「ショッカーの種子……」
ガイストが、マヤの右肩に留まった、赤い眼の鴉に視線をやった。
じろりと見つめられて、何を感じたか、照れたように、顔を反らす鴉。
「あんたは、そう言ったな」
「言ったわ」
この鴉が、単に“黒い鳥”としか呼べなかった形態に生まれた時である。
デッドコンドルが死んだ現場から発見された、根っこのようなものが付いた石から、マヤが変化させたものであった。
「それは、何なのか、という話さ」
「この子の中核にある、あの宝玉の事ね」
「ああ」
「あれも亦、暗黒星雲からの小惑星に乗って来たものよ。いえ、その一部かしらね」
「隕石の欠片と、いう事か?」
「ショッカーの故郷の物質、ね」
「――」
「
「――」
「
「え?」
「仏教の言葉よ」
マヤが、それについて説明した。
仏教の目的は、悟りを得る事である。
悟りを得て、仏陀となる訳であるが、悟る事が出来る可能性の事を、
仏性
と、呼んでいる。
他にも、“
仏教での悟りとは、あらゆる煩悩を消し去った所にある。
修行によって煩悩を断じれば、仏に成れるというのが仏教の基本ではあるが、修行でその煩悩を断つ事が出来る者が、釈迦以来、現れなかった。
そこで、この如来蔵思想や、本覚思想と言われるものが、提唱されるようになった。
人間に留まらず、他の動物や、草木、川や山などに至るまで、“衆生”と呼ばれるものらには、尽く仏の因子が存在し、その為に、本来的に悟(覚)っているという思想である。
「それが、どうした?」
黒井が訊ねた。
「ショッカーの種子というものは、それに似ているわ」
「む⁉」
「さっきから言っているように、暗黒星雲からの小惑星が地球に与えたものは、今の人類を、他の生物とは別格のものとしている理性や知性……」
「それが、あの種子によるものだというのか?」
「ええ。でも――」
マヤは、右肩の鴉を流し見ながら、更に語る。
「誰もが、あれを開花――いえ、発芽させる事すら、出来ない」
そういう意味では、これは“種”ではなく“芽”なのかも――と、マヤは言う。
「では、どういう人間が、それを発芽させるんだ?」
黒井が訊く。
「卵と鶏ね」
「あん?」
「どちらが先かは分からないけれど、或る特徴があるわ」
「それは?」
「他の人間と比べて、何処か、異質な点がある人よ」
「異質?」
「普通よりも能力が高かったり、感情のコントロールが極端だったり……」
「――」
「天才とか、狂人とか、英雄とか、悪人とか、偉人とか……そう呼ばれる人たちに多いわね」
「――む」
ガイストが、心当たりがあるとでも言うように、声を上げた。
アポロガイスト亡き後、呪博士は、巨大ロボット・キングダークの内部から、GOD総司令として指示を出していた。
その際に、先兵となった者らは、
悪人怪人
と、呼ばれる者たちであった。
歴史に名を残す、犯罪者や独裁者の魂を召喚し、改造人間のボディに宿らせていた。
ジンギスカンコンドルは、チンギス=ハン。
カブト虫ルパンは、怪盗アルセーヌ=ルパン。
サソリジェロニモは、インディアンのジェロニモ。
ヒトデヒットラーは、アドルフ=ヒトラー。
他にも、石川五右衛門、楊貴妃、怪盗ファントマ、ギャング王・アル=カポネ、暴君ネロなどの、高い能力を持ち、しかも、後世には暴虐な人物として伝えられる者たちをモチーフとした改造人間らを、Xライダー・神敬介に差し向けていた。
「他の……宮本武蔵でも、織田信長でも、エジソンだろうと、ロビン=フットだろうと、ニュートンだろうと構わないけど、兎に角、そうした突出的な才能を持った人たちは、“ショッカーの種子”があったかもしれないわ」
「――」
「彼らの天才が、“一パーセントの閃きの為の、九九パーセントの努力”だとしても、その努力を続ける事の出来た、ゼロの時点での才能に、“ショッカーの種子”の存在を認める事は、やぶさかではないわね」
「卵と鶏……」
黒井が、マヤの言葉を反芻した。
卵があって鶏が生じたのか、鶏が卵を産んだ事が始まりであるのか、それは分からない。
