仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第二節 陰謀

「済まんなぁ、滝……」

 

一文字が言った。

 

黒井響一郎を、暗殺しようと目論んだ犯人として捕らえられた一文字隼人であったが、滝和也の協力に依って、釈放された。

 

滝和也は、FBIの捜査官であった。

 

彼と洋子の結婚にある“複雑な事情”というのは、その事だ。

 

滝は、或る組織を探る為に、FBIから派遣されて来た。

 

その組織の名は、ショッカーという。

詳細は不明だが、ナチス・ドイツの残党が集まった、テロ集団という事である。

 

世界規模の組織であった。

 

その実態を探る為に、活動が活発ながらも、比較的被害の少ない日本――つまりは、情報を手に入れる事の難易度が、他の地域と比べて低いこの国に、滝は任務を帯びて帰って来た。

 

その事を隠す為に、同じくFBIの捜査官であった洋子と、結婚式を執り行った。

 

その頃のショッカーの活動の一つに、結婚式場から若い女を誘拐するというものがあった。

滝と洋子の結婚は、ショッカーの実態を探る為の、囮操作だったのである。

 

以来、滝は日本の、恩師である立花藤兵衛の許に留まり、ショッカーと戦っている。

 

一文字隼人。

立花藤兵衛。

そして、ライバルの本郷猛。

 

彼らも亦、ショッカーと戦う者であった。

 

「ひろみが言ってたぜ」

 

滝が言った。

 

「ひろみが?」

「カメラさ」

「カメラ⁉」

「お前、忘れて行っただろう」

「忘れた?」

 

一文字は首を傾げていた。

 

それはそうだ。

何せ、一文字が拘留されたのは、商売道具のカメラが、危うく人を殺し掛けた為である。

 

「すり替えらえたのさ――」

 

滝が言った。

 

「すり替えだって?」

「ああ」

 

滝は頷くと、声を潜めた。

 

「黒井響一郎を、何者かが、暗殺しようとしたのさ……」

「暗殺⁉」

「恐らくな」

「それは、どういう事だ?」

 

滝と一緒に、留置場を出ながら、一文字が訊いた。

 

「黒井響一郎が、何故、暗殺されなければならない?」

「さぁな」

「――」

「しかし、そういう事をする連中を、俺たちは知っている……」

「――」

 

一文字が、きつい顔で、滝の横顔を見やった。

建物の外で待っていた立花藤兵衛と合流する。

 

「ショッカーか」

「ショッカー⁉」

 

一文字が滝に言い、藤兵衛がその言葉を反芻した。

 

「それしか、考えられない」

「しかし、ショッカーが、何故だ」

「お、おいおい、滝。お前、この件にショッカーが絡んでるって言いたいのか?」

 

藤兵衛が言った。

 

「そいつぁ、分からねぇよ。でも、他に考えられるかい」

「――」

「わざわざ、お前さんのカメラを、爆弾を仕込んだものにすり替えるなんざ、連中の考えそうな手口じゃないか。黒井を殺す事が、奴らにどんな利益を生むのかは分からないさ。でも、自分たちは表舞台に姿を現さず、邪魔な連中を纏めて始末しようとするなんざ、奴らの考えそうな事だぜ――」

 

滝が吐き捨てる。

 

「黒井と……俺か」

 

一文字が、遠くを見ながら、呟いた。

 

黒井響一郎がショッカーに狙われる理由は分からない。

だが、一文字隼人をショッカーが狙う理由は、明らかであった。

 

滝和也、立花藤兵衛と共に、ショッカーにとっては、眼の上のたん瘤であった。

 

黒井がショッカーにとって邪魔者であれば、一文字に彼を始末させる事で、一文字を社会的に抹殺する事が出来れば、それは、カメラをすり替えたという一石で以て、障害を二つも同時に取り除けるという事になる。

 

「ま、取り敢えずクラブに戻ろう」

 

滝が、乗って来たバイクに跨った。

 

「儂は滝の後ろに乗ろう」

 

と、藤兵衛が、自分で乗って来たバイクを、一文字に勧めた。

一文字がバイクに乗り、ヘルメットを被る。

 

「そう言えば、お前、今日はバイクじゃなかったんだな」

 

滝が言った。

 

「ああ」

 

一文字が答え、バイクに火を入れる。

三人は、立花レーシングに戻った。

 

 

 

 

「隼人さん、大丈夫だった⁉」

「何か乱暴な事されなかった?」

「何処か怪我とかしてない⁉」

 

マリ、ユリ、ミチが、事務所に顔を出した一文字に、わっと押し寄せて、次々と言葉を投げた。

 

その様子を見て、一文字が笑った。

 

「まるで黒井だな」

「黒井?」

「テレビで観てたんでしょう?」

 

一文字が、藤兵衛と滝に言った。

 

成程、レースで優勝した黒井に、カメラマンやインタビュアーが駆け寄ったのを、テレビの中継で観ていたのだろう、という事だ。

 

「って事は、五郎が、俺の息子だな」

 

と、一文字が、五郎の頭に手を置いた。

 

「ちぇっ、何だい、子供扱いしちゃってさ」

 

実の兄のように慕っている一文字に撫でられて、嬉しい反面、恥ずかしくもあり、憎まれ口を叩く五郎であった。

 

「じゃあ、俺がお前さんだな」

 

滝が、カメラを構えるポーズを採った。

 

「いや、あっちさ」

 

一文字が、ウィンクと共に示す先には、一文字が忘れて行ったというカメラを持ったひろみが立っている。

 

「俺の事は撃たないでくれよ。尤も、ハートはとっくに撃ち抜かれちまってるけどね」

「もう、隼人さんッたら――」

 

ひろみが、頬を赤らめる。

 

