デッドコンドルは、倉庫の上空から、仮面ライダーたちの行動を監視していた。
その表情には、余裕が見て取れる。
夕陽を浴びる黒い身体の巨大さ、そこから感じ取れる圧倒的な力。
それに比べて、仮面ライダーたちの、何と矮小な事か。
いや、今の自分であれば、あのジェネラルシャドウでさえ、敵ではない。
今の自分――デッドコンドルは、最強の改造魔人である。
寧ろ、まだ、“人”を名乗る事に違和感さえ覚えた。
改造魔神――そのように名乗っている方が、それらしい。
改造魔神デッドコンドルだ。
この力を以てすれば、すぐにでも人類を支配する事が出来るであろう。
エネルギーは、無限大だ。
町一つを焼き滅ぼしてやれば、生き残った者たちの悲痛な叫びを聞く事が出来る。
それは、激しい感情の連鎖を生み、餓蟲を変質させる。
そうした、負の感情より生み出された餓蟲こそ、この肉体を構成するものだ。
悲鳴が途切れない世界は、即ち、デッドコンドルの餌場であった。
ブラックサタン大首領に忠誠を誓い、目指した世界征服の夢――
それを、今、デッドコンドルとして叶える事が出来る状態に、あるのだ。
堪らなかった。
歓喜の声を、天に昇らせてしまいそうであった。
沈みゆく太陽――
明日の朝、昇るのは、デッドコンドルという黒い太陽だ。
自分が天に戴かれ、人間共をひれ伏させる……
デッドコンドルの赤い瞳が、その夢想に酔った時、崩れた倉庫の隅で、白い光が瞬いた。
「む――⁉」
そこにいたのは、ストロンガーである。
しかし、その姿は、デッドコンドル――デッドライオンの知っているものとは異なっていた。
カブト・ショックは巨大化し、銀色に輝いている。
カブテクターが展開し、Sポイントが激しく回転していた。
一回りは大きくなったように見える。
その身体の周囲には、ばちばちと電光が弾けていた。
ストロンガーがチャージ・アップしたのだ。
Sポイントの回転は、超電子ダイナモの生成する電子を放出する意味がある。
一分間のタイム・リミットが迫るたび、超電子ダイナモは加速し、生成する電子の数を増してゆく。
Sポイントの回転に依る放出が追い付かなくなった時、ストロンガーは自爆する。
デッドコンドルはそれを知らない。
知らないが、ストロンガーの新しい力を、感じ取る事は出来た。
“多少、見てくれは変わったようだが”
ストロンガーのその言葉の意味が分かった。
デッドコンドルは、同じ台詞を、ストロンガーに言ってやりたかった。
今のデッドコンドルに、あの程度の力が通用するものか。
――あのてらてらした角を圧し折ってやる。
デッドコンドルは思った。
と、倉庫から跳び上がって来る者があった。
仮面ライダーV3である。
「よぅ――」
V3は、デッドコンドルの太い脚に、蹴り付けてゆく。
デッドコンドルには、その程度の攻撃は通じない。
V3が蹴り付けた脚で、逆に、V3を蹴り殺そうとする。
真っ直ぐ伸びた爪で、刺し殺す心算であった。
風見・V3は、その爪の表面に靴底をぶつけて、スプリングで跳んだ。
デッドコンドルの腹を蹴りながら、上昇する。
「ぬぅ!」
「――ふふん」
V3は、デッドコンドルの頭上に至る。
デッドコンドルは翼をはばたかせ、V3を吹き飛ばそうとした。
風が巻き起こる。
竜巻がV3を巻き込んだ。
「っと!」
体勢を崩したV3に、デッドコンドルが嘴を突き付けてゆく。
その嘴をV3は掴み、地上に引き摺ろうとした。
デッドコンドルは、長い頸を持ち上げた。
