仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第八節 武王

ゾルの鞭の音に依り、ヨモツヘグリは、あるかなしかの眼を見開いた。

瞼が、重く、眼球に被さっているのだ。

視界が確保されているのかどうか、分からない。

 

 

ぼぉぉぉ~~~~ぅ、

 

 

と、奇怪な声を上げた。

 

叫びながら、突撃して来た。

 

克己が、半身になって構えた。

 

右側に跳び、同時に、ヨモツヘグリの方へ肉薄しながら、右の脛を叩き込んだ。

膝を、真横から叩いた。

 

関節蹴りの発想はあったにしても、タイ式ボクシング――ムエタイのローキックが、日本に取り入れられるまでには、まだ、時間が必要であった。

 

しかしながら、克己の下段蹴りは、普通の人間を悶絶させるには充分な威力を持っている。

 

狙ったのは、しかも、膝関節である。

 

克己が対峙したヨモツヘグリは、身長にして一八五センチ、体重では九五から一〇〇はある。

それだけの身体を支える足の負担は、かなり重くなる筈だ。

克己のローの一発で、倒れてしまってもおかしくはなかった。

 

だが、克己の脚は、ヨモツヘグリの脚に弾き飛ばされた。

密集した筋肉の束が、克己の蹴りの威力を、そのまま克己に返してしまった。

 

克己が、横に跳んだ。

 

着地した克己の右脚――打撃に使った脛の部分に、血が滲んでいた。

国民服のズボンの、そこが、破れそうになっている。

 

鱗が、鮫のそれのように、克己の脚を削ったのであった。

 

「――うしゃあっ!」

 

克己が、自身に喝を入れて、ヨモツヘグリに躍り掛かって行った。

 

フット・ワークを使って接近。

ボクシングの足運びに似ているが、拳の位置は、右で顔を、左で鳩尾をガードしている。

 

左のストレートを、ボディに叩き込んだ。

硬い鱗が、拳に巻いた包帯を、擦り上げる。

 

「しゅっ!」

 

右の拳を打ち上げて行った。

顎だ。

 

しかし、克己の腕には、まるで一〇〇キロ近い体重そのものを殴り付けたかのような負

荷が掛かった。

 

次は膝であった。

膝を、今し方、パンチを叩き込んで行った顎にまで、引き上げた。

 

普通の人間なら、今の二発で、二度死んでいた。

 

だが、ヨモツヘグリを殺す事は出来ない。

 

既に、死に体――

 

ヨモツヘグリが動いた。

 

克己に向かって、両腕を広げて、襲い掛かって来る。

 

克己は、その身体の下を潜ると、バックを取った。

 

拳を作る。

中指の第二関節を、拳から立てていた。

 

一本拳!

 

空気が、人差し指と、薬指・小指の上下に掻き消えて行く。

一極集中の拳が、ヨモツヘグリの背骨に喰い込んで行った。

 

だが、やはり、ぶ厚い脂肪と硬質な鱗が、克己の攻撃を受け付けなかった。

 

ヨモツヘグリが振り返りざまに、拳を大きく振るって来た。

 

バック・ブロー。

 

克己が、頭を下げて躱した。

 

身体を引き上げる勢いで、前蹴りを打ち上げて行った。

踵だ。

 

前蹴りは、基本的に、中足を返して蹴る。

中足を返すとは、指を甲の方に反らす事で、蹴りに使うのは足指の付け根のぶ厚い所だ。

 

しかし、克己は、軍靴の踵を咽喉笛に叩き付けてやったのである。

 

流石に、ヨモツヘグリが身体を反らせる。

が、その肥大化した手が、克己の右足首を掴んだ。

 

そのまま、持ち上げる心算であった。

克己の軸足である左足が、地面から離れて行く。

 

「おわわわわっ!」

 

そのまま、膝で蹴り込んで行った。

 

思わずヨモツヘグリが、空中で克己を手放す。

 

折り曲げた左膝を伸ばして、克己の足刀が、ヨモツヘグリの顔に伸びて行った。

 

更には、落下エネルギーを利用した、右の踵落としが、不死兵士の頭頂に打ち込まれる。

 

蹴りの反動で後方に跳び、着地する克己。

 

息が上がっていた。

 

鼻から、血を吹いた。

興奮の余り、血管が切れたのだ。

 

背筋が、ぞくぞくとしていた。

 

冷たいような、熱いような――

 

その判断が付かない。

 

尻の孔から脳髄に至るまで、熱された鉄の剣か、凍て付いた氷柱かが、呑み込まされていた。

 

今なら、背中に入れ墨を彫られても分からないだろう。

 

何か、硬いものが鳴る音を聞いた。

 

何だ?

何が鳴っている?

