正当性を示す為に禍玉・勾玉を持って東北へ逃げ、そして北海道を経由して海を渡り、モンゴル平原へと至った。
チンギス=ハンとなった義経は、やがて自分を追放し、妻子を殺めざるを得ない状況にまで追い込んだ兄に、朝廷に復讐する為、大モンゴル帝国を築き、時を越えて元寇を行なった。
そのような歴史を、鉄玄は語った。
「その朝廷への復讐が、失敗に終わった事は、知っての通りじゃ」
元寇は、神風によって船団がダメージを受けた事により、大陸へと引き返す事となった。
「これは、日本への攻撃を、火の一族たちが止めようとした結果じゃ」
「火の一族が?」
「うむ。日本は、彼らにとっては新たな約束の地じゃからのぅ」
「神の民の国……」
大和・邪馬台をヘブライ語に直すと、ヤ・ウマト。
それが、神の民という意味なのである。
そこではたと、松士が気付いた。
「チンギス=ハンに、義経に、火の一族たちは、付いて来たのですか?」
「うむ」
「ですが……」
義経が、鴉天狗に愛されていた事は分かった。
しかし、幾ら兄に追われたからと言って、ユダヤの秘宝でもある勾玉を持ち逃げした義経に、火の一族たちが付いてゆこうとするであろうか。
日本が神の民の国であり、エルサレム教団中の火の一族らが求めた場所であるとするならば、秘宝を国外に持ち出される事を、良くは思わない筈だ。
「鬼の為さ」
「鬼⁉」
「鬼を御する術として、聖櫃を用いようとしたのさ」
「――」
「朝廷が、さ」
火の一族が、“火の車”を守ろうとしたのは、そのような事態を防ぐ為だ。
自分たちの土地を都とする事で、“火の車”を朝廷に守らせようとしたのだが、それが却って裏目に出てしまった。
「鬼の討伐を渋る一族に、朝廷からの弾圧が始まったのじゃ」
「鬼というのは……」
「悪路王――阿弖流為よ」
「アテルイ……」
蝦夷の軍事的指導者である。
遷都前後から、東北を中心に、朝廷と戦いを繰り広げていた。
八〇二年、坂上田村麻呂に降伏し、平安京に入る。
田村麻呂は、少数で朝廷軍と戦った阿弖流為に敬意を表したが、朝廷側は彼の処刑を命ずる。
彼の怨霊を封じる為に、田村麻呂は北斗七星の剣、七支刀の力を用いて、津軽に結界を作り上げた。
「この阿弖流為との戦いの最中に、火の一族への弾圧が始まった。そして、彼らは都を離れて、東北へと落ち延び、阿弖流為と合流した」
「何故、東北へ?」
松士が訊いた。
彼の出身も、青森である。
坂上田村麻呂によって創建された神社が多くある事を、知っていた。
「イシュ=メシャの墓があるからよ」
「イシュ=メシャ⁉」
イシュ=メシャとは、イエス=キリストの事だ。
転訛して、太秦の語源となった。
「イエスは、主の国を訪れていたのさ」
「日本をですか⁉」
「うむ――」
鉄玄は、巻物を一つ、取り出した。
それを松士に手渡し、開かせた。
一行目には、
景郷玄書
と、ある。
著者は、
真魚
で、あった。
真魚とは、空海の幼名だ。
「写本じゃがの。青龍寺に残っておったものじゃ」
青龍寺は、唐へやって来た空海が、密教の灌頂を受けた寺だ。
そこで記された『景郷玄書』は、後に密教を求めて入唐した天台沙門円仁によって、胎蔵界と蘇悉地の大法と共に、日本に持ち込まれた。
その『景郷玄書』の写本が、青龍寺には残っていたようで、鉄玄はその写本を手に入れていた。
「空海は、四国やその周辺を修行していたというじゃろう」
「ええ」
だが、その間の記録は、不明とされている。
「実は、彼の僧は、東北にてまつろわぬ民と交流しておったのじゃ」
まつろわぬ民とは、朝廷によって鬼や悪霊の類とされた者たちである。
阿弖流為たちも、これに当たる。
そして、朝廷から追放された火の一族も、その中には含まれていた。
「そこに、火の一族との交流が記されておる」
空海が遣唐使船に乗ったのは、八〇四年。
阿弖流為が処刑されたのが、八〇二年。
火の一族らが追放されたのが、平安遷都から阿弖流為の処刑までの間である。
空海が、どのような経緯で東北に足を延ばしたのかは不明だが、年代的には成立する。
そこで空海は、火の一族の事を知ったのだ。
今で言う青森県に、イエス=キリストの墓があるという事も、だ。
