仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第十五節 地獄

克己は先ず、一文字隼人として、黒井響一郎の写真を撮りに行った。

 

フォーミュラ・カー・レースで、彼が優勝した時、既に一文字は捕らわれており、その後、立花レーシングに出入りしていたのは、全て克己であった。

 

黒井を殺害する事が目的ならば、この時に行なう事が出来たが、必要だったのは、一文字隼人に対する不審を彼の中に留めさせる事だ。だから、小型爆弾を仕込んだカメラを持ってレース場へ赴き、敢えて、暴発させたのである。

 

時を同じくして、本郷猛がヨーロッパから日本へ戻るとの情報をキャッチしたショッカーは、本郷から立花レーシングへの手紙を作成した。

炙り出しで、如何にも、“本郷がショッカーを警戒している”風を装ったのである。

 

その炙り出しに用いたのは、改造人間にしか分からない程、臭気を薄めた液体だ。立花藤兵衛や、滝和也には、只の白紙としか思われない。

 

それを、一文字に扮した克己が、教えてやる。この事で、後々、本郷から不信感を抱かれる事になるが、それが目的である。

 

マヤは、一文字(克己)が、滝のFBI権限で釈放される――前例があった――と、黒井を誘拐する為に動いた。マンションへ乗り込み、ハリケーン・ジョーと共に彼の身柄を確保する。

 

その際に本郷と擦れ違ったのは、マヤの狙っていた通りである。本郷が、立花レーシングに向かう為のルートを予想していたのだ。

 

ショッカーのマークの付いた車で走っていたのも、その為である。若し、その時に本郷と出会わなければ、車をぐるぐると走らせる心算であった。

 

本郷が、チーター男とハリケーン・ジョーと戦っている所に、仮面ライダー第二号に扮した克己を向かわせる。ハリケーン・ジョーは、偽物の仮面ライダーである克己が始末しようとしたが、本郷が打ち倒してしまった。結果として、情報を守る為に、ハリケーン・ジョーは自害した。

 

本郷と共に立花レーシングに向かった克己は、敢えて、小瓶を落とした。炙り出しに使った液体を入れた瓶である。

 

一文字が新しいアパートに引っ越したという情報も、勿論、知っていた。その上で、自分は一文字隼人ではないとアピールして、本郷に、変装である事を見破らせた。

 

ショッカーのバイク部隊を潜伏させていたモトクロスのコースに、本郷を誘き出して、そこで、克己は、通常の戦闘員の振りをして、本郷に斃される芝居を打つ。

 

本郷がライダーに変身するとほぼ同じタイミングで、一文字が覚醒するように、マヤは、彼に打ち込んだ毒の量を調整していたらしい。

 

その一文字の傍には、黒井を眠らせて置いた。

 

一文字と本郷は連絡を取り合って、滝に黒井を救出に行かせる。

この時に意外と作戦の肝となるのが、チーター男であった。

 

“我々ショッカーは、そんな卑劣な真似はしない”

 

一文字の前で、一文字ではなく黒井響一郎に、そう言い聞かせた。

変身する事なく、一文字と戦った。

 

混乱している黒井に、ショッカーが筋の通った者たちの集団であると、少しでも刷り込む為であった。

 

黒井が滝と共に去り、入れ違うように本郷ライダーがやって来て――

 

つまり、克己を含む戦闘員たちを、全て斃し、サイクロン号で本郷が去ってからの、モトクロスのコースで――

 

克己は、蘇生した。

 

 

 

死神博士と、二言、三言交わした後、克己は、黒井響一郎の顔を付けて、無事であったバイクで、その場を去った。

 

行き先は、黒井のマンションであった。

 

マヤからの最後の指令を――

黒井の妻子を、殺害する命令を、実行する為であった。

 

立花藤兵衛が、マンションを見張っているようであったが、今の克己にとって、黒井の部屋の前に侵入する事は、容易かった。

 

今の克己の身体は、チーター男のそれである。

 

超柔軟筋肉と、蛇腹の骨格。

 

全身の関節を外し、五体を一本の肉縄に造り変える事が出来るのだ。

 

バイクを、適当な所に停めた克己は、黒井響一郎の顔をした蛇となり、藤兵衛からは死角になる通風孔から建物の中に入り込んだ。

 

肉が、狭い、人の為の通路ではない通路で、ぐねぐねとうねっていた。

 

暗闇は問題にならない。

マンションの設計図は、頭に入っているし、仮にそうでなくとも、改造人間としての感覚が、目的の場所へと導いてくれる。

 

