仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第十六節 粛清

砂――

 

見渡すばかりの、涸れ果てた世界であった。

 

風が吹いている。

さらさらと、砂が流れていた。

 

流れる砂の中に混じった小さな小さな石が、陽光をきらりと跳ね返す。

そういう光が、幾つも重なって、地面に太陽の川を作り出していた。

 

風が吹いている。

砂が舞い上がった。

 

その砂の煙の中に、二つの空白があった。

 

そこに、二つの人影が立っているのであるが、何れも異形であった。

 

一つは、鮮やかな緑の仮面を被った男であった。

 

頭蓋骨を剥き出したような、飛蝗の仮面。

赤い複眼が、砂煙の中に、ぼぅと浮かび上がっている。

 

頸から、赤いマフラーがなびいていた。

それは、恰も燃ゆる炎であり、蛇の舌先のようであった。

 

ヘルメットと同じ、明るい緑色のプロテクターを纏っている。

黒いスーツの側面には、二本の線が入っていた。

緩く開かれた手と、砂に浅く埋まった足を包むレガートは、刃のような銀色だ。

 

赤いベルトの中心、丹田に当たる位置に設けられた銀のバックルの中心で、風車が回転

していた。

 

仮面ライダーである。

 

本郷猛が、秘密結社ショッカーに依って改造された姿であり、更に強化されていた。

 

仮面ライダー・本郷猛と向かい合うようにしているのも、やはりショッカーの改造人間であった。

 

蒼い鱗が、その全身を覆っていた。

毒々しい、赤い蛇腹を、胴体に持っている。

肩や上腕から、鱗が硬質化して伸びて行った棘が、突き出していた。

 

左手の指先に、毒を滴らせる、赤い爪が伸びている。

右腕が、ぶ厚いゴムを捏ねたり練ったりして長くした、蛇の尻尾を模した鞭になってい

る。

 

頸の上に、蛇の頭が乗っていた。

顔が、中心から下顎に掛けて、前方にせり出している。

裂けた口から、牙が覗いていた。

舌も、ちろちろと動いている。

頭の両側に、翼のように突き出た鱗があった。

巨大な、黄金の眼が、仮面ライダーを睨んでいる。

 

ガラガランダ――

 

ガラガラヘビをモチーフとした改造人間であり、かつてのショッカー最高幹部の一人・地獄大使の変身した姿である。

 

かつての、というのは、地獄大使が、ショッカー首領から死刑宣告を受けている為だ。

 

度重なる作戦の失敗の為、首領に見限られている事を感じた地獄大使は、ショッカーの計画を仮面ライダーに密告した。それがばれてしまい、処刑される事となった。

 

しかし、それは、地獄大使最期の作戦であった。

 

地獄大使は、本郷猛や、その仲間の滝和也に取り入って、この砂丘に誘き出したのである。

 

仮面ライダーを、最高幹部である自らの手で斃し、ショッカー大幹部の座に、返り咲く為であった。

 

二人の戦いも、終わりが近付こうとしていた。

 

それを眺める、二人がいた。

 

マヤである。

マヤは、砂丘の、特に盛り上がった所に立って、二人の戦の行方を見守っていた。

 

美貌に、ぴんと張り詰めたものがある。

ショッカーの大幹部として、地獄大使の結末を見届けなくてはならなかった。

 

そして、もう一人というのが、改造人間であった。

 

だが、ショッカーの改造人間ではない。

 

緑色の、ごつごつとした兜を纏った改造人間。

左腕の大きな鋏からすると、蟹のようである。

 

しかし、その脇に張られた膜や、顔の左側から突き出た耳は、蝙蝠のそれである。

 

蟹と蝙蝠の合成改造人間――

 

ガニコウモルであった。

 

ガニコウモルは、地獄大使が自ら出陣する少し前、ライダーとショッカーの前に、姿を見せている。

 

しかし、姿も相まって、その素性の知れない改造人間は、不気味なばかりであった。

 