『景郷玄書』によれば、イエスは二〇歳の時に一度日本を訪れて帝と謁見し、日本で得た知識をユダヤで広めた。二度目は、ゴルゴダで処刑され、生き返った後の事で、青森県戸来村を訪れ、そこで一一八歳まで生きた。
ヤマト国の基礎が、失われた十支族にあるとすれば、日本の帝――天皇はイスラエル人であり、カバラについても当然知っていた筈で、ここでの一二年間の生活が、ヨシュアをカバラの継承者たらしめたのではなかろうか。
そのような事も、書いてあった。
「都で弾圧を逃れた火の一族らは、この事を知っておった。故に、義経が勾玉を持って都を追われた時、共に東北を目指したのさ」
又、『景郷玄書』には、大量の黄金が眠る地についても記されており、火の一族たちは義経を生き延びさせ、勾玉を朝廷から遠ざける為の軍資金として、莫大な黄金を求めたのではないだろうか。
「そうして義経は、中国大陸まで落ち延びた……」
「それが、この墓なのですね」
松士が、チンギス=ハンが眠るという玄室を眺めた。
蛇が絡み付いた三本の柱――世界樹の中心に、マナの壺の形をした棺がある。
前方後円棺とでも言うべきその表面には、ユダヤの星である六芒星が刻まれ、この形状がマナの壺である事を示すように、禍玉が埋め込まれている。
「しかし、あの禍玉ですが……」
と、松士。
「私の知る勾玉とは、違うように思います」
「模造品じゃからの」
「模造品?」
「あの、三日月というか、耳というか、あの形がさ」
「――」
「あれは、弓月王を意味しているのさ」
弓月王は、初めて日本を訪れた太秦である。
融通王とも表記されるが、勾玉については、この弓月王の表記が分かり易い。
弓月とは、その字を見ても分かるように、弓の形をした月だ。
勾玉が、弓月王の名から連想される形状になっているのは、模造品ながらも紛れもなく彼によって伝来したものであるという、証明だ。
「それに、元の形とは違うでな」
「元の形?」
「マナさ。甘露――或いは、丹生よ」
「――」
「マナは……いや、マナだけではないな。アロンの杖も、十戒石板もそうじゃが、何れもこの中国で、中国式に改造を施されておる」
「改造ですか」
「うむ。五行思想に則って、な」
五行とは、道教の思想の一つで、万物は陰陽と五つの元素で成り立っているというものだ。
即ち、
木
火
土
金
水
である。
それらは、水を得て育った木が火を生じるというように、世界を成立させてゆく一方で、得手不得手があり、例えば、木は土の中から養分を吸い取るが金属製の刃物で斬り付けられては傷付けられる。
パレスチナから、シルク・ロードを通って中国に入ったエルサレム教団は、そこで道教の思想に触れ、マナを現在のような形に改造した。
「それが、あの……」
「左様、五行の力を封じた宝玉よ」
鉄玄が、棺の近くに歩み寄る。
松士も続いた。
鉄玄が禍玉の一つを取り、松士に見せる。
よくよく観察すれば、それが、水晶ではなく、透き通っていると勘違いする程までに磨き抜かれた金属であると分かった。
「これらに気を込めれば、属性に応じた力が発揮される」
このように、と、鉄玄は、最初に手に取った蒼い玉――“木”の玉に気を込めた。
すると、禍玉はぼんやりと蒼い光を放ちながら、ぱちぱちと電気を発した。
木気は、震(雷)に通じる。
稲妻というように、稲――植物のパートナーは雷であるから、“木”の玉からは電気が発生するのである。
「しかし、それは、背教に当たるのではないのですか?」
古代イスラエル王国の信仰の中心は、ソロモン神殿であった。
エルサレムにある神殿は、南北朝に分かれたイスラエル十二支族の内、南朝ユダ王国の領地にあった。
その為、北朝イスラエル王国は、別に神殿を設け、他教の神まで祀り始めた。
神に背いた事で、アッシリアに滅ぼされたというのが、聖書に於ける記述である。
このように考えたユダ王国では、頑ななまでに律法を遵守する事を重要視する、保守派の信者たちが増えてゆき、原始ユダヤ教の教義から乖離して行ったのである。
とは言え、一神教である事に変わりはない筈のエルサレム教団が、中国の思想に触れたからと、自分たちの秘宝を改造するであろうか。
「魔法が解けたのさ」
鉄玄は言った。
「魔法?」
「神の力とでも言おうかの……」
「――」
「この世のものは永遠ではない。それは、主がいたあの場所でも言われておったろう」
