戦闘員たちを打ち倒した敬介は、視線を感じた。
その先を辿れば、受付の男を殴り倒した、猪首の男が立っている。
敬介の事を、じぃっと眺めていた。
改造魔虫アルマジロンであった。
「貴様は?」
敬介が問う。
「改造魔虫――」
猪首の男は、そう言うなり、敬介に襲い掛かって来た。
床を蹴って、一息に距離を詰めた。
右の拳を放って来た。
敬介は顔を横に傾けて躱し、カウンターのパンチを、アルマジロンの顔に打ち付けた。
しかし、その太い頸が、衝撃を全て吸収してしまう。
敬介は後方に跳んだ。
アルマジロンは、すぐには追って来なかった。
「改造魔虫だと?」
敬介が言った。
「ブラックサタンか? それとも、デルザーの残党か」
「ふふん」
アルマジロンは、そうやって笑うだけで、答えようとはしなかった。
「どうせ、お前たちは、死ぬ――」
「死ぬ⁉」
「だから、聞いても、意味はない……」
アルマジロンの顔に、変身の前兆が浮かんだ。
背骨が、ごつんごつん、と、音を立てて、曲がってゆく。
皮膚の表面に、黒い蟲のようなものが、ふつふつと湧き出して来た。
体毛である。
体毛は、あっと言う間にアルマジロンの全身を覆った。
その体毛が、硬化して、皮膚の上にもう一枚の皮膚を作り上げてゆく。
全身が二回りは太くなっていた。
頸と顎との境目がなくなっている。
辛うじて、体毛の硬化した鱗の間から覗いていた双眸の下から、顔が突き出して来た。
ぐにぃ、
ぐにぃぃ、
と、鼻から下顎に掛けてがせり出して来る。
鱗が割り開かれて、牙と舌が覗いた。
しゅ、と、牙の間から空気が漏れる。
唾液をたっぷりと纏った長い舌が、赤々としていた。
改造魔虫アルマジロンは、重そうな外見からは想像も出来ない速度で、敬介に迫った。
太く、硬い腕が、敬介に振り下ろされる。
敬介が躱すと、アルマジロンの腕はそのまま床を砕いてしまった。
「とぁっ!」
敬介が、アルマジロンに対して蹴りを敢行する。
衝撃は通らず、寧ろ、こちらの肉体に丸ごと返って来てしまう。
アルマジロンの肩口を蹴ったのと同時に、後方に飛びずさらなければ、人工筋肉と甲鉄の骨格で造られた脚であっても、破壊されていたかもしれない。
アルマジロンと距離を取る。
階段の上では、茂がハチ女と相対していた。
アルマジロンは、敬介に歩み寄りながら、
ぐ、
ぐ、
と、不気味な笑い声を上げている。
この姿のままでは不味い――
敬介は脳波を飛ばした。
すると、建物の扉を突き破り、白い弾丸が突入して来る。
アルマジロンが、入り込んで来た潮風と太陽と、白いオートバイの射線から飛び退いた。
二基のプロペラを回転させる、白いマシンは、クルーザーである。
敬介は、愛機に飛び乗りながら、両手で変身アイテムを引き抜いていた。
レッド・アイザー。
パーフェクター。
敬介の脳波を受けて無人走行するクルーザーを、アルマジロンの周囲を走らせる。
そうしている間に、茂とハチ女との間に、赤い甲鉄虫――ストロング・ゼクターが乱入していた。
茂が、コイル・アームを擦り合わせ、階段に押し当てた。
ばぢぢぢぢぢっ!