ガニコウモルは、マヤから離れた場所で、やはり、仮面ライダーとガラガランダとの顛末を、見届けようとしているらしかった。

 

風が吹いている。

風が吹いていた。

 

ライダーが動く。

砂を舞い上げて、ガラガランダに突撃した。

 

ガラガランダが身構えた。

右腕を振るう。

 

空気が唸り、砂煙が切り裂かれ、仮面ライダーの身体を真っ二つにする勢いで、迫った。

 

仮面ライダー・本郷猛が、地面を蹴った。

直前まで、ライダーの胴体があった空間を、ガラガランダの鞭が薙いで行った。

 

ガラガランダが腕を引き戻す。

尾の先端が方向を変えて、仮面ライダーに向かって来た。

 

ライダーは、ベルトの両脇に設けられたバーニアに点火した。

 

 

ごぅ、

 

 

と、バーニアが火を噴いた。

仮面ライダーの身体が、鞭を躱しざま、ガラガランダに向かって突っ込んで行く。

 

その身体に纏わり付く風圧が、コンバーター・ラングから取り入れられ、ライダーの原動力となっている。

 

タイフーンが回転した。

風車が、紅蓮の円盤となる。

 

「ぐぁぁぁらららぁぁぁぁっ!」

 

ガラガランダが叫んだ。

 

仮面ライダーが、その目前にまで接近していた。

左手で、掴み掛って行った。

 

仮面ライダーはバーニアを反転させると、空中で、身体を後方に倒して行った。

ガラガランダの腕が、ライダーの顔の上を通り過ぎて行く。

 

本郷はガラガランダの腕を、胸の中に抱え込むと、地面に自ら倒れ込んで行った。

ガラガランダが、それに引かれて、体勢を崩す。

 

ガラガランダを一回転させて、地面に引き倒す仮面ライダー・本郷猛。

 

立ち上がって来たガラガランダの懐に入り込み、打撃を連発した。

 

パンチ。

パンチ。

パンチ。

 

殴る。

殴る。

殴る。

 

ガラガランダの蛇の鱗が、ぼろぼろと剥がれて行く。

しかし、剥がれて行くその内側から、新しい、瑞々しい蒼の鱗が再生するのである。

 

それでも、ライダーはガラガランダを叩く。

 

左の拳が、ガラガランダの頭部を、がくん、と、後方に下げさせた。

 

持ち上がって来る蛇の頭。

 

左腕を引き、腰を捻って、右のパンチを繰り出す。

 

その風圧がライダーの体内に取り込まれ、タイフーンが回転数を増す。

 

 

ぎゅぉぉぉん、

 

 

と、風車が唸った。

 

加速されたライダーのパンチが、ガラガランダの左の頬骨を砕いた。

牙が、口の中で、からからと音を立てる。

 

左の鉄拳が、ガラガランダの鼻先を潰す。

右の一撃が、ガラガランダの左目を潰した。

 

パンチ。

叩く。

殴る。

 

拳。

拳。

拳!

 

唸っていた。

吠えていた。

叫んでいた。

哭いていた。

 

仮面ライダー・本郷猛の丹田に、風のパワーが蓄積される。

 

最高威力のパンチを繰り出す為に、ひねりを加える。

 

足首から膝、膝から股間節、股間から背骨、背骨から肩、肩から肘、肘から手首――

 

地面を踏み込む事で発生する反動が、回転しながら、本郷猛の鉄の骨格を駆け上がる。

 

螺旋だ。

 

本郷猛の肉体が描く、絶望(いたみ)の螺旋。

本郷猛の精神が創る、希望(ねがい)の螺旋。

 

それらが、昇って行く。

それらが、降って来る。

 

絡み合い、和合し、融合して、仮面ライダー・本郷猛は拳を打ち込む。

 

絶望の痛みが、仮面ライダーの力であった。

希望の明日が、本郷猛の戦う意味であった。

 

「ぐぁぁぁらららぁぁぁぁっ!」

 

ガラガランダが叫んだ。

折れた牙の隙間から、大量の空気が漏れて行く。

 

