仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第二十一節 種子/氷室

「ショッカーの種子……」

 

ガイストが、マヤの右肩に留まった、赤い眼の鴉に視線をやった。

じろりと見つめられて、何を感じたか、照れたように、顔を反らす鴉。

 

「あんたは、そう言ったな」

「言ったわ」

 

この鴉が、単に“黒い鳥”としか呼べなかった形態に生まれた時である。

 

デッドコンドルが死んだ現場から発見された、根っこのようなものが付いた石から、マヤが変化させたものであった。

 

「それは、何なのか、という話さ」

「この子の中核にある、あの宝玉の事ね」

「ああ」

「あれも亦、暗黒星雲からの小惑星に乗って来たものよ。いえ、その一部かしらね」

「隕石の欠片と、いう事か?」

「ショッカーの故郷の物質、ね」

「――」

一切(いっさい)衆生(しゅじょう)悉有(しつう)仏性(ぶっしょう)――」

「――」

山川(さんせん)草木(そうもく)悉皆(しっかい)成仏(じょうぶつ)――」

「え?」

「仏教の言葉よ」

 

マヤが、それについて説明した。

 

仏教の目的は、悟りを得る事である。

悟りを得て、仏陀となる訳であるが、悟る事が出来る可能性の事を、

 

 仏性

 

と、呼んでいる。

 

他にも、“如来蔵(にょらいぞう)”とか、“種子(しゅうじ)”とか呼ぶが、兎も角、仏が持っている性質を差しているので、“仏性”と呼ぶ。

 

仏教での悟りとは、あらゆる煩悩を消し去った所にある。

 

修行によって煩悩を断じれば、仏に成れるというのが仏教の基本ではあるが、修行でその煩悩を断つ事が出来る者が、釈迦以来、現れなかった。

 

そこで、この如来蔵思想や、本覚思想と言われるものが、提唱されるようになった。

 

人間に留まらず、他の動物や、草木、川や山などに至るまで、“衆生”と呼ばれるものらには、尽く仏の因子が存在し、その為に、本来的に悟(覚)っているという思想である。

 

「それが、どうした?」

 

黒井が訊ねた。

 

「ショッカーの種子というものは、それに似ているわ」

「む⁉」

「さっきから言っているように、暗黒星雲からの小惑星が地球に与えたものは、今の人類を、他の生物とは別格のものとしている理性や知性……」

「それが、あの種子によるものだというのか?」

「ええ。でも――」

 

マヤは、右肩の鴉を流し見ながら、更に語る。

 

「誰もが、あれを開花――いえ、発芽させる事すら、出来ない」

 

そういう意味では、これは“種”ではなく“芽”なのかも――と、マヤは言う。

 

「では、どういう人間が、それを発芽させるんだ?」

 

黒井が訊く。

 

「卵と鶏ね」

「あん?」

「どちらが先かは分からないけれど、或る特徴があるわ」

「それは?」

「他の人間と比べて、何処か、異質な点がある人よ」

「異質?」

「普通よりも能力が高かったり、感情のコントロールが極端だったり……」

「――」

「天才とか、狂人とか、英雄とか、悪人とか、偉人とか……そう呼ばれる人たちに多いわね」

「――む」

 

ガイストが、心当たりがあるとでも言うように、声を上げた。

 

アポロガイスト亡き後、呪博士は、巨大ロボット・キングダークの内部から、GOD総司令として指示を出していた。

 

その際に、先兵となった者らは、

 

 悪人怪人

 

と、呼ばれる者たちであった。

 

歴史に名を残す、犯罪者や独裁者の魂を召喚し、改造人間のボディに宿らせていた。

 

ジンギスカンコンドルは、チンギス=ハン。

カブト虫ルパンは、怪盗アルセーヌ=ルパン。

サソリジェロニモは、インディアンのジェロニモ。

ヒトデヒットラーは、アドルフ=ヒトラー。

 

他にも、石川五右衛門、楊貴妃、怪盗ファントマ、ギャング王・アル=カポネ、暴君ネロなどの、高い能力を持ち、しかも、後世には暴虐な人物として伝えられる者たちをモチーフとした改造人間らを、Xライダー・神敬介に差し向けていた。

 

「他の……宮本武蔵でも、織田信長でも、エジソンだろうと、ロビン=フットだろうと、ニュートンだろうと構わないけど、兎に角、そうした突出的な才能を持った人たちは、“ショッカーの種子”があったかもしれないわ」

「――」

「彼らの天才が、“一パーセントの閃きの為の、九九パーセントの努力”だとしても、その努力を続ける事の出来た、ゼロの時点での才能に、“ショッカーの種子”の存在を認める事は、やぶさかではないわね」