頸を振り下ろす勢いで、V3を払い落とした。
「ぬぅ⁉」
倉庫へと落下するV3を、横手から、ライダーマンのロープが絡め取った。
ライダーマンは、V3の身体を、ハンマー投げの要領で振り回し、デッドコンドルに向けて投擲した。
ロープで回転させられ、加速を得たV3の蹴りが、デッドコンドルの腹部を貫通する。
流石に、それはこたえたらしい。
デッドコンドルが、呻いた。
痛み自体はないが、衝撃が、本体まで突き抜けたのだ。
空中で体勢を立て直すV3だったが、怒りのデッドコンドルが、頭部をぶつけて来た。
硬い嘴が、風見の身体を、真横からぶっ叩いた。
落下するV3。
それを追って、デッドコンドルが動く。
三本の脚を、地面と平行にし、翼を振るった。
ぐぉ、
と、空気の唸りが、獣の咆哮に聞こえた。
デッドコンドルが、V3の身体を啄もうとする。
その嘴に、別方向からロープが絡んで来た。
ライド・ロープだ。
Xライダーのライドルが、ロープ状に変じたものである。
倉庫の屋根の上、ライダーマンとは反対の場所に、立っていた。
「むぅぅぅおっ!」
Xライダーが息んだ。
敬介・Xライダーは、身体を思い切り捻って、デッドコンドルを地面に引き摺り下ろすよう、ロープを引っ張った。
飛行の勢いを利用され、デッドコンドルが、地上に落下する。
とは言え、デッドコンドルも堪えようとするし、Xのパワーだけでは、その重量を引っ張り落とす事は難しい。
――マーキュリー!
敬介は、心の中で叫んだ。
叫びとも言えない叫びであった。
言葉にならない意思の力が、胸の回路を呼び覚ます。
マーキュリー回路が、Xライダーの全身に、パワーを漲らせた。
鉄のグローブが軋み、銀の強化服が裂けるかと思わせる程に、敬介の肉体に力が宿る。
Xライダーが、デッドコンドルとの綱引きを制した。
デッドコンドルの胴体が、倉庫の中に突き落とされ、地面に無数の亀裂が入った。
ぼぅ、と、亀裂から立ち上がった埃や砂が舞い上がり、黄土色のカーテンを作る。
大地の蜃気楼の向こうから、ライダーマンとアマゾンが、同時に跳び掛かった。
ライダーマンは、スイング・アームを付けている。
先端に棘付きの鉄球を取り付けたアームである。
本来であれば、チェーンで振り回すそれを固定して、頭部を砕きにゆく。
人の頭程もある鉄球が、デッドコンドルの頭頂にめり込んだ。
「ぐごぉ!」
デッドコンドルの悲鳴。
更に跳び掛かるアマゾンは、ガガの腕輪を持ち出していた。
ギギは、左を意味する。
ガガは、右を意味する。
ガガの腕輪は、アマゾンの右腕に装着されていた。
アマゾンは両腕を交差する事で、上腕に装着した二つの腕輪の牙を、噛み合わせた。
二つの腕輪が交わった地点から、黄金の輝きが迸る。
噛み合った牙のから、光は螺旋を描いてアマゾンの腕を伝わった。
身体の前で交差された両腕を伝わるエネルギーが、ヒレカッターを肥大させる。
より大きく、より鋭く――
アマゾンの、スーパー大切断が、デッドコンドルの片翼を落としていた。
「貴様ら~~~~っ!」
デッドコンドルが、血の混じった叫びを上げた。
残った右の翼の先端――三本の指で、頭の上のライダーマンを掴み上げ、上空に放り投げた。
スーパー大切断を放ち、着地しようとするアマゾンを、三本の脚の一つで蹴り上げる。
デッドコンドルは鎌首をもたげ、上空に位置する四人ライダーを睨んだ。
嘴の繋ぎ目から、黒い光が漏れる。
――来る!
