仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第二十二節 死刑

城茂は、三崎美術館の外に連れ出され、人間の姿のハチ女の先導で、崖に向かって歩いている。

 

超強化服・カブテクター――ストロング・ゼクター一式を解除され、人間・城茂の姿のままで、後ろ手に縛られていた。

 

そのすぐ後ろに、ハチ女と同じく人間態に戻ったゴリガンとアルマジロンが付いている。茂が暴れ出しても、彼らならば押さえ付ける事が出来るからだ。

 

その背後には、Xライダーをアリジゴクに落としていない半分の人たちが付いて来ていた。

 

さくらと吉塚も、その中に入っている。

 

彼らは、一様に、手に何かを持っていた。

館内にあった、ポールや、鉄パイプ、改造魔虫たちが手摺りを切り落として作った棒などだ。

 

その彼らを、後ろから、サメ改造魔虫とオオカミンが監視している。

もう半分は館内に残り、アリジゴクとクラブマンに見張られていた。

 

「よぅし、そこで止まって」

 

ハチ女が、茂に言った。

 

「先輩は砂で、俺は海に落っことされる訳かい」

 

茂が、乾いた口調で言った。

 

ハチ女はそれに答えず、その場に座るように言った。

茂は海を背にして、その場で胡坐を掻いた。

 

「幾らか不遜だけど、嫌いじゃないわ」

 

ゴリガンが、ぶ厚い掌で、茂の頭を地面に擦り付けた。

ゴリガンが手を離すと、ハチ女が、ヒールの高い靴で茂の顔を踏んでゆく。

 

「俺がマゾなら良かったのになぁ」

 

茂は、まだ、軽口を叩いた。

 

「そうよねぇ、残念だわ。だって、貴方は“S”だものねぇ」

 

アルマジロンに髪を掴み上げさせ、大きくSと染め抜かれた胸元に、ハチ女が蹴りを入れる。

 

軽く茂をいたぶった後、ハチ女は、人間たちを振り返った。

 

「ざっと、三〇人はいるわね……」

 

そう言って、五人前後ずつ分けさせた。

出来上がったグループの一つ目を、茂の傍に呼ぶ。

 

「じゃ、始めなさい」

 

ハチ女が言った。

誰も、何も、しようとしない。

 

「始めなさいと言ったのよ……」

 

ハチ女が、冷たい声で言う。

 

すると、そのグループの人々は、手にしていた鈍器などを持ち上げた。

 

茂に、打ち下ろしてゆく。

 

頭。

肩。

胸。

腹。

背中。

腰。

脚。

 

茂の全身を、ポールや、鉄パイプや、角材で、ぼこぼこに殴り捲った。

 

「はーい、そこまで」

 

ハチ女が、適当な所で手を叩いて、止めた。

 

「次の子たちー」

 

と、二つ目のグループを呼んだ。

又、同じように、茂を殴らせる。

 

改造人間の強化皮膚とは言え、強化服程の耐久性はない。額などの、骨と近い部分に鈍器を当てられれば、血が溢れもする。

 

「次ー」

「ほら次ー」

「早く、次ー」

 

五つのグループに、茂は、たこ殴りにされる事になった。

 

ハチ女の言う事に従わなければ、殺されてしまうという事が、はっきりしていた。

だから、彼らは、言われるがままに、茂の事を殴っていた。

 

茂に怨みなぞある訳がない。怨むとすれば、この状況だ。

その場に対する怨みは、しかし、茂を殴っている内に、茂への怨みへと転化して、茂を怨みながら殴るようになっていた。

 

「辛いねぇ」

 

茂が呟いた。

 

「あら、もう、ギブ・アップ?」

「いやいや……」

 

茂は、切られた瞼からこぼれた血で、片方の眼を瞑りながら、小さく漏らした。

 

「普通の人間なら、それも出来たんだがねぇ」

「――」

「こんな身体じゃ、失神も出来ねぇんだ」

「そうね、確かに、可哀想」

 

しかし、ハチ女は、六つ目のグループを呼んだ。

さくらと吉塚がいるグループだ。

 

「さ、初めて」

 

さくらと吉塚以外のメンバーは、もう、容赦なく茂を打ち始めた。

 

「貴女もやるのよぅ」

 

ハチ女に囁かれて、涙を流しながら、吉塚も茂を殴った。

 

「貴女も」

 

ハチ女が、さくらに言う。

さくらは、茂に向かって背中を押された。

 

何の抵抗もせずに殴られる茂を見て、さくらは、つい先日の事を思い出した。

呉割大学の学生たちが、城南大学に来た時も、茂は、こうやっていた。

 

唯、殴られていた。

唯、殴らせていた。

 

それが、平気だったからだ。

ちっとも効かなかったからだ。

 

今とは、状況が違う。

 

今、茂は、殺されようとしている。

ハチ女は、茂を殺す為に、このような事をしている。

 

それが分かっている筈だ。

 

なのに、どうして、この男は変わらずに殴られ続けるのか。

 

人間とは違う力を持っているからか?

だから、耐えていられるのか。

 

けれど、彼の心には、人間の温かみがある。

 

それが分かる。

 

身体は、例え機械であるにしても、心は、誰かに造られたものではない。

 

壊れる事のない鋼鉄の肉体を持っているとしても――

 

その心は、冷たくも、硬くもない。

 

岬ユリ子の墓の前で、哀しい薔薇を背負っていた姿を覚えている。

 

何故、彼らは、この人を殴れるのだろう。

 

ヒトではない姿を見ているから?

