仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第九節 永遠

殴っていた。

蹴っていた。

叩いていた。

極めていた。

絞めていた。

投げていた。

 

松本克己という肉体が、である。

 

克己の拳が、ヨモツヘグリを殴る。

克己の足が、ヨモツヘグリを蹴る。

克己の手刀が、ヨモツヘグリを叩く。

克己の関節技が、ヨモツヘグリを極める。

克己の腕と足が、ヨモツヘグリを絞める。

克己の身体が、ヨモツヘグリを投げ飛ばす。

 

克己は、そのたびに、身体の何処かを傷付けていた。

 

殴れば、拳が擦れる。

蹴れば、脚が擦れる。

極めれば、皮膚が擦れる。

絞めれば、肌が削られる。

投げれば、骨格に負荷が掛かる。

 

しかも、ヨモツヘグリにしても、無抵抗のまま、やられる訳ではない。

 

格闘技の専門家からすれば、何とも隙だらけなパンチだ。

理に適っていない蹴りだ。

雑なタックルだ。

 

しかし、それでも、充分に人を殺し得る威力があった。

 

ヨモツヘグリの体躯の為である。

その巨躯が、当たれば、人を簡単に殺してしまえるのだ。

 

それを、克己は受けている。

 

大振りなパンチを躱し切れず、ボディを掠められた。それだけで、内臓がねじれそうな威力を持っていた。

 

不意に胴体を薙いで来た蹴りを、咄嗟に脛で受けた。しかし、吹っ飛ばされて、コンクリートの地面に強かに打ち付けられた。

 

弾丸のような突撃を躱せなかった。

 

一本一本が芋虫のような太さの指に掴まれ、振り回されもした。

 

地面に打ち付けられ、強化硝子に叩き付けられた。

 

足元がおぼつかなくなっていた。

眼が、例えではなく、白黒している。

 

左の拳が、歪に膨らんでいた。

手刀を叩き込んだ時、小指が、甲の方に反り返ったのだ。

それを、右手で掴んで、掌の方に無理に折り曲げた。

患部が蒼黒くなって膨らんでいるのである。

 

肋の数本も、折れているであろう。

細い息の感じからして、肺に突き刺さっているかもしれない。

 

背骨に与えられた衝撃が、克己の動きを殺していた。

腰を入れた突きを、一発繰り出すだけで、克己が表情を歪ませる。

 

その逆襲のパンチを、回避も防御も出来ずに、水月(鳩尾)に叩き込まれた。

 

白眼を剥いて、血を吐いた。

口の中から、先に顔から地面に落とされた時に折れた歯が、幾つも飛び出して来た。

コンクリートに、血で染まった歯が落下して、からからと音を立てる。

 

克己のズボンの正面に、赤黒い染みが出来ていた。

性器を前に出していれば、褐色の小便が飛び出す様子が見えただろう。

 

鉄とアンモニアの匂いに、栗の花粉も混じっていた。

睾丸は、戦う前に、自分の腹の中に収めている。

 

“釣鐘隠し”、沖縄では“コツカケ”と言って、男子の絶対急所である金的を守る為に、骨盤の窪みに隠してしまう手法だ。

腹の中で、冷却出来ないでいるきんたまから、精液が迸り出たのである。

 

身体をくの字に追って、倒れ掛ける克己。

 

ヨモツヘグリが、手を振り上げていた。

掌を、克己の頭に振り下ろす心算だ。

 

克己の、真っ赤になった眼が、ぎらりと戻って来た。

 

振り下ろされる腕を躱し、跳躍しつつ、ヨモツヘグリの腕に、脚を絡めて行った。

自身の攻撃の勢いと、克己の体重の為、ヨモツヘグリが倒れて行く。

 

一回転した時には、克己に、腕拉ぎを極められていた。

 

「ごわっ!」

 

克己が、血の霧を吹きながら、身体を反らした。

 

ヨモツヘグリの右肘から、周囲の鱗が、肉ごと盛り上がって、白っぽいものが突き出して来た。

 

克己が、ヨモツヘグリから離れて、立ち上がった。

 

すぐさま、倒れているヨモツヘグリを、踏み付けて行った。

左腕で、ボディを守るヨモツヘグリ。

 

一分余りも、それを続けていると、克己が圧し折った筈のヨモツヘグリの肘が、治ってしまっている。

 

見る見る骨が引っ込んで行き、開いた傷口が閉じ始めるのだ。

 

脅威の再生能力――

 

これが、不死身の生体兵器の力であった。

 

代謝という機能が、生命の身体には備わっている。

 

身体の中で、年老いた細胞を、垢や、糞便として排出し、そこに、新しいフレッシュな細胞を作り出す事である。

 

傷を治す時にも、この機能が使われている。

 

この機能を、人間の何倍にも引き上げる事が、ヨモツヘグリの実験であった。

 

