「神敬介……」
呪――アポロガイストが呟いた。
それは、アポロガイストのかつてのライバルの名であり、彼を斃した男の名であった。
神敬介――仮面ライダーX。
呪と同じく、瀕死の所を、父の培った改造技術で生き延びた男である。
呪博士。
神啓太郎。
二人は、城南大学の同輩であった。
大学では主に、人工臓器や義肢などについての研究をしていた。
その経過で完成されたのが、呪博士にはGOD機関の改造人間であり、神啓太郎には深海開発用改造人間であった。
そこに、もう一人の男がいた。
緑川弘である。
緑川弘も、生化学を研究する傍ら、人体に埋め込んで人間の活動をサポートする機械の開発に、心血を注いでいた。
啓太郎も、呪も、緑川の持つ技術を参考にしていた所がある。
その緑川は、或る日、突如として姿を消す。
ショッカーという組織に、殺されたのである。
正確に言えば、緑川はショッカーの協力者であったが、その組織の意にそぐわぬ行動を取った為に、抹殺されたのであった。
ショッカーは、GOD機関やデストロンと同じく、世界征服を企む結社であった。
ナチス・ドイツの残党と言われてもいるが、実際には、それより遥か以前から存在しており、終戦間際に、ナチスから優秀な将校や兵士を引き抜いていた。
そのショッカーが、世界征服の為の主な兵器としたのは、改造人間である。
人間に、他の動植物の遺伝子を埋め込み、超能力とでも呼べるものを使用する生体兵器を、造り上げたのである。
その兵器開発に、緑川の技術が必要であった。
緑川も、研究者の一人として、自分の研究がどれだけの結果を生み出すのか、気になっていたという事もあるであろう。
ショッカーに協力して、一体の改造人間の設計図を描き上げた。
その改造人間――強化改造人間とか、S.M.R.とか呼ばれていた生体兵器の理論を組み立て終わった後、緑川は、ふとしたきっかけで、ショッカーという組織の事を漏らしてしまった。
啓太郎と、呪にである。
緑川は、ショッカーが、人類から争いを失くす為の活動をしていると、信じていた。だが、啓太郎はそのショッカーに不信感を抱き、緑川に警戒するよう忠告した。一方で、
呪は、そのショッカーという組織に、魅力を感じていた。
啓太郎も、呪も、研究者としては優秀であった。
違うのは、人間であった。
啓太郎は、学問に通じると共に、武道を修めた、まさに文武両道の鑑のような男であった。
だが、呪は、学問に憑りつかれたかのように没頭し、啓太郎と緑川以外には、親しい人間のない、昏い男であった。
だからこそ、啓太郎は緑川からの話だけでショッカーの実態を見抜いて警告し、呪は同じく緑川からの話だけでショッカーの実態を見抜きながら魅了された。
結論、ショッカーは、啓太郎の危惧した通りの、危険思想の持ち主たちであった。
それに気付いた緑川だが、既に、彼のパーソナルな情報はショッカーの手に渡っている。
下手に反抗すれば、娘の命が脅かされる可能性があった。
科学者としての興味と、人間としての両親に板挟みにされた緑川は、啓太郎に相談した。
“戦うね”
と、啓太郎は言った。
“俺なら、戦うぜ。奴らの考えている事は、人類の自由と平和を奪う事だ”
子供を人質に取られたらどうする――と、緑川は訊いた。
“そんな生半な育て方はしていない”
と、啓太郎。
その、太く、強く、光り輝くような啓太郎の言葉に胸を打たれた緑川は、ショッカーに反旗を翻す事を決意する。
それは、ショッカーの新兵器である、強化改造人間の奪取であった。
ショッカーという巨悪に対抗する為には、どうしても武力が必要になって来る。それは、同じような改造人間でなければ務まらない事だ。
緑川は、ショッカーに従って、強化改造人間を製造する振りをしながら、その素体たるべく人間にショッカーの実態を告げ、共に戦う同志となって貰う事を考えた。
本当ならば、緑川自身がそうなるべきだが、強化改造人間に選ばれる人間は、頭脳と肉体が共に優れている者でなければならない。緑川は、歳を取り過ぎた。
稽古を怠っていない啓太郎ならば兎も角、緑川には無理な事であった。
“俺がなろう”
と、啓太郎は言った。
“俺を、その改造人間にしてくれ”
だが、既に強化改造人間の素体は決まっている。
城南大学随一の秀才である、本郷猛だ。
