仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第十三節 闇夜/比武

闇に紛れて、蠢く影がある。

 

全身を赤いタイツで覆い、ゴーグルを装着している。

腰には、金色のカラスの横顔がデザインされたベルトを、巻いていた。

 

月のない夜である。

寒い風が吹き下ろしていた。

山の麓の小さな村は静まり返っている。

 

赤い群衆は、ぽつぽつと建ち並ぶ、瓦屋根の家々を通り過ぎ、村の外れにある寺社に辿り着いた。

 

和式の造りではあったが、本殿の扉の上には、十字架が彫り込まれている。

 

赤い人影は、本殿の扉を壊して堂内に侵入し、神棚の前に並んだ。

祀られているのは、一枚の大きな布である。

 

円の中に、五芒星が描かれており、それぞれの頂点は、てっぺんから時計回りに、

 

 蒼

 赤

 黄

 白

 黒

 

で、染め抜かれていた。

 

彼らは、その布を壁から外すと、その裏にあった観音開きをこじ開け、奥の空間に奉納されていたものを、取り出した。

 

五振りの剣であった。

五人が代表して、一振りずつ抱えて、外へ出た。

 

外には、合わせて一〇名ばかり、同じ姿をした者たちが待っている。

 

と、

 

「何をしている⁉」

 

しゃがれた声が、闇を裂いた。

 

見れば、そこには、老齢の男が立っている。

しかし、歳は喰っているようだが、その眼光はぎらりと鈍く光っていた。

頭巾を被り、獣の皮で作った上着を羽織っていた。

 

「その剣をどうする心算だ」

 

男が詰問すると、赤い影がひゅんと走り、男に襲い掛かった。

 

男は、突きや蹴りを向けて来る彼らを巧くいなし、逆に、拳を叩き込み、足を打ち付けて、撃退してしまう。

 

赤い人影は、殴られ、蹴られるたび、金属質な音を身体から鳴らしていた。

 

武道の心得があるらしい男は、見事な殺気を放ちながら、怪しげなゴーグルの者たちを威圧した。

 

仮面の曲者たちは、あっと言う間に倒されてしまい、残ったのは剣を持った五人のみとなってしまった。

 

その内の一人が、我慢ならなくなって、剣を鞘から抜き放ち、男に斬り掛かる。

両刃の直刀であった。

ぶぉん、と、金属の塊が唸る。

 

男はそれを躱すと、タイツ越しに手首を捩じり上げ、剣を手放させた。

 

そうして、奪い取った剣の柄で、相手の咽喉を強く突き、肘を背中に落として、地面に叩き付けてやった。

 

男は剣を構え、鼻を鳴らす。

 

「莫迦めら」

 

と、暗闇から、男とは別の声が聞こえて来た。

 

赤いタイツの彼らは、ゴーグルの裏側に、明らかな萎縮を見せ付けた。

 

男が顔を向けると、夜の闇の中から、銀色の甲冑を纏った男が現れた。

赤いマントを羽織っており、兜の内側の顔は、勇ましいが、蒼白い。

死霊が甲冑を纏い、現れ出たかのようであった。

 

「賊共の、頭か⁉」

 

男が、剣を構えながら、言った。

 

「俺の名は、ドグマ王国の将軍メガール。部下たちが、失礼した」

 

メガールと名乗った甲冑の武人は、小さく頭を下げた。

 

赤いタイツのゴーグル――ドグマファイターたちは、見ていて憐れになる程、メガールが出現した事に対して、怯えているようであった。

 

「この山彦村に眠る、或るものを、譲って頂きたい」

「――それで、これか」

 

男は、自分が握った剣と、ドグマファイターたちが抱えている残りの四振りに眼をやった。

 

「そうだ」

 

メガールは頷いた。

 

「それは出来ない。仏像を手放す僧侶はいないし、教会には磔刑にされたキリストの像がなければならない」

「何も、それを頂こうというのではない」

 

