仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第二十四節 天地

「コーヒーが入ったわ」

 

ユリ子が言った。

 

癖のある髪を、活動的なポニー・テールに纏めている。

歳相応のあどけなさの中に、芯の強いものがあった。

それに加えて、何となく悲壮な決意が、少女の顔には浮かんでいる。

 

岬ユリ子は、石の上に腰掛けている城茂に、コーヒーのカップを渡した。

ステンレス製のものである。

 

茂は、絶縁体のグローブで、それを受け取った。

黒い液体から、しらしらと、湯気が立ち上っている。

茂は、すぐには口を付けようとしなかった。

 

「どうした、茂」

 

沼田が訊いた。

 

ユリ子が、湯を沸かした焚火の傍の石に、沼田五郎が座っているのだ。

彼も、ユリ子からコーヒーを受け取っている。

 

「どうしたの、茂。何か、変よ」

 

ユリ子が、茂の顔を覗き込んで来た。

 

「何かあったのか?」

 

沼田が、コーヒーを啜っていた。

 

「――夢をな」

 

茂が、ぽつりと、呟いた。

 

「夢?」

「夢を見ていたんだ……」

「どんな夢? 教えてくれる?」

 

ユリ子が、茂の隣にやって来た。

 

「五郎が、死ぬ夢さ……」

「俺が?」

 

沼田は自分の事を指差して、首を傾げた。

沼田は、茂が頷くと、大きな肩を揺らした。

 

「面白い冗談だな」

「――ああ」

「俺が、死ぬかよ。なぁ、それより、茂。次の試合の作戦(アサイント)を考えたんだ」

 

沼田は立ち上がって、大きめの石を二つ拾い上げた。

 

「こっちがお前で、こっちが俺だ」

 

アメフトの、フォーメーションの事らしい。

自分の石を先ず置いて、その後ろに、茂の石を置いた。

 

「お前がフル・バックだ。俺がクォーター・バックをやる」

「――いつもと、違うな」

 

QB(クォーター・バック)とは、プレーの基点となるポジションだ。オフェンスの陣形は、QBを中心として作られている。

 

沼田は、QBの石の前に、五つの小石を並べた。オフェンス・ラインの五人を表しており、センターの両脇にオフェンス・ガード、その両脇にオフェンス・タックルがいる。

QBにボールを渡すのがセンターであり、QBはそのボールを前方にパスするか、後方のRB(ランニング・バック)に渡すか、自らがボールを持って走るか、する。QBのそれらの行動を守るのが、センターを含めたこの五人なのである。

 

そのQBは、いつもは、茂が任される事が多かった。

 

QBの理想の体格は、身長一七八センチメートル、体重八〇キログラムと言われる。茂は、これらの数値には届かないが、それを補って余りある頭脳・器用さ・屈強さ・精神力を備えている。

 

一方、今回、茂が任される事になったFB(フル・バック)とは、RBの別名である。位置は、QBの後方か、横だ。セット・バック――QBがセンターからボールを受け取る際、QBの後ろにRBが二人いる場合は、QBに近いプレーヤーをFB(又はHB(ハーフ・バック))、FBの後ろにいるプレーヤーを、TB(テール・バック)と呼ぶ。

 

今回のフォーメーションは、RBを茂一人に設定、つまり、バックスはQBの沼田と、RBの茂の二人としている。となると、陣形は、レシーバーを増やした、パスがメインのものになる。

 

さて、このRBの役割は、ラン・プレーである。QBからボールを受け取って、オフェンス・ラインが、ディフェンス側のプレーヤーをブロックして作った通路を一気に走り抜けるのである。又、パス・プレーの場合は、QBがレシーバーにボールを投げるのを、オフェンス・ラインの選手と共に守り抜く役割を持つ。これがパス・プロテクションである。こちらに参加しない場合は、前方に出て、レシーバーの役を果たす。

 

「良いか、茂。先ず、俺はセット・バックするだろう」

 

と、沼田は、別な小石を拾って、ボールに見立てた。

それを、センターから、QBに渡す。

 

「そうしたらだな、こう、ラインが道を抉じ開ける。それまで、お前は粘れ」

「ほぅ……」

 

オフェンス・ラインの前にディフェンスがいるものと仮定して、少し動かした後で、沼田は、オフェンス・ラインの間に、通路を作った。

 

「で、お前が、ここを走り抜ける――」

「俺が?」

「応さ。そうしたらな……」

 

RBを、オフェンス・ラインの開いた道の向こうへ、動かした。

 

