仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第五節 外法

凄まじい匂いが、そこには、詰め込まれていた。

 

濃厚な鉄の匂い――

常人が踏み込めば、すぐにでも発狂しそうな程の、死の匂いであった。

 

狂気の空間であった。

 

町外れの倉庫である。

滅多に人の寄り付かない区画に、ぽつんと建てられ、打ち棄てられていた。

しかし、廃棄されて長い割には、小ざっぱりとしている。

 

いや――

 

少し前までは、小ざっぱりとしていた、と言うべきである。

今は、おぞましい光景が、その中に広がっていた。

 

高い天井から、鎖が、鬱蒼としたジャングルの羊歯のように、垂れ下がっている。

その鎖には、黒く変色した、ぶくぶくと膨らんだ蛇のようなものが絡み付いていた。

 

腸である。

 

若し、この倉庫に足を踏み入れたならば、腸が纏わり付いた鎖が、暖簾のようになる。

 

上の方の鎖は、隣の鎖と繋げられており、倉庫を一周している。

 

倉庫の、四方向の壁には、大きく、魔法陣が描かれていた。

赤く、掠れた色である。所に依っては、黒っぽく酸化しているものもあった。

血で描かれているのだ。

 

魔法陣は、外縁から、内側に向かって、螺旋を描いている。

渦巻きの線と線の間に、文字が並んでおり、この文字も、やはり螺旋を描く事になる。

 

文字と文字との間には、長い杭で以て、心臓が打ち付けられていた。

 

その心臓であるが、魔法陣の外側から、色が悪い。

軽く防腐処理はしているらしいが、すぐに、腐ってゆこうとする。

外側のものが古く、内側にゆくに従って、新しい心臓が追加される方式らしい。

 

垂れ下がっている鎖に巻き付いた腸であるが、上の方が、古い。

 

丁度、魔法陣の中心に来る辺りで、鎖は途切れているが、そちらに近い腸は、まだ薄らと赤い色が残っていた。

 

魔法陣は、天井と床にも描かれている。

やはり、螺旋状の魔法陣だ。

 

しかし、この上下の魔法陣は、描かれているもの自体は同じなのだが、打ち付けられた心臓の配置が、逆である。

 

内側から、古い心臓で埋めてゆこうとしている。

 

四方の魔法陣は、外側から順に配置しているが、上下の魔法陣は、内側から配置していた。

 

その魔法陣の外側の二ヶ所から、鎖が伸びている。

 

天井の魔法陣の、内側へ向かうラインに沿って床に垂れ、床の魔法陣の、反対側に、杭で固定されていた。

 

床から天井に持ち上げられた鎖は、天井から降りてくる鎖の反対側に、杭で固定されている。

 

捩じれた一対の鎖が、魔法陣を中心に描くのは、二重の螺旋である。

それが、色とりどりのパーツで構成されているのならば、教科書に載っている環状二重螺旋の図を思い起こさせるであろう。

 

しかし、螺旋の鎖を彩るのは、やはり、臓物であった。

 

心臓と腸を除く臓物がワン・セット、並べられている。どうやら、天井からの鎖は男性の臓器で、床からの鎖は女性の臓器で飾られているらしい。

 

男性の臓器は、上から、肺から睾丸までが飾られ、睾丸の下には、又、肺が置かれている。

女性の臓器は、下から、肺から子宮までが飾られ、子宮の上には、又、肺が置かれている。

 

丁度、鎖が交差する点では、睾丸と子宮が向かい合っていた。

 

その、おぞましい曼陀羅を、黒い膜を被った、獅子の仮面の異形たちが、作成していた。

 

大きく掛かれた魔法陣を踏まないように、配置された臓物を壊さないように、慎重に、獅子の仮面たちが動き回っている。

 

外に停められたトラックから、防腐処理を施された臓物を運び出して、丁寧に設置してゆく。

 

魔法陣の薄れている箇所があれば、保存されている血液のタンクを持って来て、上から重ねて塗ってゆく。

 

天井に配置する時など、特に苦労しているようであった。

 

