仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第二十一節 埋葬

「良かったわねぇ」

 

と、ハチ女が言った。

Xライダーの、ライドル・ホイップをやり過ごしたハチ女は、床に下り立っている。

 

「お前さんたちにとっちゃァな」

 

茂が言う。

ストロンガーは、客たちを守るように、改造魔虫七体の前に立っている。

 

Xライダー・敬介は、人々を裏口から追い立てて来たオオカミンとクラブマンに気付き、それらの前に立ちはだかっていた。

 

「これで暫く超電子の力は使えない。良かったなァ、寿命が延びたぜ」

 

茂・ストロンガーはそう言うと、両の手を擦り合わせて、帯電を始めている。

耐久力の低そうなハチ女ならば、純粋なパンチ力で貫通出来る。

 

「そうじゃあないわぁ」

 

ハチ女が、腕を組んで、鼻を鳴らした。

 

「良く御覧なさいな――」

 

くぃ、と、顎で、或る方向を示した。

 

先程、チャージ・アップしたストロンガーの、超電大車輪キックに頭を砕かれたサメ改造魔虫や、胸を抉られたアリジゴクが倒れている辺りである。

 

見れば、そこには、首のないサメ改造魔虫と、胸元をぼりぼりと掻き毟っているアリジゴクが、立ち上がって来ている所であった。

 

「これは⁉」

 

ストロンガーが、流石に声を上げる。

 

幾多もの改造魔人を屠って来た超電子の力が、改造魔虫たちには通用しないのか⁉

 

アリジゴクは、まだ、分からないではない。

だが、思考の中心たる頭部を砕かれたサメ改造魔虫が再起するなど、不可能と思われた。

 

その傷口を見ていると、肉体の内側から、ぞわぞわと這い出して来るものがあった。

 

「サタン虫――⁉ いや、ガンマー虫か?」

 

それは、かつて城茂・仮面ライダーストロンガーが戦った、ブラックサタンの奇械人に似ていた。

 

ブラックサタンの奇械人の本体は、サタン虫と呼ばれる謎の生命体であった。

蜘蛛に似た姿ではあるが、その頭部は、人間の頭蓋骨にも似ている。

このサタン虫が、機械人形、或いは、人間の肉体に入り込む事で、奇械人は誕生する。

 

機械人形の場合は兎も角、人間に取り付いた場合には、脳下垂体に触手を刺し込んで、特殊なホルモンを分泌させ、内部から生体改造を施す事が出来た。

 

そのサタン虫が強化されたものが、ガンマー虫だ。

 

ガンマー虫を培養しようとしたブラックサタンの計画は、ストロンガーに依って崩れ去ったが、完成していたならば、ブラックサタンとの戦いは、より苦しいものとなったであろう。

 

そのガンマー虫が、改造魔虫を構成しているのかと、茂は言った。

 

「似たようなものかしらねぇ」

 

ハチ女がそう言っている間に、サメ改造魔虫から湧き出したその蟲は、折り重なり合って、サメ改造魔虫の頭部を造り上げていた。

 

アリジゴクの胸も、同じであった。

 

「私たちは不死身よ」

「不死身⁉」

「この虫たちがいる限り、私たちは死なない……」

「――」

「そして、この虫たちは無限に湧き出して来る……」

 

ゴリガンが、先だってアマゾンと戦い、大切断で頸を掻き切られているが、無事であったのも、この特性があった為だ。

 

「お前たち人間は、俺たちが支配してやるぜ」

 

復活したアリジゴクが、言った。

 

「食い潰すしか能のないてめぇらよりも、俺たちの方が上位種な訳さ」

 

サメ改造魔虫が、誇るように、胸を反らした。

 

「ふんッ」

 

茂・ストロンガーが、鼻を鳴らした。

 

「だったら、その虫けら共が尽きるまで、戦ってやろうじゃねぇか……」

「へぇ、それは勇ましい事ねぇ」

 

ハチ女が笑った。

 

「要するに、てめぇらが生き返るより先に、全部叩き潰してやれば良いんだろう? 掛かって来やがれ、塵も残さず消し飛ばしてやるよ!」

 

ストロンガーが大きく啖呵を切った時、

 

――よせ、茂!

