仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第二十八節 螺旋

デッドコンドルは、倉庫の上空から、仮面ライダーたちの行動を監視していた。

その表情には、余裕が見て取れる。

 

夕陽を浴びる黒い身体の巨大さ、そこから感じ取れる圧倒的な力。

 

それに比べて、仮面ライダーたちの、何と矮小な事か。

いや、今の自分であれば、あのジェネラルシャドウでさえ、敵ではない。

 

今の自分――デッドコンドルは、最強の改造魔人である。

 

寧ろ、まだ、“人”を名乗る事に違和感さえ覚えた。

改造魔神――そのように名乗っている方が、それらしい。

改造魔神デッドコンドルだ。

 

この力を以てすれば、すぐにでも人類を支配する事が出来るであろう。

 

エネルギーは、無限大だ。

 

町一つを焼き滅ぼしてやれば、生き残った者たちの悲痛な叫びを聞く事が出来る。

それは、激しい感情の連鎖を生み、餓蟲を変質させる。

 

そうした、負の感情より生み出された餓蟲こそ、この肉体を構成するものだ。

悲鳴が途切れない世界は、即ち、デッドコンドルの餌場であった。

 

ブラックサタン大首領に忠誠を誓い、目指した世界征服の夢――

 

それを、今、デッドコンドルとして叶える事が出来る状態に、あるのだ。

 

堪らなかった。

歓喜の声を、天に昇らせてしまいそうであった。

 

沈みゆく太陽――

 

明日の朝、昇るのは、デッドコンドルという黒い太陽だ。

自分が天に戴かれ、人間共をひれ伏させる……

 

デッドコンドルの赤い瞳が、その夢想に酔った時、崩れた倉庫の隅で、白い光が瞬いた。

 

「む――⁉」

 

そこにいたのは、ストロンガーである。

 

しかし、その姿は、デッドコンドル――デッドライオンの知っているものとは異なっていた。

 

カブト・ショックは巨大化し、銀色に輝いている。

カブテクターが展開し、Sポイントが激しく回転していた。

一回りは大きくなったように見える。

その身体の周囲には、ばちばちと電光が弾けていた。

 

ストロンガーがチャージ・アップしたのだ。

 

Sポイントの回転は、超電子ダイナモの生成する電子を放出する意味がある。

 

一分間のタイム・リミットが迫るたび、超電子ダイナモは加速し、生成する電子の数を増してゆく。

 

Sポイントの回転に依る放出が追い付かなくなった時、ストロンガーは自爆する。

 

デッドコンドルはそれを知らない。

知らないが、ストロンガーの新しい力を、感じ取る事は出来た。

 

“多少、見てくれは変わったようだが”

 

ストロンガーのその言葉の意味が分かった。

デッドコンドルは、同じ台詞を、ストロンガーに言ってやりたかった。

 

今のデッドコンドルに、あの程度の力が通用するものか。

 

――あのてらてらした角を圧し折ってやる。

 

デッドコンドルは思った。

 

と、倉庫から跳び上がって来る者があった。

仮面ライダーV3である。

 

「よぅ――」

 

V3は、デッドコンドルの太い脚に、蹴り付けてゆく。

デッドコンドルには、その程度の攻撃は通じない。

 

V3が蹴り付けた脚で、逆に、V3を蹴り殺そうとする。

真っ直ぐ伸びた爪で、刺し殺す心算であった。

 

風見・V3は、その爪の表面に靴底をぶつけて、スプリングで跳んだ。

デッドコンドルの腹を蹴りながら、上昇する。

 

「ぬぅ!」

「――ふふん」

 

V3は、デッドコンドルの頭上に至る。

 

デッドコンドルは翼をはばたかせ、V3を吹き飛ばそうとした。

風が巻き起こる。

竜巻がV3を巻き込んだ。

 

「っと!」

 

体勢を崩したV3に、デッドコンドルが嘴を突き付けてゆく。

その嘴をV3は掴み、地上に引き摺ろうとした。

 

デッドコンドルは、長い頸を持ち上げた。

頸を振り下ろす勢いで、V3を払い落とした。

 

「ぬぅ⁉」

 

倉庫へと落下するV3を、横手から、ライダーマンのロープが絡め取った。

 

ライダーマンは、V3の身体を、ハンマー投げの要領で振り回し、デッドコンドルに向けて投擲した。

 

ロープで回転させられ、加速を得たV3の蹴りが、デッドコンドルの腹部を貫通する。

 

