デッドライオンの触脚の一つが、ストロンガーに向けて繰り出される。
茂・ストロンガーは、それを掴み上げて、電流を流した。
デッドライオンは、悲鳴を上げて、交代する。
改造魔人や、改造魔虫と違い、デッドライオンには、通常のストロンガーの電気技も、通じるようであった。
「多少、見てくれは変わったようだが、中身は相変わらずらしいな」
今度は、茂から仕掛けて行った。
一足跳びに間合いに入り込むと、拳を連続で打ち付けた。
デッドライオンは、触手でガードするものの、打撃に加え、電流を帯びたその攻撃を受けて、じりじりと体力を削られている。
「畜生め!」
毒づいて、デッドライオンが跳び上がった。
天井まで、ふわりと舞い上がってゆく。
ストロンガーは、地面に落ちていた鎖を拾い上げて、デッドライオンの身体に投げ付けた。
鉄の縄で怪虫を縛り上げると、そこに、電流を流す。
デッドライオンは、全身から火花を上げて、悶えていた。
眼球があるべき位置と、顎の間から、スパークが奔出する。
聞くに堪えない悲鳴であった。
デッドライオンは、その場に、べたりと倒れ込んだ。
ぐぅ、と、牙を軋らせる。
「超電子の力を使うまでもねぇ」
茂はそうやって吐き捨てて、デッドライオンにとどめを刺すべく、歩み寄った。
デッドライオンは、ストロンガーが近付いて来た所で、くわっと眼を輝かせた。
黒い靄が、触手の形に変じ、ストロンガーの身体に巻き付いた。
「むぅ⁉」
「このまま貴様のエネルギーを喰らってやる!」
そう言うデッドライオンであったが、
「へぇ」
茂は、仮面の中で、愉快そうな表情をしていた。
「だったら、たっぷりと、召し上がれってんだ!」
刹那、デッドライオンが巻き付けた触手が、ごぼりと膨らみ、破裂した。
靄が蒸発して、びくびくと蠢いた。
デッドライオン本体も、苦しんでいる。
ストロンガーが、自身のエネルギー――電気を、大量にデッドライオンの身体に叩き込んでやったのだ。
風船が、空気の入れ過ぎで破裂するように、デッドライオンの触手が弾けたのである。
「往生際の悪い事すんなや」
ストロンガーが、白い拳を、デッドライオンにぶち込もうとする。
しかし、デッドライオンは、
「まだだ!」
と、触脚を動かして、ストロンガーから離れてゆく。
そこに、他のライダーたちに追い詰められた改造魔虫たちが、集まって来た。
「形勢逆転だな……」
数は、デッドライオン・改造魔虫連合の方が、一人分勝っている。
しかし、包囲しているのは、五人の仮面ライダーたちであった。
再生能力は、他のあらゆる改造人間を凌駕する改造魔虫たちであったが、如何せん、経験が少な過ぎた。
デストロン大幹部を斃し、三つの部族と渡り合ったV3。
デストロンの科学者として様々な改造人間のデータを知るライダーマン。
GODを壊滅させたXライダー。
ゲドン・ガランダーからインカの秘宝を守り抜いたアマゾン。
最初、改造魔虫たちが彼らを相手に善戦したのは、この特異な能力の為であり、その正体を知ったライダーたちの敵ではなかった。
「ぐぬぅ」
デッドライオンが、悔しげに歯を噛んだ。
と、その表情が、不意に変じた。
髑髏が、からからと、笑い始めた。
「どうしたい、デッドライオン」
茂が訊いた。
「ふん、仮面ライダー共め。完全進化は諦めざるを得ないが……」
デッドライオンは、そう言いながら、触脚を持ち上げ始めていた。
その先端が、五体の改造魔虫の身体に、深く潜り込んでいた。
「な、何をする、デッドライオン⁉」
アリジゴクが叫んだ。
強固な外骨格を持つアリジゴクやアルマジロン、クラブマン、皮膚が武器でもあるサメ改造魔虫、ぶ厚い筋肉の鎧を着たゴリガンらの肉体に、容易にめり込む触脚であった。
「貴様らを、俺の身体の代わりとしてくれるわ!」