それと同じように、偉人や英雄、又は悪人と呼ばれる者たちが、ショッカーの種子由来の特殊な能力であったのか、逆に、その特殊な能力がショッカーの種子を発芽させたのかは、マヤにも分からないのである。
「それを、自分の力で――才能にせよ、努力にせよ――発現させたのが彼らであるとして、それを再現しようとした動きが、あったわ」
「再現?」
「デルザー魔人の幾らかは、そうした経緯で生まれたのでしょうね」
「……改造人間!」
黒井とガイストが、共に眼を剥いて、言った。
通常の改造人間とは、一線を画すと言われていた改造魔人たちは、皆、何らかの伝説に残る怪物たちの子孫であった。
ジェットコンドルの因子を得たデッドライオン――デッドコンドルの死の現場から、ショッカーの種子が回収されたという事は、他の魔人たちも、同様のものを持っていたという事になる。
マシーン大元帥、磁石団長、ヨロイ騎士、ジェネラルシャドウ、蛇女、鋼鉄参謀、アラワシ師団長、ドクターケイト、狼長官、岩石男爵、隊長ブランク……
特に、隊長ブランクなどは分かり易い例だろう。
隊長ブランクの祖先は、フランケンシュタインの怪物である。
フランケンシュタインが、墓場から掘り起こした死体を集め、それらを繋ぎ合わせて誕生させた怪物の系列にある。
これは、ショッカーに、イワン=タワノビッチが求めた、延命・蘇生治療の原点と言っても良い手術ではないだろうか。
元々は人間であった、ジェネラルシャドウや、後にゼネラルモンスターとなるジェットコンドルも、同様である。
それによって誕生したフランケンシュタインの怪物の血を引く、隊長ブランクに、ショッカーの種子が宿っていたのならば、
「改造人間計画とは、種子の発芽に至る為のものだったのか」
ガイストが言うと、マヤが満足げに頷いた。
「もう一つの例があるわ」
「感情云々と言っていたな」
黒井が、マヤの言った事を思い出す。
「これは、首領が、人類の統治を決めた理由でもあるわ」
「感情のコントロールって奴が?」
「これも、ガイストは知っていると思うけど……」
「ほぅ? と、言うと?」
「パニック――」
GOD神話改造人間の一人である。
牧歌神パンを基に改造されたパニックは、特殊な音波で、人間の感情を負の方向に増幅させる能力を持っていた。
それを用いて、一つの町を、人間同士の手で壊滅させようというのが、GODの作戦であった。
「あの例を見ても分かるように、人間全てが、感情に身を任せるようになってしまったら、この星の生命体は、あっと言う間に滅びてしまうでしょうね。ぷっつんした軍人が、核ミサイルのスイッチを押したら大変だわ」
「だが――」
黒井が口を挟んだ。
「仮に、そのショッカーの種子が発芽した人間が、感情のコントロールを出来なくなったとして、それは、何故なんだ? ショッカーの種子は、人間に理性を与えたのだろう?」
それならば、感情・本能を抑えている筈の知性・理性を齎したショッカーの種子が、逆にその制御を不安定にするというのは、変な話であった。
「抑制だからこそ、よ」
「抑制?」
「綱引きで考えて御覧なさいな」
こっちが本能、こっちが感情、と、マヤは、それぞれ左手と右手を持ち上げた。
いつの間にやら、両手の間には紐が握られている。
「普通の状態は、こう」
紐は、張り詰めても、緩められても、いない。
軽く撓み、軽く張っている。
「本能を優先しようとすると――」
右手を外側に引っ張る。
すると、紐が緊張して、左手が紐を放すまいと力を籠める。
「理性を優先しようとすると――」
今度は、左右を逆にして、同じ事をやった。
「片方の力が強ければ強い程、もう片方の力も強くなる。ンで、基本的に強いのは、ショッカーの種子……理性の方ね」
理性というリミッターが、多くの人間には設けられている。
そのリミッターは、本能が膨らめば膨らむ程、締め付けを強くしてゆく。
「でも、その拘束がちょっとした弾みで――」
マヤは、理性の左手で紐を強く引っ張り、それとせめぎ合う本能の右手でも、同じく強く紐を引っ張っていた。
