さくらは、耳をつんざく爆音を聞いた。
倉庫から、幾らか離れた場所で、さくらは、茂たちを待っていた。
さくらと一緒に、吉塚と相澤もいる。
荒廃した畑の中であった。
風見たちが襲われた道路から更にゆくと、森の中に入り、その森を抜けるとこの畑があり、その先に更に森があって、森の向こうに倉庫があるのだ。
艶のある、背の高い草が、茫々と生い茂っている。
その草と草との間のけものみちに、さくらたちが立っていたのだ。
倉庫から逃げ出した人々は、倉庫の外で服を脱がされた。
茂たちの登場で逃げ出す時に、その服を思い思いに掴んで、倉庫を離れたのだ。
その時に拾った、誰のものとも分からない上着を、羽織っているだけであった。
さくらは、茂の上着を肩に掛けている。
全身が、あの液体で赤く染まっているが、乾燥してぽろぽろと剥がれて来ている。
夕暮れの風が吹いた。
それに混じって、巨大な生物の息吹が、叩き付けられて来る。
そうしている内に、倉庫の方角から、爆発音が聞こえた。
森の頭の上に、もうもうと、黒い煙が上がった。
その煙は、人の髑髏の形をしているようにも見えた。
不気味な筈の髑髏だが、何故か、それは泣いているように思えた。
さくらは、眼を瞑った。
ぎゅぅと閉じた瞼の奥で、強く、祈りを捧げているようであった。
と――
「せ、先輩!」
吉塚が声を上げた。
相澤も、立ち上がっている。
さくらが眼を開けた。
森の向こうから、五台のバイクが現れた。
赤い仮面のV3が、青いオートバイ・ハリケーンに乗っている。
黄色いマフラーの上に、微笑みを浮かべたライダーマンも、マシンを駆っていた。
白い弾丸と形容する事が相応しいバイクに、銀の騎士Xが跨っている。
機械は似合わぬ筈のアマゾンライダーに、獣をモチーフとしたバイクは似合っていた。
そして、その中心に――
火花の飾りをフロントに着けた、赤く、ド派手なオートバイ。
そのハンドルを握るのは、ぼろぼろではあるが、凱歌を上げる甲鉄の戦士だ。
「ライダー!」
さくらは、涙声で叫びながら、五人のライダーたちに駆け寄った。
何処とも知れぬ洞窟――
「デッドライオンは敗れたそうです」
人間の姿の、改造魔虫ハチ女が言った。
暗闇の中を先導するのは、オオカミンである。
ハチ女が殿を務めており、彼女たちの間には、暗黒大将軍がいた。
長い髭を、指で弄びながら、
「そうか」
と、頷いた。
デッドライオンと話していた時の、妙な外国人訛りは、なくなっていた。
「所詮は、虫けらという事か」
「――同じ虫けらでも、私たちは、貴方のお役に立つ事でしょう」
ハチ女が、自信ありげに笑う。
と、開けた所に出た。
一〇メートル四方はある。
そこには火が灯っていた。
空間の奥に、玉座が設けられている。
その明るさの中で、暗黒大将軍は、玉座に腰掛けた。
宮仕えのように、二人の改造魔虫が、その傍に控える。
と、ゆっくりと腰を下ろした所で、不意に、暗黒大将軍が口を開いた。
「どちらさまかな?」
ハチ女とオオカミンが、自分たちが歩いて来た道を睨み付けた。
尾行されていたらしい。
暗闇に、二対の、赤い楕円がぼんやりと浮かび上がった。
現れたのは、飛蝗とモチーフとした、髑髏にも似た仮面の男たちだ。
仮面の色が鮮やかで、銀のレガースの男が、仮面ライダー第一号・本郷猛。
黒っぽい仮面と、赤いレガースの男が、仮面ライダー第二号・一文字隼人。
この二人も亦、仲間たちから連絡を受けて、日本へ帰って来ていた。
「これはこれは」
暗黒大将軍が、愉快そうな声を上げた。
「光栄だな、伝説のダブルライダーの揃い踏みを見られるとは」
「――しぃっ!」
変身したハチ女が、本郷猛に突っ掛けていた。
毒針フルーレが、ライダー第一号の、スーツの隙間を狙う。
本郷が、ステップ・バックで避けた。
ほぼ同時に、オオカミンが一文字隼人に掴み掛る。
鋭い爪でライダー第二号の身体を掴み、牙を突き立てようとした。
しかし、一文字ライダーは、軽々とオオカミンを投げ飛ばしてしまう。
受け身を取るオオカミン。
その頭部を、一文字の、赤い拳が砕いた。
だが、オオカミンは、すぐに頭部を再生させてしまう。
「ほぅ、聞いちゃあいたが、凄い回復力だな」
一文字が、感心したように声を上げた。
一方、本郷対ハチ女である。
ハチ女は、自慢の高速移動で、本郷ライダーを翻弄しようとした。
毒針フルーレが潜り込めば、幾ら改造人間とても、死亡する。
自分の速度を持ってすれば、ライダーを斃す事は簡単だ――
