仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第五節 人狼

「ショッカー?」

 

どちらともなく、ゾルに対し、訊いていた。

 

「ええ。ショッカーです」

 

ゾルが頷いた。

それが、ゾルが、今現在、席を置いている組織であるらしい。

 

イワンをドイツから呼び寄せた、平和な世界を建設する為の組織――

 

「私を含む、多くの、ナチスの残党が、再起の為に組織致しました」

「ナチス?」

「ええ。と、言っても、過去のやり方を反省した上での事です」

「――で、我々の頭脳と肉体が、どう、役に立つというのだね?」

 

イワンが質問した。

 

「平和な新世界の建設と言うが、それは、どうやって行うんだ?」

 

克己も、ゾルに訊く。

 

「もう一度……」

「む⁉」

「もう一度、戦争を起こすのです」

「何だと⁉」

 

椅子から立ち上がり掛ける克己。

彼を手で制して、ゾルが言葉を続ける。

 

「但し、国と国のそれではありません」

「――」

「人類に対して、戦争を仕掛けるのです」

「人類?」

「自らの利権の為に、戦争を始めようとする、醜い人々ですよ……」

「――」

「そういう連中は、平和な世界には必要ありません」

「そのような人々を、抹殺する為の、戦争か」

「ええ。そういう意味で、人類に対しての戦争です」

「――だが」

「先程の言葉と、矛盾していると?」

 

ゾルが、克己の言葉を、先回りした。

 

克己は、眉を寄せながら、頷いた。

 

先程、共通の認識として、次の戦争は起こす事が難しいと言っている。

 

次の戦争は、確実に、原子爆弾――核兵器を使用したものになるからだ。

そうなると、自然環境は激しく壊され、つまり、人間の生存も難しくなる。

 

「ヘル・カツミ――」

 

ゾルが、低く笑った。

 

「戦争とは、何も、戦車で町を焼き払う事だけではありません」

「――」

「“人狼部隊”……」

 

ゾルが、ぽつりと漏らした。

イワンが、小さく反応する。

 

「博士は、勿論、ご存じでしょう」

「――ああ」

 

終戦間際――

 

追い詰められたドイツに於いて、市民たちで編成された、所謂ゲリラ部隊の事である。

夜陰に乗じ、ソ連軍に奇襲を掛けた。

戦果も、それなりに挙げていたらしい。

 

しかし、結局は、ソ連を挑発する結果となり、被害を増やす事になった。

 

「私は、あれを、率いていたのです」

「――そうか、君が……」

 

イワンが、感慨深そうに言った。

 

「“人狼計画”、最後の生き残りという訳か」

「人狼計画?」

 

克己が、イワンに訊ねる。

 

「薬物投与に依って、人間の身体能力を引き上げた兵士――所謂、“超人”を生み出す計画です」

 

ゾルが、イワンに代わって答えた。

 

正確には――と、イワンが引き継いだ。

自分のこめかみの辺りを、指で、叩いた。

 

「脳下垂体から分泌されるホルモンを調整し、肉体の一部を変質させるのだ」

「変質?」

「例えば、腕の筋量を増して腕力を、足を太くして脚力を、という風にです」

「その成功例の一つが、“人狼化現象”だったのだよ」

「人狼化?」

「爪と牙が生えて来たのさ」

 

にぃ、と、ゾルは唇を捲り上げてみせた。

その内側に、明らかに普通の人よりも長い犬歯が見えた。

 

「末端肥大症――と、呼ばれる症状がある」

 

ゾルが簡単に説明した。

 

普通よりも、身体の一部が大きくなったりする事だ。

巨人症――身体は以上に大きいが、心臓は平均的な大きさであるという、そんな症状も、存在する。

 

それらの多くは、脳下垂体ホルモンの分泌異常が原因で起こる。

 

その症状を人為的に、しかも、望む形に起こそうという実験がされた。

 

ナチス内でその計画を提唱するきっかけとなったのが、イワンの実験で得られた成果の一つであった。

 

「その、“人狼化現象”を起こした者たちが、“人狼部隊”となった訳か」

「――いいや」

 

ゾルが、克己の言葉を否定した。

 

「結果は失敗だった」

 

イワンが言う。

 

「失敗?」

「ホルモンの調整が巧くいかなくてね、拒絶反応を起こして、死んだ」

「――」

「それが、“人狼化現象”を起こした一三人のナチスの兵士の内、一〇人だ」

「確か、最初の変身で、理性がなくなった、と、聞いた」

 

と、イワンが言った。

 

「ええ、それで、共喰いを始めましてね」

「――」

「残りの三人も、内二人は、強化細胞に蝕まれてね。要するに、異常発達を起こした細胞だ。それの為に、死んだ」

「――」

「では、その最後の一人が」

「俺だ」

 

ゾルが言う。

 