肉の螺旋が、黒井の部屋の前に辿り着くのは、すぐであった。

 

通風孔から出た克己は、関節を填め直し、黒井響一郎の姿になった。

 

片方の口角と、同じ方の肩を、同時に持ち上げてみせる。

黒井の癖であった。

 

チャイムを鳴らした。

閉まっていた鍵が、内側から開いた。

 

「はい――」

 

と、奈央が顔を出した。

 

「ただいま、奈央」

 

克己が、黒井の声で言った。

 

「響一郎さん――」

 

ほっとしたような顔で、奈央が言った。

 

「どうしたんだい」

「さっき、変な人たちが……」

「変な人が?」

「ショッカーとか、何とか……貴方が、攫われたって」

「攫われた?」

 

玄関に上がりながら、克己が笑った。

 

「部屋が、荒れていたものだから……」

「ああ――実は、派手に転んでしまってね。それで、少し怪我をしたんだ」

「え?」

「それで、薬を買いにね……」

 

ハリケーン・ジョーが荒らしたらしいリビングは、片付いていた。

 

そこに、光弘が玩具の車で遊んでいる。

と、その光弘が、克己の方を向いて、首を傾げた。

 

「だぁれ?」

 

と、訊いた。

 

奈央が、驚いたような顔をしていた。

 

克己は、

 

「どうした、ミッチ? お父さんだぞぅ」

 

と、膝を着きながら、笑った。

 

だが、光弘は、それが父親ではない事を、見抜いてしまったらしい。

子供らしい無垢な眼が、普段の父とは違う僅かな点を、理屈ではなく理解したのだ。

 

「もう、光弘ったら、何言って……」

 

そうして、奈央が、光弘の傍に腰を下ろそうとした時――

 

克己が、ぬぅ、と、ナイフを抜き放っていた。

 

「正解だぜ、坊や」

 

克己が、克己自身の声で言った。

ぎらりとしたナイフの輝きが、奈央の顔に映り込んだ。

 

「キャーッ!」

 

奈央は、咄嗟に、振り下ろされるナイフの前に身を投げつつ、息子を抱き締めた。

 

克己の手が素早く動き、奈央の顔を持ち上げると、その白い咽喉に、刃を滑り込ませたのであった。

 

仮面ライダー・本郷猛が、奈央の悲鳴を聞き付けて、部屋にやって来たのは、直後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

克己の内に変化が生じ始めたのは、それから暫く経ってからの事であった。

 

克己は、チーター男のボディから、通常の戦闘員と同等の肉体に戻っていた。

しかし、戦闘員と言っても、その改造された身体を動かしているのは、克己の脳なのであるから、人間の数倍に跳ね上がった身体能力の為、他の多くの改造人間にも劣らな

い。

 

死神博士と共に行動する時は、大体、その身体を基本としている。

 

そんな克己が、身体の不調を訴えたのである。

 

克己の日課は、トレーニングと実験で構成されている。

 

普段から、感覚を鈍らせないように、戦闘訓練を積んでいる。その傍らで、死神博士の造る改造人間の、実験体となっているのである。

 

その日は、実験がなかった為、何名かの戦闘員と共に、格闘訓練を行なっていた。

その際に、克己は、戦闘員の攻撃を喰らってしまったのである。

 

いつもの克己なら、起こり得ない事であった。

 

克己に一撃を入れた戦闘員は、もう少し鍛錬を積み、センスを磨けば、上位の改造人間にして貰える。

 

それを、戦闘員同士で喜び合っていた。

 

克己は、ショッカーの戦力の増強になるのならば、自分が攻撃を入れられる事も悪くないと思ってはいたが、その時ばかりは、驚きが勝っていた。

 

感覚が、働かなかった――

 

向けられた拳が、直後に消滅したのである。

気付けば、顔に一発、貰っていた。

 

そのような現象が、何度か起こった。

 

不意に、全身の感覚が消えてしまうのである。

酷い時には、足場がなくなったと感じ、何もない所で転んでしまった。

 

明らかな不調であった。

 

しかし、死神博士にチェックをして貰っても、異常は見られないと言うのである。

 

どうしたのか――

 

俺の身体は、どうなってしまったのか⁉

 

克己は、死神博士が日本から南米に異動しようという時、そんな悩みを抱えていた。

 

 

 

克己の悩みは、彼だけのものではなかった。

 

死神博士――イワンも、長年、伴侶のように連れ添った克己の身体の異変を、訝しんでいた。

 

二十数年も、一切の変調をきたさなかった身体である。

 

それが、どうして、今になって――

 

そういう思いがある。

 

流石に限界が来たのか?