だが、この為に、ヨモツヘグリの寿命は、決して長くはない。

 

代謝の回数は、決められている。

生体を構成する細胞が、何度再生出来るか、その上限があるのである。

テロメアというのだが、そのテロメアが、段々と短くなって行くのだ。

 

仮に、その一つの細胞が一〇のテロメアを持っているなら、同じ細胞が一一度生まれる事は、あり得ない。テロメアの数が一〇〇なら一〇〇度、一〇〇〇なら一〇〇〇回しか、その細胞は再生しない。

 

そして、細胞がストックを使い果たして起こるのが、老化という現象である。

 

一つの細胞が、テロメアを使い尽す。

二つ目、三つ目、四つ、五つ、六つ……

と、肉体を構成する細胞が壊れて行く。

 

肉体を構成する物質の絶対数が減る事で、肉体そのものが衰える。

 

そうして、生存に必要な器官の細胞が尽きた時、人は死ぬのである。

 

ヨモツヘグリは、その速度――ストックを使い果たすスピードを速めているのであるから、当然、普通の生命よりも、寿命が著しく短いのだ。

 

不死身を売りにする兵器が、寿命が短いという矛盾の為、この研究は中断された。

 

しかし、一人の人間の体力が尽きるよりも短いという事は、流石にない。

 

克己が動けなくなるまでは、持つであろう。

 

克己が、それ以上の速度でヨモツヘグリの肉体を壊せるのであれば、話は別だが、今のペースを見るに、それは、不可能な事に思えた。

 

だが――

それでも――

 

克己は、まだ、戦っていた。

 

今にも、疲労の為にぶっ倒れそうになりながらも、ゾルの鞭の音で蘇生するヨモツヘグリに挑み掛かって行く。

 

拳を、蹴りを、手刀を、膝を肘を投げを絞めを関節技を、叩き込んで行く。

 

一発殴れば、二倍のダメージ。

二回蹴れば、四倍のダメージ。

四度絞めれば八倍の、八度極めれば一六倍の――

 

どれだけ攻撃を加えても、ヨモツヘグリの身体に与えられる痛みは、克己の二分の一だ。

 

どう考えても、克己が倒れてしまうのが先に思えた。

 

しかし、克己は挑んで行く。

しかし、克己は向かって行く。

しかし、克己は起き上がって行く。

しかし、克己は戦い続けているのだった。

 

永遠に続くかと思われる、戦いであった。

 

 

 

「――       う⁉」

 

 

 

俺は、殴っている。

俺は、蹴っている。

俺は、叩いている。

俺は、極めている。

俺は、絞めている。

俺は、投げている。

 

ヨモツヘグリという肉体を、だ。

殴り、蹴り、叩き、極め、絞め、投げるそのたびに、俺を傷付ける肉体を、だ。

 

それが分かっているのに、殴っている。

それが分かっているのに、蹴っている。

それが分かっているのに、叩いている。

それが分かっているのに、極めている。

それが分かっているのに、絞めている。

それが分かっているのに、投げている。

 

何故だろう。

何故だっただろう。

 

何故、戦っているのか分からなかった。

殴り、蹴り、叩き、極め、絞め、投げる事の理由が分からなかった。

 

ヨモツヘグリ――

ヨモツヘグリ!

 

そう叫んでいるのは、間違いなかった。

 

唯、何故、叫んでいるのかは、分からないでいた。

 

何をしているのか――ああ、戦っているのか。

 

ふと、思い出す。

 

戦っている事を忘れそうになる。

 

まるで酒に酔っているかのよう。

まるで夢を見ているかのよう。

まるで陽炎のよう。

 

何故動いているのかが分からなくなる。

動いている事すら分からなくなる。

 

それで、

 

ヨモツヘグリ!

 

という叫びで、自分が取り戻されるのだ。

 

戦っている事を、思い出すのだ。

 

戦っている事を思い出すと、そこから更に、思い出せる者が増えて行く。

 

戦っている理由だ。

 

ゾルと、首領に、見せ付けてやるのだ。

 

何を?

俺だ。

俺の力を、見せ付けてやろうと言うのだ。

 

何故だ?

俺の肉体の強い事を、証明するのだ。

 

何故だ?

何故……何故だ?

 

見せてくれと言われたからだ。

ゾルに?

 

それで、何故、見せるのだ?

 

ショッカーに、協力するに相応しいかを見るのだ。

 

何故、俺がショッカーに協力するのだ?

平和の為だ。

 

平和?

