仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第六節 境界

「――君は」

 

と、結城が呟いた。

彼女の事は、神敬介から聞いていた。

 

「ね、そいつが、犯人なのね?」

「そうだ」

「じゃあ、そいつを、警察に――」

「無理だよ」

 

結城は、獅子の仮面の戦闘員の末路を、簡単に述べた。

 

そして、

 

「警察では、相手にもしてくれないだろう」

 

と、言った。

 

「君も、今日の事は忘れた方が良い」

「え⁉」

「踏み込んではならない場所だよ」

 

結城は、風見と共に踵を返した。

 

「待ちなさいってば!」

 

さくらが吠えた。

 

「忘れられる訳ないでしょ――」

 

さくらは、風見と結城の背中に向かって、叫んだ。

 

「こいつは、私の友達を殺したんだから!」

「――」

 

ふと、風見が足を止めた。

その風見に、結城が、小さく声を掛けた。

 

風見は、結城を手で制すと、

 

「仇か――」

 

と、さくらに訊いた。

 

「そうよ」

「それならば、俺が、やる」

「え?」

「こいつらの相手は、俺たちの仕事でね」

「――」

「君のような子を、巻き込む訳にはいかないんだよ」

「――何よ、それ」

 

風見は、さくらを振り向く事なく、言葉を続けた。

 

「君が来るような場所ではないという事さ……」

「何よ、場所って?」

「境界と言った所だな」

「境界⁉」

「人には人のテリトリーがある。そこを、踏み荒らさない事だ」

 

そう吐き捨てると、風見は、そのまま歩いてゆく。

結城も、その後に続いた。

 

さくらだけが、その場に取り残された。

 

 

 

 

 

「何ィ⁉」

 

と、デッドライオンが声を荒げた。

 

配下の戦闘員から、別働隊の一人が斃されたと報告された。

人間に、デルザー軍団の残党である戦闘員が斃せる訳がない。

相手は、改造人間である筈だった。

 

「奴か⁉」

 

デッドライオンは、報告に来た戦闘員に掴み掛った。

戦闘員は、首を横に振った。

 

デッドライオンの求める相手ではなかったが、しかし、人間を守る為に、デッドライオンたちに敵対する改造人間となれば、その正体は自ずと絞られて来る。

 

仮面ライダーだ。

仮面ライダーが、自分たちの活動を知り、邪魔をしようとしているのだ。

 

「くぅ」

 

と、デッドライオンは呻いた。

 

倉庫の中を覗き込んだ。

まだ、デッドライオンの計画は完成していない。

 

時間が掛かる。

時間と言うか、正確に言うのならば、材料だ。

材料が、まだ、足りなかった。

 

この異形の曼陀羅を完成させる為には、もう少し、人間の血を流さねばならない。

しかし、自分の計画を知った仮面ライダーたちは、間違いなく潰しにやって来る。

 

どうすれば良いのか――

 

狼狽えるデッドライオン。

 

と、そこに、

 

「落ち着き給え、ミスター」

 

と、しゃがれた声が聞こえて来た。

 

真っ白い髪と髭を、茫々と伸ばした、黒いマントの老人――

暗黒大将軍であった。

 

「仮面ライダーが、この、ミーとユーの計画を、邪魔しに来るのだね?」

「――ああ」

 

暗黒大将軍の、ゆったりとした喋り方に、苛立ったかのように、デッドライオン。

 

しかし、暗黒大将軍は、たっぷりと蓄えた髭を撫で付けながら、薄ら笑いを浮かべている。

 

「ミスター・デッドライオン、心配する事はないとも」

「何?」

「ユーから得たサタン虫の製造技術は、既に、ミーなりの理論で組み立ててある」

「何だと⁉」

「仮面ライダーなど、恐れるに足りぬとも」

「――」

 

デッドライオンは、じぃ、と、暗黒大将軍の表情を眺めた。

老人は、誇らしげに鼻を鳴らしていた。

その表情には、一切の翳りが見られない。

 

「……では、この計画は」

「ノー・プロブレム。仮面ライダーが何人来ようと、計画の遂行は完全よ。寧ろ、ライダーの連中が来てくれた方が、飛んで火にいる夏の虫ね」

「――むぅ」

「でも、やはり計画の発動は急いだ方が良い事に変わりはない」

「では?」

「手っ取り早く、人間共を拉致して来た方が、良いだろうね」

「――」

「それについては、ミーの改造人間部隊に任せ給え」

「ほぅ」

「ユーは、このステージを完成させる事に、集中するのだよ」

「分かった」

 