松士がいた場所――少林寺の事である。
諸行無常、諸法無我。
全てのものは移ろい、いつまでも同じものではいられない。
仏教の基本概念である。
「ニーチェではないが、神は死ぬのさ。そして、新しい神を輩出してゆく」
「新しい、神を?」
「細胞と同じよ。いつまでも古きものに縋っておっては、そこから腐ってゆくものさ。空海が唐を訪れたも、その為じゃろうて」
「変わらないままのものは、腐敗してゆく、と?」
鉄玄が頷いた。
松士は、戦国の世の仏教について、思い出していた。
聖徳太子によって推奨された仏教は、学問であった。
かつて、学問は選ばれたエリートだけのものであり、その道に入れる者はどうしても限られていた。
一種の選民的な思想が、そこにはあった。
そうした選ばれた者たちも、彼らの中で更なる立身出世を求め、権力を欲して、本来のあるべき仏教の姿を腐らせて行った。
その結果が、織田信長による比叡山の焼き討ちや、明治政府による廃仏毀釈である。
一方、そうした腐敗の進んだ仏教界の中からは、その事を嘆く新しい思想が登場する。
南都仏教に対する空海の真言密教、権力主義の比叡山に対する法然の浄土宗などの鎌倉新仏教が、そうである。
古い神を奉るばかりの骸となった者たちを剪定し、新しい神を迎え入れる事も、必要な事なのである。
「それも受け入れたのさ、火の一族は、の」
「――」
「何せ、万物は神の力の流出じゃ。この世のありとあらゆる全てを、神の思し召しとして受け入れて、取り入れてゆこうというのが、火の一族の考え方だったのじゃろうなぁ」
からからと、鉄玄は笑った。
そうであるとすれば、日本神話の神々が、様々な名前や姿を持っていても、結局は根源神に還元されるという考え方も、分からないではない。
「儂ら、凱族は、そうした歴史と共に、この禍玉を守り続けておった」
「――では、それを今、私に託そうとしているのは、何故なのです?」
「――」
鉄玄は、僅かに沈黙を挟んで、言った。
「禍玉を……聖櫃の力を、狙う者がいる」
「狙う?」
「狙った、と、言うべきかの。そやつは、儂の他にも幾つかあった、チンギス=ハンの支族を裏切り、聖櫃の力を使って、恐るべき野望を成し遂げようとした」
「野望⁉」
「世界征服じゃよ――」
鉄玄は言った。
「早い話が、儂ら年寄りが、古臭い伝統を守っているのが、面白くなかったのじゃろう。そやつは、仲間と共に反乱を企てた」
「――」
「そのクーデターを、どうにか儂や他の支族たちで止めようとしたのじゃがの。どちらにも数多くの死人を出し、儂だけが、禍玉を持って追ってから逃れる事が出来た」
「その反乱分子が、まだ、禍玉を狙っている……老師を探しているという事ですか?」
「そうじゃ。連中の筆頭だけは、あの男だけは、倒し切れんかった」
「その男から、禍玉を隠す為に……」
「うむ。この『景郷玄書』にある、東北のまつろわぬ火の一族たちに、これを返して、聖櫃を守って欲しいのじゃ」
「何者なのです、それは」
「儂の孫じゃ」
「え⁉」
「凱
鉄玄は、掌に禍玉を握り込み、その手を小さく震わせていた。
嵐はすっかり過ぎ去っていた。
外に出て見れば、冷たい風が吹き付けて来る。
一方で、空は蒼く澄み、家のひさしや、そこかしこに植えられた樹の梢から落ちる水滴を、一々煌めかせていた。
その澄み切った空気の中に、玄海はいる。
山を下りて、畑仕事などを手伝っていた所、嵐に遭い、山道をゆくのは危険だという事で、或る一家の家に泊めて貰ったのだ。
娘が一人おり、もうじき、弟が生まれる。
その、単なる長女から、姉になる少女と一緒に、外で立禅をしていた。
禅というと、坐禅ばかりが取り沙汰されるが、他にもやり方はある。
そもそも、禅とは、禅定の事であり、心が落ち着いたさまを言う。
例え座っていても、立っていても、歩いていても、臥せていても、自らの心の内に精神を集中していれば、それは、禅なのだ。
玄海が、この時修していたのは、立禅――立ったまま、心を安定させる禅だ。
自然に立ち、自然に全身を緩め、自然に呼吸をする。
薄く眼を閉じ、深くも浅くもない呼吸を数えてゆく。
吸って、吐いてを一として、それが一〇度繰り返されたら、もう一度最初に戻る。
