仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

90 / 140
第二十節 螺旋

「――何だ……?」

 

黒井は、全身に汗を掻いていた。

座布団の上に座った状態で、微動だにしないまま、全身をぐっしょりと濡らしていたのである。

 

「ガイスト、あんたも……」

 

黒井が言い終える前に、ガイストが頷いた。

ガイストもやはり、動きは一つもない筈なのに、顔に疲労を貼り付けている。

 

克己は、しかし、平気そうな顔をしていた。

汗も掻いていない。

 

恐らく、黒井とガイストが見たものを、克己は見ていないのであろう。

マヤが、彼に見せなかった、という事なのかもしれない。

 

ショッカー基地の中にある和室。

壁には、神話世界曼荼羅があり、その傍に異形の鴉の像が立っている。

 

上座に座す僧形のマヤは、既に、眉間に浮かんだ第三の眼を閉じていた。

傷痕さえない。

その右肩には、赤い眼の鴉が留まっている。

 

「どうだった?」

 

マヤが訊いた。

 

二人に見せたもの――

 

それは、かつて、黒沼鉄鬼に見せたのと同じ、

 

 遥かなる龍の記憶

 

というものであった。

 

虚空に光が生じ、光が惑星を形作り、惑星から龍が飛び立ってゆく――

 

それは、虚空の側から見た視点で、光の側から見たのならば、光が闇の中に生命を生み出して、自らが生み出した龍がこちらに迫って来るという映像であった。

 

「酷く、疲れたよ……」

 

ガイストが言った。

黒井も同意見である。

 

「頭がパンクしそうだ」

 

黒井が、素直に述べた。

 

光の出現から、惑星の誕生と、龍の登場まで、そこまで長い映像だとは思わなかったが、龍が海中から天空に飛び立ってゆこうとするまでには、黒井とガイストが見た以上の循環が行なわれているのだろうと、分かる。

 

見たのはその一部、或いはダイジェスト、又は早送りだとしても、その情報分を閲覧するだけの時間が、自分たちの脳内では消費されていたのである。

 

例え、画面に表示されたのが、一枚のイラスト、一つの文字であっても、それを構成しているのは、無数の0と1であり、その0と1を、脳内で数え直す作業をしたかのようであった。

 

「で、これが、カイザーグロウとやらと、どう関係があるんだ?」

「分からないって事はないでしょう?」

 

マヤが、ガイストの質問に対し、自分で考えさせた。

それに、黒井が答える。

 

「龍……」

「ぴんぽーん」

 

マヤが言った。

 

「あの龍か」

 

ガイストも分かったようである。

 

あの映像の中にあった、天に昇る、地に降る龍は、カイザーグロウの像と似ていた。

 

赤い眼と、にゅぅと伸びた角。

 

だが、あれは龍であり、鴉ではなかった。

その事について、ガイストは問おうとしたが、黒井が先んじた。

 

「龍というのは、そもそも、想像上の動物だ……」

「それがどうした?」

「けれど、実際に、“龍”と名の付く生物はいる」

「恐竜か?」

「ああ」

「――成程」

 

ガイストが頷く。

 

太古の昔、地上を跋扈していた生物、恐竜。

現在では考えられない巨体を持った種類も、存在していた。

 

彼らが絶滅した理由は、幾つか考えられている。

 

その最たるものが、巨大隕石の落下である。

 

これは、隕石そのものと言うよりは、隕石が落下した事で、気候が大きく変動し、大氷河期が訪れた為である。

 

この他に、次のような説もある。

 

巨大な身体を持つ恐竜たちは、地球の重力の中では、自らの体重に耐える事が出来ず、小型化を選択したというものである。

 

キリンも、象も、その原点から、頸や鼻が長かった訳ではない。

人も、両足で立つ以前には、四肢で這っていた事であろう。

前後の肢を持つ前には、身体をくねらせるだけで海中を泳いでいた頃もあった筈だ。

 

恐竜たちは、小型化という進化を選択する事で、自分たちの種族を守ったのである。

 

