強化改造人間――
つまり、仮面ライダーの事である。
神敬介は、深海開発用改造人間――カイゾーグXとしての力を得た。
その息子に対し、神啓太郎は、
“Xライダー”
という呼称を授けている。
GOD機関と戦う内に、やがて敬介は、
“仮面ライダーX”
とも、名乗るようになった。
それは、何故か。
先ずは、敬介が、立花藤兵衛という男と出会った為だ。
強化改造人間第一号、本郷猛の、オートバイの師匠である。
彼は、本郷や一文字、そして風見志郎や結城丈二をサポートして、ショッカーらと戦った。
その立花藤兵衛と神敬介は出会い、藤兵衛は、Xライダーの姿を見て、
“仮面ライダーX”
の名前を与えた。
神敬介の、本郷たちと同じように、人々を脅かそうとするGOD機関と戦っている姿が、四人の仮面ライダーの生き方と重なったのである。
だが、それ以前から、“ライダー”という呼び方を、啓太郎はしていた。
その“ライダー”というのは、勿論、仮面ライダーの事である。
城北大学で教鞭を振るっていた神啓太郎には、呪博士と、緑川博士という友人がいた。
緑川はショッカーに協力しようとしたが、啓太郎の助言で考えを改める。その際に、既に作成間近となっていた強化改造人間の設計図を、啓太郎に手渡していた。
啓太郎は、カイゾーグの理論が完成したならば、緑川の強化改造人間のボディと合わせて、やはり戦闘が可能な改造人間のシステムを組み上げ、ショッカーと戦おうと考えていた。
仮面ライダーとショッカーやデストロンとの戦いは、決して、歴史の表には出ない。しかし、都市伝説のようにひっそりと語り継がれ、啓太郎の下にも届いていた。
そうして、設計の完成した深海開発用改造人間に、仮面ライダーという名前を与えていたのである。
立花藤兵衛と出会わなかったとしても、神敬介は、仮面ライダーを名乗っていた事であろう。
神敬介の身体には、父・啓太郎が、緑川から受け継ぎ、そこから本郷猛たちに引き継がれたのと同じ、魂が込められていたのである。
しかし、元を辿れば、やはり仮面ライダーはショッカーの改造人間である。
その理論は、当然、後の組織にも引き渡される事になる。
GOD機関にも、そうだ。
呪博士は、その強化改造人間の設計で、幹部候補の改造人間・アポロンを造り上げたのだ。
要するに、アポロガイストの構造は、仮面ライダーと極めて似通っていたのである。
Xライダーが、GODの改造人間・クモナポレオンの為に窮地に陥った際、風見志郎が、敬介の身体にマーキュリー回路を埋め込んで、パワー・アップを計っている。
その強化改造手術が円滑に進んだのは、志郎と敬介――仮面ライダーV3と仮面ライダーXの構造が似通っていた為だ。
そして、アポロガイストが、Xライダーに敗れ、再生した後、Xライダーのパーフェクターを取り付ける事で、永遠の命を手にする事が出来ると言われていたのは、アポロガイストが、パーフェクターからエネルギーを取り込める――つまり、Xライダーと類似の構造を持っていたからなのだ。
そうした意味で、仮面ライダーXとアポロガイストの間には、深い共通点が存在している。
父の造ったサイボーグ・ボディには、それぞれ啓太郎の願いと呪博士の狂気が、血として、胸に、眼に、腕に、手に、流れ、渦巻き、滾っているのである。
神啓太郎の息子・敬介。
呪博士の息子・呪刑事。
仮面ライダーX。
アポロガイスト。
二人の親から生まれた、二人の子は、一つの兄弟として、複雑に絡み合った螺旋であった。
そのような話を聴いて――
アポロガイストは、小さく笑った。
何かに、納得出来たような顔であった。
「目覚めた時……」
と、アポロガイストが言った。
「最初に思い出したのは、奴だった……」
「――」
「神敬介……」
「――」
「そういう事だったのか……」
く――
と、アポロガイストが笑う。
く、
く、
と、アポロガイストが笑った。
兄弟のような存在だ。
鏡合わせの存在だ。
だからこそ、自分は、あの男に執着し、今も、復讐の炎を胸に灯している。
「私が蘇ったのも、その為なのだな」
「そうだ」
黒井が頷いた。
「長ったらしい話はお終いにしようぜ」
克己が、口を挟んで来た。
「やるんだろ、おたくら」
「ああ」
アポロガイストは頷くと、兜を身に着けた。
燃え盛る炎を宿した、赤い兜である。
兜を装着する事で、アポロガイストの身体が覚醒する。
それは、まさに強化改造人間と同じシステムであった。
アポロガイストが、マントを翻す。
胸に、太陽のフレアが輝いていた。
