闇の中に、二度、三度と、赤い光が尾を引いた。
血の飛沫である。
噴水のように、血液が、夜空に向かって駆け上がってゆくのだ。
と、空気を擦り上げる生命の液体は、凄まじい速さで振り下ろされた、獣のヒレに依るものである。
冷たいコンクリートの上に、黒尽くめの人影が幾つも倒れ込んでいた。
黒尽くめと言っても、身に着けている衣服がそうなのではない。肌の上に、薄らと膜を張っているかのように、黒いのである。
獅子をモチーフとしたらしき仮面を被っている男たちであった。
その頸や胸には、赤い色が、ぱっくりと口を開けている。
鋭利な刃物で切り裂かれ、そこから、血の噴水を伸ばし上げたのである。
まだ立っている獅子の仮面たちであったが、その死骸の山を作り上げたものに対して、強い警戒心を抱いているようであった。
それは、獣であった。
しかし、人であった。
鱗に包まれた緑色の身体に、血管がぼこぼこと浮かび上がって、迷彩服のようになっている。
両手両足の爪は鋭く、腕刀と脹脛からぶつぶつと生えている棘は凶器であった。
歪に曲がった背骨に沿って、ヒレが生じている。
中心から、前方にせり出した、蜥蜴のような頭部。
瞼のない赤い双眸が闇の中に煌めき、眉間から小さな角が突き出していた。
顎を開くと、凶暴な牙と、赤々とした長い舌が見えている。
しかし、その獣は、衣服を纏っていた。
身体と同じ柄のベストと、腰布。
頸には、普段の生活の垢だけではなく、返り血を浴びるたびに水で注ぎ、元の色のすっかり分からなくなったマフラーが巻かれている。
腰にはベルトがあり、埋め込まれた赤い一対の石や、鋸やロープ、ピックの機能を持つアイテムが、まるでコンドルの顔のようである。
そして、その左腕には、獣の貌をした、銀色の腕輪が装着されている。
「けけぇーっ!」
獣人――否、仮面ライダーアマゾンは、猛禽類のような雄叫びを上げて、獅子の仮面たちに躍り掛かって行った。
獅子の仮面は、ナイフをアマゾンに向けるが、尽く躱され、逆に、その腕や脚を手足のヒレで切り裂かれ、首筋に咬み付かれて肉を抉られ、地面に伏せる事になる。
十数人はいた筈の獅子の仮面たちは、あっと言う間に、アマゾンライダーの餌食となってしまった。
アマゾンに斃されたこの異形の者共は、死亡してから暫くすると、内側から溶解液を噴き出して、全身を泡状のもので包んでしまう。その泡を払い除けると、既に、その身体は消滅してしまっていた。
消え去った獅子の仮面たちの中心で、アマゾンの肉体に変化が訪れた。
浮かび上がった血管が、皮膚の内側に沈んでゆき、体色も、人間らしく日焼けした、黒ずんだものに戻って行った。
四肢や背中のヒレカッターは、ほろほろと崩れ落ちてゆく。体毛が硬質化したものであった。
突き出した顔も、中心に向って引っ込んでゆき、眼も小さくなり、瞼が被さってゆく。
文明人とはとても言えないが、獣人ではなく、人間の姿になっていた。
仮面ライダーアマゾン――
南米のジャングルよりやって来た男であった。
赤ん坊の頃、アマゾンに墜落した飛行機から生還し、“アマゾン化石人”と呼ばれる人々に、二〇年にも渡って育てられた。
野生の中で育った故に、通常の人間を遥かに超える身体能力を持っていた青年は、古代インカ帝国の末裔たちの長老・バゴーに依って、獣人の姿への変身能力を授けられた。
その使命は、ギギの腕輪を守る事だ。
インカの残したオーパーツであるギギの腕輪は、対となるもう一つの腕輪“ガガ”と揃える事で、強大なパワーを発揮する。
その超エネルギーを求めた、強欲な科学者・ゴルゴスが組織した獣人組織ゲドンに、ギギの腕輪を渡さぬよう、バゴーは青年の身体にギギの腕輪を埋め込み、日本へ渡るように暗示を残した。
バゴーの暗示に従い、何も分からないまま日本にやって来た青年は、ゲドンに襲撃される。
又、本来ならば日本で育つ筈だった彼だが、未開のジャングルで過ごした青年は、高度経済成長を遂げた日本の中では、明らかな異端児であった。
そのような差別の中で、しかし、青年は、岡村マサヒコという少年と出会い、彼の言葉に依り、
アマゾン
という名前を得て、そして、立花藤兵衛との邂逅に際し、
仮面ライダー
の称号を与えられたのである。
そうして、仮面ライダーアマゾンとなった彼は、ギギの腕輪を狙うゴルゴス率いるゲドンや、ゼロ大抵率いるガランダー帝国との戦いを終え、故郷である南米のジャングルへと帰った。
しかし、半年前、新たに現れた、世界征服を目論む組織・デルザー軍団の出現を知り、再び日本に舞い戻ったアマゾンは、彼と同じく“仮面ライダー”の称号を持つ六名の戦士と共に、デルザーの統率者であり、ガランダー帝国を陰から操っていた“大首領”を打ち倒した。
だが――
戦いは、まだ、終わっていなかったのである。
