仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第八節 深化

足と足が絡み合う。

膝と膝が絡み合う。

腰と腰が絡み合う。

胸と胸が絡み合う。

腕と腕が絡み合う。

手と手が絡み合う。

頸と頸が絡み合う。

 

その都度、金属の鎧は軋み、特殊合成繊維のスーツはねじれ、肉が哭き、骨が吠え、全身の神経という神経を電流が踊り狂った。

 

アポロガイストには、何処から何処までが自分の身体なのか、分かっていない。

黒井には、どれがアポロガイストの身体でどれが自分なのか、分かっていない。

 

それだけ、絡み合っている。

そんな風に感じるまで、二つの肉体が軋み合っていた。

 

まるで交尾である。

 

アポロガイストの手が、黒井の脚を掴む。

黒井がアポロガイストの腰を跳ね上げる。

 

アポロガイストは小脇に太腿を抱え込む。

黒井は伸び上がった相手の手を捩じった。

 

弾けるのは、金属同士がぶつかる火花だ。

 

その鎧やスーツの隙間から、二つの肉体から漏れ出す汗が、溢れていた。

擦れ合う金属が、油を塗ったように、ぬらぬらと輝いている。

 

共に、その姿は凄惨を極めた。

 

アポロガイストは、兜の上半分をすっかり破壊されている。

口元を覆うパーツが、残っているだけである。

 

ダンディズムを感じさせる顔が、血と汗と涙でぼろぼろであった。

額が、獣の口のように裂けて、血をこぼれさせている。

その脂が眼に入り、白い部分がなくなっていた。

 

鼻の頭が、斜めを向いてしまっている。ハンサムが台無しである。

 

先程、黒井に捩じり折られた右腕から、レガートが滑り落ちている。外骨格が外れる際に、折れた肘に引っ掛かって、鉄の骨格が人造皮膚から人工筋肉と共に覗いていた。

 

マントはない。寝技の攻防をする内に、黒井がそれで頸を絞めて来ようとしたので、放り投げた。

 

胸のプレートが窪み、指を刺し込んで手前に引けば、剥ぐ事が出来そうだ。

 

一方の黒井も、無事ではない。

 

蒼いコンバーターラングに、クレーターが出来ている。

 

肩にも、スプリングを内蔵したパッドがあるのだが、それが、地のスーツごと千切られていた。

 

ベルトの横に設けられたバーニアの片方が、折られている。

 

仮面は、顔の半分が覗く位に、割られていた。

 

黄色いマフラーは、アポロガイストの返り血と、鳩尾に良いのを喰らった時に吐いた血で、色を変えてしまっていた。

 

そんなぼろぼろの二人が、一時間以上、立ち上がる事なく、相手を仕留めようとしている。

 

腕を取り、脚を取り、背中を取り、頭上を取り――

 

打。

投。

極。

 

自らが知るあらゆる技術を駆使して、鎧の向こうの肉体を破壊に掛かっていた。

 

試し合いであった筈だ。

 

アポロガイストの肉体が、どれだけ戦えるのか。

それを見るだけの筈であった。

 

しかし、試し合いは果し合いへと変貌し、殺し合いへと進展している。

 

そこから更に、愛する者と閨の中でするような、いやらしい蛇の交尾へと昇華されていた。

 

相手の腕や脚の動きを封じながら、相手の身体に自分自身を打ち込み、体液を塗り込んでいるのである。

 

もう、訳が分からなくなっている。

 

訳が分からないが、分からないなら分からないなりに、自分の肉体と、相手の肉体が求める事をやっている。

 

黒井も、アポロガイストも、そういう事をやっていた。

 

 

 

 

 

 

アポロガイストが、肉体に異常を感じ始めたのは、その最中であった。

 

ふと、黒井の感覚が消失した。

自分の脚の下にいる筈の黒井の姿が、なくなったのだ。

 

あれ⁉

 

と、驚いている間に、黒井はアポロガイストの下から抜け出している。

 

アポロガイストは、咄嗟に拳を繰り出した。

しかし、膝立ちになろうとしてからの拳は、空を切った。

 

黒井は、まだ、アポロガイストの下から脱出しただけで、顔を上げてはいない。

俯いたままだ。

 

アポロガイストが、その黒井を目視した時には、抱きすくめられ、押し倒されていた。

 

黒井は、やけにもったりとした動きで、アポロガイストの胴体の上に跨った。

アポロガイストは、逃れられた筈の黒井の動きから、逃げる事が出来なかった。

 

黒井はアポロガイストに馬乗りになっている。

両方の膝で、しっかりと、アポロガイストの脇腹を挟んでいた。

 

黒井が、深く息を吸う。

一つ、息を吸って吐くのにも、異様に時間が掛かっていた。

 

アポロガイストは、黒井を振り落とそうとするのだが、身体が動かない。

いや、動いているには動いているのだが、その動きが酷く緩慢なのである。

 

アポロガイストが逃れられないでいる間に、黒井が拳を振り上げた。

 

ゆっくりと、だ。

蛞蝓が這うような動きだった。

 

しかし、アポロガイストの聴覚は、黒井の筋肉の動きを聞き取っていた。

 

骨や、血液の流動でさえ、アポロガイストには聞こえていた。

 

そのゆっくりとした視界が、急に広がった。

 

ぎゅぅ、と、黒井の拳に、自分の視力が全て注ぎ込まれた。

 