紐が今にも切れそうになっている。切れそうになっているが、左手を強く引っ張った。
ついに、紐がぷつんと切れてしまう。
そうなると、右手も左手も、左右に大きく広がって、分かれてしまう事になった。
「力、強いな、あんた」
苦笑いを浮かべて、ガイストが言う。
マヤは、紐を袂に仕舞い込んで、髪を軽く掻き上げた。
「これが、ショッカーの種子を発芽した人間の、精神分析って所」
「自分を律し過ぎる故に、それが振り切られた時には……と、いう事か」
黒井が唸った。
「律するのは、理性が無意識に、である場合もあるけどね。そういう人間が全てじゃないにせよ、狂人と、天才とは紙一重……」
マヤが続けた。
「その理性による本能の拘束が、或いは、才能を目覚めさせる為の努力に結び付く場合もある。これは、“昇華”と呼ばれる精神の動きよ」
心理学でいう昇華は、社会的な不満や、目標を達成出来ないストレス、葛藤などを、社会に認められる行動への原動力へ変換する事である。
人に対して暴力を振るいたいとか、あらゆるものを壊してしまいたいとかいう衝動を、芸術やスポーツに向ける事など、そうである。
黒井には、これが分かる筈だ。
戦後、それまで鬼畜と罵って来た相手に対し、へこへことする醜い人々への、どうしようもない憤りを、フォーミュラ・カー・レーサーとしての実力の源として来たのであるからだ。
「それをやり切れない人間が、後者という事だな……」
ガイストが、顎に手を添えて、首を捻った。
強化改造人間第三号となる以前の黒井が前者であるならば、ガイスト――呪青年は、本能が理性のタガを破壊してしまった事になる。
母に暴力を振るう父の顔面を、ぼこぼこになるまで殴り続けた事がそうだ。
我が子の代わりを求めて、他人の赤ん坊を奪って殺していたあの事件の後、GODに与する事となったのも、この働きがあったからであろう。
「――さて」
マヤが、そう言いながら、立ち上がった。
障子を開け、廊下に出る。
「話が、かなりずれ込んで来てしまったわね」
「そうだったな」
元はと言えば、ドグマの話であった筈だ。
ドグマ王国のテラーマクロが、ショッカーに背反しているという事である。
「続きは……そうね」
マヤが、自分に続いて廊下に出て来た黒井たちを振り返る。
「ゆっくりと、観光でもしながら話しましょうか」
「観光?」
「ええ。冬の京都で、雪景色でも楽しみながら、ね」
マヤが、薄く笑った。
「それで、あんたは、俺に何をしろと言うのだ?」
鉄鬼が、上衣を羽織り、桜の樹の幹に背を預けていた。
顔を逆袈裟に、包帯で覆っている。又、右肩の辺りも同じくである。
その前に、柔道衣とコートを着たマヤが立っている。
鉄鬼の右眼をほじり出し、右肩をカウンターの手刀で抉ったとは思えない、落ち着いた美貌を湛えている。
八甲田山――
木の葉や枝の間から、空が白み始めているのが見える。
雪のような冷たい気温の中、二人は、平気そうな顔である。
マヤは、三〇年後、黒井たちに語る同様の事を、鉄鬼に対しても話していた所だ。
但し、この当時、まだショッカーは存在していないので、単に“種子”と呼んでいた。
「俺が、ガキの頃から気の荒い性質だったのは、そういう事か」
「後は、大男の総身に回り切った知恵かしらね」
ふふん、と、マヤが鼻を鳴らした。
身体が大きく、喧嘩っ早いくせに、下手な学生よりも頭が良い――それが、黒沼鉄鬼の幼少期……氷室五郎という男であった。
その事を教えて、自分に何をさせようと言うのか――
鉄鬼はそう訊いていた。
「欲しいものがあるわ」
「欲しいもの?」
「ええ」
マヤは頷いて、言った。
「空飛ぶ火の車よ」
悪人怪人は盗掘した遺体に改造手術を施していたのか……以前にも紹介しました『仮面ライダーが面白いほどわかる本』では、“霊体融合”とか書かれているので、上のような解釈で。
所で、色々と途中な物語ですが、私のプライベートとすり合わせて見るに、来月いっぱいは更新が出来ませんので、今回が切りの良い所での最後の更新となります。一応、言い訳は活動報告の方に出して置くので、お暇であればそちらもどうぞ。