 

しかし、脳と、そこから伸びる神経――克己のオリジナル部分に、損傷はなかった。

実験に耐えられなくなっているという事は、なかったのである。

 

――あの女が何かしたのか?

 

と、思わなかったではない。

 

マヤの事だ。

彼女に言われて、克己の身体にチーター男の筋肉と骨格を与え、暫くしてから、克己は不調を訴えるようになった。

 

しかし、仮にも大幹部である。ショッカーの有能な兵士である克己を、死神博士を蹴落とす為だとしても、潰そうとする訳がない。

 

では、本郷?

彼との接触が、何か、克己に変化を齎したのか?

 

そうとも思えない。

 

以前――本郷が基地から脱走を図った時、克己は本郷と一戦交わっている。

と、言っても、本郷の手刀の下に倒れ伏しただけだ。

 

あの時の克己は、本郷と殆ど同じ肉体であった。

強化改造人間の身体である。

 

あの時に、何らかの、肉体同士の共鳴が起こり、それが今になって――

 

だが、二度目に本郷と対峙し、斃される振りをした時には、克己の身体はチーター男と同じ規格のものであった。

 

強化改造人間に近いと言っても、完全に仮面ライダーと同じシステムではない。

 

何が原因なのか……

 

南米へ向かう為、ショッカー基地内の一室で、資料を纏める死神博士。

 

そこに、

 

 

ぐ、

ふ、

ふ、

 

 

と、低い笑い声と共に、現れた人物があった。

 

見ると、資料室の入り口の所に、妙なシルエットの男が立っている。

 

金色の、三角形の被り物を付けたような、全身に蛇腹を張り付けた男だ。

マントを羽織っている。

その内側に、蛇の尻尾と、その傍に小さな肉茎を突き出したような、異形の左腕が見えた。

 

「地獄大使……」

 

死神博士が言った。

 

南米へ赴く死神博士と擦れ違う形で、ショッカー日本支部の指揮を任される事となった、新しい最高幹部である。

 

うっ血したように赤い顔に、蒼い刺青が奔っていた。

 

「あの男の事ですな」

 

地獄大使が、いきなり、言った。

 

「何の事だ?」

「貴方のお気に入りの男の事ですとも」

「カツミの事か」

「そう――」

「カツミが、どうか、したのかね」

「あの男の不調の原因……」

「――」

「分からないものですかなぁ、死神博士――」

「何⁉」

「何ならば、あの男、私が、再び使いものになるようにしてやりましょうぞ」

「――お前に、カツミを、治せるのか?」

「治す……?」

 

地獄大使は、牙を剥いて笑った。

 

「治すのとは、ちと、違う事になるかもしれませんな」

「――ふん」

 

死神博士は、鼻を鳴らす。

 

「地獄大使、お前の言いたい事は分かる」

「ほぅ?」

「――お前に任せよう……」

「――」

「最後に、カツミの顔を見て行く事にする」

 

死神博士が、資料室を出た。

地獄大使が、にやにやと、蛇の笑みを浮かべていた。

 

 

 

夜――

 

克己は、浜名湖の畔に建てられた遊園地の中にいた。

 

独りであった。

 

明かりは点いていない。

どのような遊具も、動きを止めていた。

凍て付いた時であった。

 

克己と同じである。

克己も、動きを止めた時計の針であった。

いや、最初から、壊れた時計であった。

 

望まれて、宿った命ではない。

 

望まれて生まれたかもしれないが、生きる事を望んでくれた人は、いなかった。

 

そうであるなら、陽が昇れば、再び動き出すこれらの遊具たちの方が、克己よりは価値がある。

 

今は、眠っているだけだ。

だが、克己は、起きていながらも、死んでいた。

 

只の実験動物となる日々。

 

望んだ事だ。

いや、望んだ訳ではない。

 

自分が望んだように思い込んでいるだけだ。

 

それが生き甲斐だと――それを生き甲斐にして、生きている事を実感しろと、ショッカー首領から命じられていた。

 

抜け殻である。

虚空である。

 

その抜け殻を、ショッカーが動かしているのだ。

 

善悪は、克己には関係がなかった。

 

克己には何の生きる意欲もなかったのだ。

 

奪われるばかりの日々であった。

奪うばかりの日々であった。

 

それであっても、克己は、只虚しさだけを抱いて、虚しさの中で生きていた。

 

俺は、死人だ、と、思う。

 

生きている。

生きてはいるが、呼吸をしているだけだ。

 

目標はない。

願望はない。

快楽はない。

苦痛はない。

忿怒はない。

悲嘆はない。

 