地獄大使の慟哭である。

地獄大使の慟哭であった。

 

 

ぎゅぉぉぉん、

ぎゅぉぉぉん、

ぎゅぉぉぉん、

 

 

タイフーンが唸る。

タイフーンが唸った。

 

仮面ライダーのパンチが、ガラガランダの身体を、強く叩いた。

体勢が崩れる。

 

ライダーは、地面を蹴った。

大量の砂が、まるで海のように、波打った。

 

砂の礫が、ガラガランダの全身の傷口から吹き出した血液に、べっとりと張り付いて行った。

 

太陽を背にして、仮面ライダーのシルエットが浮かび上がっていた。

 

高所からの急降下――

 

鉄のブーツが、ガラガランダの身体を打ち付けていた。

 

靴底に仕込まれた強力なスプリングが、凶暴な破壊力となって、ガラガランダを吹っ飛ばす。

 

砂の地面を、水切りの石のように跳ねて行くガラガランダの全身から、鱗が剥がれ落ちて行き、その動きが停まった頃には、赤く染まった、刺青の入った顔が剥き出していた。

 

地獄大使の顔だ。

 

ダモン――

 

と、いうのが、彼が人間だった頃の名前だ。

 

ガラガランダは――地獄大使は、ぼろぼろの肉体で立ち上がると、自らの宿敵を見やり、折れた牙を剥いて笑い、

 

「ショッカー軍団万歳!」

 

そう叫んで、爆裂した。

 

毒の血が、身体に仕込まれた爆薬の為に、炎に包まれて蒸発した。

 

仮面ライダー・本郷猛は、その炎をじぃと見つめていた。

 

マヤが、静かに踵を返した。

ガニコウモルが、ライダーに向けて、歩み出していた。

 

 

 

 

一週間後――

 

マヤは、ぼろぼろの身体で、逃走していた。

 

森の中を駆けている。

樹から突き出した小枝が、腕や脚の皮膚を、こそいでいた。

裸の足が、湿った地面を踏み締めている。

 

薄いシャツと、血のにじんだジーンズの上に、袖のなくなった革の上着を羽織っている。

 

長い髪は、汗と夜露に濡れて、肌に張り付いていた。

 

そのマヤを、追う者たちがあった。

 

木々の間を擦り抜け、梢の上を飛び越え、木葉を散らしながら、マヤの四方から迫って来るのは、青と黄色のコスチュームを纏った、改造人間部隊であった。

 

マヤが、少し開けた場所に出た途端、同時に、四体の戦闘員たちが襲い掛かって来た。

 

一体が、後方からナイフを投げた。

 

マヤが身体を反らす。

刃物を掠められた耳が、ぞっぷりと裂けた。

 

ナイフの進む先にあった樹の幹に、どつっ、と、刃が突き立った。

樹のうろが剥がれ落ち、音とも言えない音を立てて、湿った根の上で跳ねた。

 

痛みに顔を顰める間もなく、脇から戦闘員の蹴りが襲って来た。

身体を沈めつつ、戦闘員の膝を横から蹴り付ける。

 

関節を打撃されて、体勢を崩す戦闘員の顔面を、マヤの掌底が襲った。

 

力そのものは、大して込められていなかったが、倒れ込みそうになっていた所に力を加えられ、太い樹の幹に後頭部をぶつけたのだ。ダメージは、決して小さくはない。

 

その反対側から、黄色いグローブが伸びて来た。

上着の襟を掴まれる。

 

マヤは、腰を切る事で、戦闘員を投げ飛ばし、地面に倒れ込んだ蒼い覆面越しに、踵を打ち付けた。

 

投げを打つ際に、上着が落ちて、成熟したボディ・ラインが、森の中に晒される。

下着を身に着けていないようであった。

シャツが透けて、肌色が見えている。

西瓜のように膨らんだ胸の先に、しこりが浮かんでいた。

 

最初にナイフを投げた戦闘員と、マヤの進行方向に現れた戦闘員が、すぅと樹の陰に身を隠した。

 

