仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第九節 帯電

城北大学のグラウンドで向かい合う二人の間に、ぴりぴりとした空気が流れていた。

 

いや、ぴりぴりとしているのは、片方だけである。

 

呉割大学――近所で有名な、不良連中の溜まり場である。

そのリーダー格である男が、額に青筋を浮かべていた。

 

彼と向かい合っている青年は、飄々とした表情である。

 

胸元に大きくSの文字が染め抜かれた、黄色い長袖のシャツ。

デニムの上下。

両手には、湿気っぽい夏だと言うのに、黒いグローブを着けていた。

 

「てめぇ」

 

と、呉割大学の男が言った。

声が掠れている。

堪らない怒りを、必死に押し殺そうとしているらしかった。

 

「何をやったか、分かってるんだろうな」

「ノブさん――」

 

呉割大学の別の男が、リーダー格の男に言った。

 

ノブと呼ばれた男の足元には、アメフトのボールが転がっている。

直前に、ノブの後頭部に飛んで来たものだ。

 

今、ノブと向かい合っている青年が、キックしたものらしい。

 

「お前さんの頭に、ボールをぶつけてやったって事は、分かってるよ」

 

青年は、何でもないように言った。

 

場の空気が、更に引き攣ったようであった。

 

空が赤く染まるまで、もう少し時間が掛かるようである。そのグラウンドには、講義を終えて下校しようとする学生、外で活動している部活、それと呉割大学のノブやムツを含めた五人、蹴り転がされた城谷、ノブの傍で怯えている千恵子、さくらや高橋などの風道館空手部の面々が、立ち竦んでいた。

 

デニムの青年と、ノブの周りを囲んでいる。

 

ノブたちは、城谷に喧嘩で敗けたというムツの意趣返しに、大学に乗り込んで来た。

 

人の見ている前で城谷をノックアウトし、その場に現れたさくらか千恵子を辱めようとしていた所に、ボールがぶつかって来たのである。

 

「何だと⁉」

 

ノブが声を荒げた。

 

びくり、とする一同の中にあって、デニムの青年だけは、唇を吊り上げたままだ。

 

「あんまり格好悪い事するなよ、兄ちゃん」

「何?」

「恥ずかしい奴だな……」

「――」

「大層立派なものを自慢したくって、そっちで出すのは勝手だが、お巡りさんの厄介になっちまうぜ」

 

く、

く、

 

と、笑いながら、青年が言った。

 

「笑ってんじゃねぇ、この、餓鬼が!」

 

ノブが吠える。

 

青年は、笑みを張り付けたまま、

 

「餓鬼ってなぁ、あんた。俺は一応、大学は出てるんだぜ。おたくが何年か留年(だぶ)ってるんなら、その限りでもないだろうけどね」

「――」

「おっと、図星かい。そいつぁ、悪い事をしたな」

 

おどけた調子で続ける青年を前にして、ノブの拳が、小刻みに震えていた。

 

今にも、青年に向かって。パンチを叩き付けてゆきそうである。

 

「兎も角、年長者が年下を苛めるのは、特にそれが女の子だとなると、余計に格好悪いぜ。しゃしゃってるよりは、真面目に勉強に励んだ方が健全じゃないかねぇ」

 

ノブが怒っている事が分からないのか、それとも、分かっていて煽っているのか、青年は軽口を叩き捲る。

 

その間に、ノブの我慢が限界となってしまったようであった。

 

ノブは、すっすっ、と、青年に向かって間合いを詰めてゆくと、

 

「糞が」

 

と、吐き捨てて、右のパンチを、男の顔面に向かって奔らせた。

 

 

 

 

 

居酒屋――

 

ぽつぽつと話をしながら、マヤ、黒井、克己、ガイストの面々は、料理を食べていた。

 

枝豆の塩茹でが載っている大皿の半分が、既に鞘で埋まっている。

もやしとレバーの炒め物の皿が何枚も重ねられていた。

平皿に、タレが薄く被さった串が、五〇本は積まれている。

徳利が、パルテノン神殿の柱のように、並び立っていた。

 

