さくらは、強烈な臭気で眼を覚ました。
全身が、軋むように痛い。
ゆっくりと戻って来る視界に、ぎょっとするような光景が浮かんだ。
男と女が、激しく交わっている所だ。
しかも、一組ではない。
さくらの視界に映るだけで、一〇つ以上はパートナーが出来ていた。
様々な体位で、獣のように、腰を突き動かしている。
男が上であったり、女が上であったり、異性二人を同時にしている場合もあった。
吉塚と相澤の姿もあった。
見憶えのある人が、幾らか、いた。
美術館にいた人たちである。
さくらは、その光景に驚き、後退ろうとしたが、身体が動かない。
爪先が床に届かない高さに、天井から吊り下げられているのであった。
首輪を付けられて、そこからの鎖が一本。
両腕を背中に回され、手首を拘束した枷から一本。
両足首の間に、自由に動ける程度のゆとりを持って鎖が繋がれている。その左右の足枷から、一本ずつ天井に伸びていた。
しかも、服は脱がされていた。
血色の良い肌に、交わり合う男女の熱気が、むんむんと張り付けられている。
鬱蒼と茂る、熱帯のジャングルのような空気が、さくらを包んでいた。
さくらは、交わる人々の向こうにある壁を見た。
魔法陣のようなものが、描かれている。
螺旋を描いて、中心に向って収束しているようであった。
その螺旋を作っているのは、杭で打ち付けられた心臓であった。
中心にゆく程、臓器がピンク色であった。
外側へゆく程、臓器が黒ずんでいるのだ。
生々しい赤い肉から、腐敗する黒への螺旋――若しくは、その逆なのか。
それは、四方を囲む壁にも、天井にも描かれていた。
床にも同じものが掛かれており、人々は、螺旋を作るように、SEXをしていた。
おぞましい光景であった。
余りにも異常過ぎて、反応する事も出来なかった。
「眼が覚めたか」
と、声がした。
声の方向を見ると、右腕の鉤爪を、がきんがきん、と、鳴らしながら、まぐわっている男女の傍を通って、マントの男がやって来た。
その後に続いて、ハチ女とオオカミンが歩いて来る。
「ほほぅ、悪くない女だ」
さくらを見るなり、鉤爪の男――デッドライオンは言った。
「何よ、あんたは」
「俺か? 俺は、ブラックサタンの大幹部、デッドライ――」
「これは何よ。私をどうする気よ」
さくらは、デッドライオンの言葉を遮って、言った。
デッドライオンは、むぅ、と、唸った。
「人の話は、最後まで聞け!」
「うっさい! 何なのよ、あんたは。ここは何な訳⁉」
「曼陀羅じゃよ、ミス」
デッドライオンの陰から、ぬぅ、と暗黒大将軍が顔を出した。
「まんだら?」
その名前位は、分かっている。
今日も、吉塚が、あの絵を見て、熱っぽく語るのを聞いていた。
「この、彼の為のな」
暗黒大将軍は、デッドライオンの肩を叩いた。
「ユーには、彼の妃となって欲しいのだよ」
「――はぁ⁉」
さくらは、素っ頓狂な声を上げた。
いきなり何を言っているのか、分からなかった。
「何よ、妃って」
「女性ながらに、その度胸と、鍛えられた肉体は、まさに、魔人の王妃に相応しい」
「魔人?」
「彼が、魔人となる為の……言うならば、贄よの」
「にえ⁉」
「では、後は、ユーの好きにし給え」
暗黒大将軍に言われると、デッドライオンは、倉庫の隅に手を振って指示を出した。
さくらを吊るしている鎖を通した滑車が動き、さくらの爪先が、床に着く。
螺旋の中心の心臓を踏まぬよう、さくらが、足をばたばたとさせた。
デッドライオンは、マントの内側から、髑髏の盃を取り出した。
盃には、既に、あの液体が入っている。精液と愛液と経血を混ぜた液体だ。
それを一口飲み、人間の姿のハチ女に盃を手渡した。
さくらの両脇に立ったハチ女とオオカミンは、代わる代わる髑髏の盃に手を入れて、赤黒い液体を掌に持ち上げた。
