仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第十三節 両部

三崎美術館は、崖の上にぽつんと建てられている。

二階建ての、アジアンテイストな建物であった。

 

閉館セレモニーには、それなりに人が集まっている。

 

後輩の、吉塚と相澤と合流したさくらは、二人に、茂と敬介を紹介した。

 

二人とも、茂が、先日に大学で呉割大学の学生たちとの揉め事を回避してくれた事を、さくらから聞いていた。

 

又、茂が大学の卒業生である事も、他の学生の話で知っていた。

 

アメリカン・フット・ボール部のキャプテンであった茂は、漢気に溢れながらも、何処となく理知的な面があり、又、身寄りがいない境遇の為にか垣間見える物憂げな様子などから、女子学生たちにも人気であったらしい。

 

敬介も、容姿としてはかなり優れていると事があるのだが、沖縄の水産大学に通っていた彼と、同じ大学の卒業生である茂とでは、どうしても、親近感に差が出てしまう。

 

「むぅ」

 

と、茂ばかりが持て囃されるので、少し拗ねたような顔をする敬介であったが、

 

「むぅ」

 

と、さくらも、何故か分からないが、少々機嫌を損ねたような顔である。

 

明朗快活にして、頭脳明晰、その上に母性をくすぐる孤独を備えた城茂という男が、ミーハーな所のある吉塚と相澤と楽しそうに話しているのを見て、さくらは前述のような表情を浮かべたのであろうか。

 

そのような事をしている内に、ホールが開放され、最後のセレモニーにやって来た人々が入館した。

 

館長が、美術館のあらましを説明したり、今までの感謝を伝えたりという事を簡潔に終わらせ、茂たちは展示品の見学にゆく。

 

展示品は、アジア系の国の美術品が多い。

 

インドの仏像。

タイのアクセサリー。

中国の陶器。

 

何百年も前のものとは思えない程、美しい光彩を放っている品ばかりが並べられていた。

 

その中でも、特に眼を惹いたのは、二回の大きなホールの壁一面を占拠していた、一つの絵である。

 

それは、どうとも表現のし難い作品であった。

 

いや、何が描いてあるのか、という事は、分かり易いのである。

 

中心に描かれているのは、金と黒の二色で主に描かれた人間であった。

 

黒い髪の毛に、金色の肌。

白眼に当たる部分が黒く、瞳は金色である。

 

細い眉と眉の間には、突起のような円が描かれており、良く見れば、それは螺旋を描いていた。

 

黒と金の衣は、僧侶の袈裟のようである。

腕は、八本四対であり、手には、宝玉や法輪、剣や矛、蛇の胴体などを持っている。

 

動物に跨っているのだが、その動物が、又、奇妙である。

 

頭部は、猛禽類のそれであった。

跨っている人物の身体を、下から包み込むように、翼を持ち上げている。

 

しかし、その胴体は、ライオンとか、牛のような形状をしている。

太い四肢が、身体を支えている。

 

前後の肢には、羽毛がほろほろと生えており、羽毛のない部分には鱗が生じている。

脚を辿ってゆくと、鋭い爪が、長い指から生えていた。

尻尾を持っているようであった。

 

その、まるで蛇の胴体のような尻尾が、翼と同じく、自分と、その上に跨る人物を包むように、とぐろを巻いている。

 

描かれた人物が、神仏の類である事は分かるものの、その獣に、すぐにはぴんと来ない。

 

しかし、様々な生物の特徴を備えた、キマイラのようなものであるらしい。

 

正面を向いている神仏と合成獣の左右に、図面は分割されていた。

 

こちらから見て右手、仏・合成獣の左手には、暗闇に、放射状の筋が描かれている。その筋の節々に、光の点が打たれていた。

 

仏・合成獣の右側、こちらから見れば左側になる空間には、金色の空間に、黒々と渦巻きが描かれている。近付いてみれば、その螺旋を描く曲線と曲線の間を繋ぐように、地の金色に紛れるようにして、細かく線が入れられていた。

 

これが、茂たちが興味を惹かれた絵であるのだが、表現し難いというのは、それが描かれた年代の事であった。

 

ここ一〇年とか二〇年で描かれたようにも見える。

しかし、数百年は経っているようにも見る事が出来た。

 

汚れや、筆致、絵柄、塗料、何の意図で描かれたものか――そのようなものから、この絵の創られた時期を想像する事が、困難であったのだ。

 

「この絵が、気になられますか」

 

暫く、茂、敬介、さくら、吉塚、相澤たちは、その絵に見惚れていたのだが、不意に声を掛けられて、我に返った。

 

先程、挨拶をした館長であった。

 

「ええ」

 

と、茂が頷いた。

 

余り興味はない――そう言っていた自分が、思わず見惚れていた事に、驚いているようだ。

 

「ハリ・ハラのようにみえますが……」

 