「俺が、お前にパスを出す。エンド・ゾーン手前のお前にだ」

 

ディフェンス側のエンド・ゾーンに、攻撃側がボールを持ち込めば、タッチ・ダウン――六点が入る。

 

オフェンスには、自陣三五ヤードの位置からのキック・オフから始まる一度の攻撃で、四回の攻撃権が与えられている。ファースト・セカンド・サード・フォース、それぞれのダウンである。その四回の中で一〇ヤード前進する事を目指すのだ。

 

その一回のダウンの中で、セット・バック後に、ランかパスかを選ぶのだ。

 

ラン・プレーの場合は、ボール・キャリアーが、攻守のラインの間のニュートラル・ゾーンの境界であるスクリメージ・ラインより手前からボールを持って走り、エンド・ゾーンを目指す。これには二種類あり、オフェンス・ラインの間を走る守備陣形の中央を攻めるプレーか、オフェンス・タックルとサイド・ラインの間のスペースを走るプレーだ。

 

前者が、短い距離を、後者が、長い距離を稼ぐ為に行なわれる。

 

パス・プレーは、オフェンス・ラインに守られたQBが、前方を走るプレーヤーにボールを投げる事だ。レシーバーのキャッチ・ミスや、QBサック(QBがボールを持った状態でタックルされる事。尚、ボール・キャリアーが地面に膝や背中を着くとプレーは終了となる)されるなど、失敗の確率は高い。しかし、それだけに、成功すれば、距離を三から一〇ヤードは稼ぐ事が出来ると言われる。

 

「単にパスを出すんじゃないぞ。俺だってお前より長くやってるんだ、分析力じゃあ敗ける気がしないぜ。そんで、俺がどうにかディフェンスの隙間を狙うからよ……」

「むぅ」

「お前は、俺がその隙間に投げ込んだボールに、追い付くんだ」

 

沼田が考案したのは、自らの強肩と正確なボール・コントロールで、エンド・ゾーンに近い敵陣の隙間にボールを投げ込み、直後に走り出した茂の機動力でボールに追い付かせ、大きな距離を稼ぐ、或いは、そのままタッチ・ダウンを狙うというものであった。

 

パス・プレーで言うレシーバーの役目を、RBの茂がやる。

しかし、その茂は、ラン・プレーのメインを張らなければならなかった。

 

「作戦名は、そうだな……“ストロンガー”だな」

「ストロンガー⁉」

「ああ。“より強く”……俺たちには相応しいだろう?」

「ああ……」

 

茂が、コーヒーの表面を見ながら、言った。

 

自分の周りの連中を、全て見返す為に、茂は生きて来た。

 

勉強でも、運動でも、誰にも敗けないように、である。

誰よりも強くなれば、誰にも莫迦にされる事がない。

 

沼田も同じだ。

 

それを、誰の眼にも明らかな形で見せ付けれやれるのが、スポーツだった。

だから、沼田の誘いに乗って、アメフトを始めたのだ。

 

「なのによぅ」

 

茂が、沼田を、睨むようにして、見た。

 

「あんな所で、くたばっちまいやがって」

 

卒業を前にした、最後の試合で、敗北を喫した茂は、沼田の訃報を聞いた。

人体実験の痕跡を身体に宿し、死んだのだ。

火葬場に乗り込んでゆき、暴れ、警備員に取り押さえられた。

その時に、聞いたのだ。

 

ブラックサタン――そういう名前を、だ。

 

茂は、ブラックサタンの事を調べ上げ、その基地に入り込んだ。

 

自分を、この世で一番強い男にしろ――

 

そうして、改造手術への適性審査に合格し、改造された。

肉体の殆どを機械に挿げ替えられた。

 

超強化服・カブテクターを運搬する、ストロング・ゼクターを与えられ、茂は、ブラックサタン大首領に、忠誠を誓わされる所であった。

 

だが、茂の目的は、沼田五郎の肉体を弄び、殺した、ブラックサタンへの復讐であった。

 

茂は、強化改造人間突撃型・ストロンガーへと変身し、改造施設を破壊した。

 

基地から脱出する時に、茂は、ユリ子と出会ったのだ。

 

ブラックサタンに、兄と共に捕らえられ、改造人間にされてしまった。しかし、兄の守は、改造手術に耐え切れずに、死亡した。

 

ユリ子が施された手術は、茂と同じ、強化改造人間計画の一環であった。

 