そのグローブの、アポロガイストを殴っていた時に付いた、無数の傷や返り血を、事細かに観察する事が出来た。

 

黒井が拳を落として来る。

ゆっくりと、だ。

秒針が、分針の速度で動くようなものだ。

 

マウントを取られているので、完全に打撃を封じる事は出来ない。

 

しかし、あれだけ遅いパンチなら、腕を掴んで引っ張って引っ繰り返してそのまま逆転して腕緘を仕掛けて逃れようとする黒井を押さえ付けながら腕十字に移行し肘をぶち壊して裏返って裏十字で肩を外してやり脇固めで極めてやる事も可能だ。

 

そう思ったアポロガイストであったがアポロガイストの腕は全く上がらず黒井の拳が顔面に落ちて来て鉄の頭蓋骨に亀裂が入る音を聞いたアポロガイストは自分の腕が全く以て上がらない理由に思い至らないまま黒井がもう片方の拳を持ち上げるのを見たその視界の中でゆっくりと黒井のパンチが落ちて来る何でこんなに時間の流れが遅いのに俺は何も対応出来ないのかと思った拳が顔面を抉る黒井は次から次へとパンチを落としていたしかしアポロガイストはそのどれに対応したガードを行なう事も出来なかった。

 

 

 

 

と、黒井が言ったらしいが、何故急に“お”などと言い始めたのかアポロガイストには分からなかったしかしそれを言いながら黒井は拳を落として来る顔を殴られるのは嫌なので何とかガードしようと腕を動かそうとするのだが全身が鉛のように重いという訳でもないのに全く腕が上がらない。

 

 

 

 

と、黒井が言ったらしいどうやら最初の“お”と今の“い”は繋がっているらしくつまりは“おい”という呼び掛けのようなのだがそれにしてはどうしてあんなに一つ一つの文字に時間を掛けているのかアポロガイストには分からなかった。

 

 

 

 

黒井はそれからもゆっくりゆっくりと文字を発音して行ったアポロガイストはどうやらこれは黒井が何かを俺に伝えようとしているのだなと分かりこんな風に思考をしていては恐らく黒井はいつまで経っても俺に何も伝えられないのだと察したアポロガイストは一旦は何を考える事もやめて黒井の言葉を聞こうとした。

 

 

 

 

黒井はそう言い終えるとパンチをやめたアポロガイストには黒井が何を言っているのか分からなかった何が見えているのだろうと俺は思ったアポロガイストは与えられる無数の情報とやむ事ない思考に困惑していたまるで自分の中に別の自分がいるようなしかしそれはやはり自分であり決して追い出す事の出来ない呪のようなものである事を察して追い出す事をやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アポロガイスト!」

 

黒井が叫んだ。

 

アポロガイストは、黒井に片足を絡まれながら上になった時から、妙な様子であった。

 

突然、動きを止め、黒井の脱出を許したかと思えば、黒井が動く前から、黒井が移動しようと思っていた方向に拳を向けた。

 

黒井がマウントを取り、拳を落とそうとしたら、手をわたわたと動かすばかりで、黒井のパウンドに抵抗する気がなくなってしまったかのようであった。

 

それで、若しかしたら、と思って、黒井は声を掛けたのだ。

その意味も、アポロガイストには通じていないようだった。

 

黒井は拳を止め、アポロガイストの名前を呼んだ。

 

アポロガイストは、はっとした顔になって、何かを言おうと口をぱくぱくと動かしたが、言葉にならない何かが、彼の中にあったらしい。

 

「終わったか?」

 

と、克己が訊いて来た。

 

「――そうかもな」

 

黒井は、アポロガイストの上から退くと、その場に尻餅を付いた。

 

クラッシャーをせり出させると、顎の所から、落ちた。

顔の半分が見えている仮面を外す。

剥き出していた方の顔が、痣やら出血やらで、凄い事になっていた。

 

仮面を外した事で、黒井の体内でメカニズムが停止し、体内に蓄えられた大量の熱が、コンバーターラングから放出しようとする。

 

黒井は、コンバーターラングを自ら破壊すると、窪みの為に妨げられていた排熱が再開し、黒井の周囲に、白い蒸気が巻き起こった。

 

タイフーンが、余りの排熱に堪らなくなったかのように、高速で回転した。

 

仮面を小脇に抱えた黒井は、大きく息を吐いた。

 

立ち上がる体力が、残っているようには見えなかった。

 

それを確認した克己は、倒れているアポロガイストの傍に歩み寄り、顔を寄せた。

眉間と眉間が一直線に並ぶ。

 

すると、アポロガイストは息を吹き返し、

 

「はぁっ!」

「はぁっ!」

 

 

と、荒い呼吸を再開した。

 

「大丈夫か? 俺が分かる?」

 

克己が訊く。

 

アポロガイストは、呼吸が落ち着くと、小さく頷いた。

 

「これで、完了だな」

 

克己が言った。

 

「完了?」

 

アポロガイストが訊いた。

 

「何がだ?」

「――進化よ」

 

克己が答える前に、女の声が聞こえた。

 

鼻に掛かった、甘ったるい、アニメのキャラクターが、ブラウン管から届けて来るような声であった。

 

「深化と言っても良いかもしれないわね」

 

マヤは、ぞっとするような美貌に、微笑みを浮かべていた。


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