デッドライオンの、獅子の眼が光った。
触脚を通じて、改造魔虫たちに、黒々としたエネルギーが注入されてゆく。
デッドライオンの触脚を、螺旋状にねじくれた黒い光が伝う。
それらは、あの曼荼羅から得たエネルギーだ。
サタン虫・蟲毒の状態のデッドライオンが、急成長を遂げたエネルギーである。
それを、改造魔虫たちに注入する事で、デッドライオンは、同じく巫蟲・蟲毒で生み出されたと思しき改造魔虫たちを、自分と同じものに作り変えようとしていた。
餓蟲――空気中を漂う霊性エネルギーに還元された改造魔虫たちは、デッドライオンの肉体を、殻のように覆った。
それは、蛹とも、卵とも見えた。
ライダーたちの見ている前で、むりむりと巨大化してゆく卵。
その大きさは、瞬時に、五メートルに達していた。
卵の殻の表面は、脚と脚を絡めた虫で構成されている。
それが、鼓動を始めていた。
五つの人格――感情が、餓蟲を変異させている。
その中核たるデッドライオンに、進化が齎されようとしていた。
「何だ、これは⁉」
歴戦の勇士である風見志郎・仮面ライダーV3でさえ、初めての現象であった。
「ぐぅ」
と、アマゾンが呻いた。
野生で育ったアマゾンには、餓蟲の事が分かった。
餓蟲という名前は知らなくとも、その概念は知っている。
日本で学んだ言葉で言うのなら、それは、自然たちであった。
自然――樹や、風や、水や、土や、石などである。
それらには、魂が宿っている。人間と共通の言語を持たないだけなのだ。
餓蟲とは、魂と呼び変えても良いものであった。
餓蟲、つまり、自然に宿る魂が、有害なものに変じるとは、例えるならば、樹を削り出して、先端を尖らせれば、人間を刺し殺せる武器になるという事だ。
石は、そこにあるだけならば石である。けれど、それで人を殴り殺す事も出来る。
この後者になった状態を、餓蟲が有害なものに変じたと言うのだ。
人間の精神が、餓蟲に影響するとは、そういう事なのである。
アマゾンは、まさしくそれを感じていた。
デッドライオンという一つの殺意が、ストロンガーを殺す為に、餓蟲――魂たちを、強大な悪意を宿した凶器へと、変貌させようとしているのだ。
ぴし――
と、餓蟲の卵の表面に、ひびが入った。
その亀裂から、血液を塗り込んだような、赤い瞳が覗いた。
「出るぞ⁉」
ライダーマンが叫んだ。
卵から、強力な波動が発せられる。
ライダーたちは、無意識に、その卵から距離を置いていた。
卵の全体に亀裂が走り、その殻を内側から突き破るものがあった。
爪だ。
獅子の爪ではない。
巨大な腕までが飛び出した時、その薬指と小指の骨が、異様に長かった。その長い二本の指の間には、膜が張られており、しかも、毛を纏っていたのである。
鳥類の翼であった。
両腕を左右に真っ直ぐ広げたなら、一〇メートルを超える事であろう。
殻が突き破られた。
餓蟲で構成された殻は、内部から打ち破られた直後、黒い靄となって、生まれ出でたものの身体に吸収されてゆく。
「これは――!」
敬介が、誕生した巨体に、声を上げた。
それは、余りにも大きな、猛禽であった。
黒い羽毛で包まれた全身は、地に這った状態で、五、六メートル。
それを支える脚は、巨木のように太い上、三本である。
頸が、胴体に埋もれていた。そこだけを見れば、ライオンのたてがみにも見える。
その黄色い頭部が、ごりごりと、胴体からせり出して来た。
額からは、デッドライオンの名残のように、一対の角が、皮膚を捲って生えている。
獅子の顎は、更に前方に突き出して、嘴を形成していた。
頭部に、体毛はなかった。
伸びた頸を持ち上げるさまは、キリンにも似ていた。
「ケツァルコアトルス……」
風見が呟いた。
「ケツァルコアトル⁉」
茂が反応する。
「いや、ケツァルコアトルスだ」
結城が、補足した。