主に食べているのはマヤであり、主に飲んでいるのはガイストである。

 

黒井と克己も、食べるには食べるのだが、意外と健啖家と見えるマヤと、見た通り酒豪であるガイストの量には、及ばなかった。

 

マヤが、ぽってりとした唇に、鶏の唐揚げを挟んでゆく。

黄金色の衣の内側から、下味がしっかりと付いた柔らかい肉が、押し出されて来る。

 

ガイストは、最早、徳利から直接飲むようなありさまであった。

 

焼き鳥が追加された。

ももと、皮と、ねぎまの、塩だ。

焼き立ての鶏の表面に、白い結晶が振られている。それが、溢れ出る肉汁と油の中に、溶け出していた。

 

ビーフ・ジャーキーも運ばれて来る。

 

黒井が、ワインを飲みすがら、干し肉を噛んでいた。

克己は、ちびちびとジュースを飲み、ちびちびと料理を食べる。

 

身長で食事の量をあれこれ判断するのは、一五四センチのマヤが一番食べている事から難しいのだが、黒井とガイストの一七五センチに挟まれた、一七〇センチの克己が、飲食の量は少ないようであった。

 

飲み食いしながら、話をしている。

 

「その第七号の話だが」

 

と、ガイスト。

 

ブラックサタンやデルザー軍団を壊滅させた、仮面ライダーストロンガーの情報を、まだ得ていないのである。

 

マヤは、仮面ライダーストロンガー・城茂について、話し始めた。

 

「逆恨みよ」

 

マヤが言った。

 

「逆恨み?」

「ブラックサタンに、自分から身体を捧げて改造手術を受けたお友達を、ブラックサタンに殺されたと勘違いして、戦いを挑んで来たの」

 

マヤは、黒井の手前、事実を少し変えて、言った。

 

変更したのは、城茂の友人であった沼田五郎が、“自分から身体を捧げて”という点である。

 

本当は、屈強なアメフト選手であった五郎の身体能力に眼を付けたブラックサタンが、彼を拉致して、改造を施そうとした。

 

その手術は失敗に終わり、沼田五郎は死亡。

 

茂は、その仇を討つ為に、ブラックサタンに挑戦を叩き付けて来た。

 

黒井は、仮面ライダー第一号に、妻と息子を殺された怨みから、ショッカーに協力し、強化改造人間第三号となった。だが、妻・奈央と、息子・光弘を殺した本当の犯人は、今、黒井の眼の前に座っている、松本克己である。

 

ショッカーが正当な組織であるとの考えから、脳改造なしに協力している黒井の前で、組織へのマイナス・イメージを作らせる事を、マヤはしなかった。

 

「自分からブラックサタンに乗り込んで来て、改造人間にして欲しいと言って来たのよ」

「それで――」

「沼田五郎の時の失敗を念頭に、城茂の身体を、強化改造人間に改造したわ」

「強化改造人間に?」

 

人体の殆どを機械に置き換え、脳やその周辺の神経のみにオリジナル部分を採用し、僅かに残ったオリジナル部分を深化させてゆく。

 

それが強化改造人間である。

 

黒井は、その第三号。

克己は、その第四号。

ガイストは、実質上、その第五号と言えた。

 

「それが、ストロンガーか」

 

ストロンガーが第七号と呼ばれるのは、第一号・本郷猛より始めて、組織に対して牙を向いた、七人目の仮面ライダーだからである。

 

第二号は、一文字隼人。

第三号は、風見志郎。

第四号は、結城丈二。

第五号は、神敬介。

第六号は、アマゾン。

 

黒井からガイストに掛けての三人は、ショッカーの技術としての、肉体面で言う三・四・五号であり、風見から茂に掛けての五人は、組織に敵対する者としての、精神的な潮流で言う三・四・五・六・七号である。

 

特に第六号・アマゾンは、強化改造人間の技術で造られている訳ではないのだ。

 

