仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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作者は嘘が多過ぎるよ。

兄妹が本当は姉弟だった事からは眼を反らして頂きたいと思います。


第二十二節 変身

 「――ひゅっ」

 

 克己の唇から、鋭く呼気が吐き出されると同時に、その四肢が素早く躍動する。

 

 緩く開いた手が、腕が空気を切ると共に反り返り、その掌底がドグマファイターの側頭部を叩いた。

 土を蹴り上げながら振り出されたブーツが、ファイターの胴体を薙ぎ払い、赤いタイツの奥から、金属質な破砕音を響かせる。

 

 山彦村から、外へ出ようとする道である。

 

 木々に囲まれた、その道なき道の真ん中に立つ松本克己は、背にシンタとチエを庇いながら、ドグマファイターと、彼らを率いるメガール将軍と対峙していた。

 

 その内、シンタたちを追ってやって来たファイターたちの半数は、既に、克己によって使いものにならなくなっている。

 

 「おのれ……!」

 

 メガールは、蒼い唇を開き、赤々とした歯茎を剥きながら、憎しみを込めて克己を睨んだ。

 

 克己は、しかし、何の感情もその顔には表さず、向かって来るファイターを斃す事のみに集中し、敵が自分を警戒して距離を取り始めていると、敢えて向かおうとはしなかった。

 

 「す、すげぇや」

 

 シンタが、眼をきらきらさせて、克己の背中を見上げていた。

 シンタ自身、それなりに武術の覚えはある。しかし、克己の実力とは比べ物にならない。

 

 そのシンタの袖口を、チエが、不安そうに掴んでいた。逆の手には、父・香坂健太郎から預かった巾着袋が、同じ位の強さで握られている。

 

 「貴様も仮面ライダーなのか」

 

 メガールが言った。

 

 「そうだ」

 

 と、克己が答える。

 

 「ぬぅ」

 

 メガールは、低く唸った。

 その眼に灯ったのは、憎しみ以上に、羨望や嫉妬の光であった。

 

 「どけぃ」

 

 そう言って、克己に慄いているファイターたちを掻き分けて、メガールが前に出る。

 

 「この俺が、直々に相手をしてくれるわ……」

 

 ずるりと引き抜いた剣で、メガールが克己に斬り掛かる。

 唐竹の一閃を、克己は、半身になって通り過ぎさせ、同時に左の順突きを放った。

 メガールが右腕を持ち上げて、克己の左腕を跳ね上げる。

 

 「じゃっ!」

 「ふんっ」

 

 メガールの剣を握った左手と、克己の右手が動いた。

 克己の脇腹を狙った刀身は、克己の右手に掴まれ、そして、

 

 

  がきんっ

 

 

 と、甲高い音を鳴らして、圧し折られた。

 

 くむぅ――と、唸りながら、後退するメガール。

 

 克己は鎧の武人に追い縋り、幾つもの打撃を繰り出した。

 

 パンチ。

 蹴り。

 膝。

 貫手。

 

 メガールの全身に、同時多発的に叩き込まれた打撃は、その銀の鎧の繋ぎ目を、尽く破壊してしまった。

 

 「き、貴様……」

 

 よろよろと後退り、樹の幹を背中にするメガール。

 

 その、ひび割れた鎧の内側から、めりめりと、突き出して来るものがあった。

 見るからに、メガールの肉体が、膨れ上がっていた。

 

 ばきん、と、克己の打撃以外の要因で、鎧がメガールの身体から引き剥がされてゆく。

 

 「み、見たな……」

 

 メガールが、真っ赤に染まった眼で、克己を睨んだ。

 

 地面に、鎧が落ちる。

 メガールの身体は、太いパイプが無茶苦茶に突き出し、おぞましい鉄の塊と化していた。

 

 兜の奥からも、バッファローのように、太い角がせり出して来る所であった。

 

 「この俺の、醜い姿を、見たな⁉」

 

 哭くように、メガールが言った。

 既に、鎧の武人はいなかった。

 

 そこには、不気味な鉄の肉体を持った、おぞましい闘牛の姿があった。

 

 かつて、惑星開発用改造人間第一号の被験体として選ばれながら、改造技術の未成熟さ故に失敗し、破棄された醜い姿――メガール・奥沢雅人の、憐れな成れの果てであった。

 

 「ぼぉぉぉぉぉっ~~~~!」

 

 メガール――死神バッファローの姿となったドグマの将軍は、鬼哭を上げながら、克己に向かって突撃する。

 

 克己は、背後に隠れていたシンタとチエを脇に抱えて跳び、頭上の木々の、太い枝の部分に立った。

 

