森の中を駆けている。
風見志郎と、結城丈二であった。
どちらも、強化服を身に着けている。
風見志郎は、蜻蛉をモチーフとした仮面を被っていた。
赤いヘルメットの中心を、白い蛇腹が走っている。
緑色の複眼の上には、触角が伸びていた。
銀色のコンバーター・ラングの中心に、仮面と同じように、しかし赤い蛇腹が並んでいる。
両肩には、滑走の為のマフラーが、翼のように垂れていた。
ツー・ピースのスーツの色は緑で、手足のレガートは白である。
ベルトには、二つの風車が設けられていた。ダブル・タイフーンだ。
そのスーツやプロテクターの表面を、幾つもの傷が走っている。
白いマスクには、内側から吐血した跡があった。
風見志郎・仮面ライダー第三号・V3は、満身創痍の体で、結城丈二に肩を貸されていた。
結城丈二も、風見と同じように強化服を身に纏っている。
シンプルな黒いスーツに、銀のレガート。
小振りな、赤いプロテクター。
ベルトには、小さな四つの風車が並んでいた。
黄色いマフラーを巻いている。
蒼いヘルメットをかぶっていた。
赤い複眼や触覚、眉間のランプなど、仮面ライダーを意識したデザインだ。
口部には、銀色のパーツが取り付けられている。神啓太郎に依る全身改造手術の際に与えられた、試作型パーフェクターである。
深海開発用改造人間――仮面ライダーXに備え付けられている、完成型パーフェクターのような、エネルギー・クロス装置――太陽光や風を、装着者のエネルギーに変換する装置――はないものの、有毒ガスや汚染大気などを浄化し、酸素を取り込む機能を持っていた。
「平気か?」
ライダーマン・結城丈二が、風見に声を掛ける。
「ああ……」
弱々しく、風見・V3が答えた。
異形曼陀羅の倉庫を目指していた二人の前に立ちはだかった、七名の改造魔虫。
彼らの前に、第三・四号のライダーは、劣勢に立たされていた。
「今は撤退する」
その判断を、結城が下し、風見は了承した。
ゴリガンやアルマジロンといった、パワー・タイプの改造魔虫を、V3一人で相手にするのは、困難を極めた。
ライダーマンは、カセット・アームを駆使して善戦するも、防御力の高いクラブマンや、素早いオオカミン・ハチ女などに、決定打を与える事が出来なかった。
ダメージの深い風見に、結城が手を貸して、森の中に逃げ込んだのだ。
「厄介な奴らだ……」
風見が、蚊の鳴くような声で言った。
「確かにな」
結城が頷く。
その音センサーは、追跡者たちの存在を感知していた。
「簡単には、逃がしてくれんか」
「そのようだ」
背後から、生え揃った樹の幹を削ぎ、地面を抉りながら、球状となったアルマジロンが迫って来る。
オオカミン、ゴリガン、サメ改造魔虫などは、枝を掴み、幹を蹴り、梢を鳴らして、追って来ていた。
ハチ女は、上空から、既に二人を見付けているだろう。
ハチ女のオペレーションで、恐らく改造魔虫たちは風見たちを追い詰めようとしている。
彼らの眼であるハチ女を斃す術が、ないではない。
V3のベルトの左側にセットされた、V3ホッパーは、本来は上空に浮かべて、遠方の映像をV3に送信する、小型の監視衛星である。しかし、ホッパーを射出する勢いを、攻撃に転化する事は可能だ。
とは言え、ホッパーの射出を回避されると、回収に時間が掛かる。
ライダーマンのカセット・アームにも、上空のハチ女を墜落させる手段はなかった。
「――結城、止まれ……」
風見が言った。
結城は、その言葉の意味を理解して、舌打ちしながらその場で踏み止まった。
地面から伝わる感触が、柔らかい。
見れば、周辺の樹の背が低くなっている。
改造魔虫アリジゴクの能力が、発動していた。
地面を、自分を中心とした餌場に変えてしまえるのである。
ライダーマンは、ロープ・アームのカセットを右腕にセットした。
カセットに内蔵された頑丈なロープが、腕の中で人差し指と接続される。
鉤爪のようになった人差し指が、ロープと共に飛び出して、樹の枝に引っ掛かった。
ジャンプをすると共に、ロープが巻き取られてゆく。
樹の上に跳び乗り、アリジゴクに巻き込まれる事を回避した。
だが、そのタイミングを狙って、アルマジロンが跳び掛かって来た。
回転する鋼鉄の弾丸――
「結城、離れろ!」
風見は、ライダーマンを押し飛ばした。
空中で、V3に激突するアルマジロン。
アルマジロンを弾いたV3は、ライダーマンが乗った樹の隣の枝に着地した。
