八人の男女が、肉を喰っていた。
デッドライオンと、風見志郎・結城丈二を襲ったあの七人である。
打ちっ放しの、コンクリート製の壁に囲まれた部屋である。
天井は高くはないが、この当座の平均身長を考えれば、充分な高さである。
一五人も入れば上出来という位の広さであった。
その壁を背にして、八人は向かい合っていた。
部屋の真ん中には、乱雑に放られた肉がある。
女の死体であった。
頸。
肩。
腕。
太腿。
脹脛。
それらを切り落とされている。
又、腹部は大きく引き裂かれて、内臓がすっかり取り払われていた。
それを、喰っている。
デッドライオンは、その女の頭を喰っていた。
眼を鉤爪でほじり出して、口に運ぶ。
歯を一本一本引き抜いて、舌の上に載せる。
キスをするようにして、唇や頬の肉を千切った。
赤い筋繊維を舐め上げてゆく。
溢れる血で、顔を真っ赤に染めていた。
髪を全て引っこ抜いてしまうと、頭頂を割り、頭蓋の中から脳を啜った。
じゅるじゅると、フォアグラにも似た感触の、灰色の固形のものが、デッドライオンの口の中に吸い込まれてゆく。
革のジャンバーを着た男。
猪首で、背の低い男。
肩幅が異常に広い男。
顔色の悪い、痩せぎすの男。
小太りの男。
胸と尻が突き出し、腰が見事に括れた女。
ほっそりとした体型の、髪の長い女。
彼らも、思い思いの部位を以て、皮膚を捲り、肉を喰い千切り、骨をしゃぶっていた。
改造魔虫――
風見志郎に対して、そのように名乗った者たちであった。
革のジャンバーの男は、改造魔虫アリジゴクである。
小太りの男は、改造魔虫クラブマンであった。
猪首の男は、改造魔虫アルマジロン。
肩幅の広い男は、改造魔虫ゴリガン。
痩せぎすの男は、サメ改造魔虫。
腰の括れた女は、改造魔虫ハチ女。
ロウとも呼ばれていた髪の長い女は、改造魔虫オオカミンといった。
暗黒大将軍が、デッドライオンから得たサタン虫に関するデータを基に造り上げた、新しい兵士たちである。
彼らは、中央に転がされた女の身体を、全て食べ終えた。
ゴリガンが、一度、席を立って、その部屋に大きな樽を持って来た。
蓋を開けると、饐えたような、酸っぱいような、腐ったような、甘い匂いがむわりと香る。
精液と愛液、経血を混ぜ込んだ、あの液体であった。
八人は、既に髑髏の盃を持っており、柄杓で、それに液体を注いでゆく。
そうして、満腹の中に、ごくごくと流し込むのであった。
「――まぁ、あれだな」
アリジゴクが、口元の赤色を拭いながら、言った。
「仮面ライダーなんて言っても、大した事はないものだな」
「――そうだね」
アリジゴクに、クラブマンが同意した。
暗黒大将軍から宛がわれた戦闘員から情報を引き出し、デッドライオンの異形の曼陀羅のある場所に向かおうとした風見志郎と結城丈二を、この二人は迎撃していた。
「当たり前じゃない」
ハチ女が言う。
「私たち改造魔虫に、前時代の鉄屑が敵う訳がないわよ」
「その通りだ」
誰ともなく同意し、高笑いをしながら、盃を飲み干した。
「――しかしな」
と、デッドライオンが呟いた。
「確かに、連中は、一人や二人を相手にする位なら、お前たちの方が勝るだろう」
「――」
「しかし、奴らにあって、お前たちにはないものがある。その為に、お前たちは、奴らに敗けるかもしれん」
「ほぅ」
と、アリジゴクが眼を細めた。
「そ、それは、何ですか……?」
おどおどとした様子で、オオカミンが訊いた。
「経験だ」
「経験⁉」
「お前たちが、七人がかりで、漸く倒した仮面ライダー第三号と第四号……」
「――」
「その前には、第一号と第二号がいた。お前たちが生まれるよりも前から、戦い続けて来た男たちだ」
「――」
「旧型のボディでな、最新のスペックを持つ改造人間たちと渡り合って来たのだ」
「――」
「良いか、決して油断するなよ。奴らに関してはな、旧型だとか、スペックで勝っているだとか、そんな事は考えるな。連中は、俺たち以上に化け物なんだからな」
デッドライオンが、念を押すようにして、言った。
デッドライオン自身は、仮面ライダー第七号・ストロンガーとしか戦っていないのだが、その七人のライダーを窮地に追い込んだデルザー軍団の粛清から、何とか逃げ伸びている。
その経験が、彼の言葉に説得力を持たせているらしかった。
七体の改造魔虫たちは、沈黙の中で、デッドライオンの咽喉が鳴る音を聞いていた。
「所で」
話を再開させたのも、デッドライオンであった。
「頭数の手配はどうなっている?」
倉庫に作られている、異形の曼陀羅の事である。
「中々巧くは、いっていないな」