 「ここにいろ。動くな」

 

 克己は、シンタとチエに言った。

 

 そうして、怯えるチエに、何処から取り出したものか、西洋人形を手渡して、ジャケットを脱ぐ。

 

 その下には、銅色のプロテクターを纏っている。

 腰には、風車を内包した、大きな銀のバックルを持つベルトを巻いていた。

 

 「ゆくぞ」

 

 枝を蹴って、地上へ舞い戻る克己。

 

 落下しざまに、ヘルメットを被った。

 ヘッド・セットが、耳の部分を起点に回転し、顎を固定すると共に、口部を覆うシャッターが下りる。

 

 ベルトの両脇のバーニアから吐き出された空気で、空中で旋回し、死神バッファローの前に着地した。

 

 森の暗闇に、赤い楕円の光が灯る。

 

 「ぐぉっ!」

 

 死神バッファローが、鼻息荒く、克己の姿を眺めた。

 

 左の拳を前に出し、右の開手を引いた、半身の構えを採っているのは、強化改造人間第四号――仮面ライダー第四号であった。

 

 死神の宴の時間(パーティ・タイム)が始まった。

 

 

 

 

 「天岩戸……か」

 

 ふふん、と、煙草の煙を吐き出して、ガイストが言った。

 

 呪ガイストは、昏い洞窟の中に、白いスーツを鮮烈に浮かび上がらせている。

 

 彼の前には、蛇塚蛭男を除く地獄谷五人衆――つまり、

 

  鷹爪火見子

  大虎竜太郎

  象丸一心斎

  熊嵐大五郎

 

 が、立ち並び、大虎竜太郎のみが二振り、他の三名は一振りずつ、鞘に収まった剣を持っている。

 

 山彦村にあった社殿の庫裡から奪い取った、五振りの剣である。

 

 「ここから先へ、ゆかせる訳にはいかねぇな」

 「何だと?」

 

 ずぃ、と、大虎が前に出る。

 その名の通り、虎のような眼光が、真っ直ぐにガイストを睨んだ。

 

 しかし、ガイストの瞳も、黒い太陽のように強く光を放っている。

 

 ぐにゃりと、その暗闇が歪み出してしまいそうな気配さえあった。

 

 「この先にある御影石が、お前さんたちの目的だろう」

 「その事まで知っているのか⁉」

 

 象丸が、驚いたように声を上げた。

 

 「ついでに言うのなら、それが、“空飛ぶ火の車”を起動させる鍵という事もね」

 「――」

 「そして、“火の車”の動力を停止させる“光る石”を持って逃げた小僧共を、お前さんたちの仲間が追っている事も、知っている」

 「ええい、何なのだ、貴様は?」

 

 熊嵐が、かっとなって、ガイストに言った。

 

 「おたくらの、親戚と言った所かな」

 「親戚⁉」

 「改造人間……」

 「――」

 「ここまで言えば、分かるだろう?」

 

 ガイストが、ぶ厚い唇を吊り上げた。

 そのガイストを睨み付けて、

 

 「――仮面ライダーか」

 

 と、火見子が、鋭く言った。

 

 同じ改造人間でありながら、自分たちに敵対する者――

 

 地獄谷五人衆が所属するドグマでは、そういった者を、仮面ライダーと判断している。

 

 「邪魔をするのならば、殺してしまえ」

 

 冷徹に火見子は言い放った。

 

 応――! と、他の三人が、ガイストに向かって突撃してゆく。

 何れも、手にした剣を鞘から引き抜き、ガイストに斬り掛かって来た。

 大虎は、二刀流だ。

 

 「――っと」

 

 象丸が振り下ろして来た剣を、身体を開いて躱す。

 足元を掬い上げようとした熊嵐の斬撃を、跳躍して避けた。

 

 空中のガイストを、大虎の二刀による刺突が狙う。

 

 ガイストは、天井に右手を伸ばし、指先を喰い込ませて身体を持ち上げ、突きを躱すと、岩の天井にめり込ませた指を支点に、その場で逆さ吊りのような形になった。

 

 「槍を持て、大虎!」

 

 火見子が指示を飛ばす。

 

 大虎は、両刀をそれぞれ象丸と熊嵐に手渡すと、ガイストを見上げた。

 

 その眼が、ぎろりと赤く染まり、顔の皮膚の内側から、黒い蟲のように湧き上って来るものがあった。

 

 体毛だ。

 大虎の顔に、縞模様が生じ、髪がぞわぞわと逆立ち始めた。

 

 又、その身体が大きく膨らみ、装束の繊維が引き千切られてゆく。

 顔と同じく、黒い体毛が、縞模様を作り出していた。

 

