火見子、大虎、熊嵐、象丸――蛇塚を除いた地獄谷五人衆は、山彦村の傍にそびえる山を登っていた。
村の始末を、蛇塚とファイターたちに任せて、この村に襲撃を掛けた目的を、果たそうというのであった。
鬱蒼と、木々の茂る森である。
夜の風が山頂から吹き下ろし、村を焼く炎が熱風となって吹き上がって来た。
ぶつかり合う、夜気と熱気を身に受けながら、五つの影が駆けてゆく。
整備され始めた登山道を登り、中腹に至った。
そこで、彼らは、古墳のような石室を見る事になる。
「ここだ」
と、火見子が言う。
五人は石室の中に進んでゆく。
その五人は、しかし、奥まで進む前に、足を止めた。
煙草の匂いを嗅いだからであった。
夜、岩が陰になって、夜目が利く者でも中を見通す事が難しい闇だ。
その中に、ぽぅ、と、小さく、赤い光が灯った。
暗闇の底から、白い人影が歩み寄って来る。
真っ白い、高級そうなスリー・ピースを身に付けた、精悍な顔立ちの男だった。
髪は短く刈り込まれ、ギリシャ彫刻のように彫の深い顔をしている。
すらりと背が高く、外国のモデル雑誌で表紙を飾っていても、おかしくはなかった。
「怪しい奴だ」
と、大虎が言った。
「お前さんたちにゃ、言われたくないね」
白いスーツの男――呪ガイストは、煙草を咥えたまま、厚めの唇を吊り上げた。
「今時、そんな格好をして、夜道を出歩く奴らがいるかよ」
くっく、と、笑うガイスト。
「村の者か?」
熊嵐が訊いた。
ガイストは首を横に振る。
「お前さんたちと、根っこは同じって所だがな」
「何?」
象丸が、眼を細め、ガイストを睨んだ。
「ドグマ――」
「む⁉」
「その改造人間技術の起源は、ショッカーにあるんだぜ」
ドグマとは――
正式名称を、ドグマ王国といい、テラーマクロを頂点とした、小国家的性格を持つ組織である。
その目的は、この地球上に、テラーマクロが帝王となって、ユートピアを築く事にある。
美しいもの、優れたもののみを集めた理想郷を建設する為に、改造人間と尖兵として、現代社会に対して戦いを挑んで来ているのだ。
この組織も、ガイストが言うように、かつてのショッカー、ゲルショッカー、デストロン、GOD機関……などと同様に、ショッカー首領、又は大首領と呼ばれる謎の人物の息が掛かったものであった。
組織の構造としては、ショッカーやゲルショッカーのような、
首領
大幹部
幹部・改造人間
科学者・科学者戦闘員
戦闘員
といった、ピラミッド構造ではなく、テラーマクロが、科学技術や医療技術、改造人間養成機関を直接的に管理する、同じく国家を名乗るガランダー帝国と似た構造、即ちテラーマクロをトップに据えた封建的、自己中心的な性格を備えていた。
この中で改造人間を養成する為の機関は、“地獄谷道場”と呼ばれ、鷹爪火見子を頭領とする地獄谷五人衆は、その中でも優れた五人の改造人間たちを選りすぐったものである。
又、メガール将軍は、かつての組織に照らし合わせれば、ショッカーの地獄大使、デストロンのドクトルG、GODにあっては、総帥でありながらも大首領の命令を部下たちに伝えていた呪博士のポジション――大幹部というものに当たるが、テラーマクロの身辺を警護する親衛隊よりは、地位が低く設定されていた。
「貴様は、そのショッカーの者か」
「ま、そうなるな」
大虎の問いに、ガイストは頷いた。
ガイストは、元はGOD機関の秘密警察第一室長アポロガイストであったが、二度に渡って仮面ライダーXに敗れ、特攻を仕掛けるも作戦を失敗に終わり、死んだと思っていた所をマヤに拾われて、
ブラック・マルスとは、Xライダーの強化回路・マーキュリーと同型のものであり、これが可能であったのは、彼の身体の構造が、ライバルであった仮面ライダーX・神敬介のものと同じく、強化改造人間のボディであった為である。
ブラック・マルスを内蔵した彼は、GODの大幹部であった頃のアポロガイストから名を改め、本来の姓である呪と、マヤによる命名から、呪ガイストと名乗っている。
マヤは、既に瓦解したショッカーの幹部――後に大幹部の座に就いたらしい――であり、表立って活動しているゲルショッカー以下の組織とは別に、ショッカーを名乗って暗躍していた。
その為、今のガイストの所属は、ショッカーという事になる。