「さっきは、随分とやってくれたわねぇ」
ハチ女はそう言うと、良く膨らんださくらの胸を、液体を載せた掌で掴んだ。
赤黒い指が、柔らかい乳肉に沈み込んでゆく。
乳首を捩じられて、さくらが、顔を歪めた。
オオカミンも、さくらの尻の肉に、指を這わせた。
「柔らかい……」
蕩けるような声で、オオカミンが言った。
「ちょ、やめ……」
ハチ女とオオカミンは、髑髏の盃の中身が続く限り、さくらの身体にその液体を塗りたくった。
咽喉から、足の爪先まで、さくらの身体は、他者の精液と愛液と経血で塗れる事になる。
「ここにも塗って置かなくちゃねぇ」
さくらの後ろに回ったハチ女は、髑髏の盃から一口含み、尻の頬肉を左右に割り広げた。
その中心の菊の花に至る溝に、舌に載せた液体を塗り込んでゆく。
ハチ女の息が、肛門に触れていた。
さくらは、びくびくと身体を震わせながら、辱めに耐えていた。
塗り終えると、ハチ女とオオカミンは、その場から下がった。
「では、ごゆっくり」
暗黒大将軍は、ハチ女とオオカミンを連れて、倉庫から出てゆく。
残ったデッドライオンは、再び倉庫の隅に指示を飛ばし、さくらを動かした。
滑車が、鎖を巻き上げてゆく。
さくらの足が天井を向き、股を開かされる。
血の溜まった秘所が、大きく剥き出された。
頭に、髪と共に、血が昇ってゆく。
さくらの顔色が、見る見る蒼くなって行った。
「わ、私に、何をする気よ……」
さくらが、掠れた声で言った。
「お前は、俺の肉体を進化させる贄となるのだ」
「贄って、さっきから、何の事なわけ……⁉」
「この曼陀羅で、餓蟲のエネルギーを、俺の身体に注入するのさ」
「餓蟲⁉」
餓蟲とは、空気中を漂う、本来ならば無害な霊エネルギーの事である。
強い感情に依って、悪いものに変質し、人に害を為す事があるという。
「こいつらを見ろ」
デッドライオンが、倉庫で交尾する人々に視線を巡らせた。
誰もが一様に、獣のような表情で、相手を貪っている。
「こいつらの、何を犠牲にしてでも生きたいという感情がな、餓蟲にパワーを与えるのよ」
デッドライオンは笑った。
生命を助ける代わりに、こうして見ず知らずの相手とSEXをさせられているようだ。
「何とも醜い人間の性という奴だが、俺には丁度良い……」
「――」
「人間の、生への執着程、強い感情はないからな……」
「そ、それ、で……?」
「あ?」
「それと、あんたの、進化……? 何の関係があるのよ」
曼陀羅も、霊エネルギーも、餓蟲も、個別には理解出来たにしても、それと、デッドライオンの肉体との進化の関係が、呑み込めないでいた。
「それはな、俺も、亦、餓蟲であるからよ」
「え⁉」
「或いは、巫蟲――蟲毒とも、人間共は言っているな……」
そう嘯くと、デッドライオンは、マントを取り払った。
その人間の顔が、別ものへと変形してゆく。
ごりごりと顔がせり出して、頭髪が茫々に伸び始めた。
黄色い顔に、刃のようなたてがみ――ライオンの顔になっていた。
ブラックサタンの大幹部・デッドライオンの正体であった。
「俺の正体を見ろ!」
デッドライオンのたてがみが、ぞわぞわと盛り上がった。
風に揺れているかのような髪が、幾らかの束に纏まってゆく。
ぐるぐると螺旋を描いた束が、幾つも出来ていた。棘のように、小さく生えるものもある。
それは、まるで、昆虫の脚であった。
「あ、あ……」
蒼い顔で息を漏らすさくらの下で、デッドライオンの身体が、倒れた。
頸から上がなかった。
デッドライオンの頭部と思われていたものが、頭髪を触脚へと変化させて、胴体から飛び出したのである。
たてがみのないライオンの頭蓋骨から、一〇本の触脚が生えていた。
人体の半分位の大きさがある、巨大な虫であった。
からからと、獅子の顎骨が打ち鳴らされていた。