マヤは、樹の幹から、投擲されたナイフを引き抜くと、樹を背中にして、戦闘員たちの襲撃に備えた。

 

マヤを狙っている、この改造人間たちは何者か――

 

何も彼らは、マヤだけを特別に追跡し、殺害しようとしているのではなかった。

 

マヤが狙われるのは、彼女がショッカーの幹部であるからだ。

 

この改造人間の部隊は、ショッカーの粛清を目的として、動いていた。

 

地獄大使の敗北は、ショッカーの壊滅を意味していた。

ショッカー首領が、地獄大使――ひいては、ショッカーという組織そのものを、見限ったのである。

 

そこで、一部の幹部や科学者たちのみを集めて、アフリカの、ゲルダムという集団と手を結んだ。

 

かつて、ナチスがショッカーに対して行なったのと、同じであった。

違うのは、アプローチを掛けたのがショッカー側であるという事だ。

 

敗戦が間近に迫ったナチスから、ゾルを筆頭に将校を引き抜き、ショッカーに誘い入れた。

 

今は、壊滅を目前としたショッカーという組織から、自分に付き従う優秀な幹部たちを引き連れて、ゲルダムに手を組もうと言い寄ったのである。

 

いや――

 

そのゲルダムにしても、やはり、ショッカー首領が組織したようなものであるらしい。

 

兎も角、そのゲルダムと合併した新たな組織に、マヤは、迎え入れられなかったようだ。

 

新しい組織――その名もゲルショッカーは、新組織には与さないが、ショッカーの情報を少しでも持っているショッカーの残党を、狩り出していた。

 

それから、マヤは、何とか逃げようしているのである。

 

ナイフを構えて、襲撃に備える。

その眼の前に、いきなり、ゲルショッカー戦闘員の顔が、ぬぅとやって来た。

 

「――っ」

 

マヤは、ナイフを横薙ぎに振るう。

 

戦闘員は、伸びた太い枝に蝙蝠のように足で掴まり、背中を反らして、ナイフの一戦を躱した。

 

と、その間に、マヤが背にした樹の陰に入り込んでいたもう一人の戦闘員が、マヤの両腕を樹の裏側に引っ張った。

 

背中に幹が当たる。

樹に拘束されたようなものであった。

 

枝から降りた戦闘員が、ナイフを取り出して、マヤを突き刺そうとする。

 

マヤは、地面を蹴り上げて、泥を飛ばした。

眼に泥が入り、一瞬、動きを止める戦闘員。

 

マヤは自分の両肩を外しながら、跳び、眼の前の戦闘員を両足で蹴り付けた。

 

驚いたもう一人の戦闘員が、僅かに力を緩める。

マヤは腕を引き抜いて、一瞬、地面に伏せた。

 

両肩の関節が外れている。

 

樹の背後にいたゲルショッカー戦闘員が、マヤを取り押さえようとする。

 

マヤは、口にナイフを掴んでおり、擦れ違いざま、その頸を掻き切った。

 

頸動脈!

 

血の霧が吹き、マヤの、色の濃い肌に鉄臭い液体が振り撒かれた。

 

自分で、肩を填め直す。

 

マヤは、大きな胸を上下させながら、立ち上がって来る三体の戦闘員たちを見つめた。

頸を掻き切られた者は兎も角、他の戦闘員は、回復を終えている。

 

「――」

 

マヤの唇が、細かく動いていた。

 

「……五七、五八、五九……」

 

一斉に、マヤに掴み掛ろうとする戦闘員。

しかし、マヤのカウントが、

 

「六〇」

 

を、越えた時、戦闘員たちは動きを止め、悶えながら、その場に倒れた。

 

ゲルショッカーの戦闘員は、三時間ごとに摂取しなければ死亡するゲルパー薬を飲まされている。マヤを追跡している間に、その時間が過ぎたのである。

 

マヤは、その数字を数えていたのだ。

 

大きく息を吐いて、その場に座り込みそうになるマヤ――

 

