仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第六節 超人

席を立ったゾルの後に付いて、イワン、克己が、入り口の反対側の扉を潜った。

 

外から、このフロアに来るまでと同じような、剥き出しの岸壁――洞窟であった。

しかし、外から来る洞窟よりは、湿気が少ない。

冷たいが、乾いていた。

 

その地面を、一同の靴が叩いていた。

 

「ここ――」

 

ゾルが口を開いた。

 

「ここは、元は、日本軍の基地だったのですよ」

 

それは、先程も、克己が言っていた。

 

「外見――まぁ、外に出ていないのに、外見もありませんが――見た目は兎も角といて、目的だけは、果たしていたようでしてね」

「目的?」

「ええ。それは置いておくとして――終戦直前、我々が、もぬけの殻になっていたここを発見し、改装したのです」

「あの、壁に埋め込まれた機械もか?」

 

克己が、驚いた様子で聞いた。

 

日本にはないシステムであった。

それ所か、アメリカでさえ開発されていない、平成の世と比べても優秀なコンピュータが、基地には設けられていたのである。

 

「ええ」

「ほぅ……」

 

イワンが、歎息した。

 

「随分と、短い時間で、出来たのだな……」

「感歎せざるを得ません」

「あんたたちの事だろう?」

 

克己が言った。

 

「ナチスの残党が、終戦前に日本に来られたというのも、驚きだがな――」

「――ああ、いや」

 

ゾルが、克己の言葉を訂正する。

 

「我々と言っても、ナチスの事ではありません」

「む?」

「ショッカーですよ」

「ショッカー? だから、それは、ナチスの残党の事ではないのか?」

「いいえ、私を含むナチス残党は、彼らに吸収されたという形なのですよ。ショッカーは、元から、人類の陰に存在していたのです」

「人類の、陰?」

「ええ。我々――ナチスと言いましょうか、ナチスは、彼らに接触し、私や、他の将校たちを引き抜いて貰ったのです」

「――」

「“人狼計画”で、私だけが生き残り、そして、生き延びているという事も、彼らの技術に依る所が大きいのです。勿論、博士の力あっての事ですがね」

「――ショッカーとは」

 

イワンが訊く。

 

「何なのだね?」

「――」

「君たちの事ではない。君たちが接触したがった組織の事だ。それをショッカーと言うのであれば、ショッカーと呼ぼう。それ以外の呼び名があるのなら……」

「人間ですよ」

「――人間?」

 

イワンと克己が、顔を見合わせて、首を傾けた。

 

「人間の――影の部分、とでも、言って置きましょうか」

 

そうしていると、ゾルが、足を止めた。

 

突き当りであった。

やはり、扉が埋め込まれている。

 

ボタンを数度に渡って押した。

モールス信号で、開く扉だった。

 

広い空間であった。

 

天井が、一〇メートル位はある。ここまでやって来るのに、下り坂があった。

入り口から、向こう側まで、たっぷり五〇メートルはあるだろうか。

手前一〇メートル程度の所で、硝子で仕切られていた。

 

その硝子は、中心二〇メートルを四方から囲っていた。

空間の左右に、寝台が設けられているのが見える。

 

傍には、医療器具が設置された棚などがあった。

 

「病院……?」

 

と、克己が小さく呟いた。

 

「いいや」

 

イワンが、克己に言った。

 

「実験場だな、ここは……」

「実験場?」

「流石は博士――」

 

ゾルが満足げな顔であった。

 

「さて、カツミ。君の事です」

「――あんたたちの理想とした“人狼部隊”の完成に、イワン博士の頭脳が要るのは分かったよ。で、俺の肉体と、あんたは言ったが、どういう事だ?」

「簡単ですよ。私はね、貴方に“人狼”の――超人の役目を、求めているのです」

「超人?」

 

克己は、薄く笑った。

 

「莫迦な事を言うね、大佐」

「――」

「俺は、只の、武道しか取り柄のない小僧だぜ」

「知っているとも」

「そんな俺が、超人かい?」

「超人――と、言うには、些か普通過ぎるかもしれません。しかし、君の肉体は――そう、君の唯一の取り柄であるその肉体こそ、超人の因子となるべきものなのです」

「ほう⁉」

「先程、貴方は仰いました――」

 

“要するに、強化された肉体のみで、敵を制圧する部隊を作りたいって訳だ”

 

「別にね、それには、超人である必要はないのですよ」

「――」

「貴方のように、格闘技に優れていれば、それで良い……」

「――むぅ」

「例えば、カツミ。一〇人ずつで、戦争をする事にしましょう」

「――」

「大将を、互いに一人だけ選出して、その人物を殺せれば、勝ちです」

「――」

「武器は――ま、拳銃と刀剣、それ位でしょうかね。生物兵器……毒ガスや細菌などは禁止にしましょうか。勿論、原子爆弾もね。互いに、保持している武器の数や、大将の居場所を明かして、さぁ、戦争開始です」

「ふむ」

「そんな時、最も犠牲を出さずに、戦争を終わらせる手段とは何でしょうか」

「――すぐに、大将を、殺す事だろう」

「ええ」

「犠牲はその為だ。あちらの大将を殺したいが、こちらも大将は殺されそうになっている。だから、兵士同士で殺し合いが起こる。兵力を半分にするとして、攻めに行った者、大将を守る者、どちらにも、犠牲が出る……」

