仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第十二節 仮面

克己は、基地内に設けられたガレージにいた。

ガレージは、あの改造手術室の真上から、少し逸れた所にある。

 

そこには、一台のオートバイが停まっていた。

 

クリーム色の、滑らかなラインをしたマシンである。

赤い線が、流麗なボディに走っていた。

左右に三気筒ずつ、計六気筒が、後方に伸びている。

一対の丸いライトの中心に、バイクに跨るRのマークが貼られていた。

 

強化改造人間の外部ユニットと呼べる特殊自動二輪車――

 

サイクロン号と名付けられたマシンであった。

 

克己は、無人のガレージの中で、引き寄せられるように、サイクロン号に歩み寄って行った。

 

その滑らかなボディに誘われて、克己は、シートに跨っていた。

 

だが、ハンドルに手を伸ばそうとして、躊躇った。

 

強化改造人間計画の試作品としての改造が、克己の肉体には施されている。

緑川の設計通りではなく、その要となる部分のみを、肉体に埋め込んでいる。

 

いや、正確に言うならば、強化改造人間の実験素体に、克己を埋め込んだと言った方が良い。

 

今までの改造人間とは、全く異なる改造人間のシステム――

 

なるべく生身の機能を拡張する為に、特殊な機械を身体の中に入れるというものである。

 

だから、既に生身の部分の大半を失っている克己では、強化改造人間の実験となる事は出来なかった。

 

死神博士は、先ず、別な人間を用いて、強化改造人間の素体を作成した。

そこに、克己の唯一残ったオリジナル部分――つまり、脳と神経を移植したのだ。

 

克己には、特殊な体質があった。

あらゆる生物の遺伝子に対して、すぐに適応する事が出来るのだ。

 

普通の人間ならば、別の動物の遺伝子を身体に入れられて、拒否反応を起こす事がある。

“人狼計画”の失敗と、似たような現象である。

 

それが起こらない。

 

その克己であるから、別の人間の身体に、それが殆ど中身を機械と挿げ替えられたものであるとしても、問題なく適応出来る。

 

しかし、強化改造人間のボディそのものに、常人を遥かに超えるパワーが秘められているからか、中々、脳が肉体に馴染んでくれないのである。

 

リジェクションこそ起こらないが、肉体を自在に操れるようになるには、まだ、暫くの間、トレーニングを積まねばなるまい。

 

そうしなければ、触れるもの全てを握り潰してしまう。

サイクロン号――現在に於けるショッカーの最高技術を破壊してしまう事を、克己は躊躇した。

 

だが、握った。

 

ハンドルに、手をそっと置く。

それだけで、自然と握り込まれてしまう。

市販のバイクならば、この瞬間に、ハンドルがねじ折れている所である。

 

サイクロン号は、耐えた。

ぴたりと、掌に、そのハンドルが密着した。

 

「ぬぅ」

 

克己が呻いた。

 

ぞくぞくとしたものが、改造された肉体を駆け巡り、脳を刺激する。

身体の中に生まれた熱が、皮膚を切り開かれた痕を浮かび上がらせた。

 

恐る恐る――否、自ら積極的に、克己はハンドルを捻った。

 

ライトが、煌々と床を照らし上げる。

エンジンが、力強い唸りを上げた。

 

 

ごぉぉぉん、

ごぉぉぉん、

ごぉぉぉん、

 

 

まるで巨獣の咆哮であった。

 

大きく、強く、低く、逞しく、熱いものが、マシンから伝わって来る。

 

自分が、違う何ものかに変わってしまいそうであった。

 

作動した機械が熱を孕み、その熱が神経を犯して、脳を縦横無尽に斬り付けて来た。

斬り付けられた脳は、痛みを訴えて神経にフィード・バックし、機械に信号を送る。

その信号が、又、神経を逆流して、脳みそを活性化させた。

 

視界が、一気に広がって行く。

聴覚が、遠い場所で針が落ちたのを報せた。

鼻は、手術室でメスを入れられた男の血を嗅いだ。

舌は、吸い込んだ空気の味さえも全て判断してしまう。

皮膚は、バイクの唸りが舞い上げた埃を識別していたのである。

 

そして、精神は――

 

「そこまでにして置きなさい――」

 

何処かから、声が降って来た。

鼻に掛かった、甘い声だ。

この時から三〇年もすれば、“アニメ声”と呼ばれるようになる声だ。

 

克己は、エンジンを止めた。

 

声のした方向――頭上を眺めると、天井のふちに、一人の女が腰掛けていた。

 

豊満な身体を強調するような、ぴったりと張り付いたセーター。

気持ちの良い程、脚を露出するホット・パンツ。

黒い髪を、肩の辺りまで伸ばしている。

 

ぱっちりとした瞳、通った鼻梁、ぽってりとした唇――

ぞっとするような美貌の女であった。

 

