呪の、長い独白が終わった。
長いと言っても、その半分以上は、呪の知識の整理であった。
それに、黒井響一郎は、根気強く付き合ってやった。
かつて、彼が刑事であった頃に担当した、赤ん坊誘拐殺人事件について、だ。
しかし、記憶を失っている――訳ではないにせよ、確信が持てないでいる呪が、その事を話し始めたのは、何故であろうか。
「その時、俺は……」
呪は、そう呟くと、少し、考え込んでしまった。
そして、くわっと眼を剥いて、
「怪物……」
と、漏らした。
「怪物?」
黒井が訊ねる。
「そうだ、怪物だ……」
呪は、今までの話の中では、言わなかった事を思い出したらしい。
「怪物だ、怪物が、それをやっていたんだ」
「平社員――部長の娘の夫じゃなくて?」
「そうだ、そうだ……」
「怪物って何だい?」
「良く、憶えていない。けれど……武器を持った怪物だった」
「武器を?」
「確か、こう……」
と、持ち上げた右腕を、左手でなぞって、右腕に何かが被さっている状態を現した。
「片腕に、ナイフ……いや、違う、刃物か? 兎に角、片方の腕に大きな武器のような武器の付いた……」
しかし、顔は、何らかの動物のそれだったらしい。
それを、大分、時間を掛けて言う。
「その、合成怪人が、赤ん坊を殺していたのかい」
黒井が訊く。
「合成怪人?」
呪が、黒井の言葉に問い返した。
「ああ、そうだ」
呪は頷いた。
「そいつが、殺していたかと思ったんだ。確か、確か……」
呻くように言う。
呪の白い額に、脂汗が浮かんで来ていた。
「組織……組織だったんだ……」
「組織?」
「何とかという、組織に……秘密結社に造られた、生体兵器……」
「改造人間――」
黒井が言った。
「それだ!」
呪が、黒井を指差して、鋭く言った。
「デストロンの機械合成改造人間――だね?」
「――そう、そうだ。うん、そうだ!」
呪は何度も頷いた。
「その改造人間が、赤ん坊を殺して――」
「――いた訳じゃ、なかったんだろう?」
黒井の言葉に、呪は、激しく首を縦に振った。
「だから、だから、俺は……」
「――」
「む⁉」
「どうした?」
「変だ……」
「何が変なんだ?」
「俺は、いつ、それを知ったのだろうか」
「それ?」
「改造人間が、赤ん坊を、殺したのではないという事だ」
「現場ではないのかい」
「現場?」
「部長の家さ」
「――違う……」
「――」
「だって、俺は……」
そこまで言った時、呪の顔から、血の気が引いた。
唇が紫色に変わり、吹き出していた脂汗が、止まった。
「だって、俺は……」
「死んだのだろう――?」
黒井が言う。
「死んだ⁉」
「うん。君はね、呪さん、その時に、死んだんだよ……」
「どういう事だ⁉」
「君は、デストロンの機械合成改造人間に殺されたのさ――」
「――だが」
「そして、蘇ったんだ。蘇った先で、君は、その話を聴いたのさ」
その話というのは、呪が、赤ん坊を殺していたのは機械合成改造人間だと思っていたが、実際には、部長の娘の夫であった、という事だ。
「蘇った?」
「そう、君は、蘇ったのさ――」
黒井は、ふと、台から立ち上がった。
そうして、暗闇の中で、指を打ち鳴らした。
すると、昏い空間に、ぱっと光が射し込んだ。
そこは、銀色の機械やコンピュータで埋め尽くされた部屋であった。
呪の寝かされていた台は、手術台のようであった。
余りの眩さに、眼を細める呪。
視力の回復と共に、黒井の姿を追った。
黒井は、部屋の隅に立っていた。
壁際だ。
その黒井の隣に、鎧が鎮座していた。
赤い兜の目立つ、白いマントを纏った鎧であった。
兜は、円筒形に近く、小さな覗き穴が開けられている。
その両側の、炎が燃え立つような飾りが、印象的であった。
胸当てには、太陽のフレアを思わせる文様が刻まれている。
左肩に、赤い装甲が備え付けられていた。そこを起点に、白いマントが全身を包む。
鎧の座る左横には、日輪を象った、恐らくは盾が置かれている。
右側には、腕に装着する、三連装機銃と、その中心から伸びるサーベルが一体化したもの。
その姿を見た時、呪の脳内に、津波のように記憶が溢れた。
「お――俺は……」
「そうさ」
膨大な情報量に、頭を抱える呪に、黒井が告げた。
「君は、GOD秘密警察第一室長として蘇った――」
呪が、黒井の方を――否、かつての自分の姿である赤い鎧を見て、言った。
「アポロガイスト……」
呪――アポロガイストは、全てを思い出した。
その事件でデストロンの合成改造人間に殺された後、自分の遺体が組織に回収された事。