伸縮式の長い棒を、何もない部分に突き立てて、下から何人かで押さえて、二人で上ってゆく。一人は手ぶらで、もう一人は、配置すべき臓物を入れた箱を背負っている。

 

天井に辿り着いたら、下の者が、上の者を支えつつ、箱を差し出し、上の者が箱から取り出した臓器を、杭で打ち付けたり、鎖に絡めたりしている。

 

設置が終わったら、そろりそろりと床まで下りる。

 

そうした作業を、一人の男が、眺めている。

 

森の中で、黒井響一郎、松本克己、ガイストらに襲われたが、マヤの言葉で危機を免れ、暗黒大将軍に引き入れられた男――デッドライオンである。

 

倉庫の入り口付近の地面に、邪魔にならないように胡坐を掻いているデッドライオンは、右手の鉤爪を外して、暗黒大将軍に与えられた義手と、一応は生身の手である左手で、一つの頭蓋骨を持っていた。

 

最近の猟奇殺人を行なっている、暗黒大将軍から宛がわれた部下たちに殺された、男女のものだ。

 

中身は、全てくり抜かれている。

 

視神経を脳に伸ばす眼窩の孔や、鼻、耳など、隙間は全て埋められていた。

下顎は、針金で留められているが、ぱかぱかと動かす事が出来る。

 

その頭蓋骨の頭頂を、掌に載せていた。

 

くり抜かれた内側には、黒ずんだ染みがある。

 

デッドライオンは、ぼぅっとした眼で、その染みを眺めていた。

 

と――

 

獅子の仮面――デッドライオン配下の戦闘員が、大きな樽を持って、デッドライオンの傍にやって来た。

 

「おぅ、出来たか」

 

と、デッドライオンは言った。

 

戦闘員は、獅子の仮面で頷き、樽の蓋を開けた。

 

鉄に混ぜられた、饐えたような、酸っぱいような匂いが、むんと立ち昇って来た。

 

中に入っているのは、どろりとした、赤い液体である。

 

殺した男の精液と、殺した女の経血を混ぜた液体であった。

 

獅子の仮面たちには、月経の期間に入っている女を狙わせていたのだが、そうでない場合は、愛液を搾り取らせ、やはり、この樽の中に混ぜ込んでいた。

 

デッドライオンが、頭蓋骨をすぅと差し出した。

 

この頭蓋骨も、実は、単にくり抜いて隙間を埋めたものではない。

頭蓋骨の大きさが同じ位の男女のものを、半分に断ち割って、くっ付けたものだ。

 

その内側に、戦闘員が、柄杓で掬い上げた和合液を、注いで行った。

 

デッドライオンは、頭蓋骨の中に溜まったその液体を、ぐぃぐぃと咽喉に流し込んでゆく。

 

無精ひげの浮いた咽喉が、毛虫のようにもぞもぞと動き、和合液が腹の中に蓄えられて行った。

 

髑髏の盃から唇を離したデッドライオンは、実に満足そうに、生臭い息を吐いた。

 

「堪らんなぁ」

 

と、次の一杯の為に、盃を差し出すデッドライオン。

 

その許に、別の戦闘員が駆け寄って来た。

何やら、急いでいる様子であった。

 

「どうした」

 

と、デッドライオンが訊いた。

 

 

 

 

「もう良いぞ、結城」

 

結城丈二は、風見志郎が、獅子の仮面を被った改造人間を捕らえたのを確認すると、さくらの口元から手を離した。

 

結城は曲がり角から出て、頸を絞めて脳への酸素供給を断った戦闘員を、小脇に抱えている風見と、顔を見合わせた。

 

さくらはと言うと、呆気に取られるばかりであった。

 

後ろから近付いて来た、ブレザーに、ワイシャツに、ネクタイときっちりとした格好の上、この季節には蒸し暑そうな黒いグローブなどを付けた、知的な雰囲気の青年に、口と動きを押さえられたかと思ったら、倒そうと思っていた獅子の仮面を、別の男に眠らされてしまった。

 