「その通り」

「犠牲を出来る限り少なくと言うのなら、攻めに行った事を気付かれず、相手の責めから大将を守らざるを得ない状況を回避する――」

「つまり?」

「暗殺だ」

「そう」

「敵の兵士に気付かれぬよう、敵将に接近し、悟られぬ間に抹殺する」

「素晴らしい」

「しかし、それが難しいから、犠牲が出るのではないか」

「毒ガスや細菌兵器を使えないのではね。しかし、その戦いは終わらせなくてはならない。どうしますか?」

「――」

「カツミ、君にならね、出来るのですよ……」

「俺に⁉」

「先程、言ったでしょう?」

「――暗殺か⁉」

「ええ」

「だが――」

「素手……」

「え?」

「カツミ、貴方が、仮に大将で、兵士たちに守られ、その上、機関銃で武装しているとして、裸の男を警戒しますか」

「――」

「その顔を見て、敵だと分かれば、即座に撃ち殺す事でしょう。しかし、見た事も聞いた事もない顔、或いは、知り合いの顔を真似ていたなら……」

「――」

「その男が、戦争に参加しているとは思わない貴方に、その男が親しげに話し掛けて来たなら――?」

「――ぬむ……」

 

克己が、息を漏らした。

 

「やれるな……」

「ええ」

「そいつが、友達の顔をしていれば、きっと、俺は言うだろうな。……“その男は俺の友人だ。銃を下ろしなさい。さぁ、こちらに来なさい”……と、でもね」

「貴方が兵士であってもそうですよ」

「あんな丸腰の男に、何が出来るか。仮に何かをやったとしても、大将とて武装しているのだ、何かあれば、自分で自分の事は守れよう――」

「そう考えるでしょうね」

「そういう事か」

「そういう事です」

「但し……」

「ええ、貴方の格闘技術が、余人よりも優れていれば、です」

「素手で、人を、殺せる技術を持っていれば――大将に警戒心を抱かせる事なく接近し、殺害する事が出来る――!」

 

克己が言った。

ゾルが、指を打ち鳴らした。

 

「私が、超人に求める事です……」

「素手である事が、即ち、武器である状態、か」

 

克己が、何度目とも知れない唸りを、漏らした。

 

肉体とは、そういう事か。

 

“人狼部隊”――

“人狼化現象”――

 

克己は、肉体のみを武器とする、シンプルなその計画を、自らの肉体に秘めながらも、全く思いも付かなかった。

 

と、そうしてゾルの話に唸っていたのだが、ふと、イワンの姿が見えない事に気付いた。

 

見れば、イワンは、入り口から少し離れた、寝台の傍にいる。

 

棚があった。

そこから、資料を取って、眺めている。

 

「イワン博士?」

「――ゾル、大佐」

 

イワンが、ゾルに呼び掛けた。

 

「ここは、本当に、日本軍の基地なのかね――」

「――」

「本当に、これが、日本で行なわれていた実験なのかね――⁉」

 

眼が、血走っていた。

何十、何百日と禁欲して来た男が、堪らない身体の女と出会った時のようであった。

 

「その通りです」

「これなら……」

 

イワンの手が、震えていた。

資料を持つ手だ。

歯が、かちかちと打ち鳴らされていた。

 

「ナターシャ……」

 

ぼつりと、妹の名前を呟いた。

それ切り、イワンは、黙ってしまった。

 

克己が、不思議そうにイワンを眺めていると、ゾルが克己の肩に手を置いた。

 

「カツミ、一つ、見せて欲しいものがあります」

「何だ?」

「君さ――」

「俺⁉」

「君の力を、私に見せて欲しい。――いや、あの方に、だ」

「あの方、と、いうのは、ショッカーの……」

「首領です」

「しかし、何をしろと?」

「イワン博士が驚いたものと、戦ってみせて欲しいのですよ」

 

ゾルが笑みを浮かべた。

 

ゾルは、克己とイワンを伴って、その空間の奥へと移動した。

そこには、今までのものよりも大きな、鉄の壁が設けられていた。

やはり、モールス信号を打ち込んで、鉄扉を開かせる。

 

と、扉の向こうには強化硝子が張られており、その向こうに、蠢く無数の影が見えた。

 

「これは⁉」

 

克己が声を上げた。

 

「この施設で実験されていた者たちです」

 

ゾルが説明した。

 

硝子の奥には、何十人もの人間が屯していた。

しかし、どの顔も、まともとは思えなかった。

 

白眼を剥き、涎を垂らし、失禁し――

その上、彼らの肉体は、何処かが歪であった。

 

腕が異様に太い。

足が異常に長い。

頭が、胸が、肩が、腰が――

獣のように四つん這いになっている方が、体勢が楽そうな者もいた。

見れば、爪や牙が生え、皮膚に鱗が浮いているものもあった。

 

「“人狼化現象”――?」

 

克己が言った。

 

「そちらは、我々が手を加えたものですが」

 

ゾルが答える。

 

「日本軍で開発途上であった、生体兵器です」

「何――?」

「我々と、同じような思想の下、造られた兵士ですよ」

「素手の……」

「ええ。そして、何より――」

「不死身……」

 

イワンが言った。

先程の資料を見て、実験の内容を知っているらしい。

 

「不死身⁉」

 

克己が声を上げる。

 

「どれだけ血を流そうと、鉛玉をぶち込まれようと、決して進軍をやめない兵士――」

 

ゾルが、遠くを見る眼で、硝子の向こうの彼らを眺めた。

 

「カツミ、彼らと戦い、君の力を証して欲しい」

 

ゾルが言った。


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