組織と言っても、秘密結社デストロンの事ではない。
Government Of Darkness――GOD機関である。
世界各国のマフィアやアンダー・グラウンド組織が提携して、日本を始めとした世界征
服を目論んだ、デストロンと同等と言えば同等の組織であった。
呪刑事を回収したのは、GOD機関の総司令であった。
呪を回収した理由は、GOD機関が、改造人間を用いた日本転覆計画を考案しており、その改造人間たるべく資格――優れた身体能力と知能――を、呪刑事が有していたからである。
そして同時に、呪刑事が、GOD総司令こと、呪博士の息子であった為だ。
その事も含めて、蘇生された後、呪刑事は父親から聞かされた。
呪刑事は、正義感に溢れた男であった。
だからこそ、赤ん坊を攫ったのが、デストロンという謎の結社が造り上げた生体兵器であると知るに及び、益々解決に燃えたのだ。
しかし、実際には、そのような事件を起こしていたのは、人間であった。
生まれたばかりの赤ん坊を奪い、自分の悪事の発覚を恐れて殺害し、埋める――
とても、人間のやる事とは思えなかった。
呪刑事は、その正義感故に、人間を許す事が出来なくなってしまった。
GOD総司令が父親であったという事もあり、呪刑事は、GOD機関に与する事を決意。
自分を、薄汚い人間を支配し得る力を持った改造人間にするよう、自ら父に頼み込んだ。
そうして呪は、太陽神を模した改造人間・アポロンへと改造された。
GOD機関の改造人間は、ギリシャ神話をモチーフとしている。
海神ポセイドンを基にした、ネプチューン。
酒の神であるパーンがモチーフの、パニック。
ヘラクレス。
メドウサ。
キクロプス。
ミノタウロス。
イカロス。
アトラス。
マッハアキレス。
そして、その改造人間の素体となった人間の中でも、群を抜いて優れた呪刑事は、GOD機関の幹部である、秘密警察第一室長に任じられた。
その際に、自分は既に一度死んだ身であるとの思いから、呪刑事は、単に“アポロン”を名乗る事なく、“アポロガイスト”――太陽の亡霊を名乗ったのであった。
だが、そのアポロガイストの生命も、決して長いとは言えなかった。
Xライダーの登場である。
GOD機関は、改造人間と共に、或る兵器の開発を進めていた。
RS装置――極分子復元装置と呼ばれるものがそれだ。
空気中のあらゆる物質を、エネルギーに変換する事が出来る。
それが完成するという事は、無尽蔵のエネルギーを、GOD機関が手にするという事だ。
その為には、幾つもの優秀な頭脳が必要であった。
呪博士は、何人もの科学者・研究者に、資金援助を申し出て、RS装置の完成に協力させようとした。
科学者の精神というのは、興味で構成される。
どれだけ倫理的に忌避すべき実験や研究であっても、興味を惹かれない訳がない。
又、そうでなくとも、自分の研究の為に莫大な金を出すと言われれば、それに応えようとしてしまう。
そうした手段で、呪博士――GOD総司令は、RS装置を完成させようとした。
だが、呪博士が最も欲しがった頭脳を、彼は手に入れる事が出来なかった。
神啓太郎――
呪博士の友人であり、科学・化学に精通した男であった。
神敬太郎は、呪博士の計画に反対し、姿を晦ませた。
呪博士は、それでもやはり、神敬太郎の頭脳を欲し、何としてでも仲間に引き入れようと目論んだ。何としても、自分に匹敵する天才を隣に並べるべく、呪博士は、彼の息子を人質に取ろうとした。
神啓介――
沖縄の水産大学に通っていた彼の存在を調べ上げ、又、同時に神啓太郎の下にも、スパイを潜り込ませ、その生命の保証を引き替えに、自分たちに協力するように、と。
だが、それでも啓太郎は、呪博士――GOD機関への協力を拒んだ。
協力が得られないならば、自分の計画を知っている啓太郎は自分の敵となる。
そう思った呪博士は、スパイ――水城涼子に手引きさせ、神啓太郎に重傷を負わせ、息子啓介を瀕死に至らしめる。
だが――
神啓介は、生きていた。
啓太郎の開発していた、深海開発用改造人間――カイゾーグXへの改造手術を施す事で、我が子の生命を救ったのである。
そして、父の命を奪い、日本転覆の為に暗躍するGOD機関を斃すべく、戦いを挑んで来た。
神啓介は、カイゾーグとなり、神敬介となり、そして、仮面ライダーXとなった。
さて、その仮面ライダーという名前であるが、神敬介自らが名乗ったものではない。
それについて語るには、呪博士と神啓太郎、そしてもう一人の男との因縁を語らねばならない。