左手には、ガイストカッターを持っている。
右腕に、アポロマグナムを装着した。
「ま、軽い気持ちでやってくれ」
克己が、互いに歩み寄る二人の真ん中で、音頭を取った。
「アポロガイスト、あんたの身体だが」
「分かっている」
と、アポロガイスト。
二度――人間であった頃を含めると三度――の死を経験したアポロガイストの、身体の状態は、最高のポテンシャルを発揮するものではない。
一度、Xライダーに敗れ、強化改造手術を受けたが、その延命にはパーフェクターが必要であった。今は、勿論、パーフェクターがない。
であるから、GODのコンピュータに残っていた、強化改造以前のアポロガイストの能力を基準にして、再生手術が執り行われた。
装備自体は、強化アポロガイストの、三連装銃剣・アポロマグナムと、ガイストカッターであるが、それを存分に扱う身体かと言えば、首を横に振らざるを得ない。
「構わぬよ」
しかし、アポロガイストは、そのように言った。
試し合いだから、自分が壊される心配はないので、そう言っているのではない。
「じゃあ、そういう事で――」
つぅ、と、克己が数歩下がった。
アポロガイストと、黒井が、遠い間合いを保ちながら、立ち止まる。
パンチではない。
蹴りでもない。
アポロフルーレ――アポロマグナムの剣――が、ぎりぎりで届かない間合いである。
黒井が、手首をもう一方の手で握る。彼がレーサーだった頃も、そうして集中力を高めた。
蒼と赤――
二つの改造人間の身体の間に、ぶつかり合うパワーのようなものが充満した。
冷たい氷の殺意と、熱された炎の闘志が衝突し、相殺して真っ白い光を放つ。
その二人を眺めて、克己が、言った。
「始め!」
アポロガイストが、先ず、アポロフルーレを唸らせた。
剣――と言うが、サーベルである。
しなる。
鞭のように、鉄がくねり、その軽さ故に素早く動いて、敵を翻弄する。
黒井は、左斜め下から迫って来た剣先を、小さく後退して躱す。
アポロガイストは手首のスナップで、フルーレの剣先を返し、黒井の胸元に突き込んで来た。
如何に細いと言っても、幹部クラスの改造人間の武器である。コンバーターラングでも、貫通する威力がある。
アポロガイストの右側に、斜めに移動して、黒井が躱す。
そのまま、間合いを詰めて行った。
蹴りの距離に入った。
「――しゃっ」
黒井の、見事な横蹴りが、アポロガイストの開いた右脇腹に向かって進んだ。
アポロガイストは、右脚を引き戻しながら、左半身を黒井に向けて行った。
身体の前には、ガイストカッターを突き出している。
黒井が、押し当てられるガイストカッターを、両腕で受ける。
そのガイストカッターの下から、アポロフルーレが突き上げられた。
黒井は地面を蹴って、後方に跳躍。
月面宙返りを極めながら、距離を取って着地した。
「良い動きじゃないか」
黒井が言った。
一旦、構えを解き、その場で軽くジャンプしてみせる。
「お蔭さまでな」
アポロガイストが言う。
アポロマグナムを、黒井に向けた。
その銃口に、戦意が溜まる。
どっ、
どっ、
どっ、
と、銃弾が吐き出された。
しかし、これはあくまでも、黒井の感覚である。
普通の人間には、三つの銃口から、一体幾つの弾丸が放たれたのか、分からない。
黒井の周囲で、幾つもの火花が散る。
地面。
壁。
床。
小鳥のさえずりのように、爆音が地下の闘技場に連鎖した。
その音とフラッシュの為、鼓膜が破れてしまいそうにも思う。
又、その場に他に人影があれば、跳弾の為に生命を奪われていただろう。
黒井が、アポロマグナムを全て弾いているのだ。
その手が、目まぐるしく動き、銃弾から我が身を防御している。
黒井が弾いた弾丸の一つが、克己の顔に向かって飛んで来た。
克己は、それを掌で受け止め、床に放った。
アポロガイストが、銃撃をやめる。
闘技場に、硝煙が満ちていた。
床には、蟻の巣のように、幾つもの穴が開いている。
壁も、大きく削れている所があった。
無事なのは、強化服を纏った黒井と、射手であるアポロガイスト、そして克己である。
その場にいた三人は、何れも、そんな事など問題にしていなかった。
「――ウォーム・アップは終わりだ……」
黒井が、白い煙を手で払いながら、言った。
「悪いが、寝起きだからとか、万全じゃないからとか、試し合いだからとか、そういう事を、俺に言うのはやめてくれ」
「――」
「そうであっても、徹底的に叩き潰すのが、俺の主義でね――」
それを聞いたアポロガイストは、小さく鼻を鳴らした。
「それで、良いのだ」