仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第十八節 超一/白毫

場所を、トレーニング・ルームから移して、四人が同じ部屋にいた。

 

和室である。

 

それぞれ、トレーニングで汗を掻いた汗を、シャワーで流し、さっぱりとした面持ちで、畳の上に座していた。

 

マヤの話が、最新型の仮面ライダーとドグマが競り合っているという所に及び、克己が、ベンチ・プレスのノルマを終えたので、本日のトレーニングは終了という事になった。

 

戦前から戦時中に掛けての武道家であった克己や、刑事として一通り武道を修めていたガイストなどは、自分なりの稽古を出来ている。

 

身体自体は、改造人間のそれであり、改造以前でも格闘家に匹敵するものであったとは言え、黒井はレーサーである。戦う事は、本業ではない。

 

以前、アポロガイストと戦い、勝利を収めたが、あれとても辛勝であった。言ってしまえば、強化改造人間としての深化を経験しているか、否かの違いである。その証拠に、ブラック・マルスを搭載して、真に強化改造人間となったガイストには、強化服を纏う前の状態で翻弄されている。

 

その黒井には、マヤが、手ずから格闘指導をしていた。

 

ブラジルで行なわれている“バリツウズ”というルールの“ジュージュツ”であるらしい。

 

マヤが言うには、“バリツウズ”は、“何でもあり”というポルトガル語で、その名前の通り、一部の反則を除いては、打・投・極といった、あらゆる素手での格闘手段が許可されている。

 

その最たるものを呼べるのが、馬乗りになって、相手を殴っても良いという事だ。

現行の格闘技の多くの試合では、それは、認められていない。

 

レスリングでは両肩が、相撲では足以外の部分が試合場に着いたなら、そこで敗北だ。

柔道であっても、寝技には時間制限が設けられているし、当て身は反則である。

 

その事から考えるに、“バリツウズ”というものは、実際に、人と人とが戦う事になったなら、どのような行動に出るかを想定しているルールであると思われる。

 

この他にも、羽交い絞めにされたら、相手が凶器を持っていたならば、というシチュエーションを想定したとしか思えないような技が、幾つもある。

 

マヤは、黒井響一郎に、その“バリツウズ”の戦闘スタイルを教え込もうとしているのであった。

 

その稽古衣から着替えて、一同は再び集まっている。

 

決して広いとは言えない和室である。

 

上座には、マヤ。

背にしているのは、大きな絵である。

 

金と黒の衣を纏い、翼のある蛇の上で脚を組む、多臂の王――

 

手には、剣や矛などを持ち、背景の、金の星を輝かせる黒い虚空と、黒く渦巻く螺旋を内包した金の空を、真っ直ぐに貫いている光が、左右の手が融合した掌の上に戴かれる瞳から放たれていた。

 

三崎美術館に展示されていた、神話世界曼陀羅である。

自分の作品であり、自分の願望であるとマヤは言っていた。

以前、マヤ自身の手で切り裂かれているが、再び描き直されたもののようだ。

 

その絵の前に、鴉が翼を折り畳んで、正面を向いている像が飾られている。

 

只の鴉ではない。

頭の横から、にゅぅと角の突き出した鴉である。

両方の眼は、ルビーで造られているようで、きらきらと輝いていた。

 

それらの絵と像の前に座すマヤは、僧形である。

 

髪こそ、肩の辺りまで伸ばしているが、その所作は見事に尼僧のそれであった。

 

茶を立てている。

四つの湯呑みと、四つの和菓子が用意されていた。

 

マヤの正面に、向かって右から、黒井、ガイスト、克己の順で座っている。

 

黒井は、染み一つないワイシャツに、ベージュ色のスラックスを穿いていた。

ぴんと背筋を伸ばして、正座している。

茶を飲む動作も、型通りに整った、美しいものであった。

 

中央のガイストは、紋付き袴であった。

彫の深い顔もあって、やくざの親分か何かと間違えてしまいそうである。

片手で湯呑みをぐぃと持ち上げて、水でも煽るかのように、飲む。

 

克己は着物である。

黒地に、赤い花が染め抜かれていた。

 

克己は初め、眼の前に出されていた茶にも菓子にも反応しなかったが、マヤがそれらを勧めると、静かに飲み、食べた。

 

