仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第十九節 敗北

森の中を駆けている。

 

風見志郎と、結城丈二であった。

どちらも、強化服を身に着けている。

 

風見志郎は、蜻蛉をモチーフとした仮面を被っていた。

赤いヘルメットの中心を、白い蛇腹が走っている。

緑色の複眼の上には、触角が伸びていた。

 

銀色のコンバーター・ラングの中心に、仮面と同じように、しかし赤い蛇腹が並んでいる。

 

両肩には、滑走の為のマフラーが、翼のように垂れていた。

 

ツー・ピースのスーツの色は緑で、手足のレガートは白である。

ベルトには、二つの風車が設けられていた。ダブル・タイフーンだ。

 

そのスーツやプロテクターの表面を、幾つもの傷が走っている。

白いマスクには、内側から吐血した跡があった。

 

風見志郎・仮面ライダー第三号・V3は、満身創痍の体で、結城丈二に肩を貸されていた。

 

結城丈二も、風見と同じように強化服を身に纏っている。

 

シンプルな黒いスーツに、銀のレガート。

小振りな、赤いプロテクター。

ベルトには、小さな四つの風車が並んでいた。

黄色いマフラーを巻いている。

蒼いヘルメットをかぶっていた。

赤い複眼や触覚、眉間のランプなど、仮面ライダーを意識したデザインだ。

 

口部には、銀色のパーツが取り付けられている。神啓太郎に依る全身改造手術の際に与えられた、試作型パーフェクターである。

 

深海開発用改造人間――仮面ライダーXに備え付けられている、完成型パーフェクターのような、エネルギー・クロス装置――太陽光や風を、装着者のエネルギーに変換する装置――はないものの、有毒ガスや汚染大気などを浄化し、酸素を取り込む機能を持っていた。

 

「平気か?」

 

ライダーマン・結城丈二が、風見に声を掛ける。

 

「ああ……」

 

弱々しく、風見・V3が答えた。

 

異形曼陀羅の倉庫を目指していた二人の前に立ちはだかった、七名の改造魔虫。

彼らの前に、第三・四号のライダーは、劣勢に立たされていた。

 

「今は撤退する」

 

その判断を、結城が下し、風見は了承した。

 

ゴリガンやアルマジロンといった、パワー・タイプの改造魔虫を、V3一人で相手にするのは、困難を極めた。

 

ライダーマンは、カセット・アームを駆使して善戦するも、防御力の高いクラブマンや、素早いオオカミン・ハチ女などに、決定打を与える事が出来なかった。

 

ダメージの深い風見に、結城が手を貸して、森の中に逃げ込んだのだ。

 

「厄介な奴らだ……」

 

風見が、蚊の鳴くような声で言った。

 

「確かにな」

 

結城が頷く。

その音センサーは、追跡者たちの存在を感知していた。

 

「簡単には、逃がしてくれんか」

「そのようだ」

 

背後から、生え揃った樹の幹を削ぎ、地面を抉りながら、球状となったアルマジロンが迫って来る。

 

オオカミン、ゴリガン、サメ改造魔虫などは、枝を掴み、幹を蹴り、梢を鳴らして、追って来ていた。

 

ハチ女は、上空から、既に二人を見付けているだろう。

ハチ女のオペレーションで、恐らく改造魔虫たちは風見たちを追い詰めようとしている。

 

彼らの眼であるハチ女を斃す術が、ないではない。

 

V3のベルトの左側にセットされた、V3ホッパーは、本来は上空に浮かべて、遠方の映像をV3に送信する、小型の監視衛星である。しかし、ホッパーを射出する勢いを、攻撃に転化する事は可能だ。

 

とは言え、ホッパーの射出を回避されると、回収に時間が掛かる。

ライダーマンのカセット・アームにも、上空のハチ女を墜落させる手段はなかった。

 

「――結城、止まれ……」

 

風見が言った。

 

結城は、その言葉の意味を理解して、舌打ちしながらその場で踏み止まった。

 