と、稲妻が床から生えて来る。
その中心で、茂はストロング・ゼクターを頭上に戴いた。
コイル・アーム同士を接触させる事で発生した電力が、ストロング・ゼクターを起動させる。
又、茂の体内に埋め込まれたマグネット・パワーを発動させ、カブテクターを自動的に装着させた。
稲妻の包囲網の中で、ストロンガーへと変身する茂。
敬介も亦、胸部に組み込まれたマーキュリー回路を作動させた。
クルーザーに積載された銀色の強化服と、赤と黒のプロテクターが、敬介の身体を包んでゆく。
最後に、レッド・アイザーがXマスクを形成し、パーフェクターを口元にぶち込んだ。
鋼鉄の強化服が、完全に肉体とリンクする。
脳髄に端子が挿し込まれ、全神経に激痛が走った。
その痛みが、生の証明だ。
その生が、痛みの代償だ。
神敬介――仮面ライダー第五号・Xは、腰のベルトからライドルを引き抜いた。
バックルの風車が回転する。
可変武器ライドルは、グリップのスイッチを操作する事で、
スティック
ホイップ
ロープ
ロング・ポール
などに姿を変える。
しゅるしゅると、赤いグリップから銀の棒が伸びてゆく。
ライドル・スティックを構えながら、Xライダーはクルーザーから跳び下りた。
天井高くまで舞い上がったXは、自分を見上げるアルマジロンの頭部に、ライドル・スティックを全力で叩き付けた。
ライドル脳天割り――電流を纏う一撃が、アルマジロンの頭頂を襲う。
だが、ライドルが帯びていた電気は、アルマジロンの体毛を伝い、床に逃れてしまった。
不意打ちに失敗したXライダーは、アルマジロンからの反撃を回避する。
着地するライダーX・神敬介に、アルマジロンが突撃を仕掛けた。
顔を狙って来た腕の薙ぎ払いを、身体を沈める事で躱す敬介。
擦れ違いざま、ライドル・スティックでその胴体を叩いた。
真剣であれば、相手が甲冑を身に着けていても切断するような一撃だ。
アルマジロンは、その打撃に呻いたものの、すぐにXが駆け抜けた後方を振り向いた。
やはり、電撃は通じていない。
茂が戦ったデルザー軍団の改造魔人たちには、ストロンガーの電気技の殆どが通用しなかった。
それと同じ肉体を、改造魔虫と名乗った彼らは持っているらしい。
仮面ライダーX・神敬介の持つライドルが放てる電気ショックは、ストロンガーのそれよりも微弱であるから、ライドルでの攻撃は打撃としてのみ有効である。
Xライダー・敬介は、ライドルを逆手に持ち、身体の陰に隠した。
左手を、牽制するように前に出して構える。
改造魔虫アルマジロンは、ライドルでの電流攻撃が無意味だと、Xライダーを嘲笑っているようであった。
Xライダーと向き合うアルマジロンの頭上で、ストロンガーとハチ女が言葉を交わしている。
「随分と面白い事を言っていたようだが――」
ハチ女が、ライダーを全滅させると宣言した事である。
「それより先に、あんたの翅を引き千切ってやるぜ」
「そう巧くいくかしら」
ハチ女が笑った。
「だって、もう、二人のライダーは斃れているのよ」
敬介は、ハチ女の言葉に反応した。
「何⁉」
それを見て、アルマジロンが笑った。
「仮面ライダー第三号と四号は、俺たちが、既に、斃した……」
「何だと⁉」
第三号とは、仮面ライダーV3・風見志郎である。
第四号とは、ライダーマン・結城丈二の事であった。
敬介に先んじて、戦闘員から異形の曼陀羅の情報を入手した風見と結城は、倉庫に向かう途中、七名の改造魔虫の待ち伏せに遭い、戦闘に突入。
その結果、辛勝ではあったが、改造魔虫たちに軍配が上がったらしい。
「だから、何だってんだ」
城茂・ストロンガーが、天井のハチ女に言っていた。
「先輩たちを斃したからって、俺を斃せると思うなよ」
ストロンガーはそう言うと、コイル・アームを触れ合わせた。
そうして、壁に向かって片手を突き出した。
壁を伝い、天井のハチ女に向かって、電撃が迸る。
咄嗟の所で天井を蹴ったハチ女が直前までいた場所は、ストロンガーが放った電撃の為に、崩れ落ちてしまった。
エレクトロ・ファイヤー――或いは、電ショックの名で呼ばれる技だ。
二階の床に下り立つハチ女。
ストロンガー・茂が、その細身に蹴りを打ち込んでゆく。
ハチ女は、軽く床を蹴るだけで、ミドルキックに身体の下を潜らせた。
「ちょこまかすんじゃねぇ!」
ストロンガーのパンチが、空中のハチ女に放たれた。
ハチ女の翅が振動する。
すると、その姿がストロンガーの視界から、忽然と掻き消えた。
「む⁉」
「こっちよぅ、坊や」
ストロンガーの耳元で、ハチ女の声がした。
ハチ女の中指の毒針フルーレがしなり、カブテクターに斬り付けた。
ダメージはない。
しかし、捉え切れない高速移動であった。
「ちぃっ」
至近距離のハチ女に、膝を蹴り上げてゆく。
ハチ女は、ストロンガーのその膝の上に両足を載せ、蹴りの威力で上昇した。
桜の花びらが舞うように、華麗に階段に着地する。