 しかも、その肩口から背中に掛けて走る体毛は、極寒の地で地面に垂らした水が瞬時に凍て付いて氷柱と化すように、びきびきと音を立てて膨張・硬質化して行ったのだ。

 

 その、肩から突き出した体毛を両手で握り、毟り取った。

 びゅぅん、と、しなりながら、暗闇に伸びたのは、槍であった。

 

 「ほぅ、それが、お前さんの力か」

 

 ガイストが、感心したように言った。

 

 自分の体毛を武器として扱う――それが、大虎竜太郎の、改造人間としての能力であった。

 

 「えぃやっ!」

 

 右足で踏み込みながら、鋭利な槍の穂先を、天井のガイストに向ける。

 

 ガイストは、左手で別の出っ張りを掴み、身体を移動させた。

 直前までガイストのいた場所を、大虎の槍が突き、岩を砕く。

 

 「ひゃあっ!」

 

 決して広くはない空間で、大虎の槍が引き戻され、振り回され、今度はガイストを横から叩こうとして来た。

 

 ガイストは左手を離し、落下する事で、槍を避ける。

 だが、その落下するガイストを、二刀となった象丸と熊嵐が狙っている。

 

 「ふん」

 

 ガイストは鼻を鳴らすと、空中で猫のように体を捻り、同時に繰り出された四つの斬撃を無傷で回避してしまった。

 

 ジャケットの裾を翻しながら着地するガイスト。

 

 余裕の表情を浮かべるガイストに対し、象丸が、むっと顔を歪める。

 

 そうして、片方の剣を鞘に納めると、もう一振りの刀の腹に指を当て、口の中で呪文のようなものを唱え始めた。

 

 ガイストが訝るような表情をしていると、象丸が握った刀が、不意に燐光を帯びる。

 

 「む⁉」

 

 と、思った時には、象丸が刃を繰り出して来る。

 

 バック・ステップで距離を取るガイストであったが、剣先から迸った電撃がガイストに追い縋り、逃げ切れなかった上衣の裾を焼き切ってしまった。

 

 ジャケットを脱ぎ捨てるガイスト。

 

 熊嵐が、象丸と同じく、一刀のみに意識を集中し、呪文を唱えた。

 その剣を地面に突き立てると、地面が一息に凍て付き始め、ガイストの足までも凍らせてしまう。

 

 「これは……」

 「――死ね、仮面ライダー!」

 

 半分ばかり人間の姿を捨てた大虎が、体毛の硬質化した槍でガイストを刺突する。

 

 が、その穂先がガイストに届く直前、凍て付いた地面にひびが入り、巨大な鉄の塊が狭い洞窟の中に飛び出して来た。

 

 ガイストの乗る三輪バギー・アポロクルーザーであった。

 

 アポロクルーザーは、後輪の位置を変更してスクリューとなり、潜水行動が可能であるが、フロントに保持されたガイスト・カッターで地面を掘り進み、潜陸行動を取る事も出来た。

 

 アポロクルーザーは硬い岩盤を砕き、ガイストの前に停止する。

 

 「く、糞ぅ」

 

 大虎が唸り、更に変身する。

 頭蓋骨がめりめりと前方にせり出し、獣の貌と化した。

 

 大虎竜太郎――ドグマの改造人間・クレイジータイガーは、槍を構えて、ガイストに跳び掛かろうとする。

 

 ガイストは、受けて立つとでも言うかのように笑みを浮かべ、腰に巻いたベルトの両脇からグリーン・アイザーとパーフェクターを取り出した。

 

 その胸の奥で、強化回路ブラック・マルスが起動し、アポロクルーザーに搭載された強化服が、自動的にガイストの身体に装着される。

 

 この変身を邪魔させぬ為、アポロクルーザーは、搭載したアポロ・マグナムをクレイジータイガーらに向かって掃射する。

 

 洞窟内にフラッシュが連続し、破裂音と共に壁面が削れてゆく。

 

 「ちぃ――」

 

 舌を鳴らしながら、熊嵐が、クレイジータイガーと象丸の前に出た。

 その身体を、アポロ・マグナムの弾丸が強かに打ち付ける。

 

 マグナムの掃射がやみ、発射音の残響と、硝煙が洞窟を覆い尽くしていた。

 

 その煙を振り払ったのは、甲鉄の肌にめり込んだ弾頭を、筋肉の張力で弾き飛ばした熊嵐大五郎であった。

 

 その額には、前立てのようなに三日月が戴かれ、肥大化した左腕の先には、凶暴な棘付きの鉄球が装備されていた。

 