デッドライオンは、頷いた。

暗黒大将軍は、満足げに笑い、踵を返した。

 

 

 

 

 

風見と結城は、それぞれ、自分たちのオートバイで、獅子の仮面の戦闘員から入手した情報を頼りに、あの異形の倉庫へと向かっていた。

 

都市の中心部から離れた、殆ど人の寄り付かない、さびれた倉庫である。

 

その中では、血と臓物で形作られた、異形の曼陀羅が作成されている。

 

あの魔法陣が何の為であるかは兎も角、人間の生命を理不尽に奪い、あまつさえ、あのような狂気の礎としようとする事を、許すべきではなかった。

 

ましてや、人類の自由と平和を守るという使命を、仮面ライダーの称号と共に受け継ぐ風見と結城である。

 

夜道にマシンの走行音を薄らと響かせながら、二つの影が駆け抜けてゆく。

 

と、その最中に、結城が風見に声を掛けて来た。

改造人間特有の通信機能である。

 

風見は、結城に問い返した。

 

――彼女に言った事だが……。

 

と、結城。

 

風見は、小さく頷くと、

 

――今なら、本郷先輩たちの言葉の意味が分かる。

 

と、返した。

 

友人を、猟奇殺人で亡くしたさくら。

 

犯人を許すまいとする彼女の心情を、風見は理解する事が出来た。

 

風見志郎も亦、彼にとって大切な存在を、奪われている一人である。

父と、母と、妹だ。

 

風見は、ゲルショッカー亡き後、暗躍を始めた秘密結社デストロンの活動を、偶然にとは言え目撃してしまった。

 

その口封じとして、デストロンは風見の殺害を目論んだ。

 

数度に渡る暗殺の失敗から、デストロンは、とうとう改造人間に命じて、風見と、その家族を諸共に殺害しようとした。

 

ハサミジャガー

 

デストロンの改造人間は、ゲルショッカーが造り出した、二種類の生物の特徴を備えた改造人間というプロットを、違う形に変更している。それは、生物と機械の融合であった。

 

脳下垂体ホルモンで、他の生物の遺伝子を定着させた肉体を、更に、バズーカや、電動鋸、ガス・バーナー、テレビジョンなどの機械で武装させたのである。

 

ハサミジャガーは、その名の通り、鋏とジャガーの機械合成改造人間であった。

 

他には、

 

 カメバズーカ

 テレビバエ

 イカファイア

 マシンガンスネーク

 ハンマークラゲ

 ナイフアルマジロ

 ノコギリトカゲ

 レンズアリ

 カミソリヒトデ

 ピッケルシャーク

 ドリルモグラ

 ジシャクイノシシ

 ガマボイラー

 バーナーコウモリ

 ミサイルヤモリ

 スプレーネズミ

 クサリガマテントウ

 ハリフグアパッチ

 ギロチンザウルス

 ドクバリグモ

 ウォーターガントド

 プロペラカブト

 ゴキブリスパイク

 カマキリメラン

 ヒーターゼミ

 ワナゲクワガタ

 カメラモスキート

 タイホウバッファロー

 カニレーザー

 

などがいた。

 

それらの尖兵であったハサミジャガーに依って、父、母、そして妹の雪子は殺された。

だが、風見だけは、デストロンの存在を知った本郷猛と一文字隼人――ダブルライダーの救出が間に合い、生命を長らえる事が出来た。

 

この時、風見はダブルライダーに、

 

“俺を改造人間にしてくれ”

 

と、懇願している。

 

結果として、風見志郎は、本郷と一文字の手術を経て、強化改造人間V3となった訳だが、最初は、本郷も一文字も、彼を改造する事を拒んだ。

 

本郷も一文字も、改造人間でありながら、人間の心を持つ苦悩を知っていたからだ。

 

少し力を込めただけで、水道の蛇口を捻り壊し、硝子のコップを握り潰してしまう。

下手をすれば、子供をあやしてやる事さえ出来ない。

 

改造人間になるとは、そういう身体になるという事だ。

 

風見が、家族の仇を討ちたいというのは分かる。だが、その怒りを晴らす為だけに、人間から逸脱した存在と化し、それからも生きてゆかねばならないというのは、地獄である。

 