黒井のようにマニュアルに則っても、ガイストのように粗暴でもない。

ものを飲む、食べるという時、別段、何かを意識する訳でもないような、自然な感じで、飲み、食べた。

 

「何処まで話したかしら」

 

マヤが、自分の湯呑みを空にして、言った。

 

「あんたに背反しているドグマが、最新型の仮面ライダーと戦っている、って所までさ」

 

ガイストが答えた。

 

「ああ、そうだったわね」

「名前は確か――」

「スーパー1」

 

マヤが言う。

 

「仮面ライダースーパー1というのが、九人目の名前よ」

「スーパー1ねぇ」

 

ガイストが、和菓子を楊枝で刺し、口に運んだ。

 

「随分と大層な名前だな。第一号を超える、ってか」

「――」

 

ぴくりと、黒井が反応した。

 

第一号――仮面ライダー・本郷猛は、黒井響一郎の妻子の仇である。

正確には、そうであると、思い込まされている。

 

「間違いではないけどね」

 

マヤが微笑した。

 

「あん?」

「惑星開発用改造人間S-1」

「――」

「仮面ライダースーパー1の、正式な名前よ」

「惑星開発?」

「私たちショッカーが、地球資源の枯渇を解消する為に、人類の総数を減らしてゆこうという活動をしているのは、知っているわね」

「そりゃ、自分がいた組織の根っこだからな」

「人間の方も、それとは別のアプローチで、資源に関する問題を解決しようとしている訳」

「それで、宇宙か」

「そ。火星には、生物が住んでいた痕跡があるから、巧く開発すれば、火星を移住先にする事が出来る、と、考えているのよ」

「――傲慢だな」

 

黒井が言った。

 

「環境を壊すだけ壊して、次が見付かったら、ぽい、か」

「あら、随分と染まって来たわね、響一郎」

 

マヤが言った。

 

「誰かさんがいつまでも焦らすから、朱に交わる時間も増えたのさ」

「――という事は」

 

ガイストが話題を戻す。

 

「今、仮面ライダーを名乗っているスーパー1とやらは、俺たちと同じような、強化改造人間の身体ではないという事か」

「そういう事ね。技術が漏れている可能性はあるけど、基本的には、国際宇宙開発研究所の技術よ」

「技術の漏洩?」

「FBIやインターポールからも、ちょっかいを掛けられていてね」

 

ショッカー・ゲルショッカーと、本郷たちと共に戦った滝和也は、FBIの捜査官である。

 

又、デストロンに対しても、デストロン・ハンターが佐久間ケンを筆頭に組織され、神敬介の恋人・水城涼子はGOD機関に工作員として潜入し、その妹・霧子はGODの計画について敬介に助言を与えていた。彼らは何れも、インターポールの指令で動いていた。

 

水城姉妹は、GOD機関へのスパイ行為の報いとして殺害されたが、壊滅した組織の情報は、FBIやインターポールの手に渡る事になった。

 

ネオショッカーが台頭して来ると、ネオショッカー対策委員会が設立したが、これも、過去の組織についての情報があったからこそ、短期間で纏め上げられたものであろう。

そこから、宇宙空間での活動を可能とする改造人間の着想を得て、惑星開発用改造人間の製造が、計画されたのではないかと、推測される。

 

人間が宇宙空間に進出するに当たって、肉体とは別に宇宙服を着るのではなく、惑星間で無理なく活動出来る肉体を持った改造人間――

 

「で、そいつが何だって仮面ライダーを名乗る――と、言うよりは、ドグマと敵対しているんだ?」

 

惑星開発用改造人間S-1には、宇宙での作業に用いる為の、様々な機能がある。

その最たるものが、ファイブ・ハンドと呼ばれるシステムだ。

 

これは、

 

 パワー・ハンド:六〇トンの物体を持ち上げる

 エレキ・ハンド:三億ボルトの電撃を放つ

 冷熱ハンド:右手から超高火炎、左手から冷凍ガスを放つ

 レーダー・ハンド:一〇キロ四方の偵察能力を持つ端末

 

という四つの能力を持つ換装パーツに、

 

 スーパー・ハンド

 

という、三〇トンの衝撃力を放つ事の出来る、基本のアームを加えた五つの交換式のアタッチメントである。

 

