仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第二十六節 死鳥

デッドライオンの触脚の一つが、ストロンガーに向けて繰り出される。

茂・ストロンガーは、それを掴み上げて、電流を流した。

 

デッドライオンは、悲鳴を上げて、交代する。

 

改造魔人や、改造魔虫と違い、デッドライオンには、通常のストロンガーの電気技も、通じるようであった。

 

「多少、見てくれは変わったようだが、中身は相変わらずらしいな」

 

今度は、茂から仕掛けて行った。

 

一足跳びに間合いに入り込むと、拳を連続で打ち付けた。

 

デッドライオンは、触手でガードするものの、打撃に加え、電流を帯びたその攻撃を受けて、じりじりと体力を削られている。

 

「畜生め!」

 

毒づいて、デッドライオンが跳び上がった。

天井まで、ふわりと舞い上がってゆく。

 

ストロンガーは、地面に落ちていた鎖を拾い上げて、デッドライオンの身体に投げ付けた。

 

鉄の縄で怪虫を縛り上げると、そこに、電流を流す。

 

デッドライオンは、全身から火花を上げて、悶えていた。

眼球があるべき位置と、顎の間から、スパークが奔出する。

聞くに堪えない悲鳴であった。

 

デッドライオンは、その場に、べたりと倒れ込んだ。

ぐぅ、と、牙を軋らせる。

 

「超電子の力を使うまでもねぇ」

 

茂はそうやって吐き捨てて、デッドライオンにとどめを刺すべく、歩み寄った。

デッドライオンは、ストロンガーが近付いて来た所で、くわっと眼を輝かせた。

黒い靄が、触手の形に変じ、ストロンガーの身体に巻き付いた。

 

「むぅ⁉」

「このまま貴様のエネルギーを喰らってやる!」

 

そう言うデッドライオンであったが、

 

「へぇ」

 

茂は、仮面の中で、愉快そうな表情をしていた。

 

「だったら、たっぷりと、召し上がれってんだ!」

 

刹那、デッドライオンが巻き付けた触手が、ごぼりと膨らみ、破裂した。

靄が蒸発して、びくびくと蠢いた。

デッドライオン本体も、苦しんでいる。

 

ストロンガーが、自身のエネルギー――電気を、大量にデッドライオンの身体に叩き込んでやったのだ。

 

風船が、空気の入れ過ぎで破裂するように、デッドライオンの触手が弾けたのである。

 

「往生際の悪い事すんなや」

 

ストロンガーが、白い拳を、デッドライオンにぶち込もうとする。

しかし、デッドライオンは、

 

「まだだ!」

 

と、触脚を動かして、ストロンガーから離れてゆく。

そこに、他のライダーたちに追い詰められた改造魔虫たちが、集まって来た。

 

「形勢逆転だな……」

 

数は、デッドライオン・改造魔虫連合の方が、一人分勝っている。

しかし、包囲しているのは、五人の仮面ライダーたちであった。

 

再生能力は、他のあらゆる改造人間を凌駕する改造魔虫たちであったが、如何せん、経験が少な過ぎた。

 

デストロン大幹部を斃し、三つの部族と渡り合ったV3。

デストロンの科学者として様々な改造人間のデータを知るライダーマン。

GODを壊滅させたXライダー。

ゲドン・ガランダーからインカの秘宝を守り抜いたアマゾン。

 

最初、改造魔虫たちが彼らを相手に善戦したのは、この特異な能力の為であり、その正体を知ったライダーたちの敵ではなかった。

 

「ぐぬぅ」

 

デッドライオンが、悔しげに歯を噛んだ。

と、その表情が、不意に変じた。

髑髏が、からからと、笑い始めた。

 

「どうしたい、デッドライオン」

 

茂が訊いた。

 

「ふん、仮面ライダー共め。完全進化は諦めざるを得ないが……」

 

デッドライオンは、そう言いながら、触脚を持ち上げ始めていた。

その先端が、五体の改造魔虫の身体に、深く潜り込んでいた。

 

「な、何をする、デッドライオン⁉」

 

アリジゴクが叫んだ。

 

強固な外骨格を持つアリジゴクやアルマジロン、クラブマン、皮膚が武器でもあるサメ改造魔虫、ぶ厚い筋肉の鎧を着たゴリガンらの肉体に、容易にめり込む触脚であった。

 

「貴様らを、俺の身体の代わりとしてくれるわ!」

 