「“突撃型”と呼んでいたわ」

「突撃型?」

「強化服の上に、もう一枚、ぶ厚い装甲を装着するタイプだったの」

「ほぅ……」

「そうすると、貴方たちみたいに、風や太陽光だけでは、動力が都合出来なくてね」

 

仮面ライダー第一号からV3や、第三・四号までは、風を動力源としている。

 

Xライダーとガイストは、パーフェクターで太陽光と風をエネルギーに変換している。

 

生体改造であるアマゾンは、食事をそのままエネルギーとし、又、ギギの腕輪から得られる超古代のエネルギーをも利用している。

 

ストロンガーの場合は、膨大な電力であった。

 

ベルト・エレクトラーに仕込まれたバッテリーに、両腕に設けられたコイル・アームを擦り合わせる事で発生する静電気、更に空気中から微力な電気を吸収し、エネルギーに変換する機能――これらを併用して、三〇〇キログラムを超える“超強化服”を運用していた。

 

その電力の余剰分を、攻撃に転用する事も出来る為、強化改造人間突撃型は、別名・改造電気人間とも呼ばれていた。

 

「その力を、みすみす、敵に渡してしまったのよね」

 

と、マヤが嘆息した。

 

「それで、ブラックサタン、それに、デルザー軍団をも滅ぼした訳か」

 

唸るガイスト。

 

「でも、デルザーを斃したのは、何も、ストロンガーだけではないわ」

「む」

「他の仮面ライダーたちも、デルザー壊滅に尽力したそうよ」

「確かに、大幹部を、何人も一人で相手するとなると、厳しかろうな」

「ええ。でも、哀しい事に、デルザーは七人の仮面ライダーの為に全滅……」

「――」

「一人を残してね」

「一人を?」

「彼の事よぅ」

「彼?」

 

問い返したガイストであったが、その途中で、その存在を思い出したらしい。

 

「あの老人の事か?」

 

ガイストたちがデッドライオンに接触を図った時、錯乱していたデッドライオンは、克己に襲い掛かって来た。克己は、自己防衛の為にデッドライオンを攻撃したが、その時、ガイストたちを諌めるように現れたのが、白髪の、黒衣の老人であった。

 

「そう」

「あの老人は、結局、何者だったのだ? あんたは、同志と言っていたが」

「言葉通り、デルザー軍団の残党であり、我々ショッカーの同志よ」

 

大幹部クラスの実力者・改造魔人一二名で構成されるデルザー軍団。

 

七人の仮面ライダーの前に、一二体の改造魔人が屠られた時、岩石の巨人・岩石大首領として現れたその声の主を、仮面ライダーたちは、自分たちが敵対して来た組織の首領だと看破した。

 

本郷猛と一文字隼人は、ショッカー・ゲルショッカー首領と。

風見志郎と結城丈二は、デストロン首領と。

神敬介は、GOD総司令と。

アマゾンは、ガランダー帝国の影の支配者と。

 

それらの組織とは別に、“首領”が自らの側近としていたのが、デルザー軍団なのである。

 

その為、デルザー軍団の残党であるならば、あの老人は、“首領”の配下の者であると言えた。

 

「デルザー軍団とストロンガーとの戦いが激しくなるに連れて、世界中に散らばっていた他の改造魔人や仮面ライダーたちが、日本に集結し始めたわ」

 

エジプトからマシーン大元帥を追って風見志郎が来日。

ヨロイ騎士はギリシャで結城丈二と、スペインで神敬介と交戦するも、日本へ渡る。

南米から、アマゾンライダーは、磁石団長を追跡してやって来た。

 

そして、本郷猛と一文字隼人も日本へと帰って来る訳だが、その途中で、ダブルライダーは、一四体目のデルザーのメンバーと戦っていた。

 

「それが、あの老人か」

 

ガイストが訊いた。

 

「ええ。流石にダブルライダー相手では分が悪かったようだけれど、それでも、敗北した振りをして、生き延びたわ」

「ふむ……」

「ジェットコンドル――」

 

それが、デルザーの、一四番目の座に座る改造魔人の名であった。


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