「これが俺の姿よ。何百年も前に、蟲毒に依って生み出されたのだ!」
巫蟲とは、呪法の一つである。
壺や瓶のような、一つの容器の中に、動物や虫を何匹も閉じ込める。
それを共喰いさせて、生き延びた、生命力の強い個体を、神として祀る。
そうする事で、幸福や、逆に不幸を引き起こす儀式である。
特に、悪い結果を齎す場合を、蟲毒というのである。
デッドライオンの正体は、その蟲毒で祀られたものであったらしい。
それが、どのようにしてか、ブラックサタン大首領と、ショッカー首領に見出され、デッドライオンという、組織の大幹部という待遇を与えられたのだ。
「お前の肉体を貰うぞ、女ァ……」
デッドライオンとなった蟲毒が、言った。
デッドライオンであった巫蟲が、言った。
「はぁ⁉」
と、さくらが驚く途中で、さくらは、背中に、ぶにゅりとした肉を感じた。
床から天井に伸びた鎖と、天井から床に伸びる鎖。
片方には、男の臓物一式が絡み付いている。
片方には、女の臓物一式が絡み付いている。
捩じれ、交差する鎖は、恰も遺伝子の如き環状二重螺旋を作っている。
その、二つの鎖、男女の臓物が交差する所で、さくらは逆さ吊りにされていた。
脚を、大きく開かされている。
「雌雄を備えてこそ、完全なる生体よ……」
デッドライオンであった蟲毒は、鎖に触脚を掛けた。
さくらの視界の中で、デッドライオンであった蟲毒が、自分に向かって近付いて来る。
獅子の頭蓋と、さくらは、真正面から向き合った。
虚ろな眼窩の奥には、実態があるとは思えない、闇のような靄が、犇めいている。
それが、餓蟲というものなのか。
それが、この蟲毒が誕生する時に喰らった生命なのか。
デッドライオンであった蟲毒の触脚が、さくらの皮膚に触れた。
一つの脚であると言うのに、一つではなかった。
毛虫のようなものが、皮膚の上を這っていた。
デッドライオンであった蟲毒は、さくらの身体を、一〇本の脚でがっちりと掴むと、開かれたさくらの股の間に、獅子の頭蓋を載せた。
獅子の顎骨が開き、じゅぶじゅぶと、蚯蚓のような舌が現れた。
一本、二本、三本……
艶のある、生々しい肉の先端が、さくらのそこへと入り込もうとする。
さくらが、顔を顰めた。
皺を寄せたその眉間に、電流のようなものが走った。
思わず眼を開けた。
倉庫の魔法陣に、薄らと、光が生じたように見えた。
まぐわい、くながい、交わり、貪る男女の身体が、じわりと、黒く輝いたように見えたのだ。
その光が、螺旋を描いてゆく。
倉庫の四方の壁に掛かれた魔法陣にも、同じように、光が渦を描いた。
黒々とした光であった。
邪悪さを感じさせる輝きであった。
螺旋が、中心へと走る。
螺旋が、外周へと走る。
絡み合う人の、生への激しい執着が、餓蟲を鼓動させていた。
餓蟲が螺旋の魔法陣を呼び起こす。
魔法陣に縫い付けられた心臓が、理不尽に生命を奪われた怒りに鳴動していた。
それらのエネルギーが、倉庫の中心へと集まってゆく。
さくらは、股間に、熱を感じた。
デッドライオンであった蟲毒が、その身体を溶けさせ始めている。
それが溶け切った時、デッドライオンであった蟲毒は、自分の肉と混じり合ってしまう事であろうと思われた。
さくらの身体に塗り込まれた液体が、じんわりと熱を孕んだ。
デッドライオンが、平生、飲み続けたものと、共鳴しているのだ。
ぐぷぐぷと、デッドライオンであった蟲毒が、肉に溶けゆくのが分かってしまう。
――ご免……。
さくらは、心の中で呟いた。
星河深雪の仇を、討てなかった事。
城茂に、何の恩も返せず、見殺しにした事。
「茂さん……」
それらを、押し寄せて来る、圧倒的なエネルギーに消えゆきそうな自我の中で、懺悔した。
口笛が聞こえて来たのは、その時だ。
哀切なる口笛が、異様な熱気を孕んだ倉庫に、涼やかに響いた。