デッドライオンの、獅子の眼が光った。

 

触脚を通じて、改造魔虫たちに、黒々としたエネルギーが注入されてゆく。

デッドライオンの触脚を、螺旋状にねじくれた黒い光が伝う。

 

それらは、あの曼荼羅から得たエネルギーだ。

サタン虫・蟲毒の状態のデッドライオンが、急成長を遂げたエネルギーである。

 

それを、改造魔虫たちに注入する事で、デッドライオンは、同じく巫蟲・蟲毒で生み出されたと思しき改造魔虫たちを、自分と同じものに作り変えようとしていた。

 

餓蟲――空気中を漂う霊性エネルギーに還元された改造魔虫たちは、デッドライオンの肉体を、殻のように覆った。

 

それは、蛹とも、卵とも見えた。

 

ライダーたちの見ている前で、むりむりと巨大化してゆく卵。

その大きさは、瞬時に、五メートルに達していた。

卵の殻の表面は、脚と脚を絡めた虫で構成されている。

 

それが、鼓動を始めていた。

五つの人格――感情が、餓蟲を変異させている。

 

その中核たるデッドライオンに、進化が齎されようとしていた。

 

「何だ、これは⁉」

 

歴戦の勇士である風見志郎・仮面ライダーV3でさえ、初めての現象であった。

 

「ぐぅ」

 

と、アマゾンが呻いた。

 

野生で育ったアマゾンには、餓蟲の事が分かった。

 

餓蟲という名前は知らなくとも、その概念は知っている。

 

日本で学んだ言葉で言うのなら、それは、自然たちであった。

自然――樹や、風や、水や、土や、石などである。

 

それらには、魂が宿っている。人間と共通の言語を持たないだけなのだ。

 

餓蟲とは、魂と呼び変えても良いものであった。

 

餓蟲、つまり、自然に宿る魂が、有害なものに変じるとは、例えるならば、樹を削り出して、先端を尖らせれば、人間を刺し殺せる武器になるという事だ。

 

石は、そこにあるだけならば石である。けれど、それで人を殴り殺す事も出来る。

 

この後者になった状態を、餓蟲が有害なものに変じたと言うのだ。

人間の精神が、餓蟲に影響するとは、そういう事なのである。

 

アマゾンは、まさしくそれを感じていた。

 

デッドライオンという一つの殺意が、ストロンガーを殺す為に、餓蟲――魂たちを、強大な悪意を宿した凶器へと、変貌させようとしているのだ。

 

 

ぴし――

 

 

と、餓蟲の卵の表面に、ひびが入った。

 

その亀裂から、血液を塗り込んだような、赤い瞳が覗いた。

 

「出るぞ⁉」

 

ライダーマンが叫んだ。

 

卵から、強力な波動が発せられる。

ライダーたちは、無意識に、その卵から距離を置いていた。

 

卵の全体に亀裂が走り、その殻を内側から突き破るものがあった。

 

爪だ。

獅子の爪ではない。

 

巨大な腕までが飛び出した時、その薬指と小指の骨が、異様に長かった。その長い二本の指の間には、膜が張られており、しかも、毛を纏っていたのである。

 

鳥類の翼であった。

両腕を左右に真っ直ぐ広げたなら、一〇メートルを超える事であろう。

 

殻が突き破られた。

 

餓蟲で構成された殻は、内部から打ち破られた直後、黒い靄となって、生まれ出でたものの身体に吸収されてゆく。

 

「これは――!」

 

敬介が、誕生した巨体に、声を上げた。

 

それは、余りにも大きな、猛禽であった。

 

黒い羽毛で包まれた全身は、地に這った状態で、五、六メートル。

それを支える脚は、巨木のように太い上、三本である。

頸が、胴体に埋もれていた。そこだけを見れば、ライオンのたてがみにも見える。

 

その黄色い頭部が、ごりごりと、胴体からせり出して来た。

額からは、デッドライオンの名残のように、一対の角が、皮膚を捲って生えている。

獅子の顎は、更に前方に突き出して、嘴を形成していた。

 

頭部に、体毛はなかった。

伸びた頸を持ち上げるさまは、キリンにも似ていた。

 

「ケツァルコアトルス……」

 

風見が呟いた。

 

「ケツァルコアトル⁉」

 

茂が反応する。

 

「いや、ケツァルコアトルスだ」

 

結城が、補足した。

 