ショッカーに従っていれば、その命令をこなしていれば、生きている心算にはなれた。

 

だが、結局、それはショッカーだ。

ショッカーが、松本克己という器を使って、自分の思う通りの事をしているだけだ。

 

克己は、何もしていない。

自らの意思は、虚空に、捨ててしまっていた。

 

ヨモツヘグリ――

 

ふと、思い出す。

 

俺は、あいつと同じだな。

 

生体兵器として戦場に出る前に、終戦を迎え、非道な人体実験の痕跡を抹消する為に閉じ込められ、ショッカーに回収された。

 

あの連中と、俺は、何が違う。

 

同じだ。

同じじゃないか。

 

“――生きてるんだろう⁉”

 

自分の言葉が蘇って来た。

自分に、真っ直ぐに帰って来た。

 

生きている――?

 

生きているとは何だ。

 

俺は、生きているのか⁉

生きていると言えるのか⁉

 

分からない。

分からなかった。

 

“だめだ!”

 

ふと思い出される声。

 

少年の、涙の混じった声――

 

“離しちゃだめだ!”

 

全身の血液が、脈打った。

血管の中で、全ての鉄分が刃となって、襲い掛かって来たような気がした。

 

克己の腹の底から、喰ったものがせり出して来る。

 

ショッカー戦闘員たちと一緒に喰う、改造人間用の強化細胞だ。

宇宙食みたいなものである。

味は、余り良くない。

プラスチックのような味だ。

 

“旨くないな”

 

死神博士が、イワンが、そんな事を言っていたように思う。

 

“旨くはないさ”

 

ゾル大佐も、同じような事を言っていた。

 

俺は――

 

克己は、確か、どうとも思わずに、喰ったのだ。

口に入れたものであったから、喰ったのだ。

 

それだけの事だ。

 

味など、知らない。

 

母がくれた、あの血肉の味しか――

 

吐いた。

克己は、胃の中のものを全て、地面に吐き出した。

 

馬の味がした。

馬の血と肉と糞の味だった。

 

ここ何十年も、喰った事のないものの味だった。

 

吐くものがなくなっても、吐いた。

胃液……胃液を再現したものを吐き出した。

 

それもなくなった。

咽喉が裂けて、血が……血の代わりを為す液体を吐き出した。

 

それもなくなったら――?

 

「……やはりな」

 

声が聞こえた。

死神博士であった。

 

その隣に、地獄大使がいる。

 

「イワン……」

 

思わず、その名で呼んでいた。

酸っぱい筈の胃液が、馬の血肉の味がした。

 

「カツミ……」

 

死神博士は、その場で四つん這いになっていた克己の傍に、膝を着いた。

 

「黒井奈央と光弘を殺した事が、大分、響いているようだな……」

「――」

「昔、聞かせて貰ったな……」

「――」

「子を抱いたまま、死んだ母親の話を……」

 

死神博士の背後で、地獄大使が、握っていた鞭を、地面に叩き付けた。

 

「下らんな……」

「カツミ……」

 

死神博士が、右手に持っていた杖の先端を、つぅと浮かせた。

克己の眼の前に、突き出す。

 

「お前は、ショッカーにいるには、甘い男だ……」

「――な、に?」

「これから、お前の脳を改造する――」

 

死神博士が、克己の前で、杖を振るった。

克己の意識は、暗闇に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“だめだ!”

 

子供の声。

 

“離しちゃだめだ!”

 

脂の匂い。

腐った肉。

焦げた身体。

川。

死の蔓延する川。

 

“だぁれ?”

 

首を傾げる子供。

 

“キャーッ!”

 

悲鳴を上げる女。

白い咽喉に滑り込むナイフ。

小さな背中に潜り込む刃物。

 

怒りに打ち震える赤い瞳。

哀しみに打ちひしがれる赤い瞳。

 

血。

 

死。

 

肉。

 

声。

 

“――生きてるんだろう⁉”

 

いや……

 

 

 

 

 

 

克己が眼を覚ました時、眼の前に、いきなり突き出して来たのは地獄大使の顔であった。

赤い顔の中にある、ぎょろりとした眼と、視線が合った。

 

「う⁉」

 

起き上がろうとしたが、四肢を拘束されていた。

 

ここが、何処であるのか。

 

自由になる頸を動かして、辺りを見回した。

 

ショッカー基地だ。

改造手術室である。

 

克己が寝かされているのは、その手術台であり、四肢を拘束しているのは頑丈な鎖だ。

 

「これは、どういう事だ⁉」

「カツミ――」

 

