葛葉紘汰は、眼を覚ました。
嫌な汗が、金色の髪の間から、伝っていた。
全身が、ぐっしょりと濡れている。
嫌な夢を見たのだ。
暗黒の空の下、異形の戦士たちの骸が転がる大地で、謎の怪物と対峙した夢だ。
戦い――
その記憶がフラッシュ・バックする事は、珍しい訳ではなかった。
紘汰は、洞窟から外へ出た。
寝床となっている洞窟だ。
外へ出ると、蒼い空が広がっていた。
艶やかな芝が、生い茂っている。
滝が傍にあった。
透き通った水が流れ落ちて、足元の湖に注ぎ込んでいる。
そこに棲む魚は、地球人の知るものではなかった。
空を飛ぶ虫や鳥も、同じである。
不安そうな表情を浮かべる紘汰を心配するように、巨大な昆虫が、近くまでやって来た。
百足のように、体節が多い。
顔は、飛蝗に似ていた。
しかし、トンボのような羽がある。
独自の進化を遂げた、この惑星ならではの生命体であった。
紘汰が、言うなれば“神”の役割を務める星であった。
紘汰の脳裏に蘇る戦いの記憶とは、ここに辿り着くまでの、凄惨極まる戦いであった。
地球――
葛葉紘汰は、地球では、何処にでもいる平凡な青年であった。
運動が得意で、大きな優しさを持っていた。
姉と、二人暮らし。
学生時代は、ダンスに打ち込んだ。
彼が住んでいた開発都市・沢芽市では、ビートライダーズと呼ばれる若者たちが、ストリートでのダンスに熱狂していた。
しかし、家計を支える為にチームを脱退し、角居裕也や、幼馴染みであり、今の妻である高司舞、彼を慕っていた呉島光実に後を任せた。
その後、ビートライダーズは、変容する事となる。
元から、ランキングを付け、チームが活動するステージを奪い合うというようなスタンスは存在した。だが、その手段が、ダンスから、インベスゲームと呼ばれるものにシフトしたのだ。
いつの頃からか、ロックシードを用いて、小さな怪物“インベス”を召喚し、それを戦わせて勝敗を決め、ステージを奪い取る――
そのような形態になった。
紘汰が所属していたチーム鎧武だけではない。
チームバロン。
チームレイドワイルド。
チームインヴィット。
他にも幾らかのチームが、ロックシードを使ったインベスゲームに没頭し、ランキング争いは、殺伐とした雰囲気を纏うようになっていた。
それは――
沢芽市を開発した、巨大企業ユグドラシルの仕業であった。
ユグドラシルは、開発したロックシードを若者たちに流通させ、インベスゲームを加熱させ、ビートライダーズを対象に、次なる実験に乗り出した。
アーマードライダーの投入である。
ロックシードと戦極ドライバーの組み合わせで、使用者に鎧を装着されるシステムだ。
アーマードライダーと名付けられた仮面の戦士たちは、ロックシードで召喚されるインベスたちとは、段違いの性能を誇っていた。
それまで、インベスゲームで上位にランク・インしていたチームは、敵チームがアーマードライダーを入手した事で、一気に蹴落とされる事になる。
そのような事態を打開する為には、彼らも同じように、戦極ドライバーを手にして、アーマードライダーを擁する他にはなくなって来る。
そうして、次々とアーマードライダーを生み出し、そのデータを集める事が、ユグドラシルの目的であった。
では、その目的の背景には、何があったのか。
ヘルヘイムの森――
ロックシードや、戦極ドライバーを開発した天才科学者・戦極凌馬に依り、そう命名された世界からの侵略である。
そもそも、インベスとは何か。
ロックシードとは何なのか。
インベスは、異世界からの外来種とでも言うべきヘルヘイムに生息する生物だ。
そして、ロックシードとは、インベスの食糧となる、ヘルヘイムの果実が変化したものだ。
後に開発される戦極ドライバーは、ロックシードのエネルギーを、無害なままに人体に取り込むシステムであった。
プロジェクト・アークを実行する為のアイテムだ。
ヘルヘイムは、クラックと名付けられた“時空の裂け目”から、地球に種を飛ばし、地球に於いて繁殖しようとする。
ヘルヘイムの果実は、喰らった者を、インベスへと変身させる。
蜂が花の蜜を吸い、その身体に花粉を纏わされ、飛んで行った先でその種を撒き散らすように――
インベスは、ヘルヘイムの植物のない世界の生物に、ヘルヘイムの種を植える役目を持つ生命体なのだ。
それに対抗する為の戦極ドライバーであった。
地球は、やがてヘルヘイムに侵食されるというのが、戦極凌馬の意見であった。
それを、凌馬含むユグドラシル上層部は受け入れた。
受け入れた上で、人類という種を存続させる計画が、“アーク”だ。
ロックシード化させたヘルヘイムの果実から、栄養分のみを取り込む戦極ドライバーを量産し、人類に、ヘルヘイムとの共存をさせようとした。
その実用化の為の実験が、ビートライダーズたちをモルモットに、行なわれたのだ。
紘汰は、モルモットとしては一人目の、そして戦極ドライバーの装着者としては二人目のアーマードライダーであった。