「では、そのショッカーの者が、我々に何の用だ」
火見子が言った。
「お灸を据えに、とでも、言った所かな」
「何――?」
「お前さんたち、少しばかり、調子に乗り過ぎたのさ」
「どういう事だ?」
「つまりよ、ショッカーってぇ連中から、些か離れちまっているのさ、おたくら」
ガイストは、機械の肺にたっぷりと煙を吸い込み、暗闇に紫煙を吐き出した。
「別にショッカーの理念なんざ、知った事ではないがよ」
「――」
「目的を歪め、その歪めた目的さえも忘れちまったんではな」
ガイストは煙草を唇から外し、グローブに押し付けて火を消した。
そうして、煙草の吸殻を載せた掌を持ち上げると、ぼぅと火が灯り、吸い殻は真っ白な灰と化してしまった。
ふぅ――
ガイストが、掌に残った灰を息で吹き飛ばす。
「仮面ライダーの抹殺よりも、優先すべきものが、ある筈との事だ」
ふふん、と、ガイストが、太い唇に笑みを浮かべた。
村では、蛇塚が陣頭指揮を執り、村人たちの拷問と処刑が行なわれていた。
村の人々は女子供の別なく捕らえられ、燃え盛る家に囲まれた広場に集められた。
蛇塚は、ファイターたちに命じて、一人ずつ、彼らを処刑してゆく。
或る者は、木材に身体を括られ、石を投げ付けられた。最後には、その妻であった女に、漬物石を、夫の頭に落とさせた。
これが何度か繰り返され、妻の役割を子供がやる事もあった。
最後まで拒んだ場合は、伴侶以外の男を、年齢も含めてランダムに選び、身動きの出来ない男の前で犯させた。
それは、元から好意を寄せていた別の男である場合もあったし、精通もまだ来ていない子供にやらせる場合もあった。
若い女の服を毟り、地面に大の字に寝そべらせて、地面に打ち込んだ杭に紐で四肢を固定して、何人かの男に回させるという辱めも行なわれた。
散々嬲られた女は、それらが終わった後、ファイターたちにによって、手足を繋げられた杭を四方に引っ張られ、身体を引き裂かれるという最期を迎えた。
刃物を持たされた父親が、子供の腹を掻っ捌き、内臓を喰わされる。その夫の腹にナイフを差し込みながら、性器を喰い千切らせられた妻がいた。
猟犬や、これから解体されるのを待つだけであった動物などを連れて来て、男も女も関係なく交尾させ、喰わせるという刑も行なわれた。
燃え盛る家の中に投げ込み、皮膚が焼け、肉が落ち、骨が溶け、声が尽きても脱出を許さず、逃げ出そうとするたびに火宅に何度も押し込め続けたという事もあった。
その中でも、若干名が、生き延びる事を約束された。
ドグマの思想に則り、容姿が美しく、能力が優れていると判断された者だ。
今、行なわれている処刑は、それ以外の人間たちに対するものであった。
「お前たちは、ドグマの民として選ばれたのだ。光栄に思え」
蛇塚はそう言ったが、当然、反論する者がある。そうした者は、選定から外されて、やはり処刑を受ける事になる。
蛇塚は、実に楽しそうに、それらの様子を眺めていた。
さて、次は誰にしようか――三白眼が、きょろきょろと動く。
その眼に留まったのは、或る親子であった。
母親が、まだ幼い我が子を強く抱き締めている。
「貴様、その子供を渡せ」
蛇塚が、その母子に言い寄った。
母親は、
「それはどうか勘弁して下さい」
と、懇願した。
「私はどうなっても良いですから」
そう言うと、蛇塚はいやらしく笑って、
「では、お前がその餓鬼の前で自ら命を絶つのなら、その子供は助けてやろう」
と、ファイターから受け取ったナイフを、母親の前に投げ出した。
それで息子が助かるならば――と、母親はナイフを手に取り、切っ先を咽喉に当てるも、中々押し込む事が出来ないでいる。
「嘘吐きめ。妄言を吐くような女の子供は、ドグマには要らぬ」
蛇塚は、ドグマファイターに、母親と子供を掴み上げさせると、別々に炎の中に投げ入れようとした。
母親は、自分が火に焼かれるのは構わないからと、息子だけは助けて欲しいと何度も叫び、それでも届かないと知ると、子供の名を呼んで、我が子に手を伸ばそうとしていた。
「そんなに一緒にいたいのならば、一緒に火の中にくべてやる」
蛇塚は懐から縄を取り出し、母子の身体をぐるぐる巻きにすると、自分で告げた通り、二人を同時に炎の中に投げ入れてしまった。
にやにやと、蛇の笑みを浮かべる蛇塚。