克己は、声を掛ける事も忘れて、女に見惚れてしまった。

 

女は、くすり、と、微笑むと、そこからガレージまで跳び下りて来た。

蛇が、樹の上から落下しても、身体をくねらせて無事に済ませるような着地であった。

 

「壊れちゃうわよ」

「あ……ああ」

 

克己は、そう言いながら、ハンドルから手を離した。

 

女は、又、薄く笑う。

 

「そっちじゃないわ。貴方の事よ」

「俺の⁉」

「ええ。貴方、強化改造人間の試作品――言うなれば、零号らしいけれど」

「――」

「そのままだと、駄目よぅ」

「駄目?」

「強化型はね、その上に、もう一枚、着てなくちゃいけないのよ」

「――」

 

女が踵を返して、歩き出した。

 

克己は、サイクロン号から降りると、女の後を付いて行った。

 

「あんた、何者だ?」

 

克己が、女の背中に訊いた。

 

「マヤ――」

 

と、女は答えた。

 

「まや?」

「ショッカーの、最高幹部よ」

「……女が、か?」

「あら、女を舐めちゃいけなくってよ」

 

マヤが、肩越しに振り向いた。

 

「もう何年かすれば、男の子たちは、みぃんな、女の子のお尻の下なんだから」

「――ショッカーは」

 

克己が、呟くように言った。

 

「そういう事を失くすのが、目的ではないのか?」

 

ショッカーの理念――

 

克己は、別に、ショッカーに共鳴したから、首領の許に草鞋を脱いでいるのではない。

しかし、自分が属する組織の事を知らないままでは、いられない。

 

ショッカーの目的は、地球上から、争いを失くした、新しい世界の建設である。

 

貧富、美醜、人種、生まれや育ち、そして男女の差別を、全く撤廃して、それらの為に流されていたあらゆる血と涙を、無用のものとしようと言うのだ。

 

その為、克己自身の発言も、マヤの言葉も、ショッカーの理念には適わない事であった。

 

「ふふっ――」

 

と、マヤが笑う。

 

「偉い、偉い。きちんと、ショッカーを理解してくれているのね」

「――」

 

克己を子供扱いするようなマヤ。

 

改造して、イワンが出会った当初のそれに寄せている容姿や、精神的には兎も角、克己は既に四〇代である。

 

克己はむっとして、顔を歪める。

 

マヤの容姿からして、成人は迎えている筈だ。けれども、年下であろう。そういう相手に、手玉に取られるような事は、良い気分がしない。

 

そのマヤが、ガレージの端で立ち止まる。

そこには、細長いロッカーが設けられていた。

 

マヤがロッカーを開ける。

ロッカーの中には、マスクとスーツが掛けられていた。

 

マヤがスーツを引き出して、克己に手渡した。

 

ずしり、と、重いのは、鉄のプロテクターの為だ。

 

黒い、頑丈でありながらも、柔軟性を失わないスーツ。今は一繋ぎになっているが、上下のツー・ピースらしかった。

 

上着の胸の前に、人間の大胸筋と腹筋をデフォルメしたらしいプロテクターが付いている。

深緑色をしていた。

六分割されたプロテクターの下部には、何れもスリットが入っていた。

 

又、上着には他にも鉄のグローブが、ズボンの方には鉄のブーツが一体化している。

 

更にマヤは、太いベルトを克己に渡した。

 

白いベルトに、大きな銀色のバックルがあり、腰の左右に来るであろう位置にバーニアが設けられている。

 

バックルの中心から、内包された風車が見え、その上に透明なカバーが張られていた。

 

克己は、死神博士から見せられた資料で、その名を知っている。

 

プロテクターは、コンバーター・ラングと呼ばれていた。

このベルトは、タイフーンといった筈である。

 

そして――

 

マヤが最後に見せたマスクを、ヘルメットを、仮面を見て、サイクロン号に跨った時以上の、ぞくりとしたものを、克己は感じ取った。

 

それは、飛蝗の顔であった。

それは、向き出された頭蓋骨であった。

それは、苔むしたまま放置された髑髏であった。

 

血が溜まったような、一対の楕円が、眼である。

眉間に、仏像にも存在するランプが付いていた。

触角が二本、丸みの後方に反り返っている。

鉄をも噛み砕きそうな牙が、ぎらぎらと見せ付けられた。

 

強化改造人間計画で生み落される改造人間の能力を、限界まで引き出す為のユニフォームであった。

 

「S.M.R.……」

 

克己が呟いた。

 

それが、強化改造人間計画の別名であり、新戦士の名前であった。

 

だが、

 

「違うわ」

 

と、マヤが言った。

 

蒼いマスクを、たおやかな白い指で撫でながら、マヤが言う。

 

「仮面ライダーよ」


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