「卵と鶏……」

 

黒井が、マヤの言葉を反芻した。

 

卵があって鶏が生じたのか、鶏が卵を産んだ事が始まりであるのか、それは分からない。

 

それと同じように、偉人や英雄、又は悪人と呼ばれる者たちが、ショッカーの種子由来の特殊な能力であったのか、逆に、その特殊な能力がショッカーの種子を発芽させたのかは、マヤにも分からないのである。

 

「それを、自分の力で――才能にせよ、努力にせよ――発現させたのが彼らであるとして、それを再現しようとした動きが、あったわ」

「再現?」

「デルザー魔人の幾らかは、そうした経緯で生まれたのでしょうね」

「……改造人間!」

 

黒井とガイストが、共に眼を剥いて、言った。

 

通常の改造人間とは、一線を画すと言われていた改造魔人たちは、皆、何らかの伝説に残る怪物たちの子孫であった。

 

ジェットコンドルの因子を得たデッドライオン――デッドコンドルの死の現場から、ショッカーの種子が回収されたという事は、他の魔人たちも、同様のものを持っていたという事になる。

 

マシーン大元帥、磁石団長、ヨロイ騎士、ジェネラルシャドウ、蛇女、鋼鉄参謀、アラワシ師団長、ドクターケイト、狼長官、岩石男爵、隊長ブランク……

 

特に、隊長ブランクなどは分かり易い例だろう。

 

隊長ブランクの祖先は、フランケンシュタインの怪物である。

 

フランケンシュタインが、墓場から掘り起こした死体を集め、それらを繋ぎ合わせて誕生させた怪物の系列にある。

 

これは、ショッカーに、イワン=タワノビッチが求めた、延命・蘇生治療の原点と言っても良い手術ではないだろうか。

 

元々は人間であった、ジェネラルシャドウや、後にゼネラルモンスターとなるジェットコンドルも、同様である。

 

それによって誕生したフランケンシュタインの怪物の血を引く、隊長ブランクに、ショッカーの種子が宿っていたのならば、

 

「改造人間計画とは、種子の発芽に至る為のものだったのか」

 

ガイストが言うと、マヤが満足げに頷いた。

 

「もう一つの例があるわ」

「感情云々と言っていたな」

 

黒井が、マヤの言った事を思い出す。

 

「これは、首領が、人類の統治を決めた理由でもあるわ」

「感情のコントロールって奴が?」

「これも、ガイストは知っていると思うけど……」

「ほぅ? と、言うと?」

「パニック――」

 

GOD神話改造人間の一人である。

 

牧歌神パンを基に改造されたパニックは、特殊な音波で、人間の感情を負の方向に増幅させる能力を持っていた。

 

それを用いて、一つの町を、人間同士の手で壊滅させようというのが、GODの作戦であった。

 

「あの例を見ても分かるように、人間全てが、感情に身を任せるようになってしまったら、この星の生命体は、あっと言う間に滅びてしまうでしょうね。ぷっつんした軍人が、核ミサイルのスイッチを押したら大変だわ」

「だが――」

 

黒井が口を挟んだ。

 

「仮に、そのショッカーの種子が発芽した人間が、感情のコントロールを出来なくなったとして、それは、何故なんだ? ショッカーの種子は、人間に理性を与えたのだろう?」

 

それならば、感情・本能を抑えている筈の知性・理性を齎したショッカーの種子が、逆にその制御を不安定にするというのは、変な話であった。

 

「抑制だからこそ、よ」

「抑制?」

「綱引きで考えて御覧なさいな」

 

こっちが本能、こっちが感情、と、マヤは、それぞれ左手と右手を持ち上げた。

 

いつの間にやら、両手の間には紐が握られている。

 

「普通の状態は、こう」

 

紐は、張り詰めても、緩められても、いない。

軽く撓み、軽く張っている。

 

「本能を優先しようとすると――」

 

右手を外側に引っ張る。

すると、紐が緊張して、左手が紐を放すまいと力を籠める。

 

「理性を優先しようとすると――」

 

今度は、左右を逆にして、同じ事をやった。

 

「片方の力が強ければ強い程、もう片方の力も強くなる。ンで、基本的に強いのは、ショッカーの種子……理性の方ね」

 

理性というリミッターが、多くの人間には設けられている。

そのリミッターは、本能が膨らめば膨らむ程、締め付けを強くしてゆく。

 

「でも、その拘束がちょっとした弾みで――」

 

マヤは、理性の左手で紐を強く引っ張り、それとせめぎ合う本能の右手でも、同じく強く紐を引っ張っていた。

 