吉塚が訊いた。

 

「ハリ・ハラ?」

 

他の面々が、吉塚に問い返した。

 

「そのように見る向きもありますが……」

 

館長が、言葉を濁した。

 

「ハリ・ハラって?」

 

さくらが、吉塚に問う。

 

「ヒンドゥー教の思想の一つなんですけれど――」

 

吉塚が、簡単に、それについて説明を始めた。

 

ハリ・ハラとは、一言で言うのならば、

 

 維持者

 破壊者

 

この二つの神が、合一したものである。

 

ヒンドゥー教――インドの世界観とは、三つの要素から成り立っている。

 

それは、

 

 創造

 維持

 破壊

 

である。

 

そして、これらの三要素を、永劫に繰り返しているというのが、インドでの考え方である。

 

先ず、創造者とは、ブラフマンである。ブラフマンとは、梵――この世界の根本法則、原理原則、真理を意味するブラフマーが、人格を与えられた名前である。

 

このブラフマンが、世界を創造する。

 

その創造された世界を維持するのが、ヴィシュヌ神である。

 

ヴィシュヌ神は、“正義”を司る神とも言われており、地上に災厄が訪れた際には、様々な姿に化身(アヴァタール)して、救世主の役目を果たす。

 

その様々な化身(アヴァターラ)の中でも、特に有名なのが、

 

 巨大魚マツヤ

 霊薬を齎す亀クールマ

 大地を持ち上げる猪ヴァラーハ

 人獅子ヌラシンハ

 天地を跨ぐ小人ヴァーマナ

 斧神パラシュラーマ

 インドの英雄ラーマ

 救世主クリシュナ

 覚者ブッダ

 白馬の騎士カルキ

 

の、一〇のアヴァターラである。

 

しかし、ヴィシュヌ神の加護を受けながらも、創造された世界は衰退してゆく。

世界の衰退とは、ヴィシュヌの持つ法の力、“正義”の力が弱まってゆく事だ。

 

ヴィシュヌの力が弱まると、世界には、“悪”の心が蔓延する。人の心は乱れ、争いが起きてしまう。

 

そのような世界に現れるのが、破壊者シヴァ神である。

 

シヴァ神は、ルドラ神の別名を持ち、ルドラとは暴風雨を操る力を持つ。

シヴァ神はその災害を齎す力で、堕落・腐敗した世界を破壊し尽すのである。

 

シヴァ神に依り、世界に蔓延る“悪”が滅ぼされた後には、ヴィシュヌ神の一〇体目のアヴァターラであるカルキが降臨し、破壊された世界に、新しく宇宙の創造を始めるのである。

 

そして、話はハリ・ハラに戻る。

 

「維持者であるヴィシュヌ神と、破壊者であるシヴァ神は、対立する二つの神だとされています」

 

と、吉塚が言った。

 

「ハリ・ハラというのは、その二つの神を、同一だとする思想、という事かい?」

 

敬介が、確認する。

吉塚は頷いた。

 

「シヴァ神には、二面性がありますから」

「二面性?」

「ふむ」

 

さくらが首を傾げる横で、敬介が頷いた。

 

「暴風雨、という所だね」

「はい」

「つまり?」

 

相澤が、敬介と吉塚に訊いた。

 

「暴風や水害は、確かに人間に被害を与えるだろう。川は溢れ返り、田畑は水没する」

「ですが、同時に土地を肥やして、その後の作物の収穫を約束する事でもあります」

「それが、二面性?」

「ええ。シヴァ神の破壊は、そもそも、“悪”に対して行なわれますが、破壊という言葉からイメージされるのは、寧ろ、その“悪”の方ではありませんか? けれど、その破壊は、言うなれば、カルキやブラフマンが、新しい宇宙を想像する為の、地均しなんです」

「地均し?」

「植物でも、間引きをしますよね? シヴァ神の破壊は、その為なのです」

「――」

「そして、ヴィシュヌ神には、アヴァターラがあります」

 

アヴァターラは、ヴィシュヌの持っている“正義”の性質の一部を、分離したものだ。

 

火事が起きた時には、消防士を呼ぶ。

怪我人が出た時には、救急車を呼ぶ。

 

喩えるなら、ヴィシュヌ神は、元より消防士の役目も医者の役割も持っているが、火事の場には消防士として降り立ち、怪我人が出た時には医者の役目を以て訪れるという事だ。

 

その地に訪れた災厄に立ち向かうのに、適切な姿・力で降臨するのが、ヴィシュヌ神である。

 

ならば、その災厄の名を、“堕落・腐敗”とすれば、その解決に適した姿というのは、悪を破壊する者である。

 

「シヴァ神も、ヴィシュヌ神のアヴァターラの一つという事?」

「ヴィシュヌ神も、シヴァ神の持つ破壊者の側面という事です」

 