地面から伝わる感触が、柔らかい。

見れば、周辺の樹の背が低くなっている。

 

改造魔虫アリジゴクの能力が、発動していた。

地面を、自分を中心とした餌場に変えてしまえるのである。

 

ライダーマンは、ロープ・アームのカセットを右腕にセットした。

カセットに内蔵された頑丈なロープが、腕の中で人差し指と接続される。

鉤爪のようになった人差し指が、ロープと共に飛び出して、樹の枝に引っ掛かった。

 

ジャンプをすると共に、ロープが巻き取られてゆく。

樹の上に跳び乗り、アリジゴクに巻き込まれる事を回避した。

 

だが、そのタイミングを狙って、アルマジロンが跳び掛かって来た。

 

回転する鋼鉄の弾丸――

 

「結城、離れろ!」

 

風見は、ライダーマンを押し飛ばした。

 

空中で、V3に激突するアルマジロン。

 

アルマジロンを弾いたV3は、ライダーマンが乗った樹の隣の枝に着地した。

 

アルマジロンがぶつかって来たのは、V3の肩である。

 

仮面ライダー第一号・第二号は、飛蝗をモチーフとした為に、脚力を強化するスプリングを埋め込まれている。

 

それに匹敵する強化スプリング筋肉が、V3の肩には内蔵されていた。

 

だが、空中での衝撃に、V3も跳ね飛ばされる事となった。

 

アリジゴクに沈みゆこうとする樹の上の、V3とライダーマン。

 

樹の根元には、アリジゴクと、彼と共に地中からやって来たクラブマンの姿がある。

少し離れた樹の枝に、オオカミンの眼が光っていた。

サメ改造魔虫は、オオカミンの対角線から、二人のライダーを眺める。

着地したアルマジロンを、砲丸のように持ち上げるゴリガンが見えた。

上空には、ハチ女が待機していた。

 

「万事休す、か」

 

結城が言った。

 

ゴリガンが、アルマジロンを投擲する。

V3とライダーマンは、同時に、その射線から逃れた。

 

地上に向かって跳ぶ二人の上後方で、太い樹がねじ折られる音がした。

 

アリジゴクの範囲外に着地する。

 

そこから駆け出そうとした二人であったが、足が、動かない。

 

「逃がさないよ……」

 

クラブマンが、二人の足に泡を吹き付けていた。

空気に触れると、即座に硬化する泡だった。

 

「手こずらせやがって」

 

アリジゴクが言った。

二人を追い詰めているようだが、その外骨格には、亀裂も入っている。

 

他の改造魔虫たちにしてもそうであった。

 

クラブマンは、片方の鋏がない。腕をもがれていた。

ゴリガン、サメ改造魔虫には、打撃痕。

オオカミンには切り傷。

アルマジロンは、鱗を幾らか剥がされている。

 

無傷に近いのは、高速移動での回避に成功し続けたハチ女のみだ。

 

身動きの取れないV3とライダーマンに、ゴリガンが歩み寄る。

 

二メートルを超える身長。

ストロンガーも、カブテクターの為に三〇〇キロを超えるが、ゴリガンの場合は、膨大な筋量の為に、四半トンを差していた。

 

ゴリガンは、鉄パイプを並べた上に、ゴムの膜を張り付けたような大胸筋に、巨大な拳を叩き付けた。

 

 

どぅん、

どぅん、どぅん、

どぅん、どぅん、どぅん、

 

 

と、ドラミングしている。

 

心臓が刺激されて、血液の巡りが加速する。

 

特に両腕に血液が走り、レスラーの胴体と言っても差支えない腕が、更に一回り以上も太くなった。

 

その腕を以て、ゴリガンは、二人のライダーを叩き潰してしまう心算だった。

 

「ごるるるるあぁぁっ!」

 

ゴリガンは、咆哮と共に、赤と蒼の仮面の改造人間に、巨腕を打ち下ろした。

 

 

かっ!