サメ改造魔虫が答えた。
「ライダーの連中が、四六時中、監視しているしな」
「下手な事やって、あれ自体を壊されるの、良くないね」
ゴリガン、クラブマンが、続けた。
「手っ取り早く済ませたいわねぇ」
「あ――あのぅ」
腕組みをするハチ女の隣で、控えめに、オオカミンが手を挙げた。
デッドライオンが視線をやり、意見を促す。
「手っ取り早く、と、言うのなら、やっぱり、人がいっぱいいる所を襲うのはどうでしょう」
オオカミンが、懐から、何やらチラシを取り出した。
見れば、美術館の広告である。
それなりに歴史のある美術館が、閉館すると言うので、そのセレモニーが行なわれる。
否が応でも、人が集まる筈だ。
「それは良いな」
「うむ」
「やろう」
と、改造魔虫たちは、次々に同意していた。
デッドライオンも、取り急ぎ、異形の曼陀羅を完成させる為の材料――人間の遺体を集めるには、それは、悪くない方法であると思った。
城ヶ島――
海から吹き付ける風が、茂、敬介、さくらの髪を撫でてゆく。
「君は」
と、同時に言った後、茂と敬介は、顔を見合わせた。
「この間の――」
さくらも、敬介の顔を見て、言った。
きっと敬介を睨んで、茂の方に歩み寄った。
「知り合いですか」
茂が訊くと、敬介は頬を掻きながら、
「ちょっとね」
と、言い、腹の辺りを押さえた。
さくらに、蹴りを打ち込まれた部分である。
以前、連続殺人犯を誘き出す為に、夜道を歩いていたさくらに声を掛けた敬介は、自分の策に引っ掛かった殺人犯と誤解されている。
又、“心配だから送ってゆく”といった類の発言を、下心が見え透いている男のものであると、別の勘違いを生んでしまっていた。
「この間は、ありがとう御座いました」
さくらが、茂に言った。
「別に、大した事じゃないさ」
と、茂。
その茂を、自分との扱いが違う敬介が、じっとりと見ていた。
茂は、言葉の通り、何でもない風に答えたのだが、彼からの返答を受け取ったさくらは、そこはかとなくぽぅっとした表情であった。
敬介に対して吐き捨てた、強気なものの裏側を見てしまった気分であった。
「お墓、ですか?」
さくらが、木の塔に視線を移した。
「――ああ」
茂が頷く。
さくらは、眼を、墓の根元に落とした。
そこから、腐敗が放射状に広がっている。
その奇妙な現象について、問おうとしたが、茂が、墓を眺める時に垣間見せた哀しい色の為、さくらは、質問を呑み込んだ。
「君は、どうしてここに?」
今度は、茂から訊いた。
さくらは、後輩に誘われて、美術館の閉館セレモニーにやって来た事を告げた。
「それだったら、そろそろじゃないか?」
敬介が、腕時計を見て、言った。
「あ、本当だ」
さくらは、もう一度、茂に頭を下げて、停めてあるオートバイまで駆けてゆく。
その後ろ姿を眺め、敬介が、ぽんと手を打った。
「茂、俺たちも行ってみよう」
「は――」
「偶には、そういうのも良いだろう」
と、歩き出す敬介。
茂は、
「俺、あんまりそういうのには興味ないんだけどなぁ」
と、ぼやきながらも、恐らくは自分を気遣っての発言を、断り切れなかった。
時間は少し遡る事になるが――早朝。
左右を森に囲まれた道路の中心が、大きく陥没していた。
コンクリートが円形に裂けて、擂り鉢上になっているのである。
その円周を、バリケードが無骨な円形に囲んでいた。
この一本道は、少し先から、通り抜けが出来ないようになっている。
地面の陥没が出来たのは、二日前の事である。
その原因も明確にされないまま、工事に掛かる予算や日程の整理などが、話し合われている所である。
しかし、現場には誰もいない。
いつもは、多くはないとは言え通る自動車がない事を不思議に思ってか、森に住んでいた動物が、ほろほろと顔を出して来る。
狸。
ハクビシン。
鳩が空から降りて来て、肉食の獣たちから慌てて逃げてゆく。
昆虫も、不意に道路に飛び出す事があった。
蟷螂が、草むらを掻き分けてやって来る。
蟻の群れが、黒いコンクリートに、黒い靄を作っていた。
まだ、季節には少し早いが、蝉が鳴いている。
蛾。
蝶。
蜂。
蠅。
蚊。
百足。
ミミズ。
森の中をつついてみれば、そのようなものたちが、すぐにでもやって来る筈だ。
バリケードと道路以外には、人の気配がない。
朝特有の、しっとりとした空気が、周囲を包んでいた。
森に踏み入れると、靴の底が草を磨り潰し、濡れた蒼い匂いが舞い上がる。
その森の木の陰に、一人の男が立っている。
蓬髪。
浅黒く日焼けした、逞しい身体。
赤と緑の縞模様の、ベストと腰巻を身に着けている。
コンドルを思わせるバックル。
左の腕輪。