 ドグマの改造人間・ストロングベアーだ。

 

 「――そう来なくては、面白みがない」

 

 硝煙の向こうに、緑色の楕円が輝いた。

 

 アポロクルーザーの内部に収納されていた帆を、マタドールの如く振るい、硝煙を払いながら自らの身体に巻き付ける。

 

 日輪のマークを刺繍した白いマントを纏うのは、黒い強化服と、緑色の装甲を装着した、幽鬼を思わせる改造人間――

 

 アポロクルーザーから引き抜いたアポロ・フルーレを構え、ガイストライダーはストロングベアー、クレイジータイガーらと対峙した。

 

 

 

 

 

 家々が、燃え盛っている。

 蛇塚蛭男の指揮で、ドグマファイターたちが放った火だ。

 

 村の広場には、住民たちが集められている。

 既に彼らの人数は、半数以下になっていた。

 蛇塚がファイターらに命じて、残虐な方法で、殺害させたのである。

 

 その人々を守るように、白い巨獣――トライサイクロンが、睨みを利かせている。

 

 スーパー・マシンの持ち主は、黒井響一郎だ。

 

 黒井は、異形の怪物と対峙している。

 地獄谷五人衆の内、最も陰湿で冷酷な男、蛇塚の変身したヘビンダーと、だ。

 

 ヘビンダーは、赤い舌をちろちろとさせながら、黒井と向かい合っている。

 

 人間の身体に、蛇の頭が乗り、しかもその全身には、何匹もの蛇が絡み付いている。

 右腕も、蛇そのものであった。

 右腕の先の蛇の牙から、毒液が滴っている。

 地面を、溶かしていた。

 人体に触れれば、それは、忽ちに骨まで溶解させてしまうであろう。

 

 「しゃーっ!」

 

 ヘビンダーは、黒井に向かって叫び、右腕の蛇を伸ばして来た。

 

 鞭の如くヘビンダーの右腕はしなり、黒井の身体を打ち付けようとする。

 

 黒井は、その蛇の頭に触れないよう、手首に当たるであろう位置を、左腕で弾いた。

 

 黒井の右側に逸れる蛇の頭であったが、ヘビンダーが右腕を小さくスナップさせると、それだけで、再び蛇の牙が黒井を襲う。

 

 斜め上から襲い来る蛇の頭を、黒井が、横に飛んで躱す。

 

 地面に激突する、蛇の頭。

 

 黒井は、一度は折り畳んだ左足で、ヘビンダーの右腕の蛇の頭を踏み付けると、伸ばされたヘビンダーの腕に、右足を乗せた。

 

 崖の上に掛かった、四、五寸程の道をゆくように正確に、しかし、絶壁から跳び下りる事を覚悟したように躊躇わず、黒井は細いトランポリンを蹴った。

 

 黒いコートが、鴉の羽のようにはためいて、黒井の身体が宙を舞う。

 

 「――とぉっ!」

 

 黒井の左の飛び廻し蹴りが、ヘビンダーの側頭部を直撃した。

 横に倒れてゆくヘビンダー。

 

 しかし、まだ空中にいる黒井に、ヘビンダーの右腕が復活し、躍り掛かる。

 

 右腕を絡め取られ、顔の近くまで、蛇の頭の接近を許してしまった。

 

 咄嗟に腰を捻り、左の掌底を打ち出す事で、どうにか顔面を毒液で爛れさせられる事は、回避する。

 

 ヘビンダー共々、地面に倒れ込む黒井。

 

 すぐさま立ち上がり、再び対峙する両者であったが、ふと、ヘビンダーがにぃと嗤う。

 

 「分身の術を見せてやる」

 

 長い牙の間を空気が取り抜け、太い舌の為に言葉がもつれている。

 だが、確かにヘビンダーは、“分身の術”と発音した。

 

 かと思うと、ヘビンダーは、黒井の前から逃亡し、燃え盛る家の中に飛び込んだ。

 

 「何を……?」

 

 黒井が、ヘビンダーの奇妙な行ないを、不審に思う。

 と、その背後から、

 

 「ぎゃーっ」

 

 トライサイクロンの後ろに隠れていた住民たちの中から、幾つかの悲鳴が聞こえた。

 

 黒井が、白いマシンを飛び越えて、そちらへ向かう。

 

 すると、広場に集められ、無事であった人々の内の三名――若い男二人と、若い女の身体に、何処からやって来たものか、蒼い蛇が無数に絡み付き、耳や鼻、口、肛門などから、彼らの体内に入り込んで行った。

 