 

 

と、爆発が起こった。

 

眩いばかりの閃光が、押し潰されたV3とライダーマンを包み込んだ。

 

改造魔虫たちが、腕で身体を庇う。

 

森を、爆風と爆音が走り抜けてゆく。

樹から、葉が千切れ、枝が跳び、樹皮が削がれて行った。

根っこから吹っ飛んだものもある。

煮え滾る空気に当てられ、燃え尽きた木の葉もあった。

 

ごぅごぅと、人類の為に戦った戦士たちの魂が、音を立てて掻き消えてゆく。

 

その場に、焦土が出来ていた。

 

アリジゴクが作ったのとは比べ物にならない、巨大なクレーターが出来ている。

 

地面が掘り返されていた。

土が、闇よりも深く焦げ付いている。

その闇のような土と土の隙間から、熾火が覗いていた。

真っ赤な絨毯の上に、黒い小石を並べたかのようであった。

 

立ち上がる熱気。

ぱちぱちと、火が大地を弾く音。

 

その中に、七名の改造魔虫の姿があった。

改造人間の姿は、なかった。

 

 

 

 

 

その二日後――つまりは、この日の朝である。

 

仮面ライダーの姿となったアマゾンは、アリジゴク、ゴリガン、サメ改造魔虫の前に、危機に瀕していた。

 

アリジゴクは、最初に地面に潜った切り、顔を出さない。

 

サメ改造魔虫は、本来ならば水中の中でこそ真価を発揮するのだろうが、地上であっても、その獰猛さは些かも衰えなかった。

 

ゴリガンは、スピードでこそアマゾンに劣るが、パワーではアマゾンを圧倒する。

 

ゴリガンのパンチを躱したと思ったら、サメ改造魔虫が乱打を叩き付けて来る。

 

サメ改造魔虫の全身は、擦られれば、それで肉が削げる。

生身であれば、撫でられただけで、骨まで剥き出してしまうだろう。

 

そのような攻撃で、アマゾンは、全身に生え揃った鱗を削られてしまう。

 

アマゾンの得意技は、引っ掻きや、噛み付きなどである。

爪の長い手は、拳を作るには向かない。

足の爪も長いが、それで相手の肉を突き刺して引き裂く程の強度はない。

組み付いてのバイティングなどは、口の中がずたずたになってしまう。

 

サメ改造魔虫は、そのような意味で、アマゾンにとって分が悪い。

 

又、ゴリガンであっても、やはり、アマゾンには不利な相手であった。

 

空中から、全体重を掛けて跳び掛かるモンキー・アタックは、加速を利用して相手を押し倒し、寝転がった相手の胴体の上という、有利なポジションを得る為のものだ。

飛び掛かりに耐えてしまうゴリガンには、通じない。

 

噛み付き(ジャガー・ショック)も、引っ掻きも、ゴリガンの筋肉には通らなかった。

 

下手にクリンチして、捕まえられれば、脱出は出来ない。

 

ゴリガンを斃すならば、一瞬の隙を突いて、頸動脈をヒレカッターで切り裂く事だ。

 

その一瞬を、サメ改造魔虫との連携が、突かせてくれなかった。

姿を隠しているアリジゴクも、不気味である。

 

サメ改造魔虫が、襲い掛かって来た。

蒼い皮膚が、目の粗いやすりのようになっている。

両手と背中に、刃のようなヒレが付いている。

鋭角な頭部が、突撃の際に空気抵抗を減らし、対象への進行を扶助していた。

 

アマゾンは、振るわれる右腕を躱し、逆に、切り付けてゆく。

ヒレカッターが唸り、サメ改造魔虫の胴体に喰い込んだ。

 

ぞり、と、肉を削る。

しかし、逆に、ヒレカッターの表面が、削られてしまった。

 

「けけぇぇんっ!」

 

アマゾンは甲高く咆哮し、サメ改造魔虫への組討ちを行なう。

自らの傷付く事を恐れていては、斃せる相手ではなかった。

 