「お前の言い回しも、黒井に敗けず劣らずキザだぜ」

 

滝が、苦笑いを浮かべていた。

 

「でも、本当に良かったわ」

 

マリが胸を撫で下ろしていた。

 

「良かったって?」

 

一文字が訊く。

 

「だって、隼人さんは悪くないって事が分かったんでしょう?」

「――」

 

マリたちは、滝がFBIの人間であるとは知らない。

だから、滝と藤兵衛が留置場に向かったのは、単に、一文字の無実を主張し、彼を迎えに行く為であると思っていた。

 

実際には、滝がFBIの権限で、一文字を引き取っただけで、彼の無実が証明された訳ではなかった。

 

しかし、

 

「ああ、そうさ」

 

と、言う他にはない。

 

彼女らもショッカーの存在は知っているが、出来るだけ巻き込みたくないというのが、一文字たちの意見であった。

 

「あ、そうだわ」

 

ミチが、テーブルの方から、封筒を持って来た。

 

「これ、マスターに届いていたわよ」

「儂に?」

 

事務室のソファに腰掛け、キセルに火を入れる藤兵衛が、封筒を受け取った。

相手の名前はなかった。

 

「まさか、ショッカーからの手紙ってんじゃないでしょうね」

 

滝が、小さな声で言った。

 

「う、うむ……」

 

そんな莫迦な、と、笑い飛ばしてやりたい所だが、さっきの今である。

 

その上、ショッカーの情報能力たるや、一文字のアパートを、その存在を知った数日後には突き止めているという位である。

 

敵対する者が寄り集まっている立花レーシングの住所など、とっくに知っている。

 

恐る恐る、藤兵衛が封を切る。

入っていたのは、白紙であった。

 

「ありゃ?」

「何でぇ、悪戯かよ」

 

肩透かしを喰らったような顔の藤兵衛と、吐き捨てる滝。

 

それを眺めながら、一文字がにやにやと笑っていた。

 

「どうした、隼人?」

「おやっさん、ちょいと、キセルを貸して下さい」

 

言うが早いか、藤兵衛からキセルと白紙を掠め取り、熱を持っているキセルを、白紙の内側に宛がった。

 

「お、おい――」

「まぁ、見ていて下さいよ」

 

そうしていると、一文字の手の中で、白紙に文字が浮かび上がって来た。

炙り出しになっていたのだ。

 

「ほぉー、これは、また、手の込んだ事を」

 

藤兵衛が感心した。

 

「ったく、誰が、こんな面倒な事を」

「――」

 

毒づく滝に、さっきから同じような笑みを浮かべている隼人が、手紙を渡した。

それを読んでみると、滝の、不機嫌そうな顔に、喜色が満ちた。

 

「どうした?」

 

立ち上がって、藤兵衛が、滝の手から紙を奪い取る。

 

「おおーっ」

 

と、藤兵衛も声を上げた。

 

「猛か!」

「えっ、猛さん?」

 

ひろみが、藤兵衛に駆け寄って来た。

 

「たけし?」

「どなた、その方?」

「――ああ、おたくらは、知らなかったな」

 

滝が、本郷猛について、簡単に説明した。

 

城南大学の生化学研究所に所属する、IQ600の天才科学者。

その上、運動神経抜群であり、特にバイクのレーサーとしての才能は眼を見張るものがある。

モトクロスに関して、いつも滝の一歩先を行く男であり、ライバルでありながら、親友であった。

 

暫く、日本を離れてヨーロッパに行っていたが、それが、久し振りに帰って来るというのだ。

 

「そうか、猛が……」

 

藤兵衛は、弟子との再会を心待ちにして、感涙さえしていた。

 

「オヤジ、それはちと早いぜ」

 

とは言うが、滝も、早く本郷と会いたくて堪らないという顔だ。

 

「でも、天才科学者っていうけど、お茶目な人なのね、本郷さんって」

 

ユリが言った。

 

「あん?」

「だって、わざわざ炙り出して送って来るだなんて」

「――おう、そうだな」

 

これに関しても、恐らく、ショッカー絡みなのであろうと、滝も藤兵衛も想像していた。

 

本郷がヨーロッパに渡ったのは、ショッカーとの戦いの為だ。

彼へのショッカーの監視の眼は、特に厳しい。

手紙の一枚も、チェックされる可能性があった。

そうなった時の為に、わざわざ、手紙を炙り出しにしたのだろう。

 

「しかし、良く気付いたな」

 

と、滝が一文字に言った。

 

「え?」

「全然匂わないぜ、これ」

 

滝は、手紙を鼻の近くにやった。

しかし、彼の言う通り、炙り出しに用いられる柑橘の香りは、全くしていなかった。

 

「あ、ああ……」

 

一文字は、薄笑いを浮かべた。

 

「何せ、鼻が良いからな」

「っと、そうだったな」

 

滝が頷く。

 

悪い事を言った――

 

そういう顔であった。

 

「それじゃあ、俺は、そろそろお暇するよ」

 

と、一文字が言った。

 

「うん?」

「家で、色々と情報を整理したいんだ」

 

そう言うと、一文字は、そそくさと立花レーシングを出た。

 

「うむ、じゃ、滝。儂らも、色々と考えて置くか」

 

と、藤兵衛が呼び掛ける。

 

「そうだな」

 

滝は、ユリたちを事務室から追い出すと、藤兵衛の斜めにあるソファに腰を下ろした。

 

「そう言えば、隼人の奴、何処に住んでるんでしたっけ」

「――何を言っとるんだ、お前は」

 

ボケたか? と、キセルで、滝の頭を叩く藤兵衛。

 

滝は、小さく笑った。




立花レーシングの雰囲気が出せていれば嬉しいかと。

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