仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第十三節 脱走

克己は、夢を見た。

 

マヤに、あれを見せられてからだ。

 

あれ――

仮面ライダーを、である。

 

S.M.R.――System Masked Ridersというのが、強化改造人間の名称であった。

 

しかし、マヤは、

 

「呼び難いわよ、それ」

 

と、言って、

 

「仮面ライダーが良いわ」

 

と、言い切ってしまったのだ。

 

「素敵な響きね。そう思わない?」

 

マヤに問われたが、克己は、答えられなかった。

 

彼女の腕の中に納まった、未だ、誰も被っていないあの仮面が、克己を眺めていた。

はらわたを、鉄の牙で喰い破られるような視線を、感じていた。

 

その夢を、何度も見るのだ。

 

あの直後、克己は、下級戦闘員に見咎められた。

一人で、ロッカーの前に、新兵器を持って佇んでいれば、そうなるのも当然であった。

 

マヤは、いつの間にかいなくなっていた。

それも含めて、夢なのではないか、と、思ってしまった。

 

マヤの事を、幾らかの戦闘員たちに訊いても、誰も知らないと言った。

 

死神博士や、緑川は、本郷猛を、S.M.R.――仮面ライダーに改造する手術に、忙しい。

首領は、こちらからコンタクトを取る事は、向こうとの約束がない限り、不可能である。

 

しかし――

 

あの仮面から感じる、冷たいながらも、熱を孕んだ視線は、忘れる事が出来なかった。

 

そして、克己が見る夢は、マヤに飛蝗の仮面を見せられた時の事ばかりではない。

 

自分が、あのマスクを被り、自在に駆ける夢だ。

 

しかも、それは不思議な事に、設計図を見たり、話を聞かされたり、そして自分でエンジンを唸らせてみたりした、あのオートバイと共に、思うままに荒野を駆け抜ける夢でない。

 

空――

 

戦争時、終ぞ、飛ぶ事が出来なかった空に、克己は、思いを馳せていた。

 

蒼空を、あの仮面を纏った自分が、飛び回る夢だ。

 

その不思議な夢を、克己は、毎晩のように見た。

 

本郷猛の改造手術が開始されてから、七日目――

 

硝子の割れる音で、眼を覚ますまで、だ。

 

 

 

 

「脱走だ――!」

 

その声を頭の中で聞いてはいたが、甲高い破壊音が鳴るまで、間抜けな事に、克己はそれが現実の事だと気付かなかった。

 

克己は、あのガレージで眠っていた。

 

他に場所は用意されていたが、どうしてか、眠れなかった。しかし、ガレージで横になると、とても寝てなんかいられない機械油の匂いの中でも、心地良く眠りの世界に浸る事が出来た。

 

サイレンが基地中に鳴り響いている。

 

何だ、と、起き上がる。

 

改造人間・松本克己の身体能力に、時間は関係がなかった。

どのような状況であっても、意識が覚醒すれば、一〇〇パーセントのスペックで行動する事が出来る。

 

「す、すぐ近くに、サイクロンを……」

 

と、言う声が、聞こえた。

 

「改造したオートバイを用意して置いた」

 

緑川の声だった。

 

「オートバイ⁉ しめた!」

 

初めて聞く声である。

 

しかし、その声の音程や、どの辺りから聞こえて来たか、そういう情報から、声を発した人物を分析する事は、難しくはなかった。

 

本郷猛――

 

あの時、一瞬だけ手術台の上に寝そべっていた男の声を、克己は、初めて聞くながらも、そうだと分かった。

 

どうやら、脱走者というのは本郷猛と、緑川弘らしい。

 

克己は、ガレージから繋がる出口へと向かおうとする、本郷と緑川の前に立ちはだかった。

 

「うむっ」

 

眼の前から迫る、剥き出しの肉体に、傷を浮かび上がらせた男と、睨み合った。

 

克己は、本郷猛が、今の自分と同じ肉体を持っている事を、察した。

いや、自分よりも、完全な――強化改造人間としての身体である。

 

不思議なシンパシーが克己の全身を覆った。

その高揚感が、体内の機械を作動させ、皮膚の上に改造手術の痕を出現させる。

 

――本郷!

 

克己は、心の中で叫びながら、本郷に掴み掛って行った。

 

本郷が、それを見て、床を蹴る。

豹のようにしなやかに跳び上がると、本郷は、克己のうなじに手刀を叩き込んで来た。

 

克己が感じたのは、巨漢が巨木に打ち込む、巨大な斧であった。

 

克己の頭骨が、頸骨から分離する。

頸の靭帯が伸び切ったのが分かった。

 

克己は、視線を明後日の方向に向けて、その場に倒れ込んだ。

 

「うっ」

 

本郷が呻いた。

 

「何をしているんだ! 急げ!」

 

緑川が、立ち止まった本郷を急かした。

 

本郷は、自分の手が、一撃の下に沈めた男を、何とも言えない表情で眺めた後、緑川に続いた。

 

「これだっ、早く!」

 

どうやら、緑川がサイクロン号を発見したらしい。

 

克己は、その場でもぞもぞと動きながら、ショッカー首領の声を聴いた。

 