「一九七一年に、テキサス州で発見された翼竜だ。昨年、新種として登録されている。白亜紀末の生物で、現在知られる限り、史上最大の飛翔動物さ」
「そう言えば、先輩たちが言っていた……」
風見が言う先輩とは、本郷猛と一文字隼人の事である。
「デルザーとの戦いで、俺たちに加勢する為に日本へ来る途中――」
或る改造魔人と、戦ったと言うのである。
日本にいた茂たちは知らない、一三人目の改造魔人である。
その名を、ジェットコンドルといった。
本郷と一文字のダブルライダーは、ジェットコンドルを斃し、帰国した。
改造魔人たちは、何れも、伝説上の怪物などの子孫である。
ジェットコンドルも例に漏れず、彼の場合は、ロック鳥の血を引いていた。
ルフとも呼ばれる巨鳥で、中東やインドの地域の伝説に登場する。
その中で有名なのは、『千夜一夜物語』の中の、シンドバッドの物語である。
マルコ=ポーロは、『東方見聞録』の、マダガスカルに関する記述の中で、現地人
が“ルク”と呼ぶ巨鳥の存在を語っている。マルコは、これを“グリフォン”であるとしていた。
又、このロック鳥は、アラブ人の言う“フェニックス”であり、ペルシャの伝説に登場する“シームルグ”の近縁であり、古代イランでは不死鳥“アムルゼス”であり、そして、インドでは鳥類の王にしてヴィシュヌ神の乗る聖鳥“ガルーダ”であるとされている。
「驚いたな……大出世じゃねぇか」
茂が、冗談めかして、言った。
何の為に行なわれた巫蟲か、その誕生の由来かは知らないが――
ちっぽけな、一匹の小動物が、他者を害する呪いとなり、秘密結社の大幹部となり、その上位集団の残党と手を組み、神の子孫と近い姿となり、そして、神の名前さえも関した生物と化すとは……。
「つまり、今のお前さんは、神さまってぇ訳かい、デッドライオンよ」
茂の声に、デッドライオンであったものが、鎌首をもたげた。
硬い嘴が、きゅぅと吊り上がったように見えた。
赤い瞳が、ストロンガーを見下ろしている。
「そうだ――」
嘴の空洞の奥から、反響を繰り返す、くぐもった声で告げた。
「俺の名はデッドコンドル――貴様ら裏切り者に、我が力を味わわせてくれる!」
デッドコンドルと名乗った巨鳥は、翼を広げ、羽ばたいた。
その一動作だけで、超重量級のストロンガーを除いた四人のライダーは、吹っ飛ばされてしまう。
デッドコンドルは、巨大な嘴で、ストロンガーを突き殺そうとした。
茂は身を躱したが、デッドコンドルの嘴は、コンクリートを陥没させた。
構えようとするストロンガーに、デッドコンドルが、左の翼を振るって来た。
縦横に五メートル以上の翼が、ストロンガーに、真横からぶつかって来る。
「ぬぅぅぅ!」
茂は両手でデッドコンドルの翼を押し返そうとするが、押し切られてしまった。
流石に宙に浮くような事はないが、地面に転がされる。
倒れたストロンガーの身体の上に、デッドコンドルの三本の足の内、一本の足の平が落とされて来た。
爪は、真っ直ぐに伸びている。
踏み付けられただけではどうともならないが、蹴り付けられたら大惨事である。
茂・ストロンガーは、両腕を胸の前にやり、踏み付けに耐えた。
実際の翼竜ケツァルコアトルスは、その巨体で空を飛ぶ為、体重は軽かった。
だが、このデッドコンドルは、その巨体そのものの体重を持っている。
ストロンガーの、三〇〇キロの装甲と言えど、軋みを上げざるを得ない。
「虫けらのように、押し潰してくれる……」
デッドコンドルの、怨み骨髄の声。
デッドコンドルは、一度、ストロンガーを踏み込んだ足を、じんわりと押し付けて来た。
何度もストンピングを繰り返すと言うのなら、それは、打撃と変わりない。
しかし、こうして圧力を掛けられたのでは――
「ぬおぉぉぉっ!」