鎧武――
かつて所属していたチームの名を、紘汰は名乗っていた。
アーマードライダー“鎧武”への変身能力を得た紘汰は、同じくドライバーを手に入れた駆紋戒斗を始めとするアーマードライダーたちとの関わりを通じて、ユグドラシルとヘルヘイムについての関係を知る。
その最中に、一人の青年が命を落としてもいた。
初瀬亮二――アーマードライダー黒影に変身した、レイドワイルドのリーダーだ。
ヘルヘイムの果実を喰らい、インベスと化し――この一件で、紘汰はヘルヘイムの一端に触れた――、そして、ゲネシスドライバーで変身する新世代ライダーたちに斃された。
ヘルヘイムの侵略に立ち向かおうとするユグドラシルであったが、紘汰は、自分たちを実験動物扱いにし、ヘルヘイムの真実を世間に隠し、そして、初瀬を殺し、あまつさえ、沢芽市がヘルヘイムに侵食された暁には、町ごと焼き払おうとさえ考えているこの巨大企業を、許す事が出来なかった。
その上、仮に“アーク”が実現されたとしても、生産する事が出来るドライバーの数は、その時点での地球の人口の、七分の一であった。
必然的に、六〇億の人類が死滅する事となる。
人類存続の為に、多くの生命を礎にせんとするユグドラシルの選択を、
“諦め”
と、呼んだ紘汰が選んだのは、誰を犠牲にする事もなく、ヘルヘイムの侵略を止める事であった。
その方法を模索しながら、紘汰の選びを“子供”と切り捨てるユグドラシルと、その間にも侵略を続けるヘルヘイムと戦う紘汰は、ヘルヘイムに関する新しい情報を入手する。
オーバーロード。
かつて、凌馬がヘルヘイムと名付けた世界にも、文明が存在した。
ヘルヘイムの植物の侵略に因り、滅亡した、高度な知能を持つ生命体がいたのだ。
生き延びた彼らは、ヘルヘイムの果実を喰らい、異形となりながらも、知性をそのままに備えていた。
フェムシンム――
異界の言語であった。
戦極凌馬は、駆紋戒斗を利用して、彼らと接触を図ろうとした。
しかし、彼らがヘルヘイムの中にあっても生存したように、人間にも生き延びられる術を授けて欲しいという紘汰の希望は、潰える事となる。
赤のオーバーロード・デェムシュは、他の生命を蹂躙する事にしか興味がない。
緑のオーバーロード・レデュエは、異界の人類を、退屈凌ぎの玩具と見ていた。
白のオーバーロード・ロシュオは、王でありながら、妃を喪った哀しみに打ちひしがれ
ている。
人類の助けとなろう筈もない。
しかも、彼らのみが生き延びたのは、同じく知性を残しながらも異形化した彼ら自身で、殺し合いを行なった為というのだ。
ロシュオは、その経験から、人類も同じ事を繰り返すであろうと言っている。
確かに、紘汰は、その時も、人間同士で戦っていた。
チーム同士の抗争。
ユグドラシルのライダー。
仲間と信じた光実も、紘汰に銃を向けた。
そんな中で、紘汰は、自分の希望を受け入れてくれる男と出会った。
呉島貴虎であった。
ユグドラシルの幹部であり、アーマードライダー“斬月”を装着する男だ。
初めて紘汰が“斬月”と邂逅したのは、“鎧武”となって間もない頃だ。
その時は、敵であった。
ヘルヘイムの森に、訳も分からず入り込んでしまった時、襲撃された。
“何故、襲うのか”
その問いに対して、
“理由のない悪意である”
と、斬月は述べている。
戦う覚悟もなく、アーマードライダーとして力を振るう紘汰と、理由も告げずに彼に襲い掛かる自らを、人類とヘルヘイムとの関係性になぞらえて、説いていた。
それから時が過ぎ、紘汰がオーバーロードを知るに至り、“アーク”以外の可能性に辿り着いた貴虎は、紘汰を信じた。
だが、二人の絆は、長くは続かなかった。
貴虎はユグドラシルの幹部であるが、同じ位の地位を持つ戦極凌馬以下、湊曜子、錠前ディーラー・シドがオーバーロードの事を知っていたのに対し、彼は、紘汰から初めて聞かされた。
何故か。
戦極凌馬は、オーバーロードの持つ力――ヘルヘイムの中でも、知性を保つ秘密に、人智を越えるヘルヘイムを更に凌駕する、神の領域を見ていた。
だが、貴虎は、神の力を手にしようとする凌馬には、興味を持たなかった。
貴虎にあったのは、人類の救済のみであった。
凌馬に失望を告げられ、彼は始末される事となった。
代わって“斬月”に変身したのが、弟の光実だ。
光実は凌馬たちに協力し、兄を蹴落とす側に回った。
そして、オーバーロードの助けを借りようとする紘汰を、兄以上に兄のように慕っていた彼を、ヘルヘイムの件から手を退かせようとした。
遂には、殺そうとさえ、してしまう。
紘汰が生命を懸けて初めて、彼の心に積もった黒い呪いが解けたのであった。
又、紘汰の戦いは、ユグドラシルやヘルヘイムばかりではなかった。
駆紋戒斗――
強き事を求めた彼との決着を最後に、紘汰は、この惑星へとやって来たのである。
『仮面ライダー鎧武』の自分なりの復習が、少々長くなってしまいました。