仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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場面が飛び飛びになってしまい、済みません。


第八節 巫蟲

昼食と言うには遅く、夕食にはまだ少し早いという時間であったが、その居酒屋の一角に、四人の男女の姿があった。

 

客はまだ少なかったが、厨房からは、旨そうな匂いが漂って来る。

その四人が、たっぷりと注文をして、急ぎ、調理している所なのである。

 

入り口から見て、左の壁際にある、四人掛けの、正方形のテーブルには、既に飲み物が置かれている。

 

左奥から見てゆくと、大きなジョッキに入った生ビール、その隣に赤ワイン、正面には徳利が三つとお猪口が置かれ、その横にはオレンジジュースであった。

 

顔位の大きさのジョッキの中身を持ち上げ、黄金の液体を、ぐぃぐぃと咽喉に流し込んでゆくのは、マヤであった。

 

立っているだけで汗が吹き出して来そうな気温の為に、肌にべっとりと張り付いたショッキング・ピンクのタンクトップが、マヤの、豊満な身体のラインを、そのまま表している。テーブルの下に入れた脚は、太腿から下が、そのまま露出している。尻の膨らみを包んでいるのは、ホット・パンツであった。

 

その左隣で、グラスを傾けているのは、黒井響一郎だ。

 

染み一つない白いワイシャツの胸元を大きく開き、男にしては生白い、咽喉から鎖骨までのラインを見せ付けていた。捲り上げている袖から伸びる腕も、その白さからすると、太く、逞しかった。黒いスラックスは、右の太腿に左の脚を載せる形で、組まれている。

 

お猪口に注がれているのは、新潟産の焼酎だ。氷水の温度を撓めた徳利から、お猪口に移し、それをかなりのペースで飲んでいるのは、ガイストであった。

 

ガイストは、Tシャツにパンタロンという格好である。そのシャツが、ギリシャ彫刻のように発達した肉体の為に、ぱんぱんに膨らんでいた。少し、その上腕に力瘤を作ってやれば、袖から裂けてゆきそうである。

 

オレンジジュースを、ちびちびと飲んでいるのは、松本克己である。

 

克己は、灰色の浴衣を、着流していた。近くで、祭りでもあったのかと思わせるような格好である。襟元には、黒い骨の扇を差し込んでいた。下の合せ目から、無駄な毛のない、カモシカのような脚が覗いており、二枚歯の下駄を履いている。

 

「それで――」

 

と、話を切り出したのは、ガイストであった。

 

「この間の件だが」

「この間?」

 

マヤが問い返した。

 

「デッドライオンとかいう奴さ」

 

克己が、ガイストの言葉を代弁する。

 

「彼を引き入れようと、あんたに言われた訳だが、私は、彼の事を知らない」

 

一ヶ月程前の事である。

 

黒井、克己、ガイストの三人は、マヤの指令で、行方を晦ましたデッドライオンを、自分たちの仲間に引き入れようとした。

 

しかし、どのような誤解をされたのか、デッドライオンは黒井たちから逃げ、襲い掛かって来た。

 

その場に現れた白髪白髭の老人――暗黒大将軍の為、黒井たちは手を引いたが、そもそも、デッドライオンという人物の事を、黒井たちは詳しく聞いていなかった。

 

「ブラックサタンの大幹部よ」

 

マヤが答えた。

 

「ブラックサタン?」

「ええ。ガランダー帝国の次に、首領が眼を付けた組織ね」

 

ガランダー帝国とは、バルチア王朝の末裔である、ゼロ大帝を頂点に頂く組織だ。名に帝国とあるのは、ゼロ大帝の支配する帝国建設の途上にある組織である為だ。

 

ガランダー帝国は、古代インカのオーパーツ・ガガの腕輪を、ゲドンの十面鬼ゴルゴスから奪い、対になるギギの腕輪を、仮面ライダーアマゾンから手に入れる事を、建国の第一歩としようとした。

 

