黄金の果実――
戦極凌馬が、オーバーロードに見た、神の力の根源だ。
ヘルヘイムが世界に出現するたびに、一つだけ生成される。
その力は、創造と破壊である。
そもそも、何故、ヘルヘイムが誕生するのか。
それこそ、貴虎が言うように、“理由のない悪意”である。
ヘルヘイムに関しては、そういうものであるという事しか分からない。
そこに実る黄金の果実は、理由なく繁殖する森の、王を選定する為のものだ。
それを得た者が、その力で以て、森の覇者となる。
創造と破壊という、対にして不二であるその力をどのように使うかは、王の意志一つだ。
ヘルヘイムの王として、新しい世界を創るか。
それまでの世界を守る為、ヘルヘイムを壊すか。
何れにせよ、王の往く道は、孤独であった。
創造主となれば、その頂に独り座す。
破壊者となれば、超常の力を恐れられる。
その選択を、戦いの最中で、紘汰は迫られる事となる。
人類を守る為の力を欲した紘汰は、黄金の果実の力の片鱗を受け取る。
それが、極ロックシードであった。
オーバーロードに匹敵する力を得る代わりに、その肉体を次第に人間とは違うものに変えて行く紘汰――
願う事は、人類の救済であった。
しかし、それを叶える事は、破壊者としての道を往く事である。
一方、駆紋戒斗は、自ら進んで、黄金の果実を欲した。
強さに虐げられた幼少時代を持つ戒斗は、力に対する執着が凄まじかった。
ダンスでのランキング上位を目指し、アーマードライダーとなり、戦極凌馬に近付き、オーバーロードに接触したのも、力を求める故だ。
誰もが虐げられない世界の為に、今の世界を強さで滅ぼす――
一見、矛盾とも取れる思想の中には、揺らぐ事のない決意が存在した。
人類の存在を守る為、紘汰は、黄金の果実を求める。
人間の尊厳を守る為、戒斗は、黄金の果実を求めた。
それが――
最後の戦いであった。
結果として、勝利を収めたのは紘汰である。
黄金の果実を託された舞が、“始まりの女”となったように、舞と共に果実を得た紘汰は、“始まりの男”となった。
ヘルヘイムの全てを掌握する事が、出来るようになった。
その紘汰と舞に接触したのは、ヘルヘイムの意思であった。
サガラ――
そのような名前で、ビートライダーズや、ユグドラシル、そしてオーバーロードの動向さえも監視していた。
ヘルヘイムそのものと呼べる存在だ。
“理由のない悪意”そのものが、紘汰に問い掛けて来た。
神の力を得た今、お前は、どうするのか――
創造主となるか。
破壊神となるか。
紘汰の答えは、
“俺は、どちらも選ばない”
であった。
ヘルヘイムを、愛する姉や友のいる地球上に蔓延らせたくはない。
しかし、ヘルヘイムという一つの巨大生命を殺す事も、出来ない。
結論――
生命の存在しない惑星に、ヘルヘイムの種子を余す所なく連れて渡り、そこで、新しい世界を創る。
そういう事になった。
それが、今、紘汰が立っている星であった。
元々、只の土塊であった星だ。
太陽もなく、水もない。
そこに、自然と繁殖するヘルヘイムが持ち込まれた事に因り、生命が生まれた。
侵略は許さない。
オーバーロードとなった紘汰が、ヘルヘイムの植物を全て制御し、異世界へと渡る事を防いでいるのである。
平穏であった。
かつて、“鎧武”として戦った過去が、嘘のようだ。
姉の晶を思う。
友の光実を。
理解者の貴虎を。
チャッキー。
リカ。
ラット。
自分にドライバーを託すように死んだ、裕也。
ザック。
ペコ。
城之内。
初瀬。
シャルモンのおっさん。
坂東さん。
ロシュオ。
ラピス。
戒斗。
彼らを思う気持ちが、かつての戦いの哀しみや痛みを現実のものとして思い出させ、そして、今の世界の平穏に感謝させてくれた。
「紘汰――」
と、感傷に浸っていた紘汰の横に、舞がやって来ていた。
黄金の果実を、“始まりの男”に託す巫女である“始まりの女”となった舞は、紘汰と同じ金の髪と、左右で色の異なる瞳を持っている。
「舞……」
「どうかしたの? とても、不安そう」
舞が訪ねた。
紘汰は、空を見上げながら、答えた。
「夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ――」
眼を閉じる紘汰。
その身体の各部に、あの怪人の感触が残っていた。
もう少し強く思い出せば、仮面を貫通して皮膚を引っ掻いた、あの爪の痕が、顔に浮かび上がって来るかもしれなかった。
「嫌な夢だ……」
紘汰は、予感していた。
新しい戦いを――
新しい、痛みを。
オーバーロードである自分の惑星には、まだ届かない、黒々とした意思を。
ヘルヘイムにも勝る脅威が迫っている事を、紘汰は、感じ取っていたのである。
次回から、本編に入ります。