仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第二十九節 将軍

さくらは、耳をつんざく爆音を聞いた。

 

倉庫から、幾らか離れた場所で、さくらは、茂たちを待っていた。

さくらと一緒に、吉塚と相澤もいる。

 

荒廃した畑の中であった。

 

風見たちが襲われた道路から更にゆくと、森の中に入り、その森を抜けるとこの畑があり、その先に更に森があって、森の向こうに倉庫があるのだ。

 

艶のある、背の高い草が、茫々と生い茂っている。

その草と草との間のけものみちに、さくらたちが立っていたのだ。

 

倉庫から逃げ出した人々は、倉庫の外で服を脱がされた。

茂たちの登場で逃げ出す時に、その服を思い思いに掴んで、倉庫を離れたのだ。

 

その時に拾った、誰のものとも分からない上着を、羽織っているだけであった。

 

さくらは、茂の上着を肩に掛けている。

全身が、あの液体で赤く染まっているが、乾燥してぽろぽろと剥がれて来ている。

 

夕暮れの風が吹いた。

それに混じって、巨大な生物の息吹が、叩き付けられて来る。

 

そうしている内に、倉庫の方角から、爆発音が聞こえた。

森の頭の上に、もうもうと、黒い煙が上がった。

その煙は、人の髑髏の形をしているようにも見えた。

不気味な筈の髑髏だが、何故か、それは泣いているように思えた。

 

さくらは、眼を瞑った。

 

ぎゅぅと閉じた瞼の奥で、強く、祈りを捧げているようであった。

 

と――

 

「せ、先輩!」

 

吉塚が声を上げた。

相澤も、立ち上がっている。

さくらが眼を開けた。

 

森の向こうから、五台のバイクが現れた。

 

赤い仮面のV3が、青いオートバイ・ハリケーンに乗っている。

黄色いマフラーの上に、微笑みを浮かべたライダーマンも、マシンを駆っていた。

白い弾丸と形容する事が相応しいバイクに、銀の騎士Xが跨っている。

機械は似合わぬ筈のアマゾンライダーに、獣をモチーフとしたバイクは似合っていた。

 

そして、その中心に――

 

火花の飾りをフロントに着けた、赤く、ド派手なオートバイ。

そのハンドルを握るのは、ぼろぼろではあるが、凱歌を上げる甲鉄の戦士だ。

 

「ライダー!」

 

さくらは、涙声で叫びながら、五人のライダーたちに駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処とも知れぬ洞窟――

 

「デッドライオンは敗れたそうです」

 

人間の姿の、改造魔虫ハチ女が言った。

暗闇の中を先導するのは、オオカミンである。

 

ハチ女が殿を務めており、彼女たちの間には、暗黒大将軍がいた。

長い髭を、指で弄びながら、

 

「そうか」

 

と、頷いた。

 

デッドライオンと話していた時の、妙な外国人訛りは、なくなっていた。

 

「所詮は、虫けらという事か」

「――同じ虫けらでも、私たちは、貴方のお役に立つ事でしょう」

 

ハチ女が、自信ありげに笑う。

 

と、開けた所に出た。

 

一〇メートル四方はある。

そこには火が灯っていた。

空間の奥に、玉座が設けられている。

 

その明るさの中で、暗黒大将軍は、玉座に腰掛けた。

宮仕えのように、二人の改造魔虫が、その傍に控える。

 

と、ゆっくりと腰を下ろした所で、不意に、暗黒大将軍が口を開いた。

 

「どちらさまかな?」

 

ハチ女とオオカミンが、自分たちが歩いて来た道を睨み付けた。

尾行されていたらしい。

 

暗闇に、二対の、赤い楕円がぼんやりと浮かび上がった。

現れたのは、飛蝗とモチーフとした、髑髏にも似た仮面の男たちだ。

 

仮面の色が鮮やかで、銀のレガースの男が、仮面ライダー第一号・本郷猛。

黒っぽい仮面と、赤いレガースの男が、仮面ライダー第二号・一文字隼人。

 