獅子の仮面を抱えているのは、蒼いカッター・シャツに、白いベスト、白いパンタロンを穿いた男だった。努めて浮かべた柔らかい表情の中に、ぎらぎらとしたものを持っている。

 

「――間に合わなかった」

 

ぽつり、と、風見が言った。

 

獅子の仮面の戦闘員を放り投げると、女性の、捻転させられた頸骨を元に戻してやり、見開いた眼と、血で染まった歯を剥いた唇を、閉じてやった。

 

結城も、哀しみの表情を浮かべている。

 

風見は、獅子の仮面の背骨に膝を当てて、肋骨を開かせ、蘇生させた。

 

びっくりしたように息を吹き返し、きょろきょろと辺りを見回す戦闘員。

 

その戦闘員を立ち上がらせると、風見は、鳩尾に下突きを入れた。

 

「うへぇ」

 

と、さくらが言った。

 

ボディに拳をめり込ませられた時の痛みは、充分に知っている。

 

「貴様らだな、ここ最近の殺しは?」

 

と、風見は、腕刀を戦闘員の頸にやり、塀に押し付けた。

苦しそうに身悶える、獅子の仮面の戦闘員。

 

「この人を何処へ連れてゆく心算だった?」

 

尋問するも、獅子の仮面から滑り出して来るのは、

 

「れぉぅ」

「がぅる」

 

などと言った、意味のない言葉であった。

 

「風見、無駄だよ」

 

結城が言った。

 

「そいつらは元から人間の言葉では喋れない。ショッカーやデストロンの戦闘員たちとは違って、改造人間ではないからね」

「――そうか」

 

風見と勇気のやり取りを聞いていたさくらだが、理解はしていないようであった。

 

「しかし、脳内を覗く事は出来るぞ」

 

結城はそう言うと、右手のグローブを外した。

その内側から、銀色の義手が剥き出した。

 

ブレザーとシャツの袖を、肘まで捲り上げる。

 

結城が、夏にしては厚着をしている理由を、さくらは知った。

 

さくらの視線も気にせず、結城は肘からカセットを排出した。

 

ブランクのカセットを取り出すと、腰のポーチから、別のカセットを取り出して、肘の空白の部分に挿し込んだ。

 

すると、結城の右腕にひびが入り、皮膚が裏返って、内側から、金属のパーツが盛り上がって来た。

 

見る見る内に、結城の右腕は、黒鉄色の、無機質なものに変わった。

その掌が展開して、五指の第一関節が分離した。

 

「新しいアームだな」

 

風見が言った。

 

「高坂博士の遺品さ」

 

結城はそう言って、五指の先端を、獅子の仮面の戦闘員の頭部に宛がった。

みり、と、指先に触れられた部分が音を鳴らした。

 

「がぎっ」

 

と、戦闘員が呻く。

 

指の腹から伸びた極小の針が、頭の膜を突き破り、頭蓋骨を穿孔して、脳に突き刺さったのである。

 

スキャニング・アーム――

 

指の腹から出る針が、生体電流を読み取り、その情報を、改造人間の脳内でグラフィック化するのである。

 

仮面ライダー第一号・第二号に依って改造された風見志郎と、神啓太郎の術式で全身改造を受けた結城丈二は、スキャニング・アームから送られて来る電波に周波数を合わせて、獅子の仮面の戦闘員の記憶を読み取っていた。

 

「ふむ」

「これは――」

 

眉を寄せて頷く風見と、皮膚に汗を伝わせる結城。

 

獅子の仮面の脳内にあった、あの異形の曼陀羅を見たらしい。

 

スキャニング・アームを回収し、ブランクに戻す結城は、風見に顔を向けた。

 

「ゆこう」

「うむ」

 

と、風見。

 

風見は、戦闘員にとどめを刺し、その場に放置した。

 

生命活動の停止から、暫くすれば、その細胞は自壊する筈である。

 

その場を立ち去ろうとする風見と結城。

 

と――

 

「ちょっと、待ってよ!」

 

すっかり置いてけぼりであったさくらが、声を上げた。

風見と結城が、そちらを振り向く。

 

「あんたたち、いきなりやって来て、何なのよ⁉」


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