しかし、改造が未完成であった為、彼女本来のポテンシャルを発揮出来ない姿のまま、ストロンガーと共に、ブラックサタンと戦う事を決意せざるを得なかった。

 

「ユリ子……」

 

茂は、哀しい声で、愛しい少女の名を呼んだ。

 

「茂……」

 

ストロンガーの相棒として戦ったタックル・岬ユリ子は、しかし、戦いの最中で倒れた。

 

デルザー軍団の、ドクター・ケイトの毒ガスを浴び、命の限りを知る。

 

茂・ストロンガーの足手纏いにはなるまいと、タックルは、ドクター・ケイトに最後の必殺技を叩き付けた。

 

ウルトラ・サイクロン――その衝撃で、ユリ子は、死んだ。

 

僅かに残ったユリ子の遺体を、茂は葬った。

だが、その身体には、ドクター・ケイトの毒素が残留していた。

彼女の墓の周辺が腐敗していたのは、その為である。

供えた花さえも、毒素に蝕まれて、咲く事が許されない。

 

「茂……」

 

ユリ子は、俯く茂の背中に、手を回した。

茂の頭を、胸元に抱き寄せた。

 

「ねぇ、茂……」

「何だい、ユリ子」

「もう、良いんじゃないかしら……」

「もう良いって、何が?」

「貴方の苦しみを、もう、終えてもよ」

「――」

「静かな、平和な場所に、ゆきましょう?」

「平和な場所……」

「そう、もう、貴方が、苦しまなくて良い場所よ……」

 

茂は、顔を上げた。

 

視線の先では、沼田も、茂を待つように微笑んでいる。

太い顎に、魅力的な表情が浮かんでいた。

 

ユリ子の温もりが、背中に伝わっている。

そのまま、眠ってしまいそうな程、心地良かった。

 

天が、呼んでいた。

地が、呼んでいた。

 

戦いは終わったのだ、と。

城茂の、修羅の道は終わったのだ、と。

 

だから、もう、ゆこう、と。

ユリ子と、かつて約束した、平和な場所へゆこう、と。

 

茂は、つぃと笑った。

にぃ、と、唇を吊り上げた。

 

「五郎……」

 

沼田五郎は、強化改造人間スパークとなる筈であった。

改造手術に失敗した彼の肉体は、ストロンガーの礎となり、大地へと眠った。

 

「ユリ子……」

岬ユリ子は、強化改造人間タックルとなる筈であった。

改造手術が未完であった彼女の魂は、ストロンガーの相棒として天に昇った。

 

「済まんな……」

 

茂は言った。

 

「済まんなぁ……」

 

ユリ子の手を払って、立ち上がる。

 

「茂」

「茂」

 

ユリ子が呼んだ。

沼田が呼んだ。

 

しかし、今、茂を呼んでいる者がいる。

 

“茂さん……”

 

その声を、確かに聞いていた。

 

「茂……」

「茂よぅ」

 

茂の背中に、ユリ子の声が届く。

茂の肩に、沼田の声が届いていた。

 

「ユリ子……」

「五郎……」

 

茂は、振り向かなかった。

振り向かないままに、その名を呼んだ。

肩越しに茂は言った。

 

「守ってくれ……」

 

唇を噛みながら、茂は言った。

瞼をきつく閉じながら、茂は言った。

 

「悪い奴らが、いなくなるまで――俺を、守ってくれ」

 

そうして――城茂は、口笛を吹く。

正義の使者の、別れのしるしを。

 

 

 

 

 

異形の倉庫に、清涼なる口笛が響いた。

 

それは、哀切な音色であった。

 

喩えるならば、それは、夕暮れだ。

太陽が沈みゆき、闇が蔓延るのを眺めるのにも似ていた。

 

しかし――

 

「だ、誰だ⁉」

「何処だ?」

 

同時に、それは、暁であった。

闇を晴らす太陽が、地平線の彼方から昇り来るのを見るにも似ている。

 

それは、風であった。

それは、水であった。

それは、火であった。

それは、稲妻であった。

 

音色が、駆け抜けてゆく。

調べが、走り抜けてゆく。

 

そこに、その実態を捉えられぬものとして。

そこに、間違いなく存在するものとして。

 

石のようでもあった

森のようでもあった。

 

何らかの証しであった。

何かの合図であった。

 

ひゅう、と、風が鳴る。

ひゅう、と、雷が鳴った。

 

そして、その調べに乗せて、ギターの音色が聞こえて来た。

弦を、勇ましく掻き鳴らす。

 

