仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第十八節 焦燥

戦闘員たちを打ち倒した敬介は、視線を感じた。

 

その先を辿れば、受付の男を殴り倒した、猪首の男が立っている。

敬介の事を、じぃっと眺めていた。

 

改造魔虫アルマジロンであった。

 

「貴様は?」

 

敬介が問う。

 

「改造魔虫――」

 

猪首の男は、そう言うなり、敬介に襲い掛かって来た。

 

床を蹴って、一息に距離を詰めた。

右の拳を放って来た。

 

敬介は顔を横に傾けて躱し、カウンターのパンチを、アルマジロンの顔に打ち付けた。

しかし、その太い頸が、衝撃を全て吸収してしまう。

 

敬介は後方に跳んだ。

アルマジロンは、すぐには追って来なかった。

 

「改造魔虫だと?」

 

敬介が言った。

 

「ブラックサタンか? それとも、デルザーの残党か」

「ふふん」

 

アルマジロンは、そうやって笑うだけで、答えようとはしなかった。

 

「どうせ、お前たちは、死ぬ――」

「死ぬ⁉」

「だから、聞いても、意味はない……」

 

アルマジロンの顔に、変身の前兆が浮かんだ。

 

背骨が、ごつんごつん、と、音を立てて、曲がってゆく。

 

皮膚の表面に、黒い蟲のようなものが、ふつふつと湧き出して来た。

体毛である。

体毛は、あっと言う間にアルマジロンの全身を覆った。

その体毛が、硬化して、皮膚の上にもう一枚の皮膚を作り上げてゆく。

 

全身が二回りは太くなっていた。

頸と顎との境目がなくなっている。

 

辛うじて、体毛の硬化した鱗の間から覗いていた双眸の下から、顔が突き出して来た。

 

 

ぐにぃ、

ぐにぃぃ、

 

 

と、鼻から下顎に掛けてがせり出して来る。

 

鱗が割り開かれて、牙と舌が覗いた。

しゅ、と、牙の間から空気が漏れる。

唾液をたっぷりと纏った長い舌が、赤々としていた。

 

改造魔虫アルマジロンは、重そうな外見からは想像も出来ない速度で、敬介に迫った。

太く、硬い腕が、敬介に振り下ろされる。

 

敬介が躱すと、アルマジロンの腕はそのまま床を砕いてしまった。

 

「とぁっ!」

 

敬介が、アルマジロンに対して蹴りを敢行する。

衝撃は通らず、寧ろ、こちらの肉体に丸ごと返って来てしまう。

 

アルマジロンの肩口を蹴ったのと同時に、後方に飛びずさらなければ、人工筋肉と甲鉄の骨格で造られた脚であっても、破壊されていたかもしれない。

 

アルマジロンと距離を取る。

 

階段の上では、茂がハチ女と相対していた。

 

アルマジロンは、敬介に歩み寄りながら、

 

ぐ、

ぐ、

 

と、不気味な笑い声を上げている。

 

この姿のままでは不味い――

 

敬介は脳波を飛ばした。

 

すると、建物の扉を突き破り、白い弾丸が突入して来る。

 

アルマジロンが、入り込んで来た潮風と太陽と、白いオートバイの射線から飛び退いた。

二基のプロペラを回転させる、白いマシンは、クルーザーである。

 

敬介は、愛機に飛び乗りながら、両手で変身アイテムを引き抜いていた。

 

レッド・アイザー。

パーフェクター。

 

敬介の脳波を受けて無人走行するクルーザーを、アルマジロンの周囲を走らせる。

 

そうしている間に、茂とハチ女との間に、赤い甲鉄虫――ストロング・ゼクターが乱入していた。

 

茂が、コイル・アームを擦り合わせ、階段に押し当てた。

 

 

ばぢぢぢぢぢっ!

 

 

と、稲妻が床から生えて来る。

 

その中心で、茂はストロング・ゼクターを頭上に戴いた。

 

コイル・アーム同士を接触させる事で発生した電力が、ストロング・ゼクターを起動させる。

 

又、茂の体内に埋め込まれたマグネット・パワーを発動させ、カブテクターを自動的に装着させた。

 

稲妻の包囲網の中で、ストロンガーへと変身する茂。

 

敬介も亦、胸部に組み込まれたマーキュリー回路を作動させた。

クルーザーに積載された銀色の強化服と、赤と黒のプロテクターが、敬介の身体を包んでゆく。

 

最後に、レッド・アイザーがXマスクを形成し、パーフェクターを口元にぶち込んだ。

 

鋼鉄の強化服が、完全に肉体とリンクする。

脳髄に端子が挿し込まれ、全神経に激痛が走った。

 

その痛みが、生の証明だ。

その生が、痛みの代償だ。

 

神敬介――仮面ライダー第五号・Xは、腰のベルトからライドルを引き抜いた。

バックルの風車が回転する。

 

可変武器ライドルは、グリップのスイッチを操作する事で、

 

 スティック

 ホイップ

 ロープ

 ロング・ポール

 

などに姿を変える。

 

