仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

57 / 140
第十七節 一番

月が出ていた。

星が出ている。

 

藍色の空を、冷たい風が駆けていた。

 

蟋蟀の声がする。

 

りん、

りん、

 

と、決して長くはない命を削り、番を探していた。

 

廃寺の境内である。

二人の男が倒れていた。

 

ぼろぼろになったシャツを着た城茂と、見事な上半身を晒している沼田五郎だ。

 

顔は、蒼かったり、赤かったりしている。

拳が擦り切れていた。

指が、青紫色に変色しているものもある。

参道の石畳に、血が散っていた。

 

「だからよぅ」

 

茂が、うわ言のように言った。

 

うつ伏せに倒れている。

肩で、石畳の上を這っていた。

尻が持ち上がり、膝を伸ばす事で、前に進んでいる。

眼が、瞼の中に隠れたり、出たり、している。

唇の間から、空気が漏れ出た。幾らか、歯が折れているのだ。

 

「俺の方が、強いって」

 

茂は、そう言いながら、頭の先にいる男に向かっていた。

 

「だったら」

 

沼田が、茂と同じようにして、這っていた。

ずり、ずり、と、膨らんだ大胸筋が、擦られる。

最早、石畳で擦られていても気付かない位、痣だらけである。

 

「俺は、もっと、強ぇ」

 

這いながら、二人は、顔を突き付けていた。

 

茂は、沼田の、野性味溢れる顔を眺めていた。

沼田は、茂の、スタイリッシュな表情を見る。

 

「へ」

「ふふん」

 

どちらともなく、小さく笑った。

潰れた鼻を突き合わせるような距離であった。

 

二人は、寝返りを打って、仰向けになった。

夜空が、二人の視界いっぱいに広がっていた。

 

ざぁ、

 

と、梢が鳴っている。

 

その中に、虫の声が響いていた。

遠くから、車の走る音が聞こえる。

飛行機が、何処かで飛んでいるのかもしれない。

電車も走っているだろう。

人気のない、寂れた場所だからこそ、華やかな営みが際立った。

風と、樹と、虫の声を、引き立てる為の音であった。

 

「茂よぅ」

 

沼田が言った。

 

「何だい」

「お前さん、何で、ちんぴらなんかやってるんだい」

「――」

 

茂は、深く息を吸ってから、答えた。

 

「あんたが、言ってたのと同じさ」

「同じ?」

「周りの大人たちを、見返してやりたくてね――」

「――」

 

茂は、自らの境遇を語った。

 

親の顔は知らない。

兄弟もいない。

その所為で、莫迦にされる事が多かった。

 

そんな奴らを見返す為には、二つの方法があると思った。

 

茂を、先ず莫迦にするのは、同年代の子供たちであった。

同年代の子供たちを見返す方法は、簡単だった。

 

喧嘩が強ければ良かった。

別に、喧嘩ではなくとも、駆けっこや、球技でも良かった。

しかし、喧嘩が一番手っ取り早かった。

だから、喧嘩で一番強くなって、莫迦にして来る奴らをぶん殴ってやる――

 

それが、一つ。

 

もう一種類、見返してやる必要があったのは、大人たちだ。

 

こいつらは、喧嘩で見返してやる事は出来ない。

勝負して、勝つとか、敗けるとかではない。

喧嘩を、そもそも受けないという選択肢がある。

それは、大人たちの土台ではなかったからだ。

 

では、土俵の外から莫迦にして来る奴らを見返すには、どうすれば良いのか。

 

奴らの土俵に上ってやれば良かった。

それが、勉強だと思った。

 

大人なんかよりも、ずぅっと、頭を良くしてやろう。

あいつが勉強出来ないのは、親がいないからだ。

 

そんな事は言わせなかった。

 

親がいないから、何だ。

父親がいなくたって、母親がいなくたって、俺はお前たちよりも頭が良いぞ。

 

自分の境遇を見下したりする者全てを、逆に嘲笑ってやる為だった。

 

その為に、茂は、一番でなければならなかった。

 

国語。

数学。

科学。

社会科。

音楽。

駆けっこ。

球技。

器械体操。

武道。

喧嘩。

 

どれだって一番になろうとした。

どれだって一番でなければならなかった。

 

「だがよ」

 

茂は、自嘲気味に笑った。

 

「幾ら喧嘩が強かろうと、勉強が出来ようと、巧くいかない事はあるもんだ」

「だから、ぐれちまったのかい」

「そんな所さ」

「へぇ……」

 

沼田が、少し、声を上げて笑った。

 

「どうしたい?」

「なぁ、茂よぅ」

「何だ?」

「俺と、一緒に、やらないか?」

「やる⁉」

 

茂が、声を高くした。

 