『……二人とも殺しても構わぬ! 絶対に外には出すな――』

 

そうしていた克己の傍に、歩み寄る者があった。

 

死神博士である。

死神博士は、克己を見下ろして、

 

「驚いたな」

 

と、呟いた。

 

克己の傍に膝を着くと、彼を起き上がらせてやり、骨を接いでやった。

 

克己が、頭が固定されたのを確認し、蘇生する。

 

「君が、不覚を取るとはね……」

 

死神博士が笑っていた。

 

「ふん」

 

克己は鼻を鳴らす。

 

「それが、強化改造人間なんだろう」

「その通りだ」

 

死神博士は、得意げであった。

 

格闘技――と、言うよりは、武術のプロフェッショナルと言っても良い克己を、咄嗟の事とは言え撃退――普通の戦闘員であれば殺していた――したのは、本郷自身の運動能力ばかりではない。

 

強化改造人間の、人間や、他の改造人間たち以上に優れた感覚や、それが齎す運動神経あっての事である。

 

「しかし、良いのか」

 

克己が訊いた。

 

「何がだね」

「本郷猛を、ああも、簡単に、脱走させてしまって」

「今、蜘蛛男が追っている」

「いや、そういう事ではなく……」

 

と、言い掛けた克己に対して、死神博士は、薄笑いを浮かべてみせた。

 

「そうでなければ、面白味がない……」

「面白味⁉」

「そうだ――」

「――」

「足りぬのだよ、カツミ……」

「足りない? 何がだ?」

「血が、だ」

「血⁉」

「そうだ、血だ――」

「――」

「ナターシャの為の、貢ぎ物よ……」

 

死神博士は、そう言いながら立ち上がると、低く、笑い声を上げた。

 

克己は、その姿を見て、どうにも表現し難い感情を、胸に抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから――

一年が経った。

 

本郷猛が、仮面ライダーとしてショッカーと戦っていた。

 

本郷を斃す為に、強化改造人間計画の第二期が実行された。

六人の仮面ライダー“第二号”の内、五体が破壊され、一体は脱走。

 

死神博士はヨーロッパに帰還する事となった。

 

仮面ライダー・本郷猛は、それを追って日本を離れる。

仮面ライダー・一文字隼人が、日本の守りを任せられた。

 

ゾル大佐の来日。

黄金狼――ゾル大佐の死。

 

死神博士の日本支部就任と、仮面ライダー・本郷猛の帰還。

ダブルライダーの結成。

 

斃される改造人間。

尽く潰される計画。

 

そして――

 

死神博士と共に、日本の地を再び踏んだ克己は、その女と一年振りの再会を果たした。

 

 

ショッカー基地――

 

その一室で休んでいた克己の許を、マヤが訪れた。

 

「私の事、憶えているかしら」

 

と、マヤが訊いた。

一年前とは異なり、官能的なドレスを纏っていた。

 

しかし、彼女の事を忘れ掛けていた克己に、その記憶を取り戻させるには、そのぞっとする程の美貌だけで、充分であった。

 

「あんた――」

 

克己が言った。

 

「現実に、いたんだな……」

「え?」

「いや……こちらの話だ」

 

と、克己が首を横に振る。

 

マヤは、口角を持ち上げた。

 

「ね、克己――」

 

馴れ馴れしささえ感じさせながら、マヤが、言い寄って来た。

 

「さっきね、博士に怒られちゃった――」

「博士?」

「死神博士よ」

「何だと?」

「チーター男を、勝手に借りちゃったの」

「――」

 

チーター男は、新しい改造人間だ。

強化改造人間に近い方法で、作成されている。

 

骨格を、全て蛇腹のものに挿げ替えてある。

筋肉も、培養した、異様なまでの柔軟性を持つものを使っている。

 

その身体に、更にチーターの遺伝子を融合させて造り上げたのが、チーター男である。

 

死神博士にとって、新機軸となる改造人間であった。

 

それを勝手に持ち出したと言うのであれば、死神博士も、怒るだろう。

そもそも、決して沸点の高い男ではない。

 

「自業自得だな」

 

克己が、ドライに吐き捨てた。

 

「酷ぉい!」

 

と、マヤが頬を膨らませた。

 

克己が小さく笑う。

 

と、マヤは克己に擦り寄ると、

 

「ねぇ、貴方、少し私に協力して欲しいんだけど」

 

と、囁いた。

 

「協力?」

「ええ」

「――」

「私は、ショッカーの最高幹部よ?」

 

マヤがうそぶいた。

 

しかも、この時、日本支部を任されている死神博士よりも、ショッカー首領からのバック・アップを受けていたのは、このマヤである。

 

克己は、やれやれと言った風に頷いた。

 

「何をすれば良いんだ?」

「話が早いわ。若いって、良いわねぇ」

 

マヤが言う。

 

克己は別に、若くはない。

戦争の直後と比べれば、歳を喰った容姿に作られているが、それでも、精々見積もって、三〇代という所であった。

 

「チーター男……」

「む?」

「あの子と、同じ身体になって欲しいのよ」

 

マヤが言った。


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