そう思っていたハチ女だったが、一号ライダーは、ハチ女の速度に、平気な顔をして追い付いてしまう。
いや、その場から殆ど動く事なく、ハチ女の陽動に全く引っ掛からずに、カウンターを、しかもハチ女が動作を終える前に準備して、打ち出して来るのである。
「な、な……」
ハチ女は、大きく動揺している。
「何故、私のスピードが通じない⁉」
「――隼人」
本郷が、短く言った。
「オーケー、本郷。いっちょ、この二号ライダー先生が、説明してやろう」
一文字はそう言うと、向かって来るオオカミンを掴み上げ、一本背負いの要領で地面に叩き付けた。
床が砕け、埃が舞う。
その埃を眼晦ましに、ハチ女は本郷を仕留めようとした。
だが、一号ライダーの首筋を狙った一閃は、半歩振り返った本郷の指に抓まれていた。
「お前のようなタイプの改造人間には、出会った事がある」
「何⁉」
「お前の高速移動は、翅の強烈な震動と、その軽さに依るものだ。眼で追える速度ではない。お前本体はな……」
「――」
「しかし、お前の翅の動きや音を捉える事で、お前の移動する先を予測する事は出来る」
この情報は、他のライダーたちにも共有されていた。
敬介が、ハチ女を斃す事は難しくないと判断したのは、その為だ。
「見ろ――」
「……あッ」
「こうして埃を舞い上げていると、より、分かり易い」
翅の震動が埃に付いて回り、ハチ女の軌跡を、容易に予想させてしまう。
「だ、だが……私は、不死身……」
言葉の途中で、本郷の人差し指と中指が、ハチ女の腹に喰い込んでいた。
指を抜くと、二本の指の間には、小さな虫が抓まれていた。
それが、サタン虫か、ガンマー虫かは不明であるが、それを引っこ抜かれたハチ女は、砕かれてもいないのに、ほろほろと身体を崩壊させてゆく。
地面に落ちた黒い靄が、蒸発して行った。
餓蟲の中を移動する、餓蟲を集めて置く為の本体であった。
「な、何で⁉ 何で、その場所が……」
オオカミンが言った。
本郷は、ハチ女の本体の虫を握り潰す。
「簡単な話さ」
一文字が言った。
「本郷や俺は、それ位の眼を持っているって事だよ」
正確に言うのなら、強化改造人間として深化を続けて来た感覚器官が、餓蟲の中に混じっている改造魔虫の本体を捉える事が出来る程に、鋭敏になっているという事だ。
敬介や茂も、脳やその周辺の神経を更に進化させてゆけば、改造魔虫たちを斃す事も、簡単になるであろう。
「尤も、俺は、そういう細かい作業は苦手でね……」
「え?」
「一番楽な方法でやらして貰うぜ」
そう言うと、一文字は、オオカミンの胴体にパンチを見舞った。
腕が、背中まで突き抜ける。
続いて、胸元を、逆の拳で殴った。
それから、拳を何発も繰り出してゆく。
オオカミンの身体は、ハチの巣になっていた。
最後に残った頭部を、一文字は粉砕した。
身体が崩れ、黒い靄が昇ってゆく。
拳を見ると、オオカミンの本体の虫が、潰れていた。
攻撃される箇所から逃げ、別な場所に移動するなら、それを追ってゆき、隠れる為の肉体を破壊してゆけば良い。
一文字も、改造魔虫本体の居場所を、殆ど正確に見る事が出来るのだ。
「さて、残るはお前さんだな……」
ダブルライダーが、暗黒大将軍に向かい合った。
暗黒大将軍は、二人の姿を見て、肩を揺らしていた。
「何がおかしい?」
本郷は静かに訊いた。
「嬉しいのさ」
「嬉しい?」
「君にまた会えた事がね……」
「俺に?」
本郷が、自分を指差した。
「では、貴様は、やはり、ジェットコンドルなのか」
デルザーとの戦いを前に、帰国する自分たちを襲撃した改造魔人の名で、本郷は、暗黒大将軍を呼んだ。
「それ以前に、私は、君と会っているのだよ」
「何?」
「そして、君に会えた事も、実に嬉しい事だ」
今度は、一文字を見た。
「君は、或る意味で、私の仇でもある……」
「仇⁉」
「私の連隊長を殺したのは、君だろう?」
「連隊長だと? 何の話だ」
一文字が、怪訝そうに言う。
本郷には、暗黒大将軍、ジェットコンドルのどちらの名も、今と、過去に戦った一度にしか、聞いた事がなかった。
だが、暗黒大将軍は、それより前から、自分たちの事を知っていたらしい。
「貴様は、一体、誰だ?」
一文字が詰問した。
暗黒大将軍は、玉座から立ち上がり、マントを取り払った。
「おお⁉」
「むぅ……」
黒いマントで姿を隠し、再び二人の前に顔を見せた暗黒大将軍は、その様相を一変させていた。