梢が鳴ったのは、その時であった。

上を見ると、木葉と枝の間から、昏い眼がマヤを見下ろしていた。

 

ガニコウモルであった。

 

マヤは、木葉を掻き分けて落下して来たガニコウモルにナイフを投げ付け、それを払い落としている間に、逃げ出した。

 

又、逃走が始まる。

 

ガニコウモルは、時には地面を走ってマヤを追い、時には気を蹴って一息に距離を詰めて来たりする。

 

左腕の鋏が、マヤの背中を斬り付けた。

シャツが千切られ、背中がぱっくりを裂けた。

もう少しで、背骨が見えそうな程だ。

 

それでも、マヤは、樹の間を走った。

 

背中から、血がどろどろと流れ落ちる。

走っている内に、小枝に引っ掛かって、シャツの布が何処かへ消えていた。

 

背中からの出血が、ジーンズの中に入り込んでいる。

形の良い尻の頬肉を伝わり、菊座に鉄の液体が触れていた。

 

アキレス腱の所で、血河は二つに分かれ、地面に湿気とは違うぬめりを帯びさせる。

 

顔を真っ蒼にしながら、マヤは、森を走り抜けた。

 

ガニコウモルは、必死に逃げる彼女を追い詰めるのが楽しいとでも言うように、ゆっくりと彼女の後を追った。

 

森を出ると、そこに、大きな池があった。

向こう岸に渡る為に、迂回していると、ガニコウモルに追い付かれる。

 

マヤは、傷口の事も忘れて、池に跳び込んだ。

血を染みさせながら、マヤが、向こう岸まで行こうとする。

 

胸元の脂肪が、水に浮かぶ。

 

と――

 

その向こうに、二人の女性の姿が見えた。

キャンプ中の、女子大生であろうか。

 

彼女らが、マヤを発見した。

 

マヤは、

 

「助けて――」

 

と、大声を張り上げた。

 

女子大生らが、殆ど裸で、血を流しながら、必死の形相を浮かべているマヤに、手を差し伸べようと、池の傍まで駆け寄ろうとする。

 

しかし、マヤの背後から、池の水が持ち上がって来た。

ガニコウモルである。

 

ガニコウモルは、マヤに背中から覆い被さると、右手の爪を、マヤの胸の傍に突き立てた。

 

皮膚を毟り取られ、喘ぐマヤ。

 

「と、東京の、仮面ライダーに……」

 

マヤが、苦し紛れに声を発する。

その頭を、ガニコウモルの手が押さえて、水中に没させた。

 

ガニコウモルの胸の辺りで、気泡が幾つも浮かび上がる。

ガニコウモルが手を離すと、酸素を求めて、マヤが顔を上げた。

 

途端に、異形の手が、再び彼女の頭を沈めてしまう。

 

眼には血が絡み、ぽってりとした唇は紫色であった。

 

マヤは、美貌をぐちゃぐちゃにしながら、水面に顔を上げた瞬間に、どうにか叫ぼうとした。

 

東京

仮面ライダー

立花

 

そういう言葉しか、女子大生らには聞こえなかったであろう。

 

しかし、あの怪人に襲われる事を恐れ、彼女らはその場から逃げ出した。

 

マヤは、ガニコウモルの腕の中で、無茶苦茶に暴れ、何とか抜け出した。

 

手が、岸に着く。

べっとりと、胴体に、赤い色が塗りたくられていた。

 

岸に上がる。

乳房から、水滴が落ちて行く。

水と血を吸ったジーンズは、元の色が想像出来ない程だ。

 

岸辺で四つん這いになったマヤの太腿を、ガニコウモルの鋏が掴んだ。

 

僅かの隙も与えずに、大腿骨が切断され、ジーンズに包まれたままのマヤの左脚が、その場に転がった。

 

マヤは、声にならない悲鳴を上げて、傷口を抑えようとした。

 

そのマヤに、ガニコウモルが覆い被さる。

 

濡れた髪を、右手で掴み上げたガニコウモルは、左腕の鋏を何度か開閉し、マヤの首筋に宛がった。


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