メガールに剣を指差されて、男がむっと唸る。

 

「その影打ちは、そのまま影打ちとして祀って置けば良いのだ」

「貴様……」

「我々が欲しいのは、真打ちの五振りの剣のみよ」

 

一本の刀を造るに当たり、刀鍛冶は、二振りの刀を打つ。

依頼を受けて打った二振りの内、出来の良いものは神社などに奉納する。

 

この、相手に渡した方を影打ちといい、奉納されたものを真打ちという。

 

しかし、今の場合、本殿に祀られていたのは影打ちの方であり、真打ちは別にあるらしいのであった。

 

「渡せぬ!」

 

男はそう言って、メガールをぎろりと睨んだ。

気の弱い者なら、それだけで小便をちびってしまいそうな程、強い眼光である。

 

だが、メガールも敗けてはいない。

男をぎっと睨み返し、剣を引き抜いた。

 

「従わぬと言うのならば、仕方がない」

 

メガールがそう言った時であった。

 

「村長!」

 

と、村の方から、男が駆けて来た。

 

どうした――と、村長と呼ばれた男が顔を向けた時、夜の村が、赤々と燃え上がっているのが見えた。

 

「ふふん」

 

メガールが、にやりと笑う。

駆けて来た村人は、村長に近付くと、

 

「村が、変な奴らに……」

 

そう言い掛けて、ドグマファイターたちの姿を見、悲鳴を上げた。

 

「こ、こいつらだ! こいつらと同じ格好の……」

 

村人の言葉は、途中で途切れた。

その胸から、剣の切っ先が生えている。

 

メガールが、背中から心臓を貫いたのである。

 

村人は、血霧を村長に吹き掛けながら、その場に仰向けに倒れ込んだ。

メガールの剣が、赤黒い液体に濡れている。

 

「村人共を皆殺しにして、その後で、ゆっくりと頂くとしよう」

「――己!」

 

村長はメガールに斬り掛かった。

メガールが剣を振るい、甲高い悲鳴を、二つの剣が発した。

 

それが断末魔となったのは、村長の剣の方であった。

 

メガールの剣は、村長の剣を中頃から切断してしまったのである。

 

村長が振るった剣の先端は、くるくると宙を舞い、地面に突き刺さった。

 

「お前もこうなりたくなければ、真打ちの在処を教えるのだ」

 

メガールが剣の切っ先を突き付けるが、村長は、間髪入れず、手の中に残った剣を放り投げた。

 

メガールが、一瞬とは言え怯んだ隙に、村長は風の如く走り、四振りの剣を持ったドグマファイターたちを、瞬時に蹴散らしてしまう。

 

そうして、素早く本殿の中に飛び込んだ。

 

メガールが追うが、既に男の姿はなかった。隠し扉のようなものが用意されており、そこから逃げたものらしい。

 

一九八一年――

 

山彦村は、紅蓮の炎と共に消失する事となる。

その様子を、中央がへこんだ、歪な形の山が、静かに見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一九五五年、玄叉山――

 

その奥まった所に、小さな堂宇が建てられている。

 

小さいとは言っても、中心とすべき本尊が慎ましいだけで、屋根のある面積は、何人かで暴れ回るには充分であった。

 

人も通わぬ山奥に、ぽつりと佇む堂宇の扉の上には、

 

 赤心寺

 

と、あった。

 

扉を潜ると、一五メートル四方の屋内の奥に、段が出来ている。

 

本尊としているのは、釈迦と、達磨と、緊那羅である。

 

中心で、結跏趺坐をし、法界定印を組んでいるのが、釈迦である。

 

結跏趺坐とは、両足を、反対の太腿に乗せた座り方である。法界定印は、臍の前辺りで、左の掌の上に右手の甲を乗せ、量の親指と掌で、円を作るようにして組む印だ。

 

向かって右手に、禅宗の開祖、達磨の像がある。

 