 

それが、自分の歯であると気付いたのは、ヨモツヘグリが、復讐の為に襲い掛かって来たからであった。

 

頭頂の、抜け落ちた髪の代わりに生えていた鱗が、剥がれている。

そこから、薄らと、血がこぼれていた。

 

 

ぼぉぉぉ~~~~ぅ、

 

 

と、低い唸りを上げて、ヨモツヘグリが駆け寄って来る。

 

「くひゅ」

 

克己の口から、息が漏れた。

 

「くひゅうっ!」

「くひゅうっ!」

「くひゅうっ!」

 

何度か、息を吐いて、肺の中の空気を空っぽにしてから、跳んだ。

 

ヨモツヘグリが、勢いを殺せず、強化硝子に突っ込んだ。

ゾルが平然とした顔で、イワンが少し驚いた顔で、それを見た。

 

 

ぼぉぉぉ~~~~ぅ、

ぼぉぉぉ~~~~ぅ、

 

 

ヨモツヘグリが、強化硝子に顔や腕を叩き付けて、泣いているように叫んでいた。

 

何だ。

何をしてるんだ、お前。

 

克己は思った。

 

歯を鳴らすのをやめた。

たっぷりと、空気を吸い込んだ。

 

お前……

おい……

 

ヨモツヘグリに呼び掛けようとした。

 

声が出ない。

咽喉の裏側に、言葉が縫い付けられてしまっていた。

 

どっと汗が出た。

肥溜めに突っ込んだような汗だ。

ねとねとした、畑に撒いた、糞のような汗だった。

あの家で、喰わされた事のある糞だった。

 

俺が、便所で肥を汲んでいると、あの家の子供に、畑に連れて行かれたのだ。そうして、そこで畑に突っ伏させられ、その上に、俺が汲んで来た糞の桶を引っ繰り返されたのだ。

 

“糞じゃ”

“臭い”

 

そんな事を言いやがった。

その後で、家のじじいとばばあに言いやがった。

 

“こいつ、桶を引っ繰り返しちまいやがった”

 

俺じゃないと言っても、じじいとばばあは信用しない。だから俺は黙っていた。

 

肥料をちゃんと畑に撒けない俺は、じじいとばばあにとって、お荷物以下だ。

散々、竹で全身を打ち据えられた後、馬小屋の中に放り出された。

 

“お前の父親はな、馬よ!”

 

そう言われた。

 

“馬が、お前の女を孕ませた”

“お前は馬の子じゃ!”

“馬は人間さまの言う事を聞いていれば良いのじゃ”

 

そんな事を言われた。

 

俺の中に、沸々と、怒りが沸き上がって来た。

 

馬の子だと?

人間じゃないだと?

 

ふん。

ふふん。

 

好き勝手言いやがって。

 

知るか。

知るか、そんな事は。

 

人間じゃないというのなら、それも良い。

俺は、人間じゃなくなろうが、構うものかよ。

 

俺は、克己だ。

松本克己だ。

 

父親?

母親?

 

ふん。

 

知った事か。

知った事ではない。

 

父がいなければ俺はいない? 母がいなければ?

 

だから、何だ。

俺は、俺だ。

俺は、俺だ!

 

そうだろう、ヨモツヘグリ――

 

「来いよ――」

 

克己は言った。

俺は言った。

ヨモツヘグリに対して、言った。

 

「来いよ、お前の相手は俺だぜ……」

 

何だ、お前は。

何をしてるんだ、お前は。

 

ゾルと、イワンの方ばかりを見やがって。

 

そんなに硝子を叩く事が楽しいかい?

それなら、後で好きなだけやったら良い。

 

今は、俺だろう。

今は、この克己を、ぶっ殺す為に戦っているんだろう⁉

 

いや、そうじゃないか。

別に、殺さなくたって良いのだ。

 

死んだとか、殺したとか、そういうのは結果に過ぎない。

 

今は、戦う事だ。

俺の実力を、ゾルと、首領に、見せ付けてやる為だ。

 

その為に戦っている。

その為の時間だろう。

 

こっちだよ、ヨモツヘグリ。

 

人間さまに作られた兵器(にくたい)と、この俺が造った肉体(へいき)と、どっちが強いのか、見せ付けてやろうじゃねぇか。

 

何だ、素直じゃねぇか。

ゾルの鞭の音一発で、こっちを振り向きやがった。

 

ちぇっ。

何だい、ゾルの奴。

そんな事が出来るなら、早く、やりやがれってんだ。

 

何だ、あいつ。

俺の事を見て、薄く笑いやがった。

 

ふん。

 

そうかい。お前さんは、俺が回復するのを待っていたんだな。

 

ふん。

 

余計なお世話を焼きやがって。

 

まぁ、良いや。

そういう事もあるだろう。

そういう事もあるだろうさ。

 

さ、始めよう。

 

再開だ。

 

来いよ、ヨモツヘグリ――

 

俺はここだぜ。

俺はこっちだぜ。


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