仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第二十三節 蟲毒

さくらは、強烈な臭気で眼を覚ました。

 

全身が、軋むように痛い。

ゆっくりと戻って来る視界に、ぎょっとするような光景が浮かんだ。

 

男と女が、激しく交わっている所だ。

しかも、一組ではない。

さくらの視界に映るだけで、一〇つ以上はパートナーが出来ていた。

 

様々な体位で、獣のように、腰を突き動かしている。

男が上であったり、女が上であったり、異性二人を同時にしている場合もあった。

 

吉塚と相澤の姿もあった。

見憶えのある人が、幾らか、いた。

 

美術館にいた人たちである。

 

さくらは、その光景に驚き、後退ろうとしたが、身体が動かない。

爪先が床に届かない高さに、天井から吊り下げられているのであった。

 

首輪を付けられて、そこからの鎖が一本。

両腕を背中に回され、手首を拘束した枷から一本。

両足首の間に、自由に動ける程度のゆとりを持って鎖が繋がれている。その左右の足枷から、一本ずつ天井に伸びていた。

 

しかも、服は脱がされていた。

血色の良い肌に、交わり合う男女の熱気が、むんむんと張り付けられている。

鬱蒼と茂る、熱帯のジャングルのような空気が、さくらを包んでいた。

 

さくらは、交わる人々の向こうにある壁を見た。

 

魔法陣のようなものが、描かれている。

螺旋を描いて、中心に向って収束しているようであった。

その螺旋を作っているのは、杭で打ち付けられた心臓であった。

中心にゆく程、臓器がピンク色であった。

外側へゆく程、臓器が黒ずんでいるのだ。

 

生々しい赤い肉から、腐敗する黒への螺旋――若しくは、その逆なのか。

 

それは、四方を囲む壁にも、天井にも描かれていた。

床にも同じものが掛かれており、人々は、螺旋を作るように、SEXをしていた。

 

おぞましい光景であった。

余りにも異常過ぎて、反応する事も出来なかった。

 

「眼が覚めたか」

 

と、声がした。

 

声の方向を見ると、右腕の鉤爪を、がきんがきん、と、鳴らしながら、まぐわっている男女の傍を通って、マントの男がやって来た。

 

その後に続いて、ハチ女とオオカミンが歩いて来る。

 

「ほほぅ、悪くない女だ」

 

さくらを見るなり、鉤爪の男――デッドライオンは言った。

 

「何よ、あんたは」

「俺か? 俺は、ブラックサタンの大幹部、デッドライ――」

「これは何よ。私をどうする気よ」

 

さくらは、デッドライオンの言葉を遮って、言った。

デッドライオンは、むぅ、と、唸った。

 

「人の話は、最後まで聞け!」

「うっさい! 何なのよ、あんたは。ここは何な訳⁉」

「曼陀羅じゃよ、ミス」

 

デッドライオンの陰から、ぬぅ、と暗黒大将軍が顔を出した。

 

「まんだら?」

 

その名前位は、分かっている。

今日も、吉塚が、あの絵を見て、熱っぽく語るのを聞いていた。

 

「この、彼の為のな」

 

暗黒大将軍は、デッドライオンの肩を叩いた。

 

「ユーには、彼の妃となって欲しいのだよ」

「――はぁ⁉」

 

さくらは、素っ頓狂な声を上げた。

いきなり何を言っているのか、分からなかった。

 

「何よ、妃って」

「女性ながらに、その度胸と、鍛えられた肉体は、まさに、魔人の王妃に相応しい」

「魔人?」

「彼が、魔人となる為の……言うならば、贄よの」

「にえ⁉」

「では、後は、ユーの好きにし給え」

 

暗黒大将軍に言われると、デッドライオンは、倉庫の隅に手を振って指示を出した。

 

さくらを吊るしている鎖を通した滑車が動き、さくらの爪先が、床に着く。

螺旋の中心の心臓を踏まぬよう、さくらが、足をばたばたとさせた。

 

デッドライオンは、マントの内側から、髑髏の盃を取り出した。

盃には、既に、あの液体が入っている。精液と愛液と経血を混ぜた液体だ。

それを一口飲み、人間の姿のハチ女に盃を手渡した。

 

さくらの両脇に立ったハチ女とオオカミンは、代わる代わる髑髏の盃に手を入れて、赤黒い液体を掌に持ち上げた。

 

「さっきは、随分とやってくれたわねぇ」

 

