そして――
チーター男と同じ肉体を持った克己は、マヤから、それを渡された。
プロテクターとレガートの付いたスーツ――
それと、飛蝗の頭部を模したヘルメットである。
「これは⁉」
と、驚く克己に対して、マヤは説明してみせた。
「強化改造人間計画第二期――それに際して造られていたユニフォームよ」
強化改造人間――つまりは、仮面ライダーの事である。
仮面ライダーは、当初より、
素体
仮面
自動二輪
の、三つの要素で構成されていた。
強靭な肉体と、優れた知能を持った人物を素材とした、改造人間ボディ。
そのメカニズムを発揮させ、ショッカーの人工衛星とリンクする仮面。
改造人間を、目的の場所まで問題なく運搬する、自動二輪車。
第一期には、本郷猛のみが改造されていた。
スーツとマシンが、それぞれ一つずつ作成された。
第二期には、一文字隼人を含む六人が手術を受けた。
スーツとマシンは、それぞれ六つ。
その第二期の内、五人分のスーツとマシンは、改造施設に侵入した本郷猛と、彼に伴われて脱走した一文字隼人の活躍に依り、破壊されてしまっている。
「これは、それを修繕したものよ」
マヤが言った。
「修繕?」
「ジャンクを組み合わせて、
破壊された五体の第二期強化改造人間のスーツやヘルメットの、使える部分を取り出して、何とか、一式のユニフォームを作り上げたのである。
元が全て同じであるから、外見は第二期強化改造人間のそれと同じである。
一文字隼人が、仮面ライダーとして戦う時に使っているものだ。
スーツは、本郷のものと違い、ワン・ピースである。
体側に、銀色のラインが入っている。
コンバーター・ラングやレガートは、第一期のスーツと比べると明るくなっている。
ベルトの部分も、色が赤に変更されていた。
又、タイフーンに関しても、第一期や第二期のそれから、仕様が変更されている。風車ダイナモの表面に、仮面ライダーのマークが描かれたシャッターが付いているのだ。
これは、脱走時にタイフーンを撃ち抜かれ、瀕死に陥った一文字隼人を、本郷猛が助ける為に、又、弱点ともなり得る部分をガードする為に、本郷が一文字のタイフーンに組み込んだものである。
それを再現していた。
そして、強化改造人間の要となる仮面。
第一期の仮面よりも、緑色が濃くなっている。
顔の中心を銀のラインが走り、クラッシャー部分も、プロテクターと同じ濃緑であったものが、銀色に変更されている。
「サイクロン号は、用意出来なかったけど、これで貴方も、仮面ライダーよ」
マヤが言った。
克己は、興味がない風を装いながら、
「――これで、俺に、何をしろと?」
と、訊いた。
「そりゃあ、勿論、仮面ライダーになって欲しいのよ」
「何だと⁉」
「と、言っても、一文字隼人が目覚めるまで、ね」
「目覚める?」
「一文字隼人は捕らえてあるわ」
マヤが、平然と言い放った。
つい先日、チーター男に黒井響一郎を連行するように命令した所、仮面ライダー・一文字隼人が邪魔をした。その後、チーター男を逃走させ、彼に振り切られた一文字隼人を、マヤが眠らせて、人気のない倉庫に監禁していた。
「何故、殺さない?」
克己が訊いた。
脱走するだけならまだしも、組織に敵対する男である。虜にして置きながら、身体をばらばらにしてしまわない意味が、分からなかった。
「こっちにも、色々と事情があってね」
「――」
「あ、それと、これね」
マヤは、二枚の人工皮膚を取り出した。
克己が渡されたのは、一文字隼人の顔と、もう一つ、黒井響一郎の顔であった。
仮面ライダーを除くショッカーの改造人間は、一度、別の動植物の遺伝子と融合されてしまえば、他の姿を採る事が出来ない。
人間の姿と、改造人間としての姿を、行き来する事が出来ないのだ。
だから、人間に紛れる必要がある時は、こうして人工皮膚を顔に纏う。
細胞の配列を変化させる事が出来るカメレオン男などは例外かもしれないが、それにしたって、いつまでも、カメレオン男以外の、同じ顔でいる事は出来ない。
一文字隼人の顔は、本郷を欺く為に必要であるとしても、もう一つの顔の意味が、克己には分からなかった。
「それはね――」
と、マヤは、克己に作戦の流れを説明した。
