仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第七節 悪意

ガキの時分――

 

親父の事が嫌いだった。

 

先ず、自分の名前からして、俺は、大嫌いだった。

 

呪――

 

そんな名前を与えられて、良い気分なんか、しよう筈もない。

 

しかも、名前と言ったって、下の名前じゃないぞ。

苗字だ。

姓だ。

 

名前の方なら、幾らでも、変えてやれる。

しかし、苗字となると、中々変えてやる事が出来ない。

 

婿養子にでもなれば別なのだろうが、特別な事情がない限り、俺は、いつでもそう呼ばれる。

 

呪さん。

呪くん。

呪さんの所の。

 

その字が持っている、余り好ましくないイメージから、人は、俺を避ける。

 

しかも、音が良くない。

 

のろい。

ノロい。

(のろ)い。

 

のろまだと莫迦にされた。

のろまというのが、俺のあだ名だった。

 

そんな事を言われるから、俺は、初対面の人間にも、どんくさいのだと思われた。

 

俺が駆けっこで一等賞になると、そんな事は払拭してやれる。

 

けれど、俺がそう呼ばれている事を気にした先生が、

 

“普段から、皆、呪くんに酷い事を言っているけれど、全然そんな事ないからね”

 

とか、俺を庇うような事を言うと、俺は寧ろ惨めったらしくなってしまう。

 

ノロいくせに一等賞だなんて生意気だと、そんな風に言われる事もあった。

 

それは、良い。

そんな事は、どうだって、良いのだ。

そんな事は幾らでも我慢出来た。

 

我慢出来ないのは、親父だった。

 

研究ばっかりに没頭していて、俺や、母さんの事は相手にしてくれなかった。

 

母さんは、良い女性だった。

 

“お父さんの事、悪く思っちゃだめよ”

 

そんな事を良く言っていた。

 

俺が、親父が遊んでくれない事を愚痴った時だ。

 

頭でっかち。

がり勉。

研究バカ。

 

そういう事を言うと、母さんは、いつだって親父の事を味方した。

 

或る時、学校から帰ると、母さんが、顔に痣を作っていた。

 

どうしたのか、と、俺が訊くと、何でもないとか、そこら辺にぶつけただけとか、そういう事を言った。

 

嘘だ。

本当は、俺は、知っているのだ。

 

親父に殴られたのだ。

 

親父は、いつもは大学の研究室に籠っている。

けれど、偶には家に帰って来て、論文を読み漁ったり、小難しそうな理論を組み立てたりしている。

 

そういう時に、母さんは、茶や飯を運んでやるが、親父の機嫌が悪い時に出くわすと、ぶん殴られたりする。

 

お盆に載せた湯呑みを引っ繰り返されて、太腿に火傷を作ったのを、俺は知っている。

 

親父はそれを謝りもしない。反省もしない。

だのに、お袋は何でもないと言い張ってしまう。

 

それが気に喰わなくて、俺は、一度、親父に言った事があった。

 

何で母さんを殴るのだ。

何で母さんに暴力を振るうのだ。

 

“五月蠅い”と、一蹴された。

 

親父は俺をぶん殴り、蹴っ払い、棒で引っ叩いた。

 

その夜、親父は、お袋を犯した。

 

“お前、××に言ったな”

 

と、親父の言う低い声を、俺は聞いている。

全身、ぶっ叩かれた痛みにやられて、布団の上でダウンしている時だ。

 

襖の向こうから、親父が、母さんに詰め寄っているのが分かる。

 

母さんは何を言う機会も与えられずに、親父に荒縄で縛られて、先端をササラにした竹の棒で叩かれていた。

 

一通り、その暴力が終わると、今度は、尻を高く掲げさせられていた。

 

尻の外側から両手をあそこにやり、自分で開いて、脚の間から顔を出して、親父に向かって、卑猥な言葉を強要されていた。

 

親父は、生ゴムか何かで成形したらしいもので、母さんを貫いた。

 

親父が自分のものを出す事は、なかった。

 

親父は不能だった。

只の一度だけ、それが使えるようになり、その時が、俺が出来た時だった。

 

それ以降は、ずっと、親父は役に立たなくなった。

 

親父は、自分の不能を、母さんの所為にした。

 

自分は出来ないのに、俺が生まれた事が、益々、母さんへの負の感情を膨らませた。

 

あの一度だけで、息子が出来るものか。

きっと、他に男を作っていたのだ。

 

