三崎美術館――
その崩壊したエントランスに、改造人間と改造魔虫が対峙している。
改造魔虫ハチ女は、天井に。
改造魔虫アルマジロンは、入り口の傍。
階段の下に、ストロンガー。
その隣に、Xライダー。
その場に、人間態のアリジゴク、サメ改造魔虫、ゴリガンが乱入して来る。
「何だと⁉」
神啓介・Xライダーが、ハチ女の言葉に対して、言った。
自分と茂が追うべき友達――つまり、仮面ライダーの仲間の中で、改造魔虫たちに斃されたのが、二名から、三名に変わったという言葉に対して、である。
「どういう事だ……」
「言葉のままさ」
改造魔虫アリジゴクが、異形の姿へ変身を遂げながら、言った。
「第三号と四号は爆死、第六号は砂の底に埋めてやったぜ……」
三号とはV3、四号とはライダーマン、六号とはアマゾンである。
「だから、残ってるのは、てめぇらだけさ」
サメ改造魔虫も、姿を変える。
「伝説だろうが、何だろうが、所詮残りは旧式よ……」
ゴリガンが言う。
先に斃されている三人と、この場のXとストロンガーを抜けば、仮面ライダーの名前を関する強化改造人間は、第一号・第二号の二人である。
始まりの男である第一号・本郷猛と、彼を斃す為に改造された第二号・一文字隼人。
ショッカー・ゲルショッカーを滅ぼした彼らが誕生してから、既に四年である。
その間に、どれだけ改造人間の製造技術が発達しているのか――それを考えると、最新型の改造魔虫と、旧型の強化改造人間では、勝負が見えている。
と、彼らは言いたいのであろう。
そうした改造魔虫たちに、敬介と茂は囲まれてしまっていた。
しかも、今は姿が見えないが、まだ、オオカミンとクラブマンも残っているのだ。
「茂――」
敬介は言った。
茂は、ストロンガーの銀色の顎を引いた。
少しは、冷静になったらしい。
「ゆくぞ」
「応――」
駆け出した。
Xライダーは、ライドル・スティックを構えて、サメ改造魔虫に向かう。
ストロンガーは、アルマジロンに走った。
「お話しする心算はないって事かい」
アリジゴクが、眼を細めて笑った。
サメ改造魔虫の前に、アルマジロンが出る。
ストロンガーを迎撃するように、ゴリガンが出て来た。
敬介は、防御力の高さの為に相性の悪いアルマジロンと、再び相対する。
「ちぃ――」
ライドル・スティックで滅多打ちにするも、肩からのタックルで吹き飛ばされてしまう。
「ご所望通り――」
アルマジロンの背を蹴って、サメ改造魔虫が、上空からXライダーに襲い掛かった。
頭上から落ちて来る蹴りを躱し、ライドル・スティックを袈裟掛けに振り落す。
身体を回転させて躱したサメ改造魔虫の、後ろ廻し蹴りが、敬介のボディを打った。
揺らいだそこに、アルマジロンが身体を丸めて突撃して来た。
ガードランが軋み、敬介がマスクの内側で呻く。
サメ改造魔虫は、そのモチーフ故にか、決してXライダーに有利ではない。
アルマジロンは、そのガードのぶ厚さゆえに、Xライダーに対して有利だ。
一方、茂・ストロンガーは、ゴリガンと真正面から組み合った。
コイル・アームの電流を、直に伝えるレガートと組み合っても、ゴリガンに通じた様子はない。
パワーは、互角であった。
「むぅ!」
ストロンガーはゴリガンの手を振り払って、前蹴りをぶち込んだ。
ゴリガンの腹筋が、ストロンガーの剛力を無効化する。
茂・ストロンガーは、ゴリガンの横に入り込み、脇腹に蹴りを入れた。
続けて、パンチを叩き付けてゆく。
「おぅ!」
ばりぃ、
と、左拳に電流が走り、ストロンガーの電パンチが炸裂した。
ゴリガンの、パンチをガードした腕に、焦げ跡が生じる。
肉の焼ける匂いが、ぷぅんと、その場に立ち上がった。
「くむ」
と、歯を噛む茂の足元が、崩れた。
アリジゴクの、戦闘空間形成だ。
陥没した床に、砂の擂り鉢が出現していた。
「お前も生き埋めにしてやるぜ……」
擂り鉢の中心で、アリジゴクが笑っていた。
「けっ」
ストロンガーはそう言うと、両腕を擦り合わせた。
「だったら、てめぇは砂の中で蒸し焼きにしてやるぜ」
エレクトロ・ファイヤーを、砂の中に叩き込んだ。
発生させた磁力で、砂鉄を浮かび上がらせ、導線として用い、電撃を叩き付けるのだ。
砂鉄の黒い筋が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、蒼白い稲妻が、アリジゴクに進む。
だが、電撃の直撃を受けても、アリジゴクは揺るがない。