白く、茫々と伸びた髪と髭は、黒く、適度に整えられている。
黒い軍服は、同じ将軍服ながら、カーキ色のものを身に着けていた。
そして、左の眼帯を着け、軍帽を被ったその姿は――
「ゾル大佐⁉」
かつて、一文字・仮面ライダー第二号が斃した、黄金狼の正体・ゾル大佐にそっくりであった。
「あの方は、我が、連隊長よ……」
暗黒大将軍は言った。
「ナチスの残党か?」
本郷が訊く。
ゾル大佐は、人間であった頃、ナチス・ドイツに参加していた。
そこで、人狼化現象を起こす生体改造を受け、生き延びた唯一の成功例として、大佐の位を授かり、第二次世界大戦終盤で、追い詰められたナチスのゲリラ部隊“人狼部隊”を率いて戦った。
後に、ショッカー首領のアプローチで引き抜かれ、ショッカーの大幹部の一人となったのである。
そのゾルを、連隊長と呼ぶという事は、この男は――
「左様、私は、“人狼部隊”の生き残りだ」
暗黒大将軍はそう言いながら、自分の手を、本郷たちに向けた。
その皮膚の奥から、むりむりと、銀色の体毛が生え出して来た。
唯一の成功例と思われていたゾル大佐であったが、実は、この暗黒大将軍と名乗っている男も、人狼化現象を発現して尚、生き延びたのである。
「だが、俺とは、いつ……」
本郷は、それでも、この男に覚えはない。
ゾルは、死神博士を追ってヨーロッパへ旅立った本郷と入れ違いになるのに近い形で、中東から日本へ派遣されて来たのだ。
「これさ」
暗黒大将軍は、狼の毛を引っ込めてみせると、
「むん」
と、その手に力を込めた。
すると、どうであろうか。
先程は狼の体毛が生え出して来たその手に、今度は、緑色の鱗が生じていた。
それに驚いている本郷と一文字の前で、暗黒大将軍は、いきなり自分が座っていた玉座を、蹴り付けた。
強力なキックに砕け散る玉座。
そのフォームを、本郷は知っている。
「トカゲロン……⁉」
かつて、仮面ライダーが本郷唯一人であった頃だ。
原子力研究所を襲撃した改造人間がいた。
研究所に張られたバーリアを破壊する爆弾を、バーリアに向かって蹴り飛ばす事の出来る脚力を持つ改造人間――
その名が、トカゲロンであった。
サッカー選手の、野本健が、その脚力を買われて、改造されたのだ。
思い返してみるに、本郷猛は、野本健と対面していない。
改造されてからの野本健に会ったのは、FBI捜査官・滝和也だけである。
その滝が言っていた野本健の容姿と、暗黒大将軍の顔は、確かに似ている所があるが、その野本健というのは、トカゲロンが変装していたものである。
しかし、それよりも何よりも、一度、本郷ライダーを破っている、トカゲロンの必殺シュートのフォームを、本郷は覚えていた。
「しかし、奴は、俺が――」
立花藤兵衛との特訓で知った、ライダー・パワーを使い、キック力を二倍に強化したライダーキック――電光ライダーキックで蹴り返したバーリア破壊ボールを受けて、爆死した筈である。
「勘が鈍ったか、本郷猛」
暗黒大将軍が、せせら笑う。
「何だと?」
「改造人間は死なぬ。その遺伝子情報があればな……」
「――では、お前も、再生改造人間なのか」
「クローンと言って良かろうな。しかし、以前の記憶は、きちんと、この脳内に収められているぞ」
自分のこめかみの辺りを、つついてみせる。
或る一つの人格を、コンピュータに移し替え、保存する技術は、神啓太郎の神ステーションが、既に実用化していた。ショッカーが、それを出来ない筈がない。
暗黒大将軍は、トカゲロンに改造される際に、自分の人格のバック・アップを取って置いたのであろう。
「では、ジェットコンドルも――」
「我が姿の一つに過ぎぬ……」
「ならば、お前の正体は、一体⁉」
本郷が問う。
「人であった頃の名は忘れた。今は、単なる一改造人間よ」
「――」
「仮面ライダーよ、今は、ここで退こう。しかし、何れまた会おう」
「――」
「戦いは、決して、終わらぬぞ……」
暗黒大将軍は、壁際まで下がった。
すると、彼が背にした壁が、ぐるりと反転し、暗黒大将軍を呑み込んだ。
隠し扉であった。
同時に、地震が襲って来た。
この地が、自壊か、自爆でもするらしい。
「脱出するぞ――」
「おう」
二人は、暗黒大将軍が逃げ込んだその闇の中から、急ぎ、脱出した。
二人が抜け出した洞窟から、爆炎が飛び出して来た。
本郷と一文字は、仮面を外し、もくもくと立ち上る煙を、赤い空に見送った。
赤と黒の混じり合う空に、星が浮かび始めていた。