この二人も亦、仲間たちから連絡を受けて、日本へ帰って来ていた。

 

「これはこれは」

 

暗黒大将軍が、愉快そうな声を上げた。

 

「光栄だな、伝説のダブルライダーの揃い踏みを見られるとは」

「――しぃっ!」

 

変身したハチ女が、本郷猛に突っ掛けていた。

毒針フルーレが、ライダー第一号の、スーツの隙間を狙う。

 

本郷が、ステップ・バックで避けた。

 

ほぼ同時に、オオカミンが一文字隼人に掴み掛る。

鋭い爪でライダー第二号の身体を掴み、牙を突き立てようとした。

 

しかし、一文字ライダーは、軽々とオオカミンを投げ飛ばしてしまう。

受け身を取るオオカミン。

 

その頭部を、一文字の、赤い拳が砕いた。

だが、オオカミンは、すぐに頭部を再生させてしまう。

 

「ほぅ、聞いちゃあいたが、凄い回復力だな」

 

一文字が、感心したように声を上げた。

 

一方、本郷対ハチ女である。

 

ハチ女は、自慢の高速移動で、本郷ライダーを翻弄しようとした。

毒針フルーレが潜り込めば、幾ら改造人間とても、死亡する。

 

自分の速度を持ってすれば、ライダーを斃す事は簡単だ――

 

そう思っていたハチ女だったが、一号ライダーは、ハチ女の速度に、平気な顔をして追い付いてしまう。

 

いや、その場から殆ど動く事なく、ハチ女の陽動に全く引っ掛からずに、カウンターを、しかもハチ女が動作を終える前に準備して、打ち出して来るのである。

 

「な、な……」

 

ハチ女は、大きく動揺している。

 

「何故、私のスピードが通じない⁉」

「――隼人」

 

本郷が、短く言った。

 

「オーケー、本郷。いっちょ、この二号ライダー先生が、説明してやろう」

 

一文字はそう言うと、向かって来るオオカミンを掴み上げ、一本背負いの要領で地面に叩き付けた。

 

床が砕け、埃が舞う。

 

その埃を眼晦ましに、ハチ女は本郷を仕留めようとした。

 

だが、一号ライダーの首筋を狙った一閃は、半歩振り返った本郷の指に抓まれていた。

 

「お前のようなタイプの改造人間には、出会った事がある」

「何⁉」

「お前の高速移動は、翅の強烈な震動と、その軽さに依るものだ。眼で追える速度ではない。お前本体はな……」

「――」

「しかし、お前の翅の動きや音を捉える事で、お前の移動する先を予測する事は出来る」

 

この情報は、他のライダーたちにも共有されていた。

敬介が、ハチ女を斃す事は難しくないと判断したのは、その為だ。

 

「見ろ――」

「……あッ」

「こうして埃を舞い上げていると、より、分かり易い」

 

翅の震動が埃に付いて回り、ハチ女の軌跡を、容易に予想させてしまう。

 

「だ、だが……私は、不死身……」

 

言葉の途中で、本郷の人差し指と中指が、ハチ女の腹に喰い込んでいた。

指を抜くと、二本の指の間には、小さな虫が抓まれていた。

 

それが、サタン虫か、ガンマー虫かは不明であるが、それを引っこ抜かれたハチ女は、砕かれてもいないのに、ほろほろと身体を崩壊させてゆく。

 

地面に落ちた黒い靄が、蒸発して行った。

 

餓蟲の中を移動する、餓蟲を集めて置く為の本体であった。

 

「な、何で⁉ 何で、その場所が……」

 

オオカミンが言った。

 

本郷は、ハチ女の本体の虫を握り潰す。

 

「簡単な話さ」

 

一文字が言った。

 

「本郷や俺は、それ位の眼を持っているって事だよ」

 