しゅるしゅると、赤いグリップから銀の棒が伸びてゆく。

 

ライドル・スティックを構えながら、Xライダーはクルーザーから跳び下りた。

 

天井高くまで舞い上がったXは、自分を見上げるアルマジロンの頭部に、ライドル・スティックを全力で叩き付けた。

 

ライドル脳天割り――電流を纏う一撃が、アルマジロンの頭頂を襲う。

 

だが、ライドルが帯びていた電気は、アルマジロンの体毛を伝い、床に逃れてしまった。

 

不意打ちに失敗したXライダーは、アルマジロンからの反撃を回避する。

着地するライダーX・神敬介に、アルマジロンが突撃を仕掛けた。

 

顔を狙って来た腕の薙ぎ払いを、身体を沈める事で躱す敬介。

擦れ違いざま、ライドル・スティックでその胴体を叩いた。

 

真剣であれば、相手が甲冑を身に着けていても切断するような一撃だ。

 

アルマジロンは、その打撃に呻いたものの、すぐにXが駆け抜けた後方を振り向いた。

やはり、電撃は通じていない。

 

茂が戦ったデルザー軍団の改造魔人たちには、ストロンガーの電気技の殆どが通用しなかった。

 

それと同じ肉体を、改造魔虫と名乗った彼らは持っているらしい。

 

仮面ライダーX・神敬介の持つライドルが放てる電気ショックは、ストロンガーのそれよりも微弱であるから、ライドルでの攻撃は打撃としてのみ有効である。

 

Xライダー・敬介は、ライドルを逆手に持ち、身体の陰に隠した。

左手を、牽制するように前に出して構える。

 

改造魔虫アルマジロンは、ライドルでの電流攻撃が無意味だと、Xライダーを嘲笑っているようであった。

 

Xライダーと向き合うアルマジロンの頭上で、ストロンガーとハチ女が言葉を交わしている。

 

「随分と面白い事を言っていたようだが――」

 

ハチ女が、ライダーを全滅させると宣言した事である。

 

「それより先に、あんたの翅を引き千切ってやるぜ」

「そう巧くいくかしら」

 

ハチ女が笑った。

 

「だって、もう、二人のライダーは斃れているのよ」

 

敬介は、ハチ女の言葉に反応した。

 

「何⁉」

 

それを見て、アルマジロンが笑った。

 

「仮面ライダー第三号と四号は、俺たちが、既に、斃した……」

「何だと⁉」

 

第三号とは、仮面ライダーV3・風見志郎である。

第四号とは、ライダーマン・結城丈二の事であった。

 

敬介に先んじて、戦闘員から異形の曼陀羅の情報を入手した風見と結城は、倉庫に向かう途中、七名の改造魔虫の待ち伏せに遭い、戦闘に突入。

 

その結果、辛勝ではあったが、改造魔虫たちに軍配が上がったらしい。

 

 

 

 

 

「だから、何だってんだ」

 

城茂・ストロンガーが、天井のハチ女に言っていた。

 

「先輩たちを斃したからって、俺を斃せると思うなよ」

 

ストロンガーはそう言うと、コイル・アームを触れ合わせた。

そうして、壁に向かって片手を突き出した。

 

壁を伝い、天井のハチ女に向かって、電撃が迸る。

 

咄嗟の所で天井を蹴ったハチ女が直前までいた場所は、ストロンガーが放った電撃の為に、崩れ落ちてしまった。

 

エレクトロ・ファイヤー――或いは、電ショックの名で呼ばれる技だ。

 

二階の床に下り立つハチ女。

 

ストロンガー・茂が、その細身に蹴りを打ち込んでゆく。

ハチ女は、軽く床を蹴るだけで、ミドルキックに身体の下を潜らせた。

 

「ちょこまかすんじゃねぇ!」

 

ストロンガーのパンチが、空中のハチ女に放たれた。

 

ハチ女の翅が振動する。

すると、その姿がストロンガーの視界から、忽然と掻き消えた。

 

「む⁉」

「こっちよぅ、坊や」

 

ストロンガーの耳元で、ハチ女の声がした。

ハチ女の中指の毒針フルーレがしなり、カブテクターに斬り付けた。

 

ダメージはない。

しかし、捉え切れない高速移動であった。

 

「ちぃっ」

 

至近距離のハチ女に、膝を蹴り上げてゆく。

ハチ女は、ストロンガーのその膝の上に両足を載せ、蹴りの威力で上昇した。

桜の花びらが舞うように、華麗に階段に着地する。

 

「のろまね」

 

ハチ女が侮蔑の言葉を述べた。

 

「只の、木偶の坊……」

「このアマ!」

 

口汚くハチ女を罵倒し、ストロンガーが躍り掛かってゆく。

 

ハチ女は、その特性である高速移動を用いて、ストロンガーを翻弄した。

 

強化服相手の攻撃力自体は、ほぼ皆無に等しいハチ女であったが、機動力では遥かに勝る。

 

城茂・ストロンガーは、自分の攻撃が尽く回避され、逆に、向こうの攻めを良いように喰らうままの状況に苛立ち、焦燥し、体力を削られて行った。

 