ストロンガーは、自らの持てるパワーを発揮して、どうにか、抜け出す為の隙間を作ろうとする。しかし、デッドコンドルの掛けて来る重量は、ストロンガーの力さえも超えている。
と、Xライダーとアマゾンライダーが、デッドコンドルの背後から忍び寄った。
ライドル・ホイップと、ヒレカッターが、デッドコンドルの背中を斬り付ける。
そちらに意識が向いた隙に、茂・ストロンガーは、デッドコンドルの足の下から抜け出した。
「茂、これを――」
と、ライダーマンから、ロープを手渡された。
ロープ・アームから、先端のフックとロープを取り外したのだ。
ストロンガーは、フックをデッドコンドルの足に突き刺し、電流を放った。
しかし、エレクトロ・ファイヤーは通じない。
デッドコンドルは、電流を流し続けるストロンガーに向かって、這い寄って来る。
嘴が突き出された。
茂は、ロープを回収して、飛びずさった。
ストロンガーを、嘴で突き刺そうとするデッドコンドルの横っ面に、跳び付いたものがある。
V3であった。
風見・V3は、デッドコンドルの眼球に、白い拳をめり込ませてゆく。
だが、デッドコンドルに苦しんでいる様子はなかった。
V3が拳を引き抜くと、血と思われたものは黒く霧散してしまう。
デッドコンドルの左手が動き、V3の胴体を掴んだ。
「くっ――」
V3は、レッド・ボーンを発動させた。
レッド・ボーンとは、強化服の真ん中を走る、赤いプロテクターの事である。
エネルギーをここに集中する事で、一時的に強力なパワーを発揮する。
風見・V3は、その力でデッドコンドルの手から抜け出し、天井に両足を着いた。
天井を踏み抜き、V3は、デッドコンドルの頭部に蹴りを見舞う。
レッド・ボーンでパワー・アップした、反転キックは、デッドコンドルの頭蓋を砕いた。
「おぉ!」
と、敬介が声を上げる。
しかし、デッドコンドルは、何でもないかのように、自身の頭を蹴り抜いたV3を、叩き落そうとした。
アマゾンが素早くV3に抱き付いて、地面に連れて来ねば、蠅か蚊のようにはたき落されている所であった。
「虫けら共め、貴様らに勝ち目などあるものかよ」
デッドコンドルが言った。
「ちぇっ、元はと言えば、同じ虫けらじゃねぇかよ」
茂が、デッドコンドルを罵る。
すると、デッドコンドルは、大声で笑った。
「貴様らと一緒にするな、この、鉄屑めら!」
「何ィ⁉」
「俺は神として祀られた蟲よ。そして、俺は今、神の肉体を手に入れたのだ」
「――」
「貴様らなど、恐れるに足らぬわ――」
がぱぁ、と、デッドコンドルの嘴が開いた。
その奥に、黒い靄が渦を巻いているのが見えた。
ライダーたちは、一様に、ぞっとするものを感じ取った。
散開する。
刹那、デッドコンドルの嘴から放たれた黒い光線が、倉庫の地面をくり抜いていた。
隕石でも落ちたかのように、地面が陥没していたのである。
ぐはは――
ぐはは――!
デッドコンドルは哄笑し、翼を大きく広げた。
三本の脚で、陥没した地面を蹴り、倉庫の屋根をぶち破って上昇する。
羽を一度動かすだけで、竜巻が起こりそうな風圧であった。
体重故にか、すぐに、高所まで上昇するという事は出来ないらしい。
とは言え、今の光線を、上空から放たれては、堪ったものではなかった。
「神か……」
かつて、そう名乗っていた組織と戦った、Xライダー・敬介が呟いた。
倉庫の瓦礫の奥から、ライダーマンとV3が這い出した。
アマゾンも、黒い巨鳥を見上げ、言葉を失っている。
ライダーたちは何れも、デッドコンドルから姿を隠そうとしていた。
「へ――」
ストロンガーは、掌に拳を叩き付けた。
ばぢぃん!
と、火花が奔る。
「神なものかよ――」
「茂……」
「例え神にしたって、人間を殺すのなら悪魔だろうさ」
ストロンガーは、デッドコンドルを睨み付けた。