左側には、鬼のような顔をした武人が、片手に矛を担いで、座っている。少林寺の伝承にある、緊那羅王である。

 

これらの特殊な三尊像が、仏壇に載っているのが、内々陣である。

 

内々陣と、違う板で仕切られている所が内陣であり、勤行の為の経机などが並んでいた。

 

内陣と外陣が、段で仕切られている。

 

その外陣が最も広く、石を削り出して造っているので最も頑丈であった。

何故ならば、外陣は同時に道場であるからだ。

それでも、石畳の外陣には、幾つもの陥没が見て取れる。

練功の激しさを物語っているようであった。

 

その堂宇に、三人の男がいる。

 

頭の髪はすっかりなくなり、胸の辺りまで伸びた髭は真っ白である。

樹海、七七歳の姿である。

全盛期よりは細くなっているが、決して弱々しい老人というイメージはない。

 

樹海は、本尊に背を向けて、内陣の座布団に端坐している。

 

外陣では、二人の男が向かい合っていた。

 

時間を重ねても、その澄んだ眼には、一切の翳りが見られない。

継ぎ接ぎだらけの道衣を来た、花房治郎である。

 

もう一人は、記憶を失くし、唯一憶えていたその名を使う、黒沼大三郎だ。

樹海や治郎と違って、剃髪はしていない。蓬髪である。

体格は相変わらず大きく、筋肉も更に膨らんでいた。

 

この日、樹海が、二人に立ち合うようにと言ったのだ。

日頃の鍛錬の稽古を見せよ、と。

 

一〇年――

 

樹海と治郎がこの山に来て、記憶を失った黒沼が赤心少林拳の門下に入ってから、である。

 

その間、治郎と大三郎は、樹海の指導の下で赤心少林拳の鍛錬に、切磋琢磨して来た。

 

少林拳の修行というのは、何も、拳法だけをやるのではない。

元を辿れば、禅宗の、易筋行の一つである。

 

中国禅に於いては、インドでは禁じられている農耕作業なども、修行の一つに数えられる。

 

時には山を下りて、近くの村や町で、生活に必要なものを受け取る、托鉢もした。

農家の畑仕事などを手伝い、中腹に堂宇を建てるのも、彼ら自身で行なった。

 

境内を造ったのは、黄金の敷き詰められた地下空間の上である。

 

黒沼には、黄金の事を隠して置く――樹海の判断と、生活の拠点となるのが山頂にあっては、高齢の樹海には厳しいであろうと、治郎が提案したものである。

 

とぐろを巻いた龍の石像と、法輪を表す七つの石を、本尊とは別に安置し、その上に堂宇を建てた。

 

黄金郷への階段は、釈迦如来坐像の真下という事になる。

 

本堂にして道場であるその場所で、治郎と黒沼は、樹海の見ている中、比武を行なおうとしていた。

 

(とう)

 

の声が掛かってから、数十秒間、二人は、構えを採ったまま、すぐには動こうとしない。

 

片腕を立て、その肘を、地面と平行にしたもう片方の手の甲に、載せている。

赤心少林拳の、基本の構えであった。

 

一分近く、相手の動向を探り合っていた両者であったが、六〇秒を刻む直前、同時に動き出していた。

 

黒沼が踏み込んでゆき、立てていた左手の、崩拳を放つ。

縦にした拳が風を巻き込んで唸り、治郎の頭部を狙った。

治郎は左手で拳を払い、自分の腕の下に、右拳を潜らせた。

顔をガードしつつ、黒沼のボディを狙う治郎の突き。

 

黒沼は、治郎の突きを右手で押さえながら、前に出していた左足で更に踏み込んで、左の肘を跳ね上げてゆく。

 

治郎の頭が沈み、ゆるりと、黒沼の左側に回る。

背中を取っている形だ。

 

黒沼は、折り曲げていた左腕を伸ばして、裏拳を治郎に対して振り抜いた。

 