外骨格の表面に、幾らかの火花が散るのだが、効果はなかった。しかも、下半身を砂に埋めている為、電気は地面に流れてしまうのだ。
それがなくとも、改造魔人と同じ程度の肉体を持つ彼らには、通常の電気技は通じない。
その間にも、ストロンガーのブーツが、流砂の擂り鉢に潜り込んでゆく。
「ぬんっ」
ストロンガーは、カブト虫のパワーを再現した出力で、アリジゴクから脱出する。
アリジゴクと、ゴリガンを、同時に見る事が出来る位置に移動する。
その向こうでは、Xライダーが、サメ改造魔虫とアルマジロンの連携に苦戦していた。
――さぁて……。
と、茂は思考する。
通常の電気技の通じない相手に対しては、超電子ダイナモを起動させる事が必須だ。
そうすれば、超電子の力で、敵を粉微塵にする事が出来るだろう。
だが――ストロンガーが超電子の技を使う事が出来るのは、一分が限界だ。
それを超えると、自爆してしまう。
その間に、一体、この場の改造魔虫を何体破壊する事が出来るか。
そして、自分が斃すべきなのは誰か。
パワーと防御力に優れた、ゴリガンとアルマジロンであろう。
その二人を、一分以内に斃す事が出来るか――。
考えを巡らせるストロンガーに、ゴリガンが拳を向けた。
回避からの、反撃。
拳を腹に打ち付ける。
距離を取った。
――このまま、巧く誘導して……。
茂は、ゴリガンの攻撃を避けつつ、Xライダーと戦っているアルマジロンの傍まで連れてゆこうと考えた。
この二体の距離が近ければ、
その意思を、敬介に伝えようとした時であった。
「え――⁉」
と、驚きという感情が、ざわりと波打って、茂たちの身体を叩いた。
茂・ストロンガーは、ゴリガンの攻撃を、跳んで避けながら、それを見た。
美術館の奥に避難した筈の、さくらを始めとする客たちが、エントランスに戻って来たのだ。
美術館の裏口から逃げ出そうとした客たちであったが、何故か、その扉は固く閉ざされていた。鍵を開けて、ドアノブを回しても、びくともしないのである。
緊急用の斧などを使って、ドアをぶち抜いてみた。
すると、白っぽい壁が、扉のすぐ向こうにはあった。その白い壁が、裏口を封じていた。
窓も同じであった。
それが、クラブマンの放つ、空気中で硬化する泡だとは、誰にも分からない。
突如として自分たちを襲った非日常に、人々は、すっかり怯えてしまっている。
スタッフも、混乱していた。
泣き出す子供たちもいた。それを叱る大人まで現れている。
普通ならば入る事のない、建物の裏側に、人が群れていた。
電気が止まっている。従って、空調も効かなかった。
夏の陽射しが、建物の外側を焼き、内側に熱を伝えている。
じっとりと、脂汗が吹き出していた。
そんな中で、さくらが、周りの人たちのフォローに入っている。
べそを掻く子供を励まし、声を張り上げる大人たちをなだめ、スタッフと逃げ道を探した。
時折、エントランスから聞こえて来る衝撃音に反応する人々を、安心させる為に行動した。
それらの事を、一通り行なった所で、さくらは、吉塚と相澤の下へ行った。
他の人たちに遅れる形で避難して来た二人は、がくがくと震えている。
「大丈夫?」
と、さくらが訊いた。
二人は、歯をかちかちと鳴らすだけであった。
「さ、さくら先輩は……」
吉塚が、震える声で言った。
「怖く、ないん、ですか」
「――」
確かに、今の自分は、些か冷静過ぎるかもしれない。
だが、あの獅子の仮面の戦闘員には、覚えがあった。初めて見た時には、その異様さに怯えもしたが、今は、それ程の怖さはない。
友人・星河深雪の仇である――
恐怖とは対極に位置する、激しい感情――怒りが、さくらにはあった。
そして、その激情に任せて戦おうとした自分を、鋭く一喝してくれた神敬介の言葉で、冷静さを取り戻す事が出来ていた。
「怖いは怖いけど、平気だよ」
さくらには、何の根拠もなかった。
しかし――
あの赤い薔薇を思い出すと、どうしてか、そんな気になって来るのだ。
と、不意に声が上がった。
「開くぞ!」
誰かが言った。
スタッフの一人だったか。
裏口を封じていた、白い壁が、もう少しで突き崩せそうなのだ。
ドアを引き剥がし、コンクリートの硬さの壁を、斧でずっと叩いていたのだ。
小さな亀裂が入り、それが大きくなり、太陽の光が細い筋となって射し込んだ。
がつっ、
と、斧の刃が、白壁にぶつかってゆく。
がつっ、
がつっ、
がつっ!