又、フルートが、更に重ねられた。

金属質な音色が、緩やかに上った。

 

草笛が、自然のままの旋律を奏でている。

優しく吹き抜ける、柔らかな風であった。

 

それが、倉庫中に拡大されていた。

 

デッドライオンであった蟲毒は、さくらの身体への侵入をやめた。

 

倉庫の角に立っていた戦闘員たちや、ハチ女とオオカミンを覗く五名の改造魔虫たちは、その合奏の元を探した。

 

「な、何だ、この口笛は!」

 

デッドライオンであった蟲毒が叫んだ。

 

その身体の下で、さくらは、下に向けられていた頭を持ち上げた。

 

さくらの真正面の壁が、外側から、砕かれる。

壁の破片から逃げる為、まぐわっていた者たちが、行為をやめて、逃げ出した。

 

西日が射し込んで来た。

その太陽を遮るように、一人の男が、宙に浮かんでいる。

 

彼を乗せているのは、大きな、赤い甲鉄虫(カブトムシ)であった。

 

太陽を感じ取って、デッドライオンであった蟲毒が、そちらに顔を向けた。

 

「貴様――」

 

それは、ストロング・ゼクターに乗った城茂であった。

又、倉庫の、二階部分の手摺りに腰掛け、ギターを弾いているのは、風見志郎だ。

その対角線上に立ち、フルートを吹き鳴らしているのは、神敬介だ。

アマゾンも、ギャラリーにしゃがみながら、草笛を鳴らしている。

結城丈二が、スピーカー・アームを使って、倉庫に音楽を満たしていた。

 

「何故だ⁉」

 

風見を見上げる、アリジゴクが、声を荒げた。

 

「何故、貴様らが、生きているのだ⁉」

 

風見志郎と結城丈二は、爆死した筈だ。

アマゾンも、神敬介も、アリジゴクに呑み込まれた筈である。

そして、城茂は、崖から荒海に落下した筈であった。

 

「ふふん」

 

と、風見は、誇らしげな笑みを浮かべた。

 

風見志郎・仮面ライダーV3には、二六の秘密と呼ばれる機能が存在する。

その内の一つ、逆ダブル・タイフーンを用いたのだ。

 

逆ダブル・タイフーンとは、V3のバックルに設けられた、力と技の二つの風車・ダブル・タイフーンを、通常とは逆方向に回転させる事で、周囲に強風を巻き起こす機能である。その衝撃を、改造魔虫たちは、V3とライダーマンのエネルギー機関の爆発だと、勘違いしたのである。

 

ゴリガンが、ライダーマンと共にV3を叩き潰そうとした瞬間に、V3は逆ダブル・タイフーンを発動させ、その場を逃れたのだ。

 

この技を用いた後には、三時間の変身不能に陥るが、既に二日も経っている。エネルギーの補給も、負傷の回復も、既に充分であった。

 

又、アマゾンライダーは、確かに地下に閉じ込められる形となった。しかし、宿主の生命の危機を感じ取ったギギの腕輪が、超エネルギーを発動し、アマゾンを閉じ込めていた周囲の地面を、大きく吹っ飛ばしたのである。

 

そのお蔭で、アマゾンはアリジゴクを脱出し、風見たちに合流出来た。

 

神敬介が、クラブマンに泡を吐き掛けられた時、ボディを咄嗟に庇っていたのを覚えているだろうか。あれは、ライドルを庇ったのである。

 

ライドルとは、可変武器だけを指すのではない。スクリューを内包するバックルを含めた、ベルトそのものを、ライドルと言う。

 

可変武器ライドルのグリップが引き抜かれると、スクリューがバックルの中で回転する。このスクリューが回転している間、Xライダーの身体能力は、スーパー・チャージ機能に因り、グリップを挿したままの状態よりも、強化されている。

 

Xライダーがライドルを庇ったのは、硬化する泡を吹き掛けられても、グリップを引き抜く為のゆとりを確保するという目的があったのである。そして、発動したパワーで、白い泡を砕き、アリジゴクから生還を果たしたのであった。

 

残る城茂は、強化服を纏わぬまま、荒海に落下した。

 

何故、助かったのであろうか。

 

ストロング・ゼクターが、寸での所で救助に来たのか?

それとも、突き出した岩肌に掴まって、難を逃れたのか?

 

或いは――

若しくは――

又は――

 

「へっ」

 

茂は、鼻を鳴らす。

 

「そんな事、俺が知るか」


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