「俺だけが、“人狼化現象”に耐えられたのだよ。肉体的にも、精神的にもね」

「――」

「そして、“人狼部隊”を率いて、ソヴィエトと戦った……」

「――」

「結果は、ご存じの通りだがね」

 

そこまで言って、ゾルは、一つ咳払いをした。

 

一人称が、“私”から“俺”になり、口調が些か砕けていた事に、気付いたらしい。

 

「ここまで言えば、博士には、お分りでしょう?」

 

ゾルが訊いた。

 

「――戦争が、町を焼き払うだけではないという事かね」

「ええ」

「ゲリラ戦――」

「――」

「いや、火薬や放射能を必要としない、最強の、超人部隊の事か……」

 

イワンが言った時、克己が、小さく眼を剥いた。

 

「超人――さっきも言っていたな」

「“人狼部隊”は、本来ならば、そうなる予定であったのですよ」

「さっき言っていた、“人狼計画”に依り、“人狼化現象”を起こした――言わば、“人狼兵士”で構成される部隊の事か」

「ええ」

「ゲリラ――成程な」

 

克己が唸った。

 

「あんた、凄い事を考えるな……」

「――」

「要するに、強化された肉体のみで、敵を制圧する部隊を作りたいって訳だ」

「――」

「一種の生体兵器とでも言うべきか……」

「そうなります。自然や、文化財を、一切破壊する事なく、定められたターゲットだけを、あらゆる障害を乗り越えて抹殺する、超人部隊です」

「――その完成の為に、私が必要なのだね」

 

イワンが呟く。

 

“人狼計画”を発案させたのは、イワンの実験を知った科学者である。

 

しかし、“人狼計画”そのものに、イワンは着手しなかった。

その頃に、ナターシャが死に、ナチスの実験から手を引こうと考えていたのであった。

 

「その通りです」

 

イワンの言葉を、肯定するゾル。

 

「その報酬が、貴方の妹さんです」

 

ゾルが告げた。

イワンの眉が動いた。

 

「いえ、勘違いをなさらないで頂きたい。唯、我々は、貴方の研究を援助するだけです。貴方の妹さんを生き返らせる研究を、お手伝いします、と、いう事です」

「――」

「その研究の為の場所を、提供します。必要なものは何でもお申し付け下さい。金と場所と資材の心配ならば要りません。但し、貴方の研究は、全て、私たちに明かして頂きたい――」

「――」

「それが、我々ショッカーと、イワン=タワノビッチ博士との契約です」

 

ゾルは言い終えた。

 

イワンは、暫くの間、黙っていた。

この提案を呑むべきかどうか、考えあぐねていた。

 

ゾルは言った。

 

金。

場所――つまりは、研究施設の事だ。研究の為の環境を充実させるという事であり、冷凍保存したナターシャの遺体の無事も保障してくれる。

資材。

 

それら全てを、イワンが望む通りに提供する。

 

しかし――

 

と、イワンが迷っていたのは、戦争を起こすとか、平和な世界とか、そういう事ではない。

イワンにとって、戦争も、平和も、関係がないものになっていた。

 

ナターシャ……

小さい頃から病弱だった、愛しい妹……

若くして死んだ最愛の子……

 

彼女を生き返らせる為なら、例え、悪魔に魂を売ろうと、構わなかった。

 

だが、それをやるのは、自分の役目であるという。

 

環境は、全て、受ける事が出来る。

その充実した中で、ナターシャを生き返らせる為の研究を、する。

 

それは良い。

それは良いが、しかし――

 

自分に、出来るのか、と、思ってしまう。

 

自分の生体技術は、少なくとも現在では、誰にも到達出来ないものだと思っている。

 

慢心ではない。

 

正直な所、“人狼計画”を完璧に仕上げる事は難しいにせよ、これから少しばかり研究を続ければ、ゾルや、ヒトラーが望んだ、紛れもない“人狼兵士”を作り出せる自信がある。

 

だが、ナターシャを蘇らせる事が、果たして、出来るのか⁉

 

そういう思いがある。

 

“人狼化現象”だ、何だと言っても、所詮は、生きている者に手を加える事だ。

 

ナターシャは、既に死んでいる。

死んだその肉体を、自分の思い出の通りに、再び動かす――否、その肉体に、再び動き出して貰うという事は、出来るであろうか。

 

その為の設備が充実していたとして、その為に自分の一生涯を捧げたとして――

 

「博士」

 

ゾルが、イワンを見ていた。

あの、真っ直ぐな眼だ。

今なら、彼に幻視した、黄金の狼の理由も分かる。

 

「勿論、我々とて、技術は提供させて頂きたい」

「――」

「そして、遺体を動かすというだけであるのなら、我々は既に成し遂げている――」

「何だと⁉」

 

イワンは、思わず、立ち上がっていた。

 

ゾルが、口元に笑みを張り付けていた。

 

「お見せ致しましょう」

 

つぃ、と、ゾルが視線を克己に移した。

 

「カツミ、私が君を求める理由は、向こうで話しましょう」


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