と、喰い込んだ。
ぽろぽろと、人の腕が通る位の隙間が出来ていた。
後は、その周辺を巧く突き崩してゆけば――
その前にと、斧を持っていたスタッフが、隙間から顔を覗かせた。
大して時間は経っていないのに、太陽光を浴びるのが久し振りな気がしている。
そのスタッフは、外を見た。
けれども、そこには、不思議なものがあった。
球形のものが、何か、管に支えられて浮かんでいる。
その球系の中心で、ぐりりと、黒いものが動いた。
途端、スタッフの顔に、何かが吹き掛けられていた。
壁の孔から吹き込んだのは、白い泡だ。
その泡が、鼻や口を塞いで硬化し、スタッフの息の根を止めてしまった。
顔に白いものを塗りたくって、倒れるスタッフ。
何事かと騒ぎ出す人々の前で、白い壁が、紙を裂くかのように破かれ始めた。
壁の向こう――外側からやって来たのは、改造魔虫クラブマンであった。
その異形に人々はパニックを起こして、逃げ出した。
エントランスの方に、である。
クラブマンは、両手の大きな鋏を振り被って、人々を追い掛け始めた。
蟻の大群のように逃げる。
その中から幾らかの者たちが逸れて、やはり塞がれている窓の方へと走った。
窓が、外側からぶち破られる。
オオカミンであった。
女の身体を、灰色の獣毛が覆っていた。
イヌ科動物の特徴を持った頭部が、びゅんと走り、誰かの首筋にかぶりついた。
動脈が引き千切られ、鮮血が迸る。
「おおおおぉぉぉ~~~んっ」
雌狼の咆哮が、館内に木霊した。
客たちは、改造魔虫に追い立てられて、エントランスへと戻ってしまったのだ。
怪人たちに追われるようにして、エントランスへと足を踏み入れた人々であったが、そこで見る事になった光景にも、彼らは驚き、怯える事となる。
異形の人影が、七つも並んでいたのであるからだ。
それで、パニックが増大する。
その事を楽しむように、サメ改造魔虫と、アリジゴクが、一旦、戦線を離れた。
「待て!」
客たちの方へ向かったサメ改造魔虫に、Xライダーが制止の声を掛ける。
アルマジロンが、Xライダーの道を塞いでしまった。
その妨害にかっとなった敬介は、マーキュリー回路をフル回転させた。
アルマジロンに組み付いてゆく。
アルマジロンの腰で両手をクラッチして、マーキュリー回路から供給されるエネルギーを全身に行き渡らせ、自身の体重を遥かに超えるアルマジロンを持ち上げた。
「むぅんっ!」
と、背中を反らして、アルマジロンの頭部を、後方に打ち付けた。
Xライダーの銀の鎧が、床に橋を作る事となった。
マーキュリー回路のエネルギーで、一時的に増大したパワーでアルマジロンを投げ飛ばしたXライダーは、サメ改造魔虫を追う。
ライドル・ホイップで、サメ改造魔虫を切り裂く事は可能であった。
その前に、ハチ女が天井から落下して来た。
毒針フルーレを、ホイップで受ける。
ライドルを振り抜いて、ハチ女をやり過ごすと、又、人々に迫るサメ改造魔虫を追う。
アリジゴクも、サメ改造魔虫と同じように、人間たちに狙いを定めていた。
間に合わない――!
と、敬介が悲壮な表情を浮かべた。
だが、二体の改造魔虫の道を、床から噴き上がった稲妻の壁が防いだ。
人々を守る、蒼白い、実態なき壁であった。
ストロンガーが、床に電撃を伝わらせて、客たちの前で上昇させたのだ。
エレクトロ・ウォーター・フォールだ。
その電撃の壁に、サメ改造魔虫とアリジゴクが呆気に取られている間に、ストロンガーが駆け出していた。
その姿に、変化が起こった。
カブテクターが展開し、Sポイントと呼ばれる、胸のSのパーツが前方にせり出した。
一回り大きくなったカブテクターの中心で、Sポイントが高速で回転を始める。
ヘルメットの大きな角――カブト・ショックが、伸長し、銀色に発光した。
超電子ダイナモを起動させた――チャージ・アップ形態である。
「らぁっ!」
チャージ・アップしたストロンガーは、電流の壁の前で立ち尽くす改造魔虫二体に対して跳躍し、空中で身体を大の字にして、横に回転させた。
赤い大車輪が、放電しながら、サメ改造魔虫とアリジゴクに迫る。
Sポイントの回転で、身体から放出される超電子が、三〇〇キロのボディを回転させていた。
その脚が、改造魔虫たちを薙ぎ払ってゆく。
サメ改造魔虫は頭を砕かれ、アリジゴクは心臓の位置まで胸を削ぎ飛ばされた。
エレクトロ・ウォーター・フォールがやむのと、ストロンガーの着地及びチャージ・アップ解除は同時であった。
人々は、眼の前に佇む、赤い鎧の戦士に、困惑している。
そんな中で、
「城さん……」
と、そういう声を聞いた。
改造人間にしか聞こえない、か細い声だ。
吉塚と相澤である。
「え?」
さくらが、それに反応した。
人波を描き分けて、ストロンガーの傍までやって来た。
「貴方……」
「――」
ストロンガーは、戦場に戻る為、踵を返した。
咄嗟の事とは言え、チャージ・アップを、巧くやれば使う必要のない敵に対して、使い果たしてしまった。
「茂さんなんですか⁉」
さくらが、ストロンガーの背に問うた。
ストロンガーは答えない。
城茂・ストロンガーは答えなかった。