親父はそんな風に思い込んで、母さんや、俺を、決して好いてはいなかった。

 

俺は、中学で、柔道部に入った。

剣道や空手もやった。

 

親父が、母さんや俺をぶん殴るのを知っていたからだ。

自分と母さんの身を守る為に、俺は、空手を習い始めた。

 

高校が決まり、中学卒業を間近に控えた頃、親父が、母さんを殴っている現場に出くわした。

 

よせ――と、俺は、親父を母さんから引き剥がした。

 

親父は、元から身体が強い方ではない。

痩せ細った親父の腕が、お袋の肉をぶっている所は、正直、想像が付かない。

 

俺は、武道だけではなく、色々なスポーツにも手を出していた。

陸上でも、野球でも、アメフトでも、一番だった。

 

それも、親父が、俺を、自分の子供ではないと疑う原因だった。

 

その日が契機だった。

 

親父は、俺に対して、今までの不満を全部ぶち撒けた。

 

お前の母親は浮気をしていたのだ。

お前は俺の子供ではないのだ。

そのくせ俺の金で学校へ行っているのだ。

 

俺は、頭の中で、何かが切れる音を聞いた。

 

俺は親父をぶん殴った。

何発も殴った。

 

親父が母さんをぶん殴った時よりも、親父が俺をぶん殴った時よりも、ずっとずっと、拳を落とし捲った。

 

親父の顔はぶくぶくと膨れ上がった。

 

親父は、俺が胸倉を掴んでいる手を両手で包み込み、

 

俺が悪かった。

許してくれ。

許してくれ。

 

と、涙ながらに懇願した。

 

手を離すと、土下座までしくさった。

顔を上げろと言ったら、余計に縮こまってしまった。

 

まるで虫のようだった。

 

こんな虫の為に、殴られ続けていたのか――

 

俺も、母さんも。

 

酷く空虚な気分だった。

 

こんな――

こんな愚劣な男を、俺は恐れていたのか。

 

出て行け、と、言った。

二度と、俺と、母さんの前に、顔を出すな、と。

 

親父は、自分の書斎にあった本などを纏めて、その日の内に、家から出て行った。

 

母さんは、その少し後で、病で臥せり、死んだ。

 

俺は、独りだった。

 

高校へ入った。

学費は、自分で稼いだ。

 

親父の研究は、それなりに人の役に立っているらしく、その印税みたいなものが、家にはちょっとばかし残っていた。

 

それは、使いたくなかった。

だから、毎夜毎晩、すぐに給料の貰える仕事をやり、自分の金を稼いだ。

 

何故、警察官になろうと思ったのか。

 

親父が、この世のゴミだったからだ。

 

ああいうゴミが、きっと、世の中を悪くするのだろうと思った。

それを片付けられるのが、警察という組織だと、思っていた。

 

人間がゴミばかりじゃない事を、俺は知っている。

俺の母さんは、菩薩のような女だった。

 

親父にどれだけ乱暴されようが、いつでも良い妻、良い母親であろうとした。

 

そんな女が、尽した相手に犯されて、病気になって、決して幸せではないままに死んでしまうなんて、間違っていると思った。

 

そんな間違いを正せるのが、警察なのだと。

 

だが――

しかし。

 

やっぱり、人間はゴミだ。

 

俺が警官になってから、一体、幾つの手首に手錠を掛けてやってのか。

何度、人に向かって引き金を引いたのか。

悪い奴らをぶん殴り、極悪人の血を飛沫かせて、白いスーツを赤く染めても。

 

世の中は、ちっとも、良くなりやしない。

 

ゴミだ。

屑だ。

 

あれと同じだ。

 

空を汚す煙と同じだ。

海を汚す油と同じだ。

 

それだって、元はと言えば、人間が作り出したものだ。

 

人間の中に、時に、俺の母親のような善人が生まれる事は分かる。

それが人間の本質――俺が思う本当の人間だ。

 

けれど、その本質が、全く以て押し潰されているような世の中だ。

 

だから、決して悪ではない人間の本質が、捻じ曲げられているのだ。

 

そうでなければ、自分の身勝手で、人の子供を殺すような連中が、長い間、のさばっていられる訳がない。

 

人間は、ゴミだ。

人間は、屑だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アポロガイストと黒井は、地面に転がりながら絡み合いのた打ち回りながら戦っている。


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