流石に、それはこたえたらしい。

デッドコンドルが、呻いた。

痛み自体はないが、衝撃が、本体まで突き抜けたのだ。

 

空中で体勢を立て直すV3だったが、怒りのデッドコンドルが、頭部をぶつけて来た。

 

硬い嘴が、風見の身体を、真横からぶっ叩いた。

落下するV3。

 

それを追って、デッドコンドルが動く。

三本の脚を、地面と平行にし、翼を振るった。

 

 

ぐぉ、

 

 

と、空気の唸りが、獣の咆哮に聞こえた。

 

デッドコンドルが、V3の身体を啄もうとする。

その嘴に、別方向からロープが絡んで来た。

 

ライド・ロープだ。

Xライダーのライドルが、ロープ状に変じたものである。

 

倉庫の屋根の上、ライダーマンとは反対の場所に、立っていた。

 

「むぅぅぅおっ!」

 

Xライダーが息んだ。

 

敬介・Xライダーは、身体を思い切り捻って、デッドコンドルを地面に引き摺り下ろすよう、ロープを引っ張った。

 

飛行の勢いを利用され、デッドコンドルが、地上に落下する。

 

とは言え、デッドコンドルも堪えようとするし、Xのパワーだけでは、その重量を引っ張り落とす事は難しい。

 

――マーキュリー!

 

敬介は、心の中で叫んだ。

叫びとも言えない叫びであった。

言葉にならない意思の力が、胸の回路を呼び覚ます。

 

マーキュリー回路が、Xライダーの全身に、パワーを漲らせた。

 

鉄のグローブが軋み、銀の強化服が裂けるかと思わせる程に、敬介の肉体に力が宿る。

Xライダーが、デッドコンドルとの綱引きを制した。

 

デッドコンドルの胴体が、倉庫の中に突き落とされ、地面に無数の亀裂が入った。

ぼぅ、と、亀裂から立ち上がった埃や砂が舞い上がり、黄土色のカーテンを作る。

 

大地の蜃気楼の向こうから、ライダーマンとアマゾンが、同時に跳び掛かった。

 

ライダーマンは、スイング・アームを付けている。

先端に棘付きの鉄球を取り付けたアームである。

 

本来であれば、チェーンで振り回すそれを固定して、頭部を砕きにゆく。

人の頭程もある鉄球が、デッドコンドルの頭頂にめり込んだ。

 

「ぐごぉ!」

 

デッドコンドルの悲鳴。

 

更に跳び掛かるアマゾンは、ガガの腕輪を持ち出していた。

 

ギギは、左を意味する。

ガガは、右を意味する。

 

ガガの腕輪は、アマゾンの右腕に装着されていた。

 

アマゾンは両腕を交差する事で、上腕に装着した二つの腕輪の牙を、噛み合わせた。

 

二つの腕輪が交わった地点から、黄金の輝きが迸る。

噛み合った牙のから、光は螺旋を描いてアマゾンの腕を伝わった。

 

身体の前で交差された両腕を伝わるエネルギーが、ヒレカッターを肥大させる。

 

より大きく、より鋭く――

 

アマゾンの、スーパー大切断が、デッドコンドルの片翼を落としていた。

 

「貴様ら~~~~っ!」

 

デッドコンドルが、血の混じった叫びを上げた。

 

残った右の翼の先端――三本の指で、頭の上のライダーマンを掴み上げ、上空に放り投げた。

 

スーパー大切断を放ち、着地しようとするアマゾンを、三本の脚の一つで蹴り上げる。

デッドコンドルは鎌首をもたげ、上空に位置する四人ライダーを睨んだ。

 

嘴の繋ぎ目から、黒い光が漏れる。

 

――来る!

 

そう思った時、しかし、デッドコンドルの身体が、変化を始めた。

 

右の翼の表面――その羽毛が立ち上がり、無数の触手へと変化した。

 

考えてみれば、餓蟲とは、精神のありようでどのようにも変化する。

 

デッドコンドルの本体、デッドライオンであった蟲毒が、デッドコンドル以外の姿をイメージすれば、どのような姿にも変身する事が出来るのだ。

 

羽毛が変化した触手がくねり、ライダーたちに迫る。

 

全力でデッドコンドルを投げ飛ばした疲労で動けない敬介が、捕まった。

空中で身動きの取れないでいた結城が、捕らえられた。

アマゾンも、ギギとガガのエネルギーを受け止めた肉体には、大きな負担が掛かっている。

 