だが、度重なるアマゾンライダーの反撃に遭い、部下の獣人(改造人間)たちの殆どが殺害され、ゼロ大帝自身も、アマゾンに打ち倒される事になった。

 

マヤの言う“首領”とは、マヤや克己の所属していたショッカー、黒井に強化改造人間第三号の身体を与えたゲルショッカー、ゲルショッカーの壊滅後に出現したデストロンを、直接指揮していた謎の人物である。

 

又、ガイスト――呪刑事・アポロガイストの父であった呪博士に秘密工作機関GODを任せ、総司令として陰から指示を送っていたのも、この首領である。

 

尚、ショッカー・GOD時には一度も姿を見せず、ゲルショッカー・デストロンの壊滅間際になって、自爆プログラムを作動させた、一つ目の怪人や、白骨の姿なども、仮の姿でしかない。

 

克己や、ショッカーの大幹部であった死神博士とゾル大佐の前には、チベット僧・ヘールカとして現れた事があったが、あれも、真実の姿かどうかは怪しい。

 

その謎に包まれた人物“首領”は、ガランダー建国を目論むゼロ大帝に、改造人間製造の技術を提供し、“影の支配者”として、ショッカー時代からの目的である世界征服を成し遂げさせようとした。

 

それが失敗した後に、“首領”が、次なる組織として見出したのが、ブラックサタンである。

 

「組織と言っても、蟲だけれど」

「蟲?」

 

ガイストが訊き返した。

 

「サタン虫って連中なのよ」

「サタン虫?」

「人の身体に寄生して、その肉体を改造してしまう蟲の事。その長と、首領が交渉して、ブラックサタンを組織したらしいわ」

「蟲と、交渉?」

「ええ。多分、首領の実験の一つだったのでしょうね。貴方たちみたいな強化改造人間のプロットで造り上げたサイボーグに、サタン虫を寄生させたらどうなるか……」

「それが、ブラックサタンの改造人間か?」

奇械人(きっかいじん)っていったわ」

「ふむ」

 

ガイストは頷き、続けた。

 

「で、その奇械人を造り出す事が、どのような目的で行なわれた実験だったのだ?」

「ん……多分、貴方の所と同じね」

「私の?」

「ええ、GOD機関の目的と、よ」

「それは、興味深いな」

 

ガイストが、少しだけ、身を乗り出して来た。

マヤが説明を続ける。

 

「サタン虫っていうのはね、首領に依れば、餓蟲(がむし)とか、蟲毒(こどく)の類らしいわ」

「がむし?」

「蟲毒か」

 

ぽつり、と、口を挟んだのは克己だ。

 

「あら、知ってるの?」

「イワンから、聞いた事がある」

 

イワン=タワノビッチ――死神博士の事である。

 

「確か、蟲を使った呪術の一種だったな」

 

イワン=タワノビッチが、死神博士として、ショッカーに与したのは、たった一人の愛する妹の生命を、蘇らせる為である。

 

それ以前に、ナチス・ドイツに所属して延命治療技術について研究し、又、妹のナターシャが死んでからは、占星術や、東洋呪術などからも、その智慧を得ようとした。

 

「ええ、そうね。例えば、蛇とか、百足とか、蛙とかを、同じ容器の中に入れて、共喰いさせるのよ。そうして、生き残った固体は神霊になるとされているわ。その神霊を祀って、その身体から取り出した毒を食べ物や飲み物に混ぜ、人に危害を加えたり、逆に、幸福を得たりする事を目的とするの。そういう呪法を巫蟲(ふこ)と言うのだけど、特に、呪殺に用いられるものを、蟲毒と言ったのよ」

「古代の中国では、蟲毒の法を用いて人を殺そうとした場合、斬首に処されたらしいな」

「へぇ……」

 

ガイストが、マヤと克己の話に、感心したように頷いていた。

 