その挙句、階段のふちに立ったハチ女にパンチを躱され、背後を取られ、

 

ぽん、

 

と、軽く背中を押された。

 

それだけで、無様に階段から転げ落ちてしまった。

 

三〇〇キロ越えの超強化服が、美術館の床に、どすんとめり込んだのである。

 

 

 

 

 

アルマジロンの攻撃を、敬介は躱しながら、反撃の機会を伺っていた。

 

アルマジロンは、ストロンガーと同じく重量級である。

パンチ、蹴り、突撃――それらの一撃が、充分に重い。

胸部装甲・ガードランを、一発でぶち破る事が出来る。

 

その攻撃を、躱し、避け、いなし、時には受けながら、神敬介・Xライダーは、カウンターを狙っている。

 

だが、何度か身体にパンチや蹴りを打ち込む事が出来ても、ダメージは通らない。

 

硬質化した体毛――鱗が、鎧となっている。

 

そもそも戦闘用ではなく、深海開発用改造人間であったXライダーは、攻撃力で言うのなら、決して高い方ではない。

 

それを補う為の、ライドルや、マーキュリー回路であった。

 

ライドル・スティックの電気ショックだけではなく、ライドル・ホイップ(剣)に依る斬撃であっても、アルマジロンには通用しない。

 

マーキュリー回路の再改造で上昇したパワーも、通らなかった。

 

相手に組み付いてから発動するあの技であれば――と、思わぬではないが、重量級のアルマジロンを投げ飛ばすだけの出力を、マーキュリー回路から供給する間に、アルマジロンの怪力で振り払われてしまう。

 

ここは、茂と交代して――

 

と、敬介は考えた。

 

ストロンガーであれば、アルマジロンの破壊は、決して困難ではない。

膂力がXとは桁違いである。

 

又、改造魔虫には通じないライドルの電気技だが、ストロンガーの超電子技ならば通用する。

 

事実、先程の戦闘員たちにも採用されている、絶縁性の皮膚だったが、常に帯電している茂のコイル・アームで掴まれた際、破壊されている。

 

だが、そのストロンガー・茂は、ハチ女の高速移動に翻弄され、階段の下に落下していた。

 

一度見た映像を、スローモーションで再生する事の出来る、ビデオ・シグナル機能を持つストロンガーならば、決して捉え切れない速度ではない筈だ。

 

そうではなくとも、あのタイプの改造人間の攻略方法を、仮面ライダーたちは、本郷猛・仮面ライダー第一号から共有している。

 

攻撃力で、この場に於いては最強のストロンガーに、斃せない相手ではないのだ。

 

にも拘らず、茂は冷静さを欠いていた。

この状況で、敵対する相手を交代するなどと、提案を聞き入れる事は出来ない。

 

敬介にしても、それを出来るような戦況ではなかった。

 

「ぬぅ」

 

敬介はXマスクの内側で唸り、アルマジロンの左腕の薙ぎ払いを、身体を沈めて回避する。

 

振り抜いたその腕に取り付き、Xライダーはアルマジロンを投げ飛ばす。

 

倒れたアルマジロンを踏みにゆこうとするXライダーだが、アルマジロンは身体を丸めて移動してしまった。

 

そうして、Xライダーとの間に、助走が出来る距離を作り、襲い掛かって来た。

巨大な鉄球となったアルマジロンを、紙一重で避ける。

 

アルマジロンのゆく先に――

 

「茂!」

 

敬介が声を上げた。

そこには、立ち上がって来たばかりのストロンガーがいた。

 

カブテクターの中心に、アルマジロンの回転する身体が直撃した。

 

ウェイト自体はストロンガーの方が重い。

跳ね飛ばされたのはアルマジロンであったが、ぐらついたのはストロンガーであった。

 

Xライダー・敬介の方に戻って来るアルマジロン。

 

横に移動したXライダーだが、アルマジロンの陰に隠れていたハチ女の毒針フルーレで、ガードランを引っ掻かれた。

 

ライドル・ホイップでの反撃を試みるXライダー。

ハチ女は剣圧で舞い上がり、天井に張り付いた。

 

「どう、面白いでしょう?」

 

ハチ女が言った。

 

「貴方たちも、お友達二人の後を追わせて上げるわ……」

「さっきからやかましい女だな!」

 

アルマジロンの突撃のダメージから回復したストロンガーが、天井に叫ぶ。

 

「茂、落ち着け……」

 

敬介が言った。

 

「しかし……」

 

茂が、敬介の方を向いた。

 

その視界に、建物の中に、先程クルーザーが開けた大穴から、三つの影が入って来るのが、捉えられた。

 

革のジャンバーを着た男。

背の高い、肩幅の広い男。

顔の蒼い、痩せぎすの男。

 

身体も服も傷だらけであったが、殺気に溢れた顔立ちであった。

 

「――訂正するわ」

 

彼らを見て、ハチ女が言った。

 

「貴方たちが追うお友達は、これで、三人になったわね」


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