これらを、戦闘に転用する事は可能であろう。

 

であるから、ドグマの改造人間と敵対――戦う事は、出来る。

 

しかし、ガイストが問うているのは、サイボーグS-1が、ドグマと戦う理由だ。

 

「それは簡単よ。ドグマの方から、突っ掛けて行ったの」

「ほぅ?」

「S-1については、全ての情報が、研究員以外には伏せられていたのだけれど、その研究局に、ドグマはスパイを潜り込ませていたわ」

 

テラーマクロは、自分たちの邪魔になるであろう組織に対しては、内部からの壊滅を狙っている。スパイを送り込み、内部分裂を引き起こさせて、自然と消滅するように、である。

 

「国際宇宙開発局を、潰す必要が?」

「潰す事が目的じゃなかったわ。S-1が欲しかったのよ」

「S-1が?」

「宇宙空間で活動出来る改造人間を、まだ、私たちは開発し切れていなかったからね。だから、最初は、ドグマに協力するよう要請した」

 

当然、ドグマにもその技術はない。

 

ショッカーやドグマに先んじて、宇宙へと進出しようとしたS-1を、テラーマクロが狙ったのは、さもありなんと思えた。

 

「でも、S-1開発に関するトップのヘンリー博士が、それを断った」

「だから、潰したってのか。短気な話だな」

 

呆れたようにガイスト。

 

「それについては、若しかしたら、将軍の事もあるかもね」

「将軍?」

「メガール将軍よ」

「――」

「さっき、S-1――スーパー1は、第一号を超えるもの、と、言ったわね」

「ああ」

「その第一号というのは、仮面ライダー第一号ではなく、惑星開発用改造人間第一号の事よ」

「スーパー1以前に、いたのか」

「奥沢正人――」

「それは?」

「メガール将軍の、人間だった頃の名前よ。彼も、S-1・沖一也と同様に惑星開発用改造人間の手術に志願したけれど、手術の失敗で、酷く醜い姿に変わってしまったらしいわ」

「むぅ」

「それで、開発局からは、その存在が抹消され、奥沢本人も廃棄された」

「――」

「そこを、テラーマクロが拾ったわ。それで、自分の組織に将軍として迎え入れた」

「その、失敗した第一号を超えるという意味での、スーパー1か」

「ええ」

 

そこまで言い終えて、一旦、沈黙した。

 

ガイストは、まだまみえた事のないメガール将軍の出生に、思いを馳せているらしかった。

 

会話の再開は、黒井からであった。

 

「そのS-1が、どうして、仮面ライダーを名乗るんだ?」

「スカイライダーの協力者と、知り合いだったからよ」

 

マヤは、簡単に述べた。

 

その男は、谷源次郎と言って、筑波洋とネオショッカーとの戦いをサポートした、先の七人にとっての立花藤兵衛に相当する人物である。

 

ネオショッカーを脱走後、暫くは洋と共に行動していた志度敬太郎であったが、活発化するネオショッカーの活動に対し、ネオショッカー対策委員会が設立され、志度は、委員会に客員として招聘された。

 

その志度が、独り日本で戦う洋を、自分の代わりに支えてやって欲しいと頼んだのが、自身の知人でもあり、洋の先輩筋に当たる、谷源次郎であった。

 

この事は、マヤは伏せたが――

 

谷は、家族をネオショッカーに殺されており、その仇を討つ事を決意して、スカイライダーに協力した。

 

この谷源次郎は、幼い頃に両親を喪い、人類の宇宙進出という父の夢を継いでアメリカに渡り、ヘンリーの許でS-1への改造手術を受ける事となる沖一也と暮らしていた事があった。

 

ドグマの策略で研究所を破壊されたS-1は、唯一人生き延びて故郷・日本へ帰り、そこでドグマとの戦いに挑む事となる。

 

鋼の身体に強化服を纏い、マシンを乗りこなすS-1の姿を見て、谷源次郎は、彼を仮面ライダーと呼んだのである。

 

惑星開発用改造人間S-1は、そうして、仮面ライダースーパー1となった。

 

と、話が一段落した所で、四人が座している部屋の障子に、影が映った。

 

「帰って来たわね」

 

マヤは、立ち上がって、戸を横に引いた。

 