「その、蟲毒の法で生き延び、祀られたものが、ブラックサタンと?」

「そうかもしれない、という話よ」

「それで、餓蟲とは?」

「空気中を漂っている、無害な霊体――の、ようなものね」

「霊体?」

「ええ。この世界に満ち満ちている、あらゆる物体の根源――」

「原子?」

「――を、更に細かく分解してみたもの、と言うのかしらね」

「――」

「科学の話じゃなくてね、スピリチュアルな話よ」

「スピリチュアルか」

「気とか、オーラとか、そういうものね」

「ふむ……」

「そういうものが、人の念で変化する事があるの」

「念?」

「感情ね。精神に影響される霊体――例えば、誰それが憎いと、強く思い続けて、その相手が不幸になったとするわね。そうした現象は、餓蟲が、悪いものに変質したから起こる場合があるのよ」

「まるで、呪いだな」

「まるで、ではなく、実際、呪いなのよ。そういう現象があるの」

「むぅ」

「それを意図的に起そうするのが、呪術師とか、道士、法師、魔術師……そういう風に呼ばれる訳ね」

「――」

 

ガイストは、ブラックサタンと、GOD機関の目的が同じと言われた意味が分かった。

 

GOD機関の改造人間たちは、神話に登場する神や獣をモチーフとしている。

 

生体や機械を元にした物理的な改造技術に加え、神話の神々の残留エネルギーである幽体を合成する技術を駆使していた。

 

アポロガイストが倒れた後、呪博士が巨大ロボット・キングダークから直接指示を出していた改造人間たちも、チンギスハンやジェロニモ、ヒトラー、ナポレオン、ルパン、石川五右衛門、皇帝ネロなどといった歴史上の人物の魂を受け継いでいた。

 

魂とか、幽体とかは兎も角、ブラックサタンが、餓蟲や蟲毒などの呪法をベースにして組織されたのならば、GOD機関で採用された幽体合成技術と、関わりがあってもおかしくはない。

 

「で、その餓蟲とか蟲毒で造られたか、或いは、元から存在していたそういう連中と首領が交渉して、ブラックサタンが出来上がった訳か」

「ええ」

 

ガイストの確認に、マヤが頷いた。

 

「その餓蟲――只のサタン虫から成り上がったのが、デッドライオンという大幹部よ」

「――そのデッドライオンだが」

 

ガイストが、更に訊いた。

 

「何故、あんな森の奥にいたのだ?」

「逃げていたからよ」

「逃げていた?」

「デルザー軍団からね」

 

デルザー軍団とは、ブラックサタンに次いで現れた組織だ。

 

組織とは言うが、構成しているのは、世界各国に伝わる魔人や怪物たちの子孫である改造魔人たちであり、その実力は、一人一人が大幹部クラスのものを持つ。

 

「ブラックサタンの崩壊には、デルザー軍団が絡んでいるのよ」

「と、言うと?」

「ブラックサタンには、タイタンという幹部がいたわ」

 

地底王国の魔王を名乗る、一つ目の大幹部である。冷酷非情な性格を持っていた彼は、その容姿から“一つ目タイタン”と呼ばれていた。

 

タイタンは、一度死ぬが、後にパワー・アップして復活。“百目タイタン”となった。

 

しかし、タイタンが一度開けた穴を塞ぐ為、サタン虫の長は、デルザー軍団よりジェネラルシャドウを召喚した。

 

百目タイタンとなるも彼は敗れ、デッドライオンが、次なる日本の侵略者として着任する事となる。

 

だが、ジェネラルシャドウは、自らを雇用したブラックサタンを見限り、ブラックサタンの没落を手引きしたばかりか、サタン虫の長を見殺しにした。

 

デッドライオンは、組織の崩壊から何とか逃げ延びたものの、ブラックサタン残党を狩り立てようとするデルザー軍団に追われる日々を送っていたのだ。

 

「むぅ」

 

と、ガイストが唸った。

 

「そして、そのブラックサタンの長を斃したのが――」

「城茂――」

 

マヤが言った。

 

「仮面ライダー第七号・ストロンガーよ」


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