 

敬介が、通信を飛ばして来た。

 

――電気ストリームは使うな。

 

敬介が言った。

 

茂は、持ち上げかけた両腕を止めた。

 

電気ストリームは、ストロンガー最大の技の一つである。

 

その場に高圧電流を起こし、上昇気流を発生させる事で、積乱雲(かみなりぐも)を造り出す。その積乱雲から、対象目掛けて落雷させるのが、電気ストリームである。

だが、それを使うには、美術館の屋根が邪魔である。

 

仮に、屋根を吹き飛ばし、積乱雲を成したとしても、七体の改造魔虫全てを消し炭にする程の威力を持つ電気ストリームをここに放てば、人間たちが巻き込まれる事になる。

 

それが分からぬ茂ではない筈であった。

 

――糞。

 

と、茂は毒づいた。

 

その様子を見て、ハチ女は、ストロンガーに存在した逆転策を察したらしい。

 

「そうね……」

 

そう呟くと、このように言った。

 

「オーケー、貴方たち、もう、抵抗しちゃあ駄目よ」

「何?」

「私の指示以外の事をしたら、人間を一人ずつ殺すわ」

「――」

「私たちは七人、貴方たちは二人……」

 

改造魔虫たちが、ライダー二人と人間たちを包囲する。

 

ストロンガーの前にハチ女が立っている。

その左手にゴリガン。

そこからぐるりを描いて、

 

 アリジゴク

 クラブマン

 オオカミン

 サメ改造魔虫

 アルマジロン

 

と、なっている。

 

「分かったら、君は頷いて」

 

ストロンガーに言う。

 

「向こうの君は、武器を仕舞って」

 

Xライダーが、ライドルをベルトに戻した。風車の回転が止まる。

 

「クラブマン、やっちゃって」

 

ハチ女の言葉を聞いて、クラブマンが、Xライダーの前に出た。

そうして、白い泡を吹き付ける。

 

「む――」

 

咄嗟に、身体の前面を両腕で覆う。

 

Xの、黒いブーツから、銀のスーツ、赤いプロテクターと、泡が覆ってゆく。

それはすぐに固形して、Xは身動きが取れなくなってしまった。

 

顔だけが、外に出ている。

 

「今、動いたわね?」

 

ハチ女が囁いた。

 

「ロウ、殺しちゃいなさい」

「何だと⁉」

 

オオカミンが、Xライダーの傍にいた男性を手繰り寄せ、その咽喉笛に咬み付いた。

 

「よせ!」

 

敬介が叫んだ。

 

その眼の前で、男の頸骨が覗く程に肉が喰い千切られて、血が噴き出した。

男の噴血は、Xライダーを覆った白い泡を、赤く染め上げる。

 

凄惨な光景に、人々は声も出せないでいた。

 

「あ、あの」

 

ロウ――オオカミンが、人間の姿の時と同じように、遠慮がちに言った。

狼の顎が動き、しゃがれた声と共に、気弱な少女の口調が出るのは、不気味であった。

 

「今、そのぅ……喋られましたよね?」

 

そう言って、二人目の男に、手を伸ばそうとした。

 

「ロウ」

 

と、ハチ女が制止しなければ、二つ目の血の噴水が上がっていた所だ。

 

「駄目よぅ、ロウ。私がまだ何も言ってないじゃない」

「あぅ……」

 

オオカミンは、残念そうに、手を止めた。

敬介は、内心、安堵した。

 

「じゃあ、先ずは、君から死んじゃおっか」

 

ハチ女が、Xライダーに言う。

 

「はーい、それじゃあ、半分に分かれてー」

 

と、まるで学校の先生のように言った。

 

「あんたたちに言ってんのよぅ、下等生物共」

 