「のろまね」
ハチ女が侮蔑の言葉を述べた。
「只の、木偶の坊……」
「このアマ!」
口汚くハチ女を罵倒し、ストロンガーが躍り掛かってゆく。
ハチ女は、その特性である高速移動を用いて、ストロンガーを翻弄した。
強化服相手の攻撃力自体は、ほぼ皆無に等しいハチ女であったが、機動力では遥かに勝る。
城茂・ストロンガーは、自分の攻撃が尽く回避され、逆に、向こうの攻めを良いように喰らうままの状況に苛立ち、焦燥し、体力を削られて行った。
その挙句、階段のふちに立ったハチ女にパンチを躱され、背後を取られ、
ぽん、
と、軽く背中を押された。
それだけで、無様に階段から転げ落ちてしまった。
三〇〇キロ越えの超強化服が、美術館の床に、どすんとめり込んだのである。
アルマジロンの攻撃を、敬介は躱しながら、反撃の機会を伺っていた。
アルマジロンは、ストロンガーと同じく重量級である。
パンチ、蹴り、突撃――それらの一撃が、充分に重い。
胸部装甲・ガードランを、一発でぶち破る事が出来る。
その攻撃を、躱し、避け、いなし、時には受けながら、神敬介・Xライダーは、カウンターを狙っている。
だが、何度か身体にパンチや蹴りを打ち込む事が出来ても、ダメージは通らない。
硬質化した体毛――鱗が、鎧となっている。
そもそも戦闘用ではなく、深海開発用改造人間であったXライダーは、攻撃力で言うのなら、決して高い方ではない。
それを補う為の、ライドルや、マーキュリー回路であった。
ライドル・スティックの電気ショックだけではなく、ライドル・ホイップ(剣)に依る斬撃であっても、アルマジロンには通用しない。
マーキュリー回路の再改造で上昇したパワーも、通らなかった。
相手に組み付いてから発動するあの技であれば――と、思わぬではないが、重量級のアルマジロンを投げ飛ばすだけの出力を、マーキュリー回路から供給する間に、アルマジロンの怪力で振り払われてしまう。
ここは、茂と交代して――
と、敬介は考えた。
ストロンガーであれば、アルマジロンの破壊は、決して困難ではない。
膂力がXとは桁違いである。
又、改造魔虫には通じないライドルの電気技だが、ストロンガーの超電子技ならば通用する。
事実、先程の戦闘員たちにも採用されている、絶縁性の皮膚だったが、常に帯電している茂のコイル・アームで掴まれた際、破壊されている。
だが、そのストロンガー・茂は、ハチ女の高速移動に翻弄され、階段の下に落下していた。
一度見た映像を、スローモーションで再生する事の出来る、ビデオ・シグナル機能を持つストロンガーならば、決して捉え切れない速度ではない筈だ。
そうではなくとも、あのタイプの改造人間の攻略方法を、仮面ライダーたちは、本郷猛・仮面ライダー第一号から共有している。
攻撃力で、この場に於いては最強のストロンガーに、斃せない相手ではないのだ。
にも拘らず、茂は冷静さを欠いていた。
この状況で、敵対する相手を交代するなどと、提案を聞き入れる事は出来ない。
敬介にしても、それを出来るような戦況ではなかった。
「ぬぅ」
敬介はXマスクの内側で唸り、アルマジロンの左腕の薙ぎ払いを、身体を沈めて回避する。
振り抜いたその腕に取り付き、Xライダーはアルマジロンを投げ飛ばす。
倒れたアルマジロンを踏みにゆこうとするXライダーだが、アルマジロンは身体を丸めて移動してしまった。
そうして、Xライダーとの間に、助走が出来る距離を作り、襲い掛かって来た。
巨大な鉄球となったアルマジロンを、紙一重で避ける。
アルマジロンのゆく先に――
「茂!」
敬介が声を上げた。
そこには、立ち上がって来たばかりのストロンガーがいた。
カブテクターの中心に、アルマジロンの回転する身体が直撃した。
ウェイト自体はストロンガーの方が重い。
跳ね飛ばされたのはアルマジロンであったが、ぐらついたのはストロンガーであった。
Xライダー・敬介の方に戻って来るアルマジロン。
横に移動したXライダーだが、アルマジロンの陰に隠れていたハチ女の毒針フルーレで、ガードランを引っ掻かれた。
ライドル・ホイップでの反撃を試みるXライダー。
ハチ女は剣圧で舞い上がり、天井に張り付いた。
「どう、面白いでしょう?」
ハチ女が言った。
「貴方たちも、お友達二人の後を追わせて上げるわ……」
「さっきからやかましい女だな!」
アルマジロンの突撃のダメージから回復したストロンガーが、天井に叫ぶ。
「茂、落ち着け……」
敬介が言った。
「しかし……」
茂が、敬介の方を向いた。
その視界に、建物の中に、先程クルーザーが開けた大穴から、三つの影が入って来るのが、捉えられた。
革のジャンバーを着た男。
背の高い、肩幅の広い男。
顔の蒼い、痩せぎすの男。
身体も服も傷だらけであったが、殺気に溢れた顔立ちであった。
「――訂正するわ」
彼らを見て、ハチ女が言った。
「貴方たちが追うお友達は、これで、三人になったわね」