獅子の仮面たちが消えた泡の中から、何か、彼らの手掛かりとなるものが見付からないか、と、地面に這っていたアマゾンを、白い光が照らし上げた。
見れば、それはクルーザーに跨った、Xライダーであった。
仮面ライダーX――
銀色の仮面と、赤いプロテクターが眼を惹く。
マフラーの黒地に、赤く染め抜かれたXの文字が、印象的であった。
手足のレガートは、黒鉄である。
額には赤と黒の二つのVが伸び、銀の兜の前面には赤い複眼が設けられている。
背中には大きなタンクを背負っていた。
バックルの脇に刺さったグリップは、ライドルと呼ばれる可変式の武器である。
Xライダー・神敬介は、口部に装着したパーフェクターを外し、レッド・アイザーを取り外して、Xマスクを展開する。
レッド・アイザー内部に収まったXマスクを、ベルトの左側に、パーフェクターを右側にホルダーすると、マーキュリー回路が停止して、自動的に強化服がクルーザーに収納される。
マーキュリー回路搭載以前は、自分で装着しなくてはならなかった強化服であったが、現在では、神敬介の意思一つで、変身する事が出来ていた。
「アマゾン――」
と、敬介が呼び掛けた。
アマゾンの本名は、山本大介というのだが、本人がそれを知らない為、他の者たちは彼の事をアマゾンと呼ぶ。
「彼女は、大丈夫だったか?」
「うん」
と、アマゾンは頷いた。
彼女、というのは、先程、商店街で敬介を蹴り込んだあの女の事だ。
「でも、こいつら、襲って来た」
「そうか」
敬介は、小さく唸った。
「奴らは、恐らく、デルザー軍団の残党と見て間違いあるまい」
「デルザー⁉」
「ああ」
このタイプの改造人間を、敬介やアマゾンは知っている。
デルザー軍団の改造魔人たちの配下の戦闘員たちは、この時、敬介とアマゾンが戦った、獅子の仮面たちと似たようなスタイルであった。
「となると、最近の事件も、奴らの仕業という事になる」
「――」
「何にしても、人間を襲うならば、放っては置けないな」
「うん」
「しかし――」
「ん?」
「彼女の事さ」
「彼女?」
「さっきの女の子は、どうして、わざわざこんな夜道を出歩いていたのかな」
「危ない……」
「そうだ、危ない」
「――いや」
と、アマゾンが言った。
「まるで、あいつら、来い、言ってるみたいだった」
「何?」
思い返してみれば、彼女は、
“あんたが、最近の事件の犯人ね!”
と、言っていた。
「まさか、自分でこの事件を解決する心算なのか?」
「多分……」
「――」
敬介は、大きく溜め息を吐いた。
「彼女が危険な目に遭う前に、この件を解決しなくちゃな」
「――」
アマゾンが、不意に、黙りこくった。
不審に思った啓介が、
「どうした?」
と、訊くと、アマゾンは、遠慮がちに言った。
「デルザー……」
「――」
「デルザー、また、戦うか?」
「――そういう事になるだろう」
アマゾンが心配しているのは、デルザー軍団の強さだ。
デルザー軍団は、
ジェネラルシャドウ
荒ワシ師団長
鋼鉄参謀
ドクター・ケイト
ドクロ少佐
狼長官
岩石男爵
隊長ブランク
ヘビ女
ヨロイ騎士
磁石団長
マシーン大元帥
という、一二体の改造魔人と、
岩石大首領
つまり、他の組織を率いていた“大首領”を含む一三人で構成されていた。
改造魔人は、世界各国に残る伝承上の魔人・怪人たちの子孫であり、一体一体が、それ以前の改造人間たちを超える戦闘力を持つ。
仮面ライダー第一号・本郷猛、第二号・一文字隼人らの時代に照らし合わせてみれば、その一二体が、何れも、
ゾル大佐が調整された黄金狼、
死神博士が自らを改造したイカデビル、
地獄大使の最終形態であるガラガランダ、
ゲルショッカー大幹部のブラック将軍が変身したヒルカメレオン
クラスの実力者なのである。
この事件の裏に、デルザー軍団の暗躍があるとしたら、Xライダー・神敬介、アマゾンライダーだけの力では、解決が難しいかもしれない。
その不安を、アマゾンは吐露したのであろうか。
それもあるだろう。
しかし――
「大丈夫だ。一応、風見先輩や、結城さんにも、話は通してある」
と、敬介は言う。
風見志郎・仮面ライダーV3
結城丈二・ライダーマン
この二人の事である。
「――」
アマゾンは、敬介を真っ直ぐ見つめて、
「茂もか?」
と、訊いた。
「――」
「茂も、また、戦うか――?」
「――」
敬介は、答えられなかった。
茂――城茂の事情を、敬介も、知っている。
知った上で、若しも自分であれば、
“戦う”
と、言うであろう。
しかし、城茂は、神敬介ではない。
城茂が、
“戦う”
と、すぐに答えられるかを、敬介は、答える事が出来なかった。
アマゾンは、SICより更におっかない外見の方が良いと思うので、ああ表現しました。
そして案外、あの片言が難しいです。
ヒーローをどれだけナイーブにして良いのかというのが、正直、判断に困る所です。