ハチの複眼に一睨みされて、人々が動き出す。

 

「その銀色の方、一応、持ち上げられるようになってるでしょ。だから、ここまで持って来なさい」

 

ハチ女が示したのは、アリジゴクの造り出した、流砂の擂り鉢であった。

そこに、人々の手で、Xライダーを落とさせようと言うのである。

 

「死にたくなかったら言う事聞いてねぇ」

 

そろりと、異形の口から発せられる言葉。

 

困惑する人間たちに、敬介は小さく頷いて見せた。

力の強そうな男たちが、固められたXライダーを、流砂の擂り鉢の傍に運んだ。

 

「そこでストップ」

 

ハチ女はそう言い、先程、二つに分けたグループから、女性を何人か選んだ。

その中には、相澤も混じっている。

 

彼女たちを擂り鉢の傍まで来させると、

 

「押しなさい」

 

と、言った。

 

「押す?」

「これを、ここに、落とすのよ」

 

と、アリジゴクの中心を指差した。

 

流砂は、落ちて来た瓦礫などを呑み込んでいる。

何処まで続いているのか分からない、まさに奈落であった。

 

「さ、早くなさい」

 

ハチ女の手が、相澤の背中を叩いた。

節くれだった改造人間の手が、服の上から、背中を軽く刺激した。

 

ぞわりとしたものが、相澤の背中を駆ける。

 

ハチ女の手も、構成しているのは無数の虫たちだ。足元から、数えるのも嫌になる程の蟻に這い上がられ、悶えている巨象の映像を、ふと思い出した。

 

相澤は、他の女性たちと同じように、白い泡越しに、Xライダーに手をやった。

 

「神さん……?」

 

相澤が囁いた。

仮面の奥の声から、先程、自分たちと一緒に館内を見て回った青年だと、気付いた。

 

敬介は、さくらに名を呼ばれた茂と同じように、何も言わなかった。

黙って、押された。

 

鉄の硬度になった泡に包まれ、Xライダーの身体は、逆さになって、流砂に落ちた。

仮面の半分が、砂に沈み込んでしまう。

 

遠距離からでも、この流砂は、改造魔虫アリジゴクに操作されるらしい。

 

流砂の勢いが増し、Xライダーは、擂り鉢の底に頭を突っ込まされた。

白い泡の部分だけが、何とか流砂の外に出ている。

 

それも、その内、砂に埋もれ、そして、奈落へと沈んで行った。

 

Xライダーが沈んでゆくのを見て、相澤は、口の中で歯を打ち鳴らしていた。

 

神敬介の顔を思い出している。

 

あれが、鉄仮面を纏った、人間ではない何かであるという事など、相澤には思いも寄らなかった。相澤には、あの鋼鉄の戦士が、人であるようにしか思えなかったのである。

 

「良く我慢しましたぁ」

 

ハチ女が、ストロンガーを振り返った。

茂は、微動だにしないで、敬介が、人の手で沈められるのを見ていた。

 

「それとも、自分の番が怖くて、何も出来なかったのかしらぁ?」

「――」

 

黙殺――

 

それが、言葉が見付からない為か、言葉を発する事でさえも“動く”の判断材料になる為であるのかは、誰にも分からない。

 

「んー、余り何も言ってくれないのも、つまらないわねぇ」

「――」

「じゃ、今から少しだけ動いても良いわ」

「――」

 

その瞬間、ストロンガーの拳が唸っていた。

 

ハチ女の顔面を殴り抜いた。

改造魔虫を構成している虫たちが床に飛び散り、ぐじゅりと溶けた。

 

「けっ」

 

茂が鋭く言った。

 

「どうせぶん殴ったって死にゃしないんだろう。だったら、最後に一発入れる位、構わないんだろうな」

 

ハチ女の頭が、見る見る再生されてゆく。

 

「そうよぅ。全然、構わないわぁ」

 

ハチ女は、ストロンガーを嘲笑った。

 

「それじゃあ、今度は、君の番……」


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