知能指数六〇〇で、ボクシングやモトクロスで何度も優勝を掻っ攫っている。
そこに、無理に啓太郎を捩じ込む事は、出来ない。
ならば――と、緑川が提案したのは、強化改造人間の技術を、啓太郎に譲渡するというものであった。
啓太郎は、深海開発の為の特殊装備について試行錯誤していた。緑川の強化改造人間のディティールを組み込む事で、完成は出来ないだろうか、と、緑川は提案し、そして、その深海開発用改造人間を、人類の自由と平和の為にショッカーと戦う戦士にしてはくれまいか、と、頼んだ。
そして、強化改造人間の改造手術の日が近付き、緑川から設計図を受け取った啓太郎は、姿を晦ませたのである。
一方、呪博士は、啓太郎や、緑川にも知られぬよう、ショッカーに接近し、その中枢まで潜り込んでいた。
そこで、呪博士は、ショッカー首領や、緑川と共に執刀を担当する死神博士に、緑川の事を密告している。
次のような会話が、あった。
呪 緑川博士は、ショッカーを裏切る心算で御座います。
死神 ほう。
首領 裏切るとはどういう事かね。
呪 あの強化改造人間を、ショッカーから脱走させるのです。
そうして、ショッカーに反抗させようとしているのです。
死神 あの気弱な男が、良く、そんな事を思い付いたな。
呪 神啓太郎という男の入れ知恵です。
その男が、緑川を唆して、ショッカーと敵対させようとするのです。
啓太郎にしても、やはり、ショッカーと敵対する心算です。
首領 神啓太郎の名前ならば聞いた事がある。
お前や緑川に劣らず、優秀な科学者であるらしいな。
呪 はい。
死神 如何致しましょう、首領。
首領 捨て置け。
死神 捨て置けとはどういう意味でしょうか。
首領 そのままの意味だ。緑川は放って置け。
死神 ですが――
首領 企業の発達にはライバルが必要だ。
君も、あの素晴らしい改造人間を越える改造人間を、造りたくはないかね。
死神 ――。
首領 呪博士、情報提供、感謝する。
君が望むならば、君も、ショッカーの技術陣として受け入れよう。
呪 ありがとう御座います。
死神 で、緑川はそれで良いとして、神啓太郎はどうするのですか。
首領 今暫くはそのままにして置け。
是非とも、味方に欲しい頭脳だ。しかし、今はそれも難しかろう。
死神 では、ほとぼりが冷めるまで、という事ですな。
首領 うむ。
呪博士、その時は、君に、彼の説得を任せたい。
呪 畏まりました、首領。
そうして、呪博士はショッカーに所属し、改造人間製造のノウハウを入手、ショッカー・ゲルショッカー、そしてデストロンが滅びた後、ショッカーの後継組織として、
GOD機関を立ち上げたのである。
GOD機関の設立は、しかし、ショッカー首領の手引きがあった。
ショッカーを見限った首領は、アフリカのゲルダムと組み、ゲルショッカーを組織。
ゲルショッカーが、脱走した強化改造人間――仮面ライダーに依って滅ぼされた後に、デ
ストロンとして行動を始めるが、これも、仮面ライダーの為に壊滅した。
これらの事に関する保険か、首領は、デストロン壊滅の半年は前には、呪博士を、新組織であるGODの総司令として据えていた。
総司令とは言うが、実際には、ショッカーに於ける最高幹部である、ゾル大佐・死神博士・地獄大使らと同じポジションである。
呪博士は、GOD総司令でありながらも、GODの最高幹部であった。
真の総司令というのは、やはり、ショッカーなどの組織を率いていた、首領である。
兎も角――
結成当初のGOD機関に届けられたのは、呪博士の息子である、呪刑事であった。
危うく死に至らんとする所を回収され、そして、呪博士の指示で、改造手術を受けた。
以降は、全て前述の通りである。
「しかし――」
アポロガイストは、自らの鎧を眺めながら、黒井に言った。
「私は、死んだ筈だ」
今まで、自分の事を“俺”と言っていたのが、“私”になっていた。
問いを向けられた黒井は、
「ああ」
と、頷いた。
「二度、だ」
「二度、か」
アポロガイストが、神妙に頷く。
二度――アポロガイストは、死んでいる。
GOD秘密警察の第一室長として働いていたアポロガイストは、日本での計画が遅延している事から、その原因たる男を排除すべく立ち上がった。
それが神敬介であった。
仮面ライダーXだ。