右の爪を、左の肩口に突き立てた。

左腕を駆け上がらせ、頸元にヒレカッターを運ぶ。

 

だが、不意に足場が沈み、アマゾンは体勢を崩した。

コンクリートの地面が、アリジゴクと化そうとしていた。

 

サメ改造魔虫が、アマゾンの左腕を、右脇に抱え込んだ。

右掌で肘を押さえ、腰を捻る事で、関節を逆方向に折り曲げた。

 

「ぇげっ」

 

アマゾンの左腕が、

 

 

 めじり、

 

 

と、嫌な音を立てて、変な方向を向いた。

 

サメ改造魔虫が、作り出されようとしているアリジゴクから飛び出した。

 

アマゾンも、流動する砂を蹴り、擂り鉢から逃げ出した。

しかし、そのアマゾンの眼の前に、ゴリガンが立ちはだかる。

 

巨大な拳が、中空のアマゾンを捉える。

 

アマゾンは、アリジゴクの中に落とされそうになった。

まだコンクリートが残っている所に、右腕のヒレカッターを引っ掛けて、堪えた。

 

そこにゴリガンがやって来て、アマゾンの右腕を掴み上げる。

ぐりり、と、枯れ木を握り潰すように、アマゾンの右腕に力を込めた。

 

「がぅっ!」

 

アマゾンが、ゴリガンに咬み付いてゆく。

顎を、ばっくりと開いて、ゴリガンの首筋に牙を突き立てた。

 

「ぐぅぅ」

「ぐふぅ」

 

と、頭を振って、牙を潜り込ませようとするものの、ゴリガンの動脈には届かない。

 

ゴリガンは、右手でアマゾンの頭を掴み、引き剥がした。

 

左手で、アマゾンの身体を振り回し始める。

濡れタオルを振るうように、アマゾンの身体が空気中を進む。

 

頭から、コンクリートに叩き付けられた。

牙が、自分の口の中をぐちゃぐちゃに切り裂いてしまう。

 

ゴリガンは、もう一度アマゾンを持ち上げて、又、道路に投げ落とした。

 

腕は、まだ、掴んだままである。

肘が捩じられた上、血流が止まっている。アマゾンの右腕は、鱗が剥がれて、人間のそれに戻り、蒼白く細り始めていた。

 

数度、ゴリガンは、アマゾンを地面に落とした。

 

野生ライダーの抵抗がなくなった所で、ゴリガンは、アマゾンを放り投げようとする。

 

と――

 

「けけーっ!」

 

アマゾンが、弛緩した肉体に、一瞬にしてパワーを漲らせた。

折られた筈の左腕が唸りを上げて、ヒレカッターがゴリガンに迫る。

 

 

大・切・断――!

 

 

ヒレカッターが肥大し、鋭角化し、ゴリガンの頸を掻き切りにゆく。

 

アマゾンの左腕には、ギギの腕輪が装着されている。

 

インカ帝国の秘宝――古代の超エネルギーが内蔵された腕輪は、アマゾンの生命とも密接に関わっており、奪われる事は即ちアマゾンの死を意味する程だ。

 

そのギギの腕輪の力の為、アマゾンの左半身は、右半身よりも強靭になっている。

神経の太さなどは、その最たるものである。

 

このパワーを、一時的に解放する事で、骨折を回復させたのである。

 

そうして、ゴリガンの咽喉笛を掻き切ったアマゾンであったが――

 

「ぐわわ⁉」

 

アマゾンが、驚愕の声を上げた。

 

確かに、頸骨まで抉り取った筈と思ったが、ゴリガンの両腕は、アマゾンの胴体を掴んだ。

 

ゴリガンは、アマゾンを、砂の擂り鉢に投げ付けた。

 

ギギの腕輪の力をも使い果たしたアマゾンは、ゆっくりと、砂の渦の中に呑み込まれて行った。


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