風見は、繰り出される触手を足場に逃げ回っていたが、遂には捕らえられる。

 

「先ずは、貴様らだ……!」

 

デッドコンドルが、捕らえたライダーたち目掛けて、デッド・ブレスを放とうとする。

 

しかし――

 

「エンド・ゾーン前ががら空きだぜ、デッドコンドルよぅ」

 

ストロンガーが、駆け出していた。

 

Sポイントの回転速度が、チャージ・アップ直後よりも増している。

それだけ、電子の生成量が多くなっているのだ。

 

ストロンガーは、その巨体からは想像出来ない速度で走った。

 

脚を出すそのたびに、腰を捻るそのたびに、腕を振るうそのたびに、ストロンガーの全身から稲妻が迸り、雷光の残像を造り出す。

 

「ストロンガー!」

 

デッドコンドルが叫んだ。

しかし、茂は、それが聞こえなかった。

 

 

と、デッドライオンが言うのは聞こえた。

 

しかし、一つの言葉を発するたびに、茂の足は何歩も進んでいる。

 

ス、と、言った時には一歩であった。

ト、と、言った時には、三歩目を踏んでいた。

ロ、と、言った時には、八歩進んでいる。

ン、と、言った時には、跳躍していた。

ガ、と、言った時には、右脚を伸ばして回転している。

ァ、と、言った時には、回転が全ての音を掻き消していた。

 

周囲の超電子をスパークさせ、超重量を、右足を軸に回転させる。

 

ストロンガーは、一つの螺旋となっていた。

恰も、リリースされた、アメフトのボールだ。

 

超高速で回転する螺旋の電撃(スパイラル)が、デッドコンドルの嘴に潜り込もうとする。

 

しかし、デッド・ブレスの発射と、タイミングが同じであった。

 

ストロンガーの声を聞いたデッドコンドルは、声の方向に顔を向けた。

ストロンガーが突っ込んで来るのと、デッド・ブレスを放つのが、同時になる。

 

相討ちだ。

 

ストロンガーの、超電子ドリルキックは、デッドライオンを砕くだろう。

だが、デッドコンドルのデッド・ブレスも、ストロンガーを焼いてしまう。

 

その上、超電子ダイナモは限界である。

 

ストロンガーがデッド・ブレスを直撃されたとしたら、間違いなく爆発する。

 

確実に死ぬ――

確実に全身が吹っ飛ぶ――

 

茂は、それを悟った。

 

あの時と同じだった。

 

卒業前の最後の試合で、沼田が投げたボールを、キャッチ出来なかった。

 

オフェンス・ラインを抜け、相手のディフェンスの隙間を駆け抜け――それでも、指先を掠めるだけに留まってしまった。

 

あの時と同じだ。

ボールはそのまま地に落ちて、こちらの攻撃が終わり、後はそのまま……。

 

今回、違うのは、“次”がない事だ。

 

それを悟って、しかし、冷静であった。

 

天に昇った女がいた。

地に眠った男がいた。

 

ならば、次は俺だ。

 

人を護って去ってゆく――

 

俺の順番が、回って来たのである。

 

茂は、それを受け入れていた。

 

それを受け入れた時、全ての景色が止まった。

 

回転する自らが停止し、放たれるデッド・ブレスが停止した。

全ての時間が止まっていた。

 

その、凍て付いた時の中で――

 

 

“茂……”

 

 

そういう声がした。

ユリ子の声だった。

 

 

“茂!”

 

 

沼田が言っていた。

 

 

“ストロンガーだ!”

 

 

沼田が言った。

 

茂は、頷いた。

 

分かったよ……

分かっているよ、五郎……

 

俺は、ストロンガーだ。

仮面ライダーストロンガーだ。

 

そして、ユリ子。

お前は、もう、只の女だ。

仮面ライダーじゃない。

 

そして、お前は、俺の大切な相棒だった。

タックルよ。

俺を、天から、見守ってくれ。

だから、最後に、お前の技を貸してくれ。

 

ユリ子が頷いた。

茂が取る事の出来なかったボールを、しっかりと、受け止めていた。

 

茂の、停止した腕が、動いた。

回転する肉体を、更に回転させる為、両腕を、振るう。

 

その螺旋の名は――

 

 

 

“電波投げ!”

 

 

 

爆発が、起こった。


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