「一九七一年に、テキサス州で発見された翼竜だ。昨年、新種として登録されている。白亜紀末の生物で、現在知られる限り、史上最大の飛翔動物さ」

「そう言えば、先輩たちが言っていた……」

 

風見が言う先輩とは、本郷猛と一文字隼人の事である。

 

「デルザーとの戦いで、俺たちに加勢する為に日本へ来る途中――」

 

或る改造魔人と、戦ったと言うのである。

日本にいた茂たちは知らない、一三人目の改造魔人である。

 

その名を、ジェットコンドルといった。

 

本郷と一文字のダブルライダーは、ジェットコンドルを斃し、帰国した。

 

改造魔人たちは、何れも、伝説上の怪物などの子孫である。

ジェットコンドルも例に漏れず、彼の場合は、ロック鳥の血を引いていた。

 

ルフとも呼ばれる巨鳥で、中東やインドの地域の伝説に登場する。

 

その中で有名なのは、『千夜一夜物語』の中の、シンドバッドの物語である。

 

マルコ=ポーロは、『東方見聞録』の、マダガスカルに関する記述の中で、現地人

が“ルク”と呼ぶ巨鳥の存在を語っている。マルコは、これを“グリフォン”であるとしていた。

 

又、このロック鳥は、アラブ人の言う“フェニックス”であり、ペルシャの伝説に登場する“シームルグ”の近縁であり、古代イランでは不死鳥“アムルゼス”であり、そして、インドでは鳥類の王にしてヴィシュヌ神の乗る聖鳥“ガルーダ”であるとされている。

 

「驚いたな……大出世じゃねぇか」

 

茂が、冗談めかして、言った。

 

何の為に行なわれた巫蟲か、その誕生の由来かは知らないが――

 

ちっぽけな、一匹の小動物が、他者を害する呪いとなり、秘密結社の大幹部となり、その上位集団の残党と手を組み、神の子孫と近い姿となり、そして、神の名前さえも関した生物と化すとは……。

 

「つまり、今のお前さんは、神さまってぇ訳かい、デッドライオンよ」

 

茂の声に、デッドライオンであったものが、鎌首をもたげた。

硬い嘴が、きゅぅと吊り上がったように見えた。

赤い瞳が、ストロンガーを見下ろしている。

 

「そうだ――」

 

嘴の空洞の奥から、反響を繰り返す、くぐもった声で告げた。

 

「俺の名はデッドコンドル――貴様ら裏切り者に、我が力を味わわせてくれる!」

 

デッドコンドルと名乗った巨鳥は、翼を広げ、羽ばたいた。

 

その一動作だけで、超重量級のストロンガーを除いた四人のライダーは、吹っ飛ばされてしまう。

 

デッドコンドルは、巨大な嘴で、ストロンガーを突き殺そうとした。

茂は身を躱したが、デッドコンドルの嘴は、コンクリートを陥没させた。

 

構えようとするストロンガーに、デッドコンドルが、左の翼を振るって来た。

縦横に五メートル以上の翼が、ストロンガーに、真横からぶつかって来る。

 

「ぬぅぅぅ!」

 

茂は両手でデッドコンドルの翼を押し返そうとするが、押し切られてしまった。

流石に宙に浮くような事はないが、地面に転がされる。

 

倒れたストロンガーの身体の上に、デッドコンドルの三本の足の内、一本の足の平が落とされて来た。

 

爪は、真っ直ぐに伸びている。

踏み付けられただけではどうともならないが、蹴り付けられたら大惨事である。

 

茂・ストロンガーは、両腕を胸の前にやり、踏み付けに耐えた。

 

実際の翼竜ケツァルコアトルスは、その巨体で空を飛ぶ為、体重は軽かった。

だが、このデッドコンドルは、その巨体そのものの体重を持っている。

 

ストロンガーの、三〇〇キロの装甲と言えど、軋みを上げざるを得ない。

 

「虫けらのように、押し潰してくれる……」

 

デッドコンドルの、怨み骨髄の声。

 

デッドコンドルは、一度、ストロンガーを踏み込んだ足を、じんわりと押し付けて来た。

 

何度もストンピングを繰り返すと言うのなら、それは、打撃と変わりない。

 

しかし、こうして圧力を掛けられたのでは――

 

「ぬおぉぉぉっ!」

 