尚、進化とは、あらゆる方向への変化の事を言うのであり、大きなものが小さくなる、長いものが短くなるという事も、進化である。退化とは、その機能を縮小する事であり、進化との対概念ではない。

 

その、恐竜が小型化を選んだ結果の一つが、鳥類であるというのだ。

 

「現代の言語が、どれだけあのヴィジョンと照らし合わせられるかは分からないが――」

「カイザーグロウとかいう鴉の神さまと、あの龍は、起源が同じって事かい」

 

二人の確認を、肯定するマヤ。

 

「それが分かった所で、ありゃ、何の映像なんだ?」

 

ガイストが更に訊いた。

 

「遥かなる龍の記憶、と、言っていたが……」

「そのままの意味よ」

 

マヤが言う。

 

「そのままの?」

「遥かなる過去、龍が見た記憶……」

「――」

「ショッカーの故郷とでも、言って置きましょうか」

「ふるさと⁉」

「ええ。そうね、人間の言葉で言うのなら――」

 

マヤは、少し考えた後で、

 

「B26暗黒星雲……そういう場所にある星かしら」

 

と、告げた。

 

「B26暗黒星雲⁉」

「それが、ショッカーの故郷という事は、つまり――」

 

――ショッカー首領と名乗る人物は、外宇宙の生命体であるのか。

 

黒井とガイストは、そのように問う。

マヤは、顎を小さく引いた。

 

「それ自体は、別に驚く事ではないでしょう」

 

デルザーの首魁として、奇厳山から現れた岩石大首領は、七人の仮面ライダーたちに体内に潜入され、それまで複数の組織を操っていたものの実態を、遂に目撃される。

 

ゲルショッカーでは、一つ目の怪人。

デストロンでは、心臓があるだけの白骨。

GODでは音声テープのみを、改造人間や幹部たちに贈り付けていた。

ゲドンに対しては、“影の支配者”として、ゼロ大帝の姿を模していたと考えるべきか。

 

岩石大首領の中で、仮面ライダーたちが見た、今まで正体を掴めないでいた組織の首領は、一つの眼を持った巨大な脳みその姿であった。

 

そして、この脳自身が、ライダーたちに対し、自らの敗北を悟り、

 

“宇宙へ還る”

 

と、宣言している。

 

他にも、ネオショッカーは、外宇宙の銀王軍と提携を結ぼうとしたり、巨大怪獣型の宇宙生物が、大首領を名乗ったりしている。

 

因みに、ネオショッカーの進退についてであるが、初代日本支部長に就任したゼネラルモンスターは、スカイライダーの妨害による、作戦の度重なる失敗の責任を取らされ、彼の後を継いだ魔神提督よって、遂に処刑されている。その魔神提督も、月の光を浴びて身体を再生させるという、脅威の能力を持ちながらも、大首領に握り潰され、その生に幕を下ろした。

 

「――それだと、分からない事がある」

 

黒井が言った。

 

「地球外生物であるショッカー首領が、何故、地球を気に掛けるのか、だ」

 

黒井の中で、ショッカーは、人類を一つの思想の下に纏め上げ、この地球を正しく管理するという組織である。

 

「それは、当然の事よ」

「当然?」

「子供を気に掛けない親はいないわ」

「何⁉」

「人間は、ショッカーの子供なのよ……」

「どういう事だ⁉」

「ジャイアント・インパクト――」

「確か……」

 

約四六億年前、地球に落下した、火星クラスの大きさの小惑星である。

この衝突を機に、地球から剥がされた岩盤が、分裂して月になったという。

 

「ショッカー首領は、その小惑星に乗ってやって来た……」

「では、人類はショッカー首領に生み出されたという事か?」

「……三分の一って所かな」

「三分の一?」

「正確に言うのなら、B26暗黒星雲の生物の遺伝子が、小惑星には組み込まれていて、それが地球の環境と適応して、更に永い時間を掛けて、人類という種の祖になったという所かしらね」

「な――」

「それが、龍の記憶」

「何?」

「貴方たちが見たあのヴィジョンは、地球にとっては、あくまでもイメージよ」

「イメージ?」

「そ。ジャイアント・インパクトの、ね」

「小惑星の?」

「さっきも響一郎が言ったように、龍とは架空の生物よ」

「――」

 