「お前さんが、やりたい事さ……」

「俺の⁉」

「ああ」

「何だ、それは」

「見返してやるのさ――」

「何⁉」

「お前さんが、今まで造り上げて来たものを、充分活かせる場でさ――」

「――」

「俺は、今、アメフトのキャプテンをやっている」

「アメフト?」

「勉強ではよぅ、中々、一番にはなれねぇよな」

「――」

「喧嘩で一番になったって、そんな勲章は、紙切れの価値もねぇよなぁ」

「――」

「だがよ、スポーツなら違うぜ」

「スポーツ?」

「スポーツなら、一番になれる。一番になればヒーローだ」

「――」

「なぁ、茂。茂よぅ」

「――」

「やろうぜ、俺と」

「スポーツか」

「ああ」

「アメフトか」

「おう」

「――それで、一番になるのか」

「そうさ」

「そうか……」

「どうだ⁉」

「――」

 

茂は、考えるように、眼を閉じた。

眼を開けた。

鋭い眼に、月が映っていた。

 

「なりてぇなぁ」

「――」

「一番によぅ、誰にも見下されないようになぁ」

「やるか?」

「――」

「やるか、茂?」

「おう……」

 

茂は、獣が呻きを漏らすように、沼田の問いに頷いていた。

 

「なろうぜ、一番に……」

「より、強く、だ――」

 

城茂と、沼田五郎の、出会いであった。

 

 

 

 

 

ストロンガーの、鋼鉄の腕部レガートが、空気を裂いた。

電流を纏ったパンチが、ハチ女の身体に打ち込まれようとする。

 

ハチ女は、階段の手摺りを蹴って後退し、又、パンチの風圧を利用して天井まで舞い上がった。

 

仮面ライダー第七号・ストロンガーが、パンチの勢いのまま、階段の上の方へと着地する。

 

三〇〇キロ超の重量に敗け、床が大きくへこんだ。

 

額に、カブト虫の角が、雄々しくそそり立っている。

緑色の大きな複眼が、天井に張り付いたハチ女の姿を捉えていた。

 

アメリカン・フット・ボールのプロテクターのような、巨大な外骨格である。

胸の部分には、大きく、Sの文字を象ったパーツが埋め込まれていた。

 

ベルトの左右に、それぞれプラスとマイナスの電気を発生させる装置があり、それらがぶつかり合うバックルの中心に、バッテリーが積み込まれている。

 

腕と脚のレガートには、赤いラインが走っている。電流の通り道だ。

 

強化改造人間突撃型――

 

通常の強化改造人間のように、肉体に機械を埋め込み、強化服を装着する。

その上に、更にもう一つ、三〇〇キロを超える“超強化服”を着込むのである。

 

腹部のエレクトラーで発生させた電力を、超強化服・カブテクターの中心であるSポイントで増幅し、全身に行き渡らせ、超重量の強化服を自在に操作する。その際の余剰電力を、攻撃として転用する事が出来た。

 

その為に、別名、改造電気人間とも呼ばれる。

 

このカブテクターそのものであり、超強化服を運搬する役目を持つのが、先程、飛来した巨大な機械のカブト虫、ストロング・ゼクターである。

 

ストロング・ゼクターの内部に強化服が備え付けられており、頭部はヘルメットに、胸部はカブテクターに、翅の部分は両肩をカバーし、六本の触脚の内、前と後ろの四本は四肢を覆うレガートとなり、真ん中の脚はカブテクターを強化服に固定するジョイントとなる。

 

ストロング・ゼクターには、小型の人工知能が搭載されており、城茂の脳波を感知して、彼の下に駆け付ける事が出来る。

 

それは、茂との距離がどれだけ離れていても、可能であった。

 

ストロング・ゼクターには、ジョウントという機能が設けられている。

或る地点から別の地点まで、瞬時に移動する現象である。

 

又、茂が強化改造人間突撃型として改造される以前――つまり、沼田五郎が改造された強化改造人間突撃型スパークの超強化服運搬システム、スパーク・ゼクターにも採用されていたが、仮に沼田五郎の改造が成功していたとしても、茂程のジョウントは期待出来なかったであろう。

 

何故ならば、茂は、改造される以前から、ちょっとした念動力を使う事が出来、それが、脳やその周辺の神経を改造された事で倍増された事が、影響している為である。

 

ジョウントは、精神力に依って引き起こされるとの説があり、茂の精神力が他の人間よりも優れている為に、空間の瞬間移動が可能となっているのだ。

 

ブラックサタンとの戦いの際、通常の手段では脱出出来ないような場所に監禁された城茂・ストロンガーが、それに安心した奇械人の前に突如として現れた事がある。

 

茂は、その理由を問う奇械人に対して、

 

“そんな事、俺が知るか”

 

と、投げやりに応えているが、これも、この危機をどうあっても脱出せねば、という茂の思念が引き起こした、ジョウント現象に因るものである。

 

七人の仮面ライダーの中で、最重量を誇り、最新のシステムを導入した第七号・ストロンガーは、天井に避難した改造魔虫ハチ女を見上げていた。

 

「随分と面白い事を言っていたようだが――」

 

ハチ女が、ライダーを全滅させると宣言した事である。

 

「それより先に、あんたの翅を引き千切ってやるぜ」

「そう巧くいくかしら」

 

ハチ女が笑った。

 

「だって、もう、二人のライダーは斃れているのよ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。