何だ、それは。

 

平和は、平和だ。

知らないぞ、そんなものは。

 

だって、俺の人生に、今まで平和だった事など、なかったのだ。

 

ずっと虐げられて来た。

虐げる側に回った。

空虚を知った。

目的を失った。

抜け殻だ。

俺は、何も、なくなったのだ。

 

いや――

 

生まれた時から、俺は、引き千切られていたのだ。

母の腹の中から這い出して、それ切りだ。

 

血が口の中に蘇る。

馬の血と肉だ。

初めて呑んだのは、馬の血肉だった。

 

いや、そんな事はどうでも良いのだ。

 

今は、俺の事なんかどうだって良いのだ。

今は、ヨモツヘグリと戦う事だけに集中しろ。

 

そうだ。

そうだ、ほら。

そうだ、ほら、拳だ。

そうだ、ほら、蹴りだ。

良いぞ良いぞ良いぞ良いぞ良いぞ――

殴れ蹴れ叩け極めろ閉めろ投げろ殴れけれけれけれ拳拳肘膝パンチ右拳蹴り背足左膝膝膝頸パンチキック肘猿臂タックル殴れ蹴れ殴れ殴叩け――

 

 

 

「――      ろう⁉」

 

 

 

どれだけ。

過ぎたのか。

時間だ。

 

俺は。

どれだけ。

戦って。

いるのか。

 

ヨモツヘグリは。

まだ。

俺の。

眼の前に。

いる。

 

俺の。

眼の前で。

蒼黒い。

肌を。

赤く。

染めている。

 

俺の。

拳と。

俺の。

蹴りと。

俺の。

俺で。

俺は。

俺が。

ヨモツヘグリ。

俺の。

ヨモツヘグリ。

俺を。

ヨモツヘグリ。

俺……。

 

 

 

「――     だろう⁉」

 

 

 

長い事戦っていたどれだけの時間戦っていたのか分からないヨモツヘグリの事を叩いている何で憎くもない相手の事を叩いているのかいや憎しみはあるのだ俺の攻撃には全て憎しみが込められているしかしそれはきっとヨモツヘグリに向けるべき憎しみではないだが俺がヨモツヘグリと戦っているという事はこいつに勝たねばならないという事でその攻撃が憎しみで威力を増すのならば使うべきでならば結局ヨモツヘグリを憎んでいるという事になるとは言え俺はこいつの事を知らないのだしどうして憎んでいるのかどうして怒っているのかどうして哀しんでいるのかどうしてどうしてどうしてどうしてヨモツヘグリ俺俺俺俺

 

 

 

「――    んだろう⁉」

 

 

 

                。

               た。

              いた。

             ていた。

            っていた。

           殴っていた。

          ん殴っていた。

         ぶん殴っていた。

        をぶん殴っていた。

       リをぶん殴っていた。

      グリをぶん殴っていた。

     ヘグリをぶん殴っていた。

    ツヘグリをぶん殴っていた。

   モツヘグリをぶん殴っていた。

  ヨモツヘグリをぶん殴っていた。

 はヨモツヘグリをぶん殴っていた。

俺はヨモツヘグリをぶん殴っていた。

 

 

 

「――   るんだろう⁉」

 

 

 

「あぎゃああああ~~~~~っ!」

「うきゃあああああああらららっ!」

「おげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「うるるるるる~~~~~~~ぅぅぅっ!」

「くひぃぃぃあああぁいらららら~~~っ!」

「うじゃああああっ、ああああぅぅるる~~っ!」

「くるるるららららららららららららららららっ!」

 

 

 

「――  てるんだろう⁉」

 

 

 

永遠。

克己。

時間。

拳。

蹴。

 

血。

肉。

骨。

肝。

腸。

汁。

 

 

 

「―― きてるんだろう⁉」

 

 

 

腹、に、手、刀、を、ぶ、ち、込、ん、で、俺、の、指、が、折、れ、て、そ、の、ま、ま、突、き、込、ん、だ、す、る、と、や、け、に、大、き、な、弾、力、が、腕、を、押、し、返、し、て、来、た、そ、の、ま、ま、腕、を、ぶ、ち、込、ん、で、や、っ、た、肉、の、中、に、腕、が、埋、ま、っ、て、行、き、肉、の、温、か、さ、が、俺、の、腕、を、包、み、込、ん、だ、す、る、と、別、の、鼓、動、が、俺、の、指、先、か、ら、伝、わ、っ、て、来、た、何、か、と、思、う、と、そ、れ、は、赤、子、で、あ、っ、た、ヨ、モ、ツ、ヘ、グ、リ、は、子、を、孕、ん、だ、女、だ、っ、た、の、だ、俺、は、腹、の、中、で、手、刀、を、鉤、爪、に、変、え、て、柔、い、胎、児、の、頭、を、掴、み、腕、を、引、き、抜、い、た、ヨ、モ、ツ、ヘ、グ、リ、は、悲、鳴、を、上、げ、て、俺、に、襲、い、掛、か、っ、て、来、た、俺、は、胎、児を、引、っ、張、り、出、す、と、ヨ、モ、ツ、ヘ、グ、リ、の、顔、面、に、拳、を、叩、き、込、ん、で、そ、の、ま、ま、

 

 

 

「――生きてるんだろう⁉」


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