アルマジロンがぶつかって来たのは、V3の肩である。
仮面ライダー第一号・第二号は、飛蝗をモチーフとした為に、脚力を強化するスプリングを埋め込まれている。
それに匹敵する強化スプリング筋肉が、V3の肩には内蔵されていた。
だが、空中での衝撃に、V3も跳ね飛ばされる事となった。
アリジゴクに沈みゆこうとする樹の上の、V3とライダーマン。
樹の根元には、アリジゴクと、彼と共に地中からやって来たクラブマンの姿がある。
少し離れた樹の枝に、オオカミンの眼が光っていた。
サメ改造魔虫は、オオカミンの対角線から、二人のライダーを眺める。
着地したアルマジロンを、砲丸のように持ち上げるゴリガンが見えた。
上空には、ハチ女が待機していた。
「万事休す、か」
結城が言った。
ゴリガンが、アルマジロンを投擲する。
V3とライダーマンは、同時に、その射線から逃れた。
地上に向かって跳ぶ二人の上後方で、太い樹がねじ折られる音がした。
アリジゴクの範囲外に着地する。
そこから駆け出そうとした二人であったが、足が、動かない。
「逃がさないよ……」
クラブマンが、二人の足に泡を吹き付けていた。
空気に触れると、即座に硬化する泡だった。
「手こずらせやがって」
アリジゴクが言った。
二人を追い詰めているようだが、その外骨格には、亀裂も入っている。
他の改造魔虫たちにしてもそうであった。
クラブマンは、片方の鋏がない。腕をもがれていた。
ゴリガン、サメ改造魔虫には、打撃痕。
オオカミンには切り傷。
アルマジロンは、鱗を幾らか剥がされている。
無傷に近いのは、高速移動での回避に成功し続けたハチ女のみだ。
身動きの取れないV3とライダーマンに、ゴリガンが歩み寄る。
二メートルを超える身長。
ストロンガーも、カブテクターの為に三〇〇キロを超えるが、ゴリガンの場合は、膨大な筋量の為に、四半トンを差していた。
ゴリガンは、鉄パイプを並べた上に、ゴムの膜を張り付けたような大胸筋に、巨大な拳を叩き付けた。
どぅん、
どぅん、どぅん、
どぅん、どぅん、どぅん、
と、ドラミングしている。
心臓が刺激されて、血液の巡りが加速する。
特に両腕に血液が走り、レスラーの胴体と言っても差支えない腕が、更に一回り以上も太くなった。
その腕を以て、ゴリガンは、二人のライダーを叩き潰してしまう心算だった。
「ごるるるるあぁぁっ!」
ゴリガンは、咆哮と共に、赤と蒼の仮面の改造人間に、巨腕を打ち下ろした。
かっ!
と、爆発が起こった。
眩いばかりの閃光が、押し潰されたV3とライダーマンを包み込んだ。
改造魔虫たちが、腕で身体を庇う。
森を、爆風と爆音が走り抜けてゆく。
樹から、葉が千切れ、枝が跳び、樹皮が削がれて行った。
根っこから吹っ飛んだものもある。
煮え滾る空気に当てられ、燃え尽きた木の葉もあった。
ごぅごぅと、人類の為に戦った戦士たちの魂が、音を立てて掻き消えてゆく。
その場に、焦土が出来ていた。
アリジゴクが作ったのとは比べ物にならない、巨大なクレーターが出来ている。
地面が掘り返されていた。
土が、闇よりも深く焦げ付いている。
その闇のような土と土の隙間から、熾火が覗いていた。
真っ赤な絨毯の上に、黒い小石を並べたかのようであった。
立ち上がる熱気。
ぱちぱちと、火が大地を弾く音。
その中に、七名の改造魔虫の姿があった。
改造人間の姿は、なかった。
その二日後――つまりは、この日の朝である。
仮面ライダーの姿となったアマゾンは、アリジゴク、ゴリガン、サメ改造魔虫の前に、危機に瀕していた。
アリジゴクは、最初に地面に潜った切り、顔を出さない。
サメ改造魔虫は、本来ならば水中の中でこそ真価を発揮するのだろうが、地上であっても、その獰猛さは些かも衰えなかった。
ゴリガンは、スピードでこそアマゾンに劣るが、パワーではアマゾンを圧倒する。
ゴリガンのパンチを躱したと思ったら、サメ改造魔虫が乱打を叩き付けて来る。
サメ改造魔虫の全身は、擦られれば、それで肉が削げる。
生身であれば、撫でられただけで、骨まで剥き出してしまうだろう。
そのような攻撃で、アマゾンは、全身に生え揃った鱗を削られてしまう。
アマゾンの得意技は、引っ掻きや、噛み付きなどである。
爪の長い手は、拳を作るには向かない。
足の爪も長いが、それで相手の肉を突き刺して引き裂く程の強度はない。
組み付いてのバイティングなどは、口の中がずたずたになってしまう。