そう思った時、しかし、デッドコンドルの身体が、変化を始めた。
右の翼の表面――その羽毛が立ち上がり、無数の触手へと変化した。
考えてみれば、餓蟲とは、精神のありようでどのようにも変化する。
デッドコンドルの本体、デッドライオンであった蟲毒が、デッドコンドル以外の姿をイメージすれば、どのような姿にも変身する事が出来るのだ。
羽毛が変化した触手がくねり、ライダーたちに迫る。
全力でデッドコンドルを投げ飛ばした疲労で動けない敬介が、捕まった。
空中で身動きの取れないでいた結城が、捕らえられた。
アマゾンも、ギギとガガのエネルギーを受け止めた肉体には、大きな負担が掛かっている。
風見は、繰り出される触手を足場に逃げ回っていたが、遂には捕らえられる。
「先ずは、貴様らだ……!」
デッドコンドルが、捕らえたライダーたち目掛けて、デッド・ブレスを放とうとする。
しかし――
「エンド・ゾーン前ががら空きだぜ、デッドコンドルよぅ」
ストロンガーが、駆け出していた。
Sポイントの回転速度が、チャージ・アップ直後よりも増している。
それだけ、電子の生成量が多くなっているのだ。
ストロンガーは、その巨体からは想像出来ない速度で走った。
脚を出すそのたびに、腰を捻るそのたびに、腕を振るうそのたびに、ストロンガーの全身から稲妻が迸り、雷光の残像を造り出す。
「ストロンガー!」
デッドコンドルが叫んだ。
しかし、茂は、それが聞こえなかった。
す
と
ろ
ん
が
ぁ
と、デッドライオンが言うのは聞こえた。
しかし、一つの言葉を発するたびに、茂の足は何歩も進んでいる。
ス、と、言った時には一歩であった。
ト、と、言った時には、三歩目を踏んでいた。
ロ、と、言った時には、八歩進んでいる。
ン、と、言った時には、跳躍していた。
ガ、と、言った時には、右脚を伸ばして回転している。
ァ、と、言った時には、回転が全ての音を掻き消していた。
周囲の超電子をスパークさせ、超重量を、右足を軸に回転させる。
ストロンガーは、一つの螺旋となっていた。
恰も、リリースされた、アメフトのボールだ。
超高速で回転する
しかし、デッド・ブレスの発射と、タイミングが同じであった。
ストロンガーの声を聞いたデッドコンドルは、声の方向に顔を向けた。
ストロンガーが突っ込んで来るのと、デッド・ブレスを放つのが、同時になる。
相討ちだ。
ストロンガーの、超電子ドリルキックは、デッドライオンを砕くだろう。
だが、デッドコンドルのデッド・ブレスも、ストロンガーを焼いてしまう。
その上、超電子ダイナモは限界である。
ストロンガーがデッド・ブレスを直撃されたとしたら、間違いなく爆発する。
確実に死ぬ――
確実に全身が吹っ飛ぶ――
茂は、それを悟った。
あの時と同じだった。
卒業前の最後の試合で、沼田が投げたボールを、キャッチ出来なかった。
オフェンス・ラインを抜け、相手のディフェンスの隙間を駆け抜け――それでも、指先を掠めるだけに留まってしまった。
あの時と同じだ。
ボールはそのまま地に落ちて、こちらの攻撃が終わり、後はそのまま……。
今回、違うのは、“次”がない事だ。
それを悟って、しかし、冷静であった。
天に昇った女がいた。
地に眠った男がいた。
ならば、次は俺だ。
人を護って去ってゆく――
俺の順番が、回って来たのである。
茂は、それを受け入れていた。
それを受け入れた時、全ての景色が止まった。
回転する自らが停止し、放たれるデッド・ブレスが停止した。
全ての時間が止まっていた。
その、凍て付いた時の中で――
“茂……”
そういう声がした。
ユリ子の声だった。
“茂!”
沼田が言っていた。
“ストロンガーだ!”
沼田が言った。
茂は、頷いた。
分かったよ……
分かっているよ、五郎……
俺は、ストロンガーだ。
仮面ライダーストロンガーだ。
そして、ユリ子。
お前は、もう、只の女だ。
仮面ライダーじゃない。
そして、お前は、俺の大切な相棒だった。
タックルよ。
俺を、天から、見守ってくれ。
だから、最後に、お前の技を貸してくれ。
ユリ子が頷いた。
茂が取る事の出来なかったボールを、しっかりと、受け止めていた。
茂の、停止した腕が、動いた。
回転する肉体を、更に回転させる為、両腕を、振るう。
その螺旋の名は――
“電波投げ!”
爆発が、起こった。