遂にはそれさえもしなくなり、玄海の意識は空に溶け、肉の重みさえ消えてゆく。
その自然な姿勢というのが、逆に辛いのか、少女はもぞもぞと動いたりしている。
形としては、站椿――中国拳法に於いて、足腰を鍛える為に行なう修行の姿に似ていた。
意識すまいとすれば、却って意識を捉えられ、呼吸が不自然になってしまう。
その呼吸を、無意識の内に、丹田から全身の神経に巡らせるように言われているのだが、少女にはまだ難しいようであった。
暫くそうしていると――
「よし、お早う!」
と、声を掛けられた。
“よし”というのは、少女のあだ名である。
“よし”は、声の方を振り向いた。同じ年頃の少女が立っている。
「お早う、ひー」
“よし”は、“ひー”に微笑み掛けた。
玄海が、眼を開けて、二人の方に顔をやる。
「お早う」
と、言うと、
「お早う御座います、老師!」
“ひー”が、元気良く頭を下げた。
彼女も、“よし”や、他の村の子供たちの幾らかと同じように、玄海から拳法を習っている。
“よし”と“ひー”は、二人で並んで、遊びにゆく。
二人の少女が仲良くする、ほのぼのとした光景に、元より柔和な玄海の顔も、更に優しく緩んでしまう。
玄海は、朝の内に畑の世話を手伝い、昼前には赤心寺に戻った。
そこで玄海は、驚くべき光景に出くわす事となる。
予兆は、赤心寺の堂宇の前に立った時に現れた。
庭に咲いた梅の花が、余す所なく落ちている。
その、地面に落ち、雨に嬲られ、泥を被った白い花の上に、べっとりと濡れた桜が覆い被さっていた。
嫌な予感がした。
予感は予感だと思い、本堂の扉を開けると、そこには、樹海が斃れていた。
黒い僧衣の上に、黄土色っぽい五条袈裟。
その胸の辺りが、赤黒く変色している。
「老師!」
玄海は、堂宇の外陣――拳法道場として使っている石畳の床に駆け上がり、樹海の傍に走り寄った。
樹海はうつ伏せに倒れており、胸の裏側から、腐った肉の果実がぶら下がっていた。
心臓だ。
心臓が、背骨をぶち抜いて、飛び出していた。
その周辺の衣が、肉の脂を吸って、嫌な匂いを立てている。
早速、その肉の内側に、白っぽい、亀頭のようなものが蠢いていた。
蛆だ。
「老師、老師!」
玄海が、師に向かって呼び掛ける。
返事がない事は分かっていても、呼び掛けざるを得なかった。
そこに、
「げ、玄海……」
と、右肩を押さえ、よろよろと歩み寄って来る鉄鬼の姿があった。
「鉄鬼! 帰っていたのか」
そう言い掛けて、鉄鬼の姿を見た玄海が、ぎょっとする。
「眼が……」
「賊だ……」
鉄鬼が、掠れた声で言った。
「老師を、殺して行きやがった……そして、俺も」
その右眼からは、眼球が取り除かれている。
闇のような窪みがあるだけであった。
「糞……済まぬ、玄海」
「何故、謝る⁉」
「俺が、ここを離れたばかりに」
「それならば、私の所為だ。私が、老師を一人で残していたから」
やって来た鉄鬼が、樹海の遺体の傍に膝を着いた。
その、一人山に籠る前と比べて、凄惨な色を浮かべた表情は、肉体の痛みか、それとも精神の痛みによるものか。
「鉄鬼、賊に、心当たりは?」
玄海が訊くと、鉄鬼は首を横に振った。
「しかし……黄金がどうとか、“火の車”がどうとか、言っていた」
「“火の車”⁉」
玄海が息を呑んだ。
樹海が、自分にだけ伝えた、“空飛ぶ火の車”の事を知る者が、樹海を襲撃したのか⁉
「玄海、何か、知っているのか?」
「……いや」
玄海は、頭を振る。
樹海から受け継いだこの秘事は、まだ明かす時ではないと思っていた。
師の絶命を知り、玄海には大きな動揺があった。
その為、鉄鬼が向けた、ぞろりとした視線に、玄海は気付かなかった。
「玄海、しかし、いつまでも老師の死を哀しんではいられないぞ」
鉄鬼が言った。
「ああ……」
「俺たちのこれからについて、どうするか、話し合おう」
「うむ――」
樹海からは、分派と、そういう事になっていた。
その詳細について話す前に、鉄鬼は山に籠ってしまったので、まだ、どうという事も決まっていない。
玄海は、眼を閉じ、樹海の冥福を祈った。
そして、自らが受け継いだ、遥かなる龍の記憶――それを守ってゆく事を、心に誓ったのである。
一方、鉄鬼は、玄海が、樹海から“火の車”について聞かされている事を確信していた。