 その光景を不気味がって、他の人たちは、蜘蛛の子を散らすように離れてゆく。

 

 「ヘビンダー……!」

 

 黒井が、掠れた声で言った。

 

 ヘビンダーは、火の家に飛び込むように見せて、トライサイクロンの背後に回り、蛇と身体を融合させられている人々を見下ろして、嗤っていた。

 

 「これが、俺の分身の術よ」

 

 ヘビンダーが言ったかと思うと、蛇を絡み付けられた者たちは、ゆったりと立ち上がる。

 

 その身体には、無数の蛇が同化して、全身に鱗を生じ、頭蓋骨が蛇の形へと変形しようとしていた。

 

 「ゆけ!」

 

 ヘビンダーが命じると、ヘビンダーの分身となった人たちが、黒井に迫り来る。

 

 「兄ちゃん!」

 「わ、私の娘が⁉」

 

 迎え撃とうとする黒井の後方で、引き攣れたような声が走った。

 ヘビンダーの分身とされた彼らの家族だ。

 

 黒井は、誰かの兄である彼らを、誰かの娘である彼女を、攻撃する事が出来ない。

 

 ヘビンダーの分身となった彼らのパンチやキックが、黒井を打ち据える。

 二人の男に、両脇から腕を押さえられ、女に顔を踏み締められた。

 甘いマスクが土で汚れ、歪む。

 

 その黒井を、サディスティックに見下ろしているのが、ヘビンダーであった。

 

 「正義の味方気取りも、ここまでだ」

 

 ヘビンダーが、静かに言う。

 しかし、彼を見上げる黒井は、極められた肩と共に、唇を軽く持ち上げた。

 

 「何を、嗤うか⁉」

 

 ヘビンダーが右腕の蛇の顎を開き、黒井に毒液を吐き掛けようとする。

 

 と、その刹那、暗闇から飛来するものがあった。

 

 夜空が歪み、こごった闇が動き出したかのように、それは、ヘビンダーの顔に取り付いた。

 

 ルビーのように赤い眼の鴉――デッドコンドルが宿していた“種子”から、マヤが誕生させた、カイザーグロウであった。

 

 「こ、こいつめ……!」

 

 ヘビンダーが、左手で、鴉を引き剥がす。

 

 鴉は、ヘビンダーの顔の前で大きく羽ばたき、羽根を盛大に撒き散らした。

 視界を羽根で覆われるヘビンダー。

 

 鴉は、直後、黒井を捕らえている三人の方へ飛んでゆくと、彼らに突撃し、黒井を解放させ、羽根をばら撒きながら、宙へ舞い上がって行った。

 

 その黒い身体を、ヘビンダーの右腕が捉える。

 毒の牙が鴉の胴体に突き刺さり、蛇の身体が鴉を拘束した。

 

 「こうしてくれるわ!」

 

 ヘビンダーが右腕を振るい、鴉を、炎の中に叩き込んだ。

 腕を引き戻す。

 

 全身を炎で焼かれながらも、鴉は火宅から飛び出すと、宙を舞い、火の点いた黒い羽根をばらばらと落としてゆく。

 

 「おっ⁉」

 

 と、我に返ったヘビンダーが、黒井の姿が消えている事に気付いた。

 いつの間にか逃げ出したようだ。

 

 「ど、何処に行きおった⁉」

 

 分身たちと共に、きょろきょろと辺りを見回すヘビンダー。

 その耳が、

 

 

  ぎゅぉん、

 

 

 という、風の鳴く音を聞いた。

 

 

 ぎゅぉん……!

 ぎゅぉん……!

 ぎゅぉん……!

 

 

 悲鳴――否、それは、咆哮であった。

 

 風が、吼えている。

 まるで、何者かの意思を代替するかのように、風が唸っていた。

 

 風の唸りが、燃えながら舞い落ちる黒い羽根を吹き飛ばした。

 それでも尚、黒い雨毛(はね)が降る。

 

 その羽根の雨の向こうに、黄色く灯る光があった。

 鴉の羽根の中を、その男が歩いて来る。

 

 蒼いプロテクター、レガート、ブーツ……。

 黒い強化服の側面には、三本のラインが走っている。

 黄色いマフラーが、彼自身の風の叫びにより、舞っていた。

 

 その腹部の風車から、風が、戦う嵐が、生じていたのだ。

 

 「お前は、か、仮面ライダー……⁉」

 

 ヘビンダーが、驚いた様子で、言った。

 

 「俺は――」

 

 骸骨を思わせる蒼いマスクの男は、鋭利な牙の奥から、静かに言った。

 

 「仮面ライダー三号」


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