正確に言うのなら、強化改造人間として深化を続けて来た感覚器官が、餓蟲の中に混じっている改造魔虫の本体を捉える事が出来る程に、鋭敏になっているという事だ。

 

敬介や茂も、脳やその周辺の神経を更に進化させてゆけば、改造魔虫たちを斃す事も、簡単になるであろう。

 

「尤も、俺は、そういう細かい作業は苦手でね……」

「え?」

「一番楽な方法でやらして貰うぜ」

 

そう言うと、一文字は、オオカミンの胴体にパンチを見舞った。

腕が、背中まで突き抜ける。

続いて、胸元を、逆の拳で殴った。

 

それから、拳を何発も繰り出してゆく。

オオカミンの身体は、ハチの巣になっていた。

 

最後に残った頭部を、一文字は粉砕した。

 

身体が崩れ、黒い靄が昇ってゆく。

拳を見ると、オオカミンの本体の虫が、潰れていた。

 

攻撃される箇所から逃げ、別な場所に移動するなら、それを追ってゆき、隠れる為の肉体を破壊してゆけば良い。

 

一文字も、改造魔虫本体の居場所を、殆ど正確に見る事が出来るのだ。

 

「さて、残るはお前さんだな……」

 

ダブルライダーが、暗黒大将軍に向かい合った。

 

暗黒大将軍は、二人の姿を見て、肩を揺らしていた。

 

「何がおかしい?」

 

本郷は静かに訊いた。

 

「嬉しいのさ」

「嬉しい?」

「君にまた会えた事がね……」

「俺に?」

 

本郷が、自分を指差した。

 

「では、貴様は、やはり、ジェットコンドルなのか」

 

デルザーとの戦いを前に、帰国する自分たちを襲撃した改造魔人の名で、本郷は、暗黒大将軍を呼んだ。

 

「それ以前に、私は、君と会っているのだよ」

「何?」

「そして、君に会えた事も、実に嬉しい事だ」

 

今度は、一文字を見た。

 

「君は、或る意味で、私の仇でもある……」

「仇⁉」

「私の連隊長を殺したのは、君だろう?」

「連隊長だと? 何の話だ」

 

一文字が、怪訝そうに言う。

 

本郷には、暗黒大将軍、ジェットコンドルのどちらの名も、今と、過去に戦った一度にしか、聞いた事がなかった。

 

だが、暗黒大将軍は、それより前から、自分たちの事を知っていたらしい。

 

「貴様は、一体、誰だ?」

 

一文字が詰問した。

暗黒大将軍は、玉座から立ち上がり、マントを取り払った。

 

「おお⁉」

「むぅ……」

 

黒いマントで姿を隠し、再び二人の前に顔を見せた暗黒大将軍は、その様相を一変させていた。

 

白く、茫々と伸びた髪と髭は、黒く、適度に整えられている。

黒い軍服は、同じ将軍服ながら、カーキ色のものを身に着けていた。

 

そして、左の眼帯を着け、軍帽を被ったその姿は――

 

「ゾル大佐⁉」

 

かつて、一文字・仮面ライダー第二号が斃した、黄金狼の正体・ゾル大佐にそっくりであった。

 

「あの方は、我が、連隊長よ……」

 

暗黒大将軍は言った。

 

「ナチスの残党か?」

 

本郷が訊く。

 

ゾル大佐は、人間であった頃、ナチス・ドイツに参加していた。

 

そこで、人狼化現象を起こす生体改造を受け、生き延びた唯一の成功例として、大佐の位を授かり、第二次世界大戦終盤で、追い詰められたナチスのゲリラ部隊“人狼部隊”を率いて戦った。

 

後に、ショッカー首領のアプローチで引き抜かれ、ショッカーの大幹部の一人となったのである。

 

そのゾルを、連隊長と呼ぶという事は、この男は――

 

「左様、私は、“人狼部隊”の生き残りだ」

 

暗黒大将軍はそう言いながら、自分の手を、本郷たちに向けた。

その皮膚の奥から、むりむりと、銀色の体毛が生え出して来た。

 