ハチ女はそう言うと、良く膨らんださくらの胸を、液体を載せた掌で掴んだ。

赤黒い指が、柔らかい乳肉に沈み込んでゆく。

乳首を捩じられて、さくらが、顔を歪めた。

 

オオカミンも、さくらの尻の肉に、指を這わせた。

 

「柔らかい……」

 

蕩けるような声で、オオカミンが言った。

 

「ちょ、やめ……」

 

ハチ女とオオカミンは、髑髏の盃の中身が続く限り、さくらの身体にその液体を塗りたくった。

 

咽喉から、足の爪先まで、さくらの身体は、他者の精液と愛液と経血で塗れる事になる。

 

「ここにも塗って置かなくちゃねぇ」

 

さくらの後ろに回ったハチ女は、髑髏の盃から一口含み、尻の頬肉を左右に割り広げた。

 

その中心の菊の花に至る溝に、舌に載せた液体を塗り込んでゆく。

ハチ女の息が、肛門に触れていた。

 

さくらは、びくびくと身体を震わせながら、辱めに耐えていた。

 

塗り終えると、ハチ女とオオカミンは、その場から下がった。

 

「では、ごゆっくり」

 

暗黒大将軍は、ハチ女とオオカミンを連れて、倉庫から出てゆく。

 

残ったデッドライオンは、再び倉庫の隅に指示を飛ばし、さくらを動かした。

滑車が、鎖を巻き上げてゆく。

さくらの足が天井を向き、股を開かされる。

血の溜まった秘所が、大きく剥き出された。

頭に、髪と共に、血が昇ってゆく。

さくらの顔色が、見る見る蒼くなって行った。

 

「わ、私に、何をする気よ……」

 

さくらが、掠れた声で言った。

 

「お前は、俺の肉体を進化させる贄となるのだ」

「贄って、さっきから、何の事なわけ……⁉」

「この曼陀羅で、餓蟲のエネルギーを、俺の身体に注入するのさ」

「餓蟲⁉」

 

餓蟲とは、空気中を漂う、本来ならば無害な霊エネルギーの事である。

強い感情に依って、悪いものに変質し、人に害を為す事があるという。

 

「こいつらを見ろ」

 

デッドライオンが、倉庫で交尾する人々に視線を巡らせた。

誰もが一様に、獣のような表情で、相手を貪っている。

 

「こいつらの、何を犠牲にしてでも生きたいという感情がな、餓蟲にパワーを与えるのよ」

 

デッドライオンは笑った。

 

生命を助ける代わりに、こうして見ず知らずの相手とSEXをさせられているようだ。

 

「何とも醜い人間の性という奴だが、俺には丁度良い……」

「――」

「人間の、生への執着程、強い感情はないからな……」

「そ、それ、で……?」

「あ?」

「それと、あんたの、進化……? 何の関係があるのよ」

 

曼陀羅も、霊エネルギーも、餓蟲も、個別には理解出来たにしても、それと、デッドライオンの肉体との進化の関係が、呑み込めないでいた。

 

「それはな、俺も、亦、餓蟲であるからよ」

「え⁉」

「或いは、巫蟲――蟲毒とも、人間共は言っているな……」

 

そう嘯くと、デッドライオンは、マントを取り払った。

 

その人間の顔が、別ものへと変形してゆく。

ごりごりと顔がせり出して、頭髪が茫々に伸び始めた。

 

黄色い顔に、刃のようなたてがみ――ライオンの顔になっていた。

ブラックサタンの大幹部・デッドライオンの正体であった。

 

「俺の正体を見ろ!」

 

デッドライオンのたてがみが、ぞわぞわと盛り上がった。

風に揺れているかのような髪が、幾らかの束に纏まってゆく。

ぐるぐると螺旋を描いた束が、幾つも出来ていた。棘のように、小さく生えるものもある。

 

それは、まるで、昆虫の脚であった。

 

「あ、あ……」

 

蒼い顔で息を漏らすさくらの下で、デッドライオンの身体が、倒れた。

 

頸から上がなかった。

 

デッドライオンの頭部と思われていたものが、頭髪を触脚へと変化させて、胴体から飛び出したのである。

 

たてがみのないライオンの頭蓋骨から、一〇本の触脚が生えていた。

人体の半分位の大きさがある、巨大な虫であった。

からからと、獅子の顎骨が打ち鳴らされていた。

 

「これが俺の姿よ。何百年も前に、蟲毒に依って生み出されたのだ!」

 