ヒトではない力を見ているから?

 

だから、ヒトではないと、分かっているのか。

 

ヒトではないから、この人を殴れるのか。

ヒトではないものが死ぬ事で自分が助かるなら――

 

それで、助かれば、良いじゃないか。

 

さくらは、手にしていた鉄パイプを振り上げた。

 

そうして、それを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハチ女の顔面に向かって振り抜いた。

 

「げっ⁉」

 

ハチ女の、人間の顔が、真正面から拉げた。

眼球が跳び出し、鼻が潰れ、前歯が咽喉に滑り込んで行った。

 

改造魔虫とは言え、人間の姿でいる時の不意打ちに、動揺してしまう。

 

さくらは、ハチ女の顔を叩いた鉄パイプを放り投げ、左の拳を握った。

体勢を立て直せないハチ女の顔面を、殴り抜く。

 

「このおぉぉぁぁぁぁっ!」

 

右の拳で、もう一発。

左の拳で、もう一発。

右の拳で、もう一発!

 

さくらは、ハチ女を殴った。

 

殴った。

殴った。

殴った。

殴った。

 

「だららっぁぁぁっ!」

 

殴る。

殴る。

殴る。

殴る。

 

ハチ女に対して、前田さくらというパワーを叩き付けた。

 

「誰が死ぬか!」

 

さくらは叫んだ。

叫びながら、ハチ女を殴った。

 

「誰が死ねるか!」

さくらは吠えた。

吠えながら、ハチ女を殴った。

 

「死ぬぞ!」

 

さくらは咆哮した。

咆哮しながらハチ女を殴った。

 

「死んでやる! 死んでやる!」

 

ゴリガンが、さくらを押さえようとした。

その押さえようとしたゴリガンの顎に、頭突きをかました。

 

「殺してみろ! 死んでやる! 死んでやるぞ!」

 

見開いた眼球に、血が絡んでいた。

余りの昂揚に、鼻から血を吹いていた。

 

「死んでやるから死ぬもんか!」

 

無茶苦茶な事を言っていた。

無茶苦茶な事を言いながら殴っていた。

 

死ね――

 

と、叫んでいた。

 

ハチ女に対して、ではない。

 

自分だ。

少しでも、茂を殴って助かろうと思った自分だ。

 

そんな奴なら死んでしまえ。

そんな人間なら死んでしまえ。

そんな自分なら死んでしまえ。

そんな前田さくらなら死んでしまえ。

 

そう思っていた。

そう考えていた。

そう願っていた。

そう叫んでいた。

そう動いていた。

そう生きていた。

 

この慟哭の起源は――そうだ。

 

星河深雪の仇を討つ事だった筈だ。

星河深雪の仇はこの怪物たちであった。

 

ならば、どうして、今、この者たちに恐怖するのか。

 

絶対に仇を討つと決めたのではなかったのか⁉

 

それなのに、仇を前に、どうして怯えるのか。震えるのか。恐れるのか。

あまつさえ、人を蹴落としてまで生き延びようとするのか。

 

そんな事を考える自分ならば――

 

「死んじまえ!」

 

さくらの右の正拳突きが、内部構造をぐちゃぐちゃにされたハチ女の顔面を、遂に砕いた。

 

そのさくらを、アルマジロンが捉えた。

地面に、押し付けた。

 

「ああああああっ!」

 

さくらは、言葉にならない言葉を吐いた。

 

言葉ですらない感情を、口から迸らせた。

感情ですらない自分で、大気を震わせた。

 

その前に、頭部の再構成を行なったハチ女が立ち上がる。

 

「小娘がぁっ!」

 

中指を毒針フルーレに伸ばし、鬼の形相で、さくらに突き付ける。

 

そのハチ女に、茂が脇から突撃した。

ハチ女が、地面に倒れた。

 

さくらの方を振り向こうとした茂であったが、ゴリガンの腕が、目前に迫った。

茂は、胴体をゴリガンのラリアットで吹っ飛ばされ、崖から落下してゆく。

 

海だ。

 

波の、寄せては返す海が、十数メートル下にあった。

鋭い岩が、幾つも突き出している。

岸壁にぶつかって弾け、磯の香りが散乱している。

 

その中に、茂の身体は消えて行った。

 

「茂さぁん!」

 

さくらが叫んだ。

 

頸元を、アルマジロンに押さえられている。

アルマジロンが、ぐぅと力を込めた。

 

ふらつきながらも、ハチ女がさくらに歩み寄る。

 

「舐めた真似をしくさって、この下等生物が!」

 

毒針フルーレを持ち上げる。

 

「待ち給えよ――」

 

静かに、その場に響いた声があった。

誰もが、突如として聞こえて来たその声に、視線を彷徨わせた。

 

気付けば、崖っぷちに、その男が立っていた。

 

白い蓬髪と髭。

黒いマント。

 

暗黒大将軍――又の名を、一四人目の改造魔人・ジェットコンドル。

 

暗黒大将軍が姿を見せた事で、ハチ女は冷静さを取り戻し、その場に跪いた。

 

「中々、肝っ玉の据わったガールだ……」

 

暗黒大将軍が、さくらを見下ろして、言った。

 

「魔人の王の(プリンセス)となるに、相応しい」

「は⁉」

「これにて曼荼羅は完成よ……」

 

暗黒大将軍は、低く、笑った。


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