紐が今にも切れそうになっている。切れそうになっているが、左手を強く引っ張った。

 

ついに、紐がぷつんと切れてしまう。

そうなると、右手も左手も、左右に大きく広がって、分かれてしまう事になった。

 

「力、強いな、あんた」

 

苦笑いを浮かべて、ガイストが言う。

マヤは、紐を袂に仕舞い込んで、髪を軽く掻き上げた。

 

「これが、ショッカーの種子を発芽した人間の、精神分析って所」

「自分を律し過ぎる故に、それが振り切られた時には……と、いう事か」

 

黒井が唸った。

 

「律するのは、理性が無意識に、である場合もあるけどね。そういう人間が全てじゃないにせよ、狂人と、天才とは紙一重……」

 

マヤが続けた。

 

「その理性による本能の拘束が、或いは、才能を目覚めさせる為の努力に結び付く場合もある。これは、“昇華”と呼ばれる精神の動きよ」

 

心理学でいう昇華は、社会的な不満や、目標を達成出来ないストレス、葛藤などを、社会に認められる行動への原動力へ変換する事である。

 

人に対して暴力を振るいたいとか、あらゆるものを壊してしまいたいとかいう衝動を、芸術やスポーツに向ける事など、そうである。

 

黒井には、これが分かる筈だ。

 

戦後、それまで鬼畜と罵って来た相手に対し、へこへことする醜い人々への、どうしようもない憤りを、フォーミュラ・カー・レーサーとしての実力の源として来たのであるからだ。

 

「それをやり切れない人間が、後者という事だな……」

 

ガイストが、顎に手を添えて、首を捻った。

 

強化改造人間第三号となる以前の黒井が前者であるならば、ガイスト――呪青年は、本能が理性のタガを破壊してしまった事になる。

 

母に暴力を振るう父の顔面を、ぼこぼこになるまで殴り続けた事がそうだ。

 

我が子の代わりを求めて、他人の赤ん坊を奪って殺していたあの事件の後、GODに与する事となったのも、この働きがあったからであろう。

 

「――さて」

 

マヤが、そう言いながら、立ち上がった。

障子を開け、廊下に出る。

 

「話が、かなりずれ込んで来てしまったわね」

「そうだったな」

 

元はと言えば、ドグマの話であった筈だ。

ドグマ王国のテラーマクロが、ショッカーに背反しているという事である。

 

「続きは……そうね」

 

マヤが、自分に続いて廊下に出て来た黒井たちを振り返る。

 

「ゆっくりと、観光でもしながら話しましょうか」

「観光?」

「ええ。冬の京都で、雪景色でも楽しみながら、ね」

 

マヤが、薄く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、あんたは、俺に何をしろと言うのだ?」

 

鉄鬼が、上衣を羽織り、桜の樹の幹に背を預けていた。

顔を逆袈裟に、包帯で覆っている。又、右肩の辺りも同じくである。

 

その前に、柔道衣とコートを着たマヤが立っている。

 

鉄鬼の右眼をほじり出し、右肩をカウンターの手刀で抉ったとは思えない、落ち着いた美貌を湛えている。

 

八甲田山――

 

木の葉や枝の間から、空が白み始めているのが見える。

雪のような冷たい気温の中、二人は、平気そうな顔である。

 

マヤは、三〇年後、黒井たちに語る同様の事を、鉄鬼に対しても話していた所だ。

 

但し、この当時、まだショッカーは存在していないので、単に“種子”と呼んでいた。

 

「俺が、ガキの頃から気の荒い性質だったのは、そういう事か」

「後は、大男の総身に回り切った知恵かしらね」

 

ふふん、と、マヤが鼻を鳴らした。

 

身体が大きく、喧嘩っ早いくせに、下手な学生よりも頭が良い――それが、黒沼鉄鬼の幼少期……氷室五郎という男であった。

 

その事を教えて、自分に何をさせようと言うのか――

 

鉄鬼はそう訊いていた。

 

「欲しいものがあるわ」

「欲しいもの?」

「ええ」

 

マヤは頷いて、言った。

 

「空飛ぶ火の車よ」




悪人怪人は盗掘した遺体に改造手術を施していたのか……以前にも紹介しました『仮面ライダーが面白いほどわかる本』では、“霊体融合”とか書かれているので、上のような解釈で。

所で、色々と途中な物語ですが、私のプライベートとすり合わせて見るに、来月いっぱいは更新が出来ませんので、今回が切りの良い所での最後の更新となります。一応、言い訳は活動報告の方に出して置くので、お暇であればそちらもどうぞ。

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