親子が呑み込まれて行った紅蓮が、内側から爆ぜたのは、次の瞬間であった。
「な――」
絶句する蛇塚の前に、炎を纏った巨獣が出現した。
家の向こう側から突撃して来た鉄の塊が、炎をぶち抜き、蛇塚やドグマファイターらに跳び掛かる。
蛇塚は横に大きく跳んで躱すものの、幾らかのファイターたちは、その炎の車に突進され、轢き潰されてしまった。
その車は、炎を掻き消しながらドリフトし、蛇塚たちを村人から遠ざけるように、停まった。
赤い炎に照らされるのは、クリーム色のスポーツ・カーであった。
獣の眼光を放つライトの上に、黒光りするマシンガンが一対。
後部には、ロケットの如く、六本のマフラーが生えていた。
正面には、マシンに跨るRのマークが、貼り付けられている。
そのマシンから、男が、炎の中に投げ入れられた親子を抱えながら、下りて来た。
黒いコートの男である。
年齢の読めない、甘いマスクの青年であった。
黒いコートの男――黒井響一郎は、親子を縛っていた紐を引き千切ると、彼らを解放する。
「良くも、邪魔をしおったな」
蛇塚が凄んだ。
黒井は蛇塚と、自分を囲んで来たドグマファイターらに眼をくれて、薄く笑う。
片方の肩を竦めながら、同じ方の唇を軽く持ち上げるのが、彼の微笑だ。
「名を名乗れ!」
蛇塚が言う。
「あんたたちの、敵さ」
「ぬぅ?」
「それでは不満かな、ドグマの諸君?」
芝居がかった調子で言うと、背後から殴り掛かって来たファイターの腕の逆を取り、背中で絞め上げる。
機械の関節をぎりぎりと鳴らすファイターを、別のファイターに向かって放り投げ、その陰から飛び出して、蹴りを見舞った。
鉄の顔面を、掌底で弾く。
又は、ゴーグルのレンズの中に指を突っ込んで、頭の回線を叩き切った。
「じゃっ!」
蛇の声を放ちながら、蛇塚が挑み掛かって来た。
その腕が、関節がないものであるかのようにしなり、黒井の顔を狙う。
黒井は、その不規則な動きを見切り、片手で弾いた。
しゅるっ、
しゅるるっ!
と、蛇塚の腕と足が、鞭の如く唸りを上げて、黒井の全身を打ち据えようとする。
黒井は、それら全てに反応し、対応した。
手で、肘で、腕で、脛で弾き、頸と胴体を捻ってスカす。
胸を狙って来た腕を掴み、捩じり上げようとした。
蛇塚がぱっと腕を引く。
それに、風のような自然さで追いすがって、タックルを仕掛けた。
蛇塚の片足が浮かび上がる。
黒井は、蛇塚の軸足に両足を絡め、重心を落とした。
蛇塚の背中が、地面に着く。
黒井が、蛇塚の腹の上に載り、両膝で、胴体を挟み込んでいた。
「く……」
蛇塚が歯を噛む。
黒井は、しかし、馬乗りの状態を、あっさりと解除した。
立ち上がろうとする蛇塚に、ファイターが駆け寄る。
黒井は、馬乗りになって蛇塚を殴る事も出来たが、ファイターたちに背中を向ける事を嫌って、折角手に入れた優位を手放したのである。
「ば、莫迦にしおって……」
「褒められた人生じゃ、ないんじゃないか?」
黒井はそう言って、片手を持ち上げ、手前に引いた。
掛かって来い――そういうハンド・サインである。
「――最早、許さぬ……」
蛇塚が、ぎょろりと眼を剥いた。
瞳孔が縦に長くなり、全身の皮膚に鱗が浮かび上がって来た。
忍び装束を取り払うと、その身体の至る所から、鱗が瘤のように盛り上がって、別の生き物のように動いた。
異形へと変じてゆく蛇塚を見て、村人たちが、声を失っていた。
蛇塚の身体の瘤は、もこもこと蠢いて、膨らみ、伸びて来た。
鱗に包まれた蚯蚓――そのような形状であったが、先端に、大小の切れ込みが入る。
大きな切れ込みが開くと、小さな牙が覗き、小さな一対の切れ込みが開くと、血を練り込んだかのような眼球は出現した。
蛇塚の身体に、無数の蛇が生じ、巻き付いてゆく。
鈎手にしていた左手の指を開くと、人差し指と中指、親指の腹から、上下の牙が生え揃った。
指の付け根に眼球が出現して、掌であった筈の場所から、ぞろりと赤々しい舌が飛び出す。
顔も亦、同じように蛇のそれへと変形していた。
地獄谷五人衆が一人、蛇拳法の蛇塚蛭男――その正体は、ドグマの改造人間・ヘビンダーである。
赤い舌をちらつかせて、黒井を睨んだ。
蛙でなくとも、その眼に睨まれれば、動きが取れなくなる。
だが、黒井は、怯えの表情など全く見せず、寧ろ、楽しげな色さえ浮かべて見せた。