ストロンガーは、自らの持てるパワーを発揮して、どうにか、抜け出す為の隙間を作ろうとする。しかし、デッドコンドルの掛けて来る重量は、ストロンガーの力さえも超えている。

 

と、Xライダーとアマゾンライダーが、デッドコンドルの背後から忍び寄った。

ライドル・ホイップと、ヒレカッターが、デッドコンドルの背中を斬り付ける。

 

そちらに意識が向いた隙に、茂・ストロンガーは、デッドコンドルの足の下から抜け出した。

 

「茂、これを――」

 

と、ライダーマンから、ロープを手渡された。

ロープ・アームから、先端のフックとロープを取り外したのだ。

 

ストロンガーは、フックをデッドコンドルの足に突き刺し、電流を放った。

しかし、エレクトロ・ファイヤーは通じない。

 

デッドコンドルは、電流を流し続けるストロンガーに向かって、這い寄って来る。

嘴が突き出された。

 

茂は、ロープを回収して、飛びずさった。

 

ストロンガーを、嘴で突き刺そうとするデッドコンドルの横っ面に、跳び付いたものがある。

 

V3であった。

 

風見・V3は、デッドコンドルの眼球に、白い拳をめり込ませてゆく。

だが、デッドコンドルに苦しんでいる様子はなかった。

 

V3が拳を引き抜くと、血と思われたものは黒く霧散してしまう。

 

デッドコンドルの左手が動き、V3の胴体を掴んだ。

 

「くっ――」

 

V3は、レッド・ボーンを発動させた。

 

レッド・ボーンとは、強化服の真ん中を走る、赤いプロテクターの事である。

エネルギーをここに集中する事で、一時的に強力なパワーを発揮する。

 

風見・V3は、その力でデッドコンドルの手から抜け出し、天井に両足を着いた。

天井を踏み抜き、V3は、デッドコンドルの頭部に蹴りを見舞う。

 

レッド・ボーンでパワー・アップした、反転キックは、デッドコンドルの頭蓋を砕いた。

 

「おぉ!」

 

と、敬介が声を上げる。

 

しかし、デッドコンドルは、何でもないかのように、自身の頭を蹴り抜いたV3を、叩き落そうとした。

 

アマゾンが素早くV3に抱き付いて、地面に連れて来ねば、蠅か蚊のようにはたき落されている所であった。

 

「虫けら共め、貴様らに勝ち目などあるものかよ」

 

デッドコンドルが言った。

 

「ちぇっ、元はと言えば、同じ虫けらじゃねぇかよ」

 

茂が、デッドコンドルを罵る。

すると、デッドコンドルは、大声で笑った。

 

「貴様らと一緒にするな、この、鉄屑めら!」

「何ィ⁉」

「俺は神として祀られた蟲よ。そして、俺は今、神の肉体を手に入れたのだ」

「――」

「貴様らなど、恐れるに足らぬわ――」

 

がぱぁ、と、デッドコンドルの嘴が開いた。

その奥に、黒い靄が渦を巻いているのが見えた。

 

ライダーたちは、一様に、ぞっとするものを感じ取った。

 

散開する。

 

刹那、デッドコンドルの嘴から放たれた黒い光線が、倉庫の地面をくり抜いていた。

隕石でも落ちたかのように、地面が陥没していたのである。

 

 

ぐはは――

ぐはは――!

 

 

デッドコンドルは哄笑し、翼を大きく広げた。

 

三本の脚で、陥没した地面を蹴り、倉庫の屋根をぶち破って上昇する。

羽を一度動かすだけで、竜巻が起こりそうな風圧であった。

 

体重故にか、すぐに、高所まで上昇するという事は出来ないらしい。

とは言え、今の光線を、上空から放たれては、堪ったものではなかった。

 

「神か……」

 

かつて、そう名乗っていた組織と戦った、Xライダー・敬介が呟いた。

 

倉庫の瓦礫の奥から、ライダーマンとV3が這い出した。

アマゾンも、黒い巨鳥を見上げ、言葉を失っている。

 

ライダーたちは何れも、デッドコンドルから姿を隠そうとしていた。

 

「へ――」

 

ストロンガーは、掌に拳を叩き付けた。

 

 

ばぢぃん!

 

 

と、火花が奔る。

 

「神なものかよ――」

「茂……」

「例え神にしたって、人間を殺すのなら悪魔だろうさ」

 

ストロンガーは、デッドコンドルを睨み付けた。


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