サメ改造魔虫は、そのような意味で、アマゾンにとって分が悪い。
又、ゴリガンであっても、やはり、アマゾンには不利な相手であった。
空中から、全体重を掛けて跳び掛かるモンキー・アタックは、加速を利用して相手を押し倒し、寝転がった相手の胴体の上という、有利なポジションを得る為のものだ。
飛び掛かりに耐えてしまうゴリガンには、通じない。
下手にクリンチして、捕まえられれば、脱出は出来ない。
ゴリガンを斃すならば、一瞬の隙を突いて、頸動脈をヒレカッターで切り裂く事だ。
その一瞬を、サメ改造魔虫との連携が、突かせてくれなかった。
姿を隠しているアリジゴクも、不気味である。
サメ改造魔虫が、襲い掛かって来た。
蒼い皮膚が、目の粗いやすりのようになっている。
両手と背中に、刃のようなヒレが付いている。
鋭角な頭部が、突撃の際に空気抵抗を減らし、対象への進行を扶助していた。
アマゾンは、振るわれる右腕を躱し、逆に、切り付けてゆく。
ヒレカッターが唸り、サメ改造魔虫の胴体に喰い込んだ。
ぞり、と、肉を削る。
しかし、逆に、ヒレカッターの表面が、削られてしまった。
「けけぇぇんっ!」
アマゾンは甲高く咆哮し、サメ改造魔虫への組討ちを行なう。
自らの傷付く事を恐れていては、斃せる相手ではなかった。
右の爪を、左の肩口に突き立てた。
左腕を駆け上がらせ、頸元にヒレカッターを運ぶ。
だが、不意に足場が沈み、アマゾンは体勢を崩した。
コンクリートの地面が、アリジゴクと化そうとしていた。
サメ改造魔虫が、アマゾンの左腕を、右脇に抱え込んだ。
右掌で肘を押さえ、腰を捻る事で、関節を逆方向に折り曲げた。
「ぇげっ」
アマゾンの左腕が、
めじり、
と、嫌な音を立てて、変な方向を向いた。
サメ改造魔虫が、作り出されようとしているアリジゴクから飛び出した。
アマゾンも、流動する砂を蹴り、擂り鉢から逃げ出した。
しかし、そのアマゾンの眼の前に、ゴリガンが立ちはだかる。
巨大な拳が、中空のアマゾンを捉える。
アマゾンは、アリジゴクの中に落とされそうになった。
まだコンクリートが残っている所に、右腕のヒレカッターを引っ掛けて、堪えた。
そこにゴリガンがやって来て、アマゾンの右腕を掴み上げる。
ぐりり、と、枯れ木を握り潰すように、アマゾンの右腕に力を込めた。
「がぅっ!」
アマゾンが、ゴリガンに咬み付いてゆく。
顎を、ばっくりと開いて、ゴリガンの首筋に牙を突き立てた。
「ぐぅぅ」
「ぐふぅ」
と、頭を振って、牙を潜り込ませようとするものの、ゴリガンの動脈には届かない。
ゴリガンは、右手でアマゾンの頭を掴み、引き剥がした。
左手で、アマゾンの身体を振り回し始める。
濡れタオルを振るうように、アマゾンの身体が空気中を進む。
頭から、コンクリートに叩き付けられた。
牙が、自分の口の中をぐちゃぐちゃに切り裂いてしまう。
ゴリガンは、もう一度アマゾンを持ち上げて、又、道路に投げ落とした。
腕は、まだ、掴んだままである。
肘が捩じられた上、血流が止まっている。アマゾンの右腕は、鱗が剥がれて、人間のそれに戻り、蒼白く細り始めていた。
数度、ゴリガンは、アマゾンを地面に落とした。
野生ライダーの抵抗がなくなった所で、ゴリガンは、アマゾンを放り投げようとする。
と――
「けけーっ!」
アマゾンが、弛緩した肉体に、一瞬にしてパワーを漲らせた。
折られた筈の左腕が唸りを上げて、ヒレカッターがゴリガンに迫る。
大・切・断――!
ヒレカッターが肥大し、鋭角化し、ゴリガンの頸を掻き切りにゆく。
アマゾンの左腕には、ギギの腕輪が装着されている。
インカ帝国の秘宝――古代の超エネルギーが内蔵された腕輪は、アマゾンの生命とも密接に関わっており、奪われる事は即ちアマゾンの死を意味する程だ。
そのギギの腕輪の力の為、アマゾンの左半身は、右半身よりも強靭になっている。
神経の太さなどは、その最たるものである。
このパワーを、一時的に解放する事で、骨折を回復させたのである。
そうして、ゴリガンの咽喉笛を掻き切ったアマゾンであったが――
「ぐわわ⁉」
アマゾンが、驚愕の声を上げた。
確かに、頸骨まで抉り取った筈と思ったが、ゴリガンの両腕は、アマゾンの胴体を掴んだ。
ゴリガンは、アマゾンを、砂の擂り鉢に投げ付けた。
ギギの腕輪の力をも使い果たしたアマゾンは、ゆっくりと、砂の渦の中に呑み込まれて行った。