作戦の目的は、黒井響一郎を手に入れる事であった。
フォーミュラ・カー・レースで、常にトップに位置する程の身体を持つ黒井響一郎を、ショッカーの一員として迎え入れようというのである。
そして、出来る事ならば、彼を強化改造人間の座に就かせたいと、マヤは言った。
強化改造人間計画第三期――
言ってしまえば、仮面ライダー第三号である。
本郷を斃す為に、仮面ライダー第二号が造られた。
そして、本郷と一文字を斃す為、仮面ライダー第三号を造ろうとしていた。
その第三号の素体に、黒井響一郎が選ばれたのだ。
しかし、強化改造人間は、まるで呪いのように、その計画が次々と失敗している。
本郷の脱走。
六分の五体の破壊。
生き延びた二体は、何れも、ショッカーと敵対している。
第一期よりも第二期のライダーのスペックは上であり、一文字隼人と他の五体は同じ能力である筈だった。
では、今までに製造された七体の内、現在も戦い続けている二体と、破壊された五体の違いとは何であったのか。
それは、脳改造だ。
本郷と一文字は、脳改造前に脱走している。
他の五体は、脳改造を完全に受けた、ショッカーの尖兵であった。
「それが、違いか?」
克己は訊いた。
「ええ」
マヤは頷いた。
「やはり、ここを弄るとね、少し、身体の方に影響が出るのよね」
「――」
「ねぇ、克己」
「何だ」
「人間の利点って何かしらね」
「利点?」
「人間が、他のものよりも優れている所よ」
「他の――と、いうのは、獣や昆虫という事か?」
「それも含めて、よ。それも含めて、植物や、機械や……兎に角、他のもの」
「――」
「何だと思う?」
「……心……とか、いうものか?」
「惜しいわね」
「惜しい?」
「心というだけなら、犬や猫だって持っているわ。心なんていうのはね、所詮は、感覚器官から脳に送られ、脳から運動器官に送られる信号でしかないのだから」
「――では?」
「迷う事よ」
「迷う? それが、利点だと言うのか?」
「そうよ」
「――」
克己は、腑に落ちない顔であった。
「本郷猛と、一文字隼人は、今、地獄にいるわ……」
「地獄?」
「ええ。機械の身体で、人間の味方をしなくてはならない事よ」
「それが、地獄か」
「だって、貴方は、野生動物とは家族になれないでしょう? そういう事よ」
「――」
「その痛みが――」
「――」
「その苦しみが、哀しみが、嘆きが、怒りが、憎しみが――絶望が」
「――」
「彼らの力なのよ」
「地獄……」
克己が、石のように硬い声で、呟いた。
そう言われれば、分かる気がした。
生まれてから、虐げられ続けた人生であった。
馬小屋で、馬の血肉を喰らって、生み落された。
家畜か何かのように、働かされた。
悪い事をやって、虐げる側に回っても、周りの連中が向けた視線は、克己たちを憐れむようなものである事が多かった。
背が高いと言うだけで、妬みの対象となった事もある。
初めて持った目標は、呆気なく奪われた。
漸く見付けた目的も、終戦が掻っ攫った。
地獄だった――
しかし、その地獄があったからこそ、生きて来たのである。
地獄は、マヤが言う所の絶望は、克己の生きる動力源であった。
「ショッカーに絶望はないわ」
マヤが言った。
「同時に、希望もない」
「希望?」
「絶望の中でこそ――暗闇の中でこそ光るものよ」
「それが、仮面ライダーの……人間の利点だと?」
「そうよ」
「絶望が、か」
「ええ」
「希望も、か」
「ええ」
「その二つが、か」
「二つじゃないわ。絶望も希望も、同じものよ」
「同じ?」
「絶望と希望の二重螺旋――」
「らせん?」
「それが人間の力……」
「――人間の……」
「それが仮面ライダーの力よ」
「――では、仮面ライダーを斃すには……」
「その通りよ」
マヤは首肯する。
「勝利と敗北の螺旋を持つ者が必要なのよ」
「――大仰な言い方だな」
克己が、呆れたように言った。
「要するに、黒井響一郎という優れた素体を、その身そのままショッカーに引き入れようと言うのだろう」
「その通り」
「その為に、俺に、一肌脱げと言う事か」
「実際には、着て貰うんだけどね」
と、マヤが笑った。
「何をしろと?」
「本郷猛――」
マヤが言う。
「彼に、一度、殺されて頂戴」