治郎の左腕が、黒沼の腋の下を通って胸の前を擦り上がり、黒沼の裏拳が治郎の頭の上を駆け抜けてゆくと同時に、治郎は掌底で顎を打ち抜いていた。

 

が、黒沼は、その直前に床を蹴っており、その大きな身体が、ふわりと宙を舞った。

中空に位置した黒沼が、踵を踏み下ろして来る。

 

治郎の両手が、花のような形になって、黒沼の蹴りを柔らかく包み込んだ。

 

刹那、

 

「吩!」

 

治郎が呼気を繰り出し、両足を同じ方向に捻った。

 

その捻りが、踵から膝、股関節、腰……と、上昇してゆき、両掌に達するに当たって、ぱっと光を放ったように見えた。

 

発勁――

 

黒沼の身体が更に浮き上がり、黒沼は空中で錐揉み回転しながら、石畳の上に落下した。

 

「見事……」

 

樹海が小さく漏らした。

 

黒沼の眼が、ぎらぎらと光り、治郎に向かって駆けてゆく。

嵐の如く、突き蹴りを繰り出した。

 

頭部。

胴体。

手足。

 

何処にどのように当たっても、ダメージを与えられる攻撃であった。

 

それらを、治郎は巧みに捌いてゆく。

 

掌で弾き、腰を沈め、顔を傾け、身体を捻る――

 

どのような暴風が吹き荒れ、木々が倒れ、岩が跳び、地面が抉れたとしても、枝から引き千切られた木の葉を壊す事は出来ない。

 

治郎の動きは、その木の葉――いやさ、美麗に舞い踊る花びらのそれにも似ていた。

 

黒沼の打撃という強風を、ものともしない桜の花びら。

それでいて、香しく匂い立ち、しらしらと咲いた梅の花。

 

荒れ狂う風は、それらを舞い上げ、世界を彩るだけである。

 

黒沼の打撃は、治郎には当たらない。

 

治郎は躱しているだけでなく、時には掌を繰り出すも、黒沼には効いていない。

 

幾ら動きが花びらだろうと、身体が草木に変わろう筈もない。その為、治郎は黒沼の打撃を受ければ、すぐにでも吹っ飛んでしまうだろう。

 

その打撃の雨を避けつつ、攻めを加えているが、黒沼の常に流動し続ける、質量を持った暴風は、花びらが触れるだけでは収まらなかった。

 

剛と柔――

 

同じ師から学んだとは言え、二人が得意としたジャンルは異なっていた。

 

生まれ付いてのパワーを存分に利用した、黒沼の赤心少林拳。

天性の無念無想を生かして、柔を極めた、治郎の赤心少林拳。

真逆の才能を昇華させ続けた二人の実力は、拮抗していた。

 

「吩!」

「把!」

 

二人が、同時に、絶招を放った。

 

黒沼は、全身の捻りを威力に変換する、纏絲勁。

治郎は、身体を開く事により気を放つ、十字勁。

 

黒沼の突きと、治郎の掌底が真っ向からぶつかり、二人の身体の中で練り上げられた気が、スパークを発生させた。

 

ばちばちと迸る、気のエネルギーの奔流は、激しく衝突し合い、その反動で、両者の全身の神経に逆流した。

 

勢い良く弾かれる二人。

互いの間合いの外である。

 

構え直す二人に対して、

 

「そこまで」

 

と、樹海が言った。

 

二人は、少しの間、互いを観察し、構えを解いた。

左掌に、右手の拳を当てる。

拱手――日本武道で言えば、礼に当たる行為だ。

 

「二人とも、見事じゃ」

 

治郎と黒沼は、樹海に向き直った。

 

「どちらを赤心少林拳の後継者とするのか、儂には決められぬ」

 

樹海は、歎息しながら言う。

 

「主ら、それぞれ己が流派を名乗ると良い」




過去と現在の二重構造という事で。

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