死神博士が、ぬぅと、克己の顔を覗き込んで来た。

 

「イワン……」

 

克己が言った。

 

「俺の、脳を、いじるのか」

「そうだ」

「――」

「あの日からだ……」

 

獣が唸るように、死神博士が言った。

 

克己も、分かっている。

 

黒井奈央と光弘を殺したあの日を境に、克己の身体に変調が訪れた。

 

何が原因か、克己にも、分かっていた。

 

光弘を腕の中で庇おうとした奈央が、空襲から逃げ切れなかった親子の遺体に重なり、赤子を引き摺り出されたヨモツヘグリに重なっている。

 

その為に、堪らない罪悪感のようなものが、克己の中に生まれてしまっていた。

 

「地獄だぞ、カツミ……」

 

死神博士が言う。

 

「今のお前に、ショッカーにいる事は、地獄だ……」

「――」

「お前を、私は、第三の男たるべく傍に置いていた。だが、ショッカーのやり方に疑問を持つお前を、このままショッカーに置いておく事は出来ない……」

「――」

「しかし、お前を手放すと言うのは、ショッカーにとっても、大きな損失だ」

「――」

「このまま、お前がショッカーに留まる事は、只傷付き、只苦しむだけだ。長年、連れ添った身としては、心苦しい事だ……」

「だから、俺の脳を、改造するのか」

「――」

 

死神博士が、無言で、顎を引いた。

克己は、納得したように、頷いていた。

 

「構わないさ……」

「――」

「俺は抜け殻だ。生きる意味が分からない。このままショッカーにい続けても、俺が、生き甲斐を見出す事は出来ないだろう。その為に苦しむなら、いっその事、そうしてくれた方が良い……」

「――だ、そうだ」

 

死神博士が、地獄大使に言った。

 

その死神博士に、克己が、不意に問うた。

 

「イワン……あんたは、ショッカーが正しいと思うか」

「む――?」

 

怪訝そうな顔をする死神博士。

 

「時々、考える事があったんだ……」

「――」

「ショッカーは、人類に戦争を仕掛けている。改造人間を造る為に人間たちを誘拐し、洗脳し、環境を破壊する事なく、密かに人間社会に侵略を行なっている……」

「――」

「それが必要な犠牲である事は分かる。最後には、ショッカーの下で、争いのない平和な世界が創られる事も分かる……」

「――」

「けれど――」

 

克己が、つぅと、視線を頭の上にやった。

逆さまになった、鷲のレリーフが、翼を広げている。

 

「母と子の絆を引き千切ってまで得る平和に、俺は価値を見出せないのだ」

 

克己は訊いた。

 

「イワン、あんたは、ショッカーを正しいと思っているのか?」

「――」

 

死神博士は、僅かに沈黙した。

その後で、静かに口を開いた。

 

「正しいか、悪いか――善か悪かで言えば、決して、善ではない……」

「――」

 

地獄大使が、死神博士の横顔を、細めた眼で眺めた。

 

「しかし、それが何だと言うのかね」

「――」

「私はね、カツミ――ナターシャが再び私に笑い掛けてくれれば、それで良いのだよ」

 

そう言うと、死神博士は、手術室を去って行った。

 

手術台の上の克己と、地獄大使、コンピュータの管理を行なっている科学者グループだけが、その場に残っていた。

 

地獄大使は、着々と克己の脳改造手術の準備を進める科学者戦闘員の一人から、頭蓋骨を穿孔する為のドリルを奪い取り、克己の顔の上に、頭を突き出した。

 

「全く、彼には冷や冷やさせられる」

 

と、死神博士の事を愚痴る。

 

克己は、もう、何かを話す気分ではないようであった。

 

地獄大使は、そのような態度を取る克己を見て、愉快そうに笑った。

 

「カツミくん、君は、これから頭の中をいじられて、まさに我々ショッカーの操る人形となる訳だがね――」

「――」

「君たちにとっては、それが、幸せであろうね」

「幸せ?」

「悩まなくて良いのだからね」

 

そう言いながら、地獄大使は、電動ドリルのスイッチを入れた。

 

螺旋を描く鉄の棒が、音を立てて、回り始めた。

銀の本体に刻まれた溝が、回転の中に白く浮かび上がっている。

空気を巻き込んで、唸りを上げていた。

 

「麻酔はしないよ、カツミくん。何せ、これが、君が最後に経験する痛みだ」

「――」

「地獄を楽しみ給えよ、カツミくん」

 

地獄大使が、電動ドリルの先端を、克己の頭部に向けて、ゆっくりと突き付けて来た。


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