山本大介――アマゾンであった。
アマゾンは、この地面の陥没が起こったその日、風見志郎と結城丈二からの信号が途絶えた事を、感じ取っている。それは、神敬介も同様であった。
他の仮面ライダーたちと異なり、機械を肉体に埋め込まれている訳ではないアマゾンであったが、こと精神感応に関して言えば、六人の中で最も優れている。
人里離れた南米のジャングルの中での生活で培われた、野生の勘のようなものが、改造手術を受けた事で倍増されている、と、言っても良かった。
風見と結城――二人の“トモダチ”の危機を知ったアマゾンであったが、駆け付けた時には、既に風見も結城も、そして、恐らくは二人が相対したであろう“敵”の姿も、そこにはなかった。
アマゾンは、二人の信号を途絶えさせた相手の手掛かりを得る為、この場で待ち伏せていたのである。
そうして二日が経った。
アマゾンは、その日、森から顔を出した鼠を、三頭ばかり食べた。
コンドラーには、火打石が装備されており、それで、小さな火を起こした。
捕まえたネズミの皮を剥ぎ、コンドラーから分離したピックで突き刺して、火で炙る。
ベストの内側に縫い付けられていたポケットから、塩を摘み出して、焼けた肉に振り掛けた。
充分に火が通った所で、手早く火を消した。
適度な塩加減の肉を齧りながら、道路を観察している。
葉っぱをしゃぶり、水分を補給した。
食事を終えて、再び道路の監視に戻った時、ふと、道路の向こうから気配を感じた。
見れば、五台のオートバイが、バリケード目掛けて走って来る所であった。
その内の一台は、サイドカーが付いている。
又、二人乗りをしているバイクが、一台。
アマゾンの見ている前で、五台のマシンは、何れもバリケードと、それに囲まれた道路の孔を、軽々と飛び越えてしまった。
アマゾンは、そのライド・テクだけではなく、彼らから漂って来る“匂い”で以て、彼らが普通の人間ではない事を看過した。
アマゾンが道路に飛び出すと、五台のマシンは、アマゾンに気付いて、その場でブレーキを踏んだ。
一人が、アマゾンを振り向いた。
「何だ、てめぇは?」
フル・フェイスのヘルメットのカバーを開けたのは、改造魔虫アリジゴクであった。
「あら、確か――アマゾンとか言ったわね」
バイクの後ろに乗っていた女は、ハンドルを握っている男の腰から手を離し、進行方向とは反対に向き直った。
ハチ女である。
運転をしていたのは、サメ改造魔虫だ。
大型のバイクには、改造魔虫ゴリガン。
その隣の中型バイクには、クラブマン。
サイドカー付きのバイクを運転していたのはアルマジロンで、サイドカーに乗っているのはオオカミンであった。
「アマゾン⁉」
オオカミンが言った。
「仮面ライダー、ね」
クラブマンである。
アマゾンは、七体の改造魔虫を前にして、牙を剥き出していた。
彼らの身体からは、剣呑な雰囲気が漂っている。
前傾姿勢になり、両手を前に出していた。
浮いた踵は、いつでも、どのようにでも動く事が出来る。
猫か何かであれば、全身の毛が逆立っている所だ。
「こいつァ良いや」
アリジゴクが、ヘルメットを投げ捨てながら、バイクから降りた。
「こ、ここで、戦ってしまうんですか――⁉」
オオカミンが訊いた。
「潰せる内に潰してしまうのが、良いだろうさ」
サメ改造魔虫が、アリジゴクに同意したように、バイクから降りる。
続いて、無言で、ゴリガンがヘルメットを脱いだ。
「今回は三人で充分だ」
アリジゴクが言い、サメ改造魔虫、ゴリガンと共に、アマゾンの方へ歩み寄る。
「美術館の方はどうするのよぅ」
ハチ女が、唇を尖らせた。
「それこそ、四人で充分だと思うぜ」
サメ改造魔虫が答える。
「ちぇ」
と、ハチ女は舌を打ちつつ、サメ改造魔虫が握っていたハンドルに、手を添えた。
「お前たち――」
アマゾンが、牙を剥いて、言った。
「志郎と、丈二、どうした――?」
「あん?」
アリジゴクは、唇を持ち上げた。
「あの二人の仮面ライダーか」
ゴリガンが答える。
「奴らなら、鉄屑に変えてやったぞ」
「――」
アマゾンが眼を見開いた。
「心配する事はねぇ」
サメ改造魔虫が、アマゾンの事を指差して、言う。
「何⁉」
「お前さんにも、すぐ、後を追わせてやるぜ」
四体の改造魔虫たちが、バイクで走り去る。
その後方でアマゾンと対峙した三名の全身に、蚯蚓のような筋が浮かび上がった。
それぞれが、それぞれの真の姿を現してゆく。
アマゾンの身体にも、又、彼らと同じように、肌の上に、血管が太く盛り上がって来た。
「あぎぃぃぁああ~~~~っ!」
アマゾンが、頤を反らして、咆哮を奏で上げた。