唯一の成功例と思われていたゾル大佐であったが、実は、この暗黒大将軍と名乗っている男も、人狼化現象を発現して尚、生き延びたのである。

 

「だが、俺とは、いつ……」

 

本郷は、それでも、この男に覚えはない。

 

ゾルは、死神博士を追ってヨーロッパへ旅立った本郷と入れ違いになるのに近い形で、中東から日本へ派遣されて来たのだ。

 

「これさ」

 

暗黒大将軍は、狼の毛を引っ込めてみせると、

 

「むん」

 

と、その手に力を込めた。

すると、どうであろうか。

 

先程は狼の体毛が生え出して来たその手に、今度は、緑色の鱗が生じていた。

 

それに驚いている本郷と一文字の前で、暗黒大将軍は、いきなり自分が座っていた玉座を、蹴り付けた。

 

強力なキックに砕け散る玉座。

そのフォームを、本郷は知っている。

 

「トカゲロン……⁉」

 

かつて、仮面ライダーが本郷唯一人であった頃だ。

 

原子力研究所を襲撃した改造人間がいた。

 

研究所に張られたバーリアを破壊する爆弾を、バーリアに向かって蹴り飛ばす事の出来る脚力を持つ改造人間――

 

その名が、トカゲロンであった。

 

サッカー選手の、野本健が、その脚力を買われて、改造されたのだ。

 

思い返してみるに、本郷猛は、野本健と対面していない。

改造されてからの野本健に会ったのは、FBI捜査官・滝和也だけである。

 

その滝が言っていた野本健の容姿と、暗黒大将軍の顔は、確かに似ている所があるが、その野本健というのは、トカゲロンが変装していたものである。

 

しかし、それよりも何よりも、一度、本郷ライダーを破っている、トカゲロンの必殺シュートのフォームを、本郷は覚えていた。

 

「しかし、奴は、俺が――」

 

立花藤兵衛との特訓で知った、ライダー・パワーを使い、キック力を二倍に強化したライダーキック――電光ライダーキックで蹴り返したバーリア破壊ボールを受けて、爆死した筈である。

 

「勘が鈍ったか、本郷猛」

 

暗黒大将軍が、せせら笑う。

 

「何だと?」

「改造人間は死なぬ。その遺伝子情報があればな……」

「――では、お前も、再生改造人間なのか」

「クローンと言って良かろうな。しかし、以前の記憶は、きちんと、この脳内に収められているぞ」

 

自分のこめかみの辺りを、つついてみせる。

 

或る一つの人格を、コンピュータに移し替え、保存する技術は、神啓太郎の神ステーションが、既に実用化していた。ショッカーが、それを出来ない筈がない。

 

暗黒大将軍は、トカゲロンに改造される際に、自分の人格のバック・アップを取って置いたのであろう。

 

「では、ジェットコンドルも――」

「我が姿の一つに過ぎぬ……」

「ならば、お前の正体は、一体⁉」

 

本郷が問う。

 

「人であった頃の名は忘れた。今は、単なる一改造人間よ」

「――」

「仮面ライダーよ、今は、ここで退こう。しかし、何れまた会おう」

「――」

「戦いは、決して、終わらぬぞ……」

 

暗黒大将軍は、壁際まで下がった。

すると、彼が背にした壁が、ぐるりと反転し、暗黒大将軍を呑み込んだ。

隠し扉であった。

 

同時に、地震が襲って来た。

この地が、自壊か、自爆でもするらしい。

 

「脱出するぞ――」

「おう」

 

二人は、暗黒大将軍が逃げ込んだその闇の中から、急ぎ、脱出した。

 

二人が抜け出した洞窟から、爆炎が飛び出して来た。

本郷と一文字は、仮面を外し、もくもくと立ち上る煙を、赤い空に見送った。

 

赤と黒の混じり合う空に、星が浮かび始めていた。


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