さくらと吉塚は、違う言葉で、同じ結論を述べた。

 

ヴィシュヌ神は、維持者であると共に破壊者である。

シヴァ神は、破壊者であると同時に維持者でもある。

 

そうした事から、維持者と破壊者を同一する、ハリ・ハラという思想が生まれたのだ。

 

「でも、何だって、この絵が、そのハリ・ハラなんだい?」

 

茂が訊ねた。

 

「この絵が、ヴィシュヌ神とシヴァ神の、どちらの特徴も持っているから、そう思ったんです」

 

吉塚が答えた。

 

絵に描かれる時、ヴィシュヌ神は、華美な装飾をされ、複数の腕に法輪などを持ち、そして、聖鳥ガルーダに跨っている。

 

シヴァ神は、蒼黒い肌をした、やはり多数の腕に武器や髑髏などを持った姿で描かれ、牛に跨っている。

 

この絵に描かれている仏は、金色の肌を、更に幾つもの装飾品で飾り、複数の手には法輪などと共に武器を持っている。そして、彼が跨っているのは、鳥獣どちらの特徴も兼ね備えたキマイラである。

 

「でも」

 

と、さくら。

 

「この動物は、牛って言うよりかは、蜥蜴、だよねぇ」

 

仏の足元のキマイラを見た。

 

写実的な仏画や、獣の頭部や翼などからすると、それは、鳥と牛を掛け合わせた姿とは見えなかった。

 

生じた鱗や爪、尻尾の長さなどから見て、確かに胴体の大きさは牛と言えないでもないが、明らかに蜥蜴の類である。

 

「あぅ」

 

と、吉塚が言葉に詰まる。

 

「実は……」

 

館長が、遠慮がちに口を挟んで来た。

 

「この絵は、インドの辺りで描かれたものではないのです」

「――」

 

インドの、ハリ・ハラだと思って、熱っぽく語っていた吉塚は、顔を真っ赤にしてしまった。

 

「では、何処で?」

 

相澤が訊いた。

 

「メキシコで発見されたものと聞いています」

「メキシコ?」

「はい」

「発見、と、言うのは?」

 

敬介が言った。

 

「ルチャ・リブレをご存知ですか?」

 

館長が、逆に訊き返して来た。

 

「るちゃ?」

「りぶれ?」

 

吉塚と相澤には、聞き慣れない言葉であったらしい。

 

「メキシカン・プロレス――」

 

さくらが呟いた。

 

「そうです」

 

ルチャ・リブレとは、中南米を中心に行なわれている格闘技の事である。

スペイン語で、“自由な戦い”を意味する。

 

アステカなどの文化的な影響から、仮面・覆面を被る事を神聖視しており、覆面の選手が多い事でも有名である。

 

そのスタイルは、名前からも分かるように、

 

 打

 投

 極

 

あらゆる手段が用いられている。

 

又、ブラジルでは、ルタ・リブリ(ポルトガル語)と言われており、やはり、“何でもあり”の試合形式で行なわれる。

 

ルチャの選手(ルチャ・ドール)が来日して、興行が打たれた事はあるのだが、その詳細をここまで知っている女子大学生も、中々いるまいと思われた。

 

尚、これらの知識は、ブラジルに留学していたという、さくらの友人・星河深雪から得たものである。

 

深雪から聞かされ、さくらが興味を持った“バレツウズ”は、ブラジルの柔術と、このルタ・リブリとの戦いの歴史でもあった。

 

ブラジルの柔術家は、“バレツウズ”の試合であっても、柔術の技で勝とうとするが、ルタ・リブリの選手は、勝利の為に、打撃・投げ技・関節技のどれを選んでも構わないという気概があるらしい。

 

そのような事情から、ブラジルの柔術と、ルタ・リブリは、余り仲が良くないらしい。

 

「で、そのルチャ・リブレと、この絵が、どう関係しているんです?」

 

敬介が問う。

 

「そのルチャの会場から、見付かったものなのです」

「え?」

「ルチャ・リブレとは、直接は関係ないのでしょうが、その会場の創られた建物の倉庫に、厳重に保管されていたものらしく」

「――」

「どうやら、かなり歴史のあるものなのではないか、と、思って、先代が高額で買い取ったのですよ」

「古いのですか、これは」

「それが、鑑定でも、良く分からないそうなのです」

「むぅ」

 

一同は、その不思議な絵を、唸りながら眺めた。

 

「しかし――」

 

館長が、再び、言った。

 

「これが、何らかの神話を伝えているらしい事は、言われています」

「ふむ」

「先程の、ヴィシュヌ神とシヴァ神の、ハリ・ハラにも、近いものを感じますね」

「それは?」

「二面性――」

 

館長が説明を始めた。




暫くの間、絵解きにお付き合い下さい。思いの外長くなってしまったので。

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