黒井が頷いた。

 

「でも、架空の、想像されたものであるという事は、そこに、何らかのベースとなるものがある筈」

 

無から有は生み出せない――

又は、想像し得るものは全て実現可能であると言うように――

 

「つまり、あの龍のイメージは、小惑星落下を、偶像化とでも言おうか、そうしたものだと?」

 

黒井が訊く。

 

「日蝕を、天岩戸と記したように、か」

 

ガイストが言った。

 

天岩戸については、『古事記』にあるものだ。

 

黄泉に堕ちた母・伊邪那美に合いたいと願い、自分の守るべき場所を離れる事の許可を願いに、姉である天照大神の神殿へ赴いた須佐之男命であったが、天照は、気性の荒い弟が戦争を仕掛けて来たものであると勘違いした。

 

それに怒った須佐之男は、天照の神殿に糞を落として去り、これを嘆いた天照は洞窟に引き籠り、大きな岩で入り口を塞いでしまう。。

 

『古事記』に限らず、神話とは、歴史に神性を加えたものであるという説がある。歴史を紐解くには、その神性を除けば良いと提唱されてもいた。

 

天照大神は、太陽の神であり、昼間であってもその光が見えなくなったとなれば、それは、恐らくは皆既日食の事なのであろう。

 

龍のイメージも、そのような事であろうと、ガイストは言ったのだ。

 

「で、龍のイメージが小惑星、人類の祖は地球外生命体の遺伝子……と、そういう事は分かったが」

 

ガイストが言い、

 

「ショッカー首領とは、何者なのだ?」

 

黒井が問う。

 

「意思よ」

 

マヤは、簡潔に答えた。

 

「意思?」

「或いは、贖罪……」

「贖罪⁉」

「ええ」

 

マヤは、神妙な顔をして、言った。

 

「B26暗黒星雲から原始の地球に来訪した遺伝子は、この地球に、驚くべき進化を与えたわ」

 

人類の創造について、である。

 

「でも、それは、地球の生命に、一つの欠陥を創り上げてしまってもいた」

「欠陥?」

「ショッカー首領とは、意思よ」

「――」

「理性と言っても良いかもしれないわね」

「理性?」

「人間と、他の動植物との違い……」

「知性、と言うべきものか?」

「ショッカー首領は、人間にそれを与える事となった……」

「――」

「これが、失敗と言えば、失敗だったわ」

「失敗と、言うと」

「智慧の実……」

 

『創世記』の事である。

 

神が、土塊から生み出したアダムと、そのアダムから生まれたイヴ。

無垢な彼らは、蛇より黄金の果実を与えられ、羞恥心を知った。

この事を、神は怒り、人類最初の夫婦をエデンの園から追放した。

 

「ショッカー首領は、蛇……?」

 

黒井が、唸るように、呟いた。

 

B26暗黒星雲からの小惑星は、人類を誕生させるきっかけを作った。

マヤは、人類と、その他の動植物との違いは、理性・知性であると言う。

 

「龍の記憶……」

 

ガイストも、呻くように、独りごちる。

 

龍は、洋の東西を問わずに語られる伝説の合成生物だ。

 

東洋では聖獣として、西洋では魔獣として、畏怖されている。

 

東洋の龍は、牛の角や虎の爪を持ち、その身体は蛇である。

 

西洋のドラゴンは、蝙蝠の翼を持った蜥蜴である事が多く、蜥蜴に悪のイメージがあるのは、『創世記』に於いて、蛇が四肢を切り落とされる前の姿であるからだ。

 

ジャイアント・インパクトの龍のイメージと、これらは符合する。

 

「本能と理性は対極的なもの……」

 

マヤが言う。

 

「この地球に、二重に絡み合う螺旋を与えたのは、ショッカー首領なのよ」

「――」

「その二重螺旋こそ、ヒトが、他の動植物を凌駕し、万物の霊長たると驕る要因……」

「――」

「ショッカーが、人類を統治しようという働きは、その贖罪と呼べるわね」

 

そう言いながら、マヤが、一息吐いた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。