部屋の中に、黒い鳥が入って来て、マヤの右肩に留まった。

 

デッドコンドルが斃れた後、その身体に宿っていたという“ショッカーの種子”から、マヤが誕生させた黒鳥であった。

 

姿が、以前は、単に黒い鳥としか呼べなかったが、良く見ると、鴉のように変わっている。

 

「そいつは?」

 

黒井が訊いた。

 

「ドグマに潜り込ませていた、スパイよ」

「そいつが、か」

「ええ。可愛いでしょ」

 

マヤが、咽喉の辺りを指で掻いてやると、嬉しそうに頭を振った。

 

「これでも、神さまだしね」

「神?」

「暗黒の大陸を覆い尽くす黒き翼――」

「――」

「カイザーグロウとでも呼びましょうか」

 

鳥類を、神と崇める風習は、各国に存在する。

 

フェニックス、ガルーダ、ルフ、朱雀、鳳凰――

 

又、ゴミを漁る姿から、鴉は不吉で不気味なものと思われているが、幸運の象徴でもあった。三本の脚を持つものは、八咫烏と呼ばれ、神の使いである。

 

ショッカーのレリーフも、翼を広げた鷲の姿だ。

 

しかし、カイザーグロウという名の神を、ガイストは知らない。

 

「それは当然よ」

 

マヤが言った。

 

「知らなくて、か」

「ええ」

「何故?」

「何なら、見せましょうか――」

 

マヤは、にぃ、と、唇を吊り上げる。

 

「見せる?」

 

と、首を傾げ、顔を見合わせる黒井とガイスト。

 

その前で、マヤの額に、ぷつりと切れ込みが入った。

手も触れていないのに、である。

 

剃刀を当てたかのような筋が、じわりと横に開いてゆく。

内側から、何かが盛り上がって来た。

現れたのは、眼球を思わせる水晶体であった。

 

「むぅ⁉」

 

驚く黒井とガイスト。

 

「龍の記憶……」

 

マヤがぽつりと言うと、その第三の眼が、煌々と緑色の光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜の花びらと梅の香りの風の中――

 

蒼い道衣を、肩まではだけさせたマヤが、浅く息を吐いていた。

濃い目の肌に、汗がぷつぷつと浮き、上気して、酷く色っぽい。

 

顔に張り付いて、黒く筋を走らせる髪を掻き上げると、股の下にいる男を見下ろした。

 

黒沼鉄鬼――

 

黒又山の赤心寺を離れ、独り、八甲田山中に於いて修行に明け暮れていた拳法家は、その顔を赤く、蒼く、黒く腫れ上がらせていた。

 

マヤは、彼に馬乗りになって、何度も顔面にパンチや掌底を叩き付けた。

 

鉄鬼が暴れ、馬乗りから振り落とされても、蛇のように身体を絡めてゆき、腕や脚の関節を絞り上げ、結局は馬乗りになってしまう。

 

まるで、そのポジションに入る事が、目的であるかのようだった。

そのポジションを獲れば、自分の勝利に疑いはないとでも、言うかのようである。

 

マヤに馬乗りになられている鉄鬼は、辛うじて意識を保っている筈だが、ぶ厚く腫れ上がった瞼の為、眼球が確認出来ないありさまだ。

 

その鉄鬼の上で、マヤはにぃと微笑んだ。

 

「思い出させて上げる……」

 

疲労の為に掠れた、それでもまだ甘い声で、マヤが囁いた。

 

「遥かなる、龍の記憶……」

 

その眉間に、剃刀を当てたような傷が生じ、頭蓋骨の奥から、緑色の水晶体がめりめりと盛り上がって来た。

 

第三の眼を開いたかのようなマヤは、倍近くまで膨らんだ鉄鬼の顔を、両側から押さえると、鼻先が触れ合う距離にまで顔を近付ける。

 

第三の眼が光を放つ。

 

どうにか踏み止まっていた鉄鬼の意識は、マヤの第三の眼が放つ光に、呑み込まれて行った。




スーパーハンドのパンチ力が300トンという話がありますが、平山P監修の『仮面ライダーが面白いほどわかる本』には、30トンとありましたので、そちらで。

ヘンリー博士の苗字が“ヘンドリクソン”説(また中の人ネタ……)。

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