身体の内側の機械が軋む音を、毎晩、聞かねばならなかった。

眠りの中にあっても、異常に強化された感覚の為に、癒される事はない。

 

そんな生き方をしなくてはならないのは、自分たちだけで充分だ――

 

それが、本郷と一文字の意思であった。

 

又、本郷は、一文字にその道を歩ませてしまっている事を、後悔している所がある。

 

強化改造人間第一号――

始まりの男・本郷猛。

 

本来、自分だけで、ショッカーという巨悪を斃すべきであった本郷は、いつ終わるともしれない戦いに疲れ、仲間を求めてしまったのである。

 

ショッカーと戦えるのは改造人間だけであった。

仮面ライダー・本郷猛の仲間たり得るのは、同じく改造人間でしかない。

 

一文字に、自分の歩む地獄を、無意識とは言え押し付けた事を、本郷は、心の片隅では後悔し続けているのだ。

 

その本郷と一文字であったが、危機に瀕した自分たちを救う為に、身を挺した風見志郎を、そのまま見殺しにする事は出来なかった。

 

だからこそ、風見志郎の身体に、自分たちの持てる技術を注ぎ込んだのである。

 

改造手術に利用したデストロンの基地が爆発し、カメバズーカに追い詰められたダブルライダーの前に、颯爽と現れた新たな戦士の姿を見た時、

 

“成功だ”

 

そう呟いたダブルライダーの胸中たるや、如何なものであっただろうか。

 

こうした経緯で誕生した仮面ライダーV3・風見志郎には、友人の仇を憎むさくらの気持ちも、改造人間になる事でしか仇を討てない事も分かっており、そして、その後に否が応でも訪れる、人間という境界からの出奔の苦痛も分かっている。

 

“俺たちだけで充分だ”

 

そう言った本郷たちの気持ちが、風見の中にも、生まれているのである。

 

と、住宅街からは遠く離れ、どちらかと言えば森林の多い道路に差し掛かった時であった。

 

「――風見っ」

 

結城が声を上げた。

風見は、ブレーキを掛けようとしたが、遅かった。

 

その前に、路面に無数の亀裂が入り、地面が陥没してしまった。

 

「むぅん」

 

風見は、前輪を持ち上げて、後輪だけで道路に踏み止まろうとしたが、バイクごと、陥没した地面に落ち込んでしまった。

 

風見のバイクが横倒しになる。

風見は、咄嗟に脚を引き抜いていたから、車体に潰される事はなかった。

 

だが、そのバイクが倒れた場所というのが、砂であった。

 

「ぬ⁉」

 

道路は大きく円形に沈み、中心に向かうに従って深くなっている。

左右を、森で挟まれた道路のど真ん中に、擂り鉢が出現しているのだ。

しかも、その擂り鉢を形成している砂は、中心に向って滑り落ちている。

 

「平気か、風見⁉」

「ああ」

 

結城に応える風見だったが、バイクも、風見自身も、流砂に巻き込まれている。

アリジゴクであった。

 

と――

 

流砂に引き摺られる形の風見が向かう先――つまり、擂り鉢の中心の砂が、こんもりと盛り上がって来た。

 

かと思うと、黄土色の砂が真ん中から裂け、切れ目を入れたコードから銅線が顔を出すように、黒い頭が浮かび上がった。

 

見れば、黒いジャンバーを着た男が、アリジゴクの中心から、上半身を出していた。

 

「何⁉」

 

いきなり出現したその男に、風見が驚愕しているが、結城は、風見ばかりに気を取られている訳にはいかなかった。

 

結城のオートバイのライトが向いている方向――アリジゴクの対岸に、ライトの為に、六つの人影が浮かび上がっていたのである。

 

猪首で、背の低い男。

肩幅が異常に広い男。

顔色の悪い、痩せぎすの男。

小太りの男。

胸と尻が突き出し、腰が見事に括れた女。

ほっそりとした体型の、髪の長い女。

 

「こいつらか?」

 

肩幅の広い男が言った。

 

「にしては、少々、間抜けだなぁ」

 

アリジゴクの中心にいる男が、風見を眺めていた。

 

「だけど、この道は滅多に人も通らないし」

「決まり、だ、な」

 

腰の括れた女と、猪首の男が、続けた。

 