巫蟲とは、呪法の一つである。

 

壺や瓶のような、一つの容器の中に、動物や虫を何匹も閉じ込める。

それを共喰いさせて、生き延びた、生命力の強い個体を、神として祀る。

そうする事で、幸福や、逆に不幸を引き起こす儀式である。

 

特に、悪い結果を齎す場合を、蟲毒というのである。

デッドライオンの正体は、その蟲毒で祀られたものであったらしい。

 

それが、どのようにしてか、ブラックサタン大首領と、ショッカー首領に見出され、デッドライオンという、組織の大幹部という待遇を与えられたのだ。

 

「お前の肉体を貰うぞ、女ァ……」

 

デッドライオンとなった蟲毒が、言った。

デッドライオンであった巫蟲が、言った。

 

「はぁ⁉」

 

と、さくらが驚く途中で、さくらは、背中に、ぶにゅりとした肉を感じた。

 

床から天井に伸びた鎖と、天井から床に伸びる鎖。

 

片方には、男の臓物一式が絡み付いている。

片方には、女の臓物一式が絡み付いている。

 

捩じれ、交差する鎖は、恰も遺伝子の如き環状二重螺旋を作っている。

 

その、二つの鎖、男女の臓物が交差する所で、さくらは逆さ吊りにされていた。

脚を、大きく開かされている。

 

「雌雄を備えてこそ、完全なる生体よ……」

 

デッドライオンであった蟲毒は、鎖に触脚を掛けた。

 

さくらの視界の中で、デッドライオンであった蟲毒が、自分に向かって近付いて来る。

 

獅子の頭蓋と、さくらは、真正面から向き合った。

虚ろな眼窩の奥には、実態があるとは思えない、闇のような靄が、犇めいている。

 

それが、餓蟲というものなのか。

それが、この蟲毒が誕生する時に喰らった生命なのか。

 

デッドライオンであった蟲毒の触脚が、さくらの皮膚に触れた。

 

一つの脚であると言うのに、一つではなかった。

毛虫のようなものが、皮膚の上を這っていた。

 

デッドライオンであった蟲毒は、さくらの身体を、一〇本の脚でがっちりと掴むと、開かれたさくらの股の間に、獅子の頭蓋を載せた。

 

獅子の顎骨が開き、じゅぶじゅぶと、蚯蚓のような舌が現れた。

 

一本、二本、三本……

 

艶のある、生々しい肉の先端が、さくらのそこへと入り込もうとする。

 

さくらが、顔を顰めた。

皺を寄せたその眉間に、電流のようなものが走った。

 

思わず眼を開けた。

 

倉庫の魔法陣に、薄らと、光が生じたように見えた。

 

まぐわい、くながい、交わり、貪る男女の身体が、じわりと、黒く輝いたように見えたのだ。

 

その光が、螺旋を描いてゆく。

倉庫の四方の壁に掛かれた魔法陣にも、同じように、光が渦を描いた。

 

黒々とした光であった。

邪悪さを感じさせる輝きであった。

 

螺旋が、中心へと走る。

螺旋が、外周へと走る。

 

絡み合う人の、生への激しい執着が、餓蟲を鼓動させていた。

餓蟲が螺旋の魔法陣を呼び起こす。

 

魔法陣に縫い付けられた心臓が、理不尽に生命を奪われた怒りに鳴動していた。

 

それらのエネルギーが、倉庫の中心へと集まってゆく。

 

さくらは、股間に、熱を感じた。

 

デッドライオンであった蟲毒が、その身体を溶けさせ始めている。

それが溶け切った時、デッドライオンであった蟲毒は、自分の肉と混じり合ってしまう事であろうと思われた。

 

さくらの身体に塗り込まれた液体が、じんわりと熱を孕んだ。

デッドライオンが、平生、飲み続けたものと、共鳴しているのだ。

 

ぐぷぐぷと、デッドライオンであった蟲毒が、肉に溶けゆくのが分かってしまう。

 

――ご免……。

 

さくらは、心の中で呟いた。

 

星河深雪の仇を、討てなかった事。

城茂に、何の恩も返せず、見殺しにした事。

 

「茂さん……」

 

それらを、押し寄せて来る、圧倒的なエネルギーに消えゆきそうな自我の中で、懺悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口笛が聞こえて来たのは、その時だ。

 

哀切なる口笛が、異様な熱気を孕んだ倉庫に、涼やかに響いた。


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