「じゃあ、あれだ。お前さんたちは――」

 

と、痩せぎすの男が、やけに大きな擦過音と共に言葉を吐いた。

 

「仮面ライダー、って事ね」

 

と、小太りの男が、気の抜けるような調子で言った。

 

「おい、俺が言う所だろうが⁉」

 

痩せぎすの男が怒鳴ると、

 

「ひぇっ」

 

ほっそりとした女が、身体をびくっと震わせた。

 

「ちょっとぅ、ロウをイジメないでよ」

 

腰の括れた女が言う。

 

痩せぎすの男は、一つ、舌を打ち鳴らした。

 

その光景を見て、他の面々が笑っている。

風見と結城の事など、忘れてしまっているかのようだった。

 

しかし、そうした談笑の発声の原因でもある、ロウと呼ばれた女が、おどおどしながらも、他の六名に呼び掛けた。

 

「み、皆さん――」

「ん?」

「い、良いんですか、あの人たち……」

 

と、結城に手を差し伸べられ、道路に戻ろうとしている風見を指差した。

 

「あッ」

 

六名が六名とも、間の抜けた声を上げた。

 

その中で、すぐに意識を切り変えたのは、アリジゴクの中心にいる男だった。

 

「させねぇよ」

 

呟くと、その顔に、びきびきと太い筋が浮かび上がって来た。

すると、風見を捕らえていた、砂を溜めた擂り鉢が、流砂の勢いを増した。

 

「ぬぅ⁉」

 

風見は、もう少しで結城の手を取れるという所だったが、白いライダー・グローブは空を切った。

 

「風見!」

 

結城が声を上げる。

風見が、擂り鉢の中心に、吸い込まれて行くようであった。

 

結城は、しかし、はっと顔を上げる。

と、向こう岸に六つ並んでいる筈の人影が、五つしかなかった。

 

小太りの男が、消えている。

 

「結城、後ろだ!」

 

風見が、吸い込まれそうになりながらも、声を上げた。

 

結城が、身体を沈めて、左足を後方に伸ばし上げた。

 

結城の革靴が、後ろに回っていた小太りの男の腹にぶち当たるのと、小太りの男が繰り出したパンチが、結城の髪の毛を数本引き千切って行くのは、同時であった。

 

「ちぇ」

 

と、小太りの男が舌打ちした。

結城は、彼から距離を取る。

 

アリジゴクからも、離れてしまった。

 

「お前たちは何者だ?」

 

結城が訊いた。

 

「あんたたちの敵ね」

 

小太りの男が答える。

 

「敵⁉」

「デルザーか?」

 

風見が、もう数秒で、アリジゴクの中心にいる男と顔を突き合わせそうになっている。しかし、風見は無表情を保ったまま、問うた。

 

「ふふん」

 

と、アリジゴクの男は鼻を鳴らした。

 

「それとも、ショッカーとかデストロンの残党の、改造人間ってトコかな」

「改造人間だと?」

 

不愉快そうに言った男の、顔に浮かんだ太い筋が、蚯蚓のように這いずり回る。

 

そうしていると、額の両端の肉が、もこりと盛り上がり、その皮膚を突き破って、刺々しいものが突き出して来た。

 

触角――と、言うよりも、節くれだった一対のそれは、昆虫の顎だった。

 

ぎょろり、と、男の眼が膨れ上がる。

 

頭蓋骨が、肌の上にそのまま盛り上がって来たかのように、顔の形が変形した。

 

ジャケットを切り裂いた腕に、棘が幾つも生えだしている。

 

気付けば、その姿は、光沢のある黒い外骨格に包まれた、異形となっていた。

 

又、結城と相対した小太りの男も、皮膚の内側からぼこぼこと膨れ上がってゆき、その皮膚が破れた時、男の身体は無骨な外殻に包まれていた。

 

その両腕は巨大な鋏と化している。

 

頸と肩との境目が分からない程のぶ厚い外殻であり、頭部からは眼が眼窩から飛び出していた。

 

「そんな下等生物と一緒にするな、鉄屑め」

「何だと?」

「俺たちは、改造魔虫(まちゅう)よ――!」

 

改造魔虫アリジゴクが、風見志郎の頸に手を伸ばし、同じく改造魔虫クラブマンの姿を現した小太りの男が、結城丈二に躍り掛かってゆく。


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