仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第四節 組織

浜名湖畔――

 

イワンは、克己と共に、静岡までやって来た。

 

富士を臨む、大きな湖である。

夏の陽光を浴びて、水面が煌めいていた。

その向こうに、そびえる巨山があるのである。

 

克己は、イワンを、目立たない場所にある洞窟まで案内した。

 

「ここは?」

 

イワンが訊いた。

 

「俺も、良く、分からないんですよ」

 

と、克己が言う。

 

克己は、イワンに連絡を取った者からの、使いであった。

 

しかし、浜名湖までイワンを連れて来るように言われてはいたが、それが何者であるかという事は、聞いていないようであった。

 

暫く、食事と寝床を提供するので、イワンを案内するように、言われたらしい。

 

二人が、洞窟の前に立った。

 

洞窟と言っても、人が二人、腰を屈めて入る位の入口であった。

背の高い克己とイワンであれば、通り難い事、この上なかった。

 

しかし、入り口を過ぎて少し行くと、広く削られていた。

人の手が、明らかに入っている。

 

入り口の方を、中から岩で防いでしまえば、洞窟がある事も分かるまい。

 

外は、暑い。

陽射しが、ぎらぎらと降り注いで来る。

 

しかし、洞窟の中は、ひんやりとしていた。

上から、水滴が落ちて来る場合もある。それらが、水溜りを作っていた。

 

「恐らく――」

 

と、克己が言った。

声が反響する。

 

「日本軍の基地でしょうね」

「基地?」

「ええ。完成する前に、終戦を迎えたようです」

「――そんな所に、何故、私は呼ばれたのだ……?」

「さぁ?」

 

そんな話をしている内に、突き当りにやって来た。

 

扉が設けられている。

鉄の扉だ。

 

克己は、扉の中心に設けられているボタンを、何回か、タイミングを分けて押した。

モールス信号であった。

 

 

と、打っている。

 

かつよし――

 

何らかの暗号であろうが、日本語だろうと、海外の言葉だろうと、その意味する所を、イワンは分からないでいた。

 

扉が開錠された。

横に開いた。

扉は、壁の内側に引っ込んで行った。

 

「ほぅ……」

 

イワンが、声を上げた。

 

鉄の扉の向こうには、白い電球に照らされた廊下が、あったのである。

床は、コンクリートであった。

壁は、赤い。

 

通路も、決して広くはなかった。

一本道である。

 

廊下を行くと、又、扉があった。

 

そこには、鷲が翼を広げた紋章が、大きく描かれていた。

 

取っ手や、スイッチの類はなかった。

 

「どうするのだ?」

 

イワンが訊く。

 

「確か、こうやるそうです」

 

克己が、鷲の紋章に、顔を近付けた。

 

鷲の胸の辺りに、孔が開いていた。

硝子がはめ込まれている。

 

そこに、右眼を近付けて行く。

 

と、ロックが解除された。

 

網膜で、克己の事を認証したのである。

 

すると、扉が、先程と同じように、横にスライドした。

 

克己、イワンの順で、足を踏み入れた。

 

そこは、壁中に、液晶やキーボード、種々のスイッチが埋め込まれた部屋であった。

ドアから続く形で階段が下に伸びている。

 

その階段を、視線で辿って行くと、下のフロアの中心に、テーブルが置いてあった。

 

椅子が、三基。

手前に二つだ。

 

奥にある一つの椅子の傍に、男が立っていた。

 

カーキ色の軍服を着た、左に眼帯をしている男だ。

イワンよりも少し若く、一〇代の克己よりは歳を重ねて良そうな男であった。

 

しかし、そこはかとなく、ダンディな雰囲気を持っている。

 

軍服の男は、軍靴を鳴らして足を揃え、深く礼をした。

 

「ようこそおいで下さいました、イワン=タワノビッチ博士――」

 

軍服の男は顔を上げた。

モンゴロイド系の顔立ちであった。

 

「バカラシン=イイノデビッチ=ゾル――と、申します」

「ゾル……」

 

イワンは、その名に、憶えがあった。

 

「閣下の……」

「ええ。若輩ながら、お傍付きをさせて頂いておりました」

 

言いながら、ゾルは、右手に持った鞭を振り上げた。

 

「これは、閣下より賜ったものです」

 

二人の言う閣下というのは、ナチス・ドイツの総統である、アドルフ=ヒトラーの事だ。

 

面識はなかったが、どちらも、ナチスに従軍している。

ゾルに至っては、若いながら、大佐の地位に就いていた。

 

「お会い出来て、光栄です、博士」

「――君が、私を、呼んだのかね?」

「いいえ。唯、私は、ヘル・カツミに、貴方をお連れするよう、依頼したのみです」

 

“ヘル”というのは、ドイツ語で、英語の“ミスター”に当たる言葉だ。

 

「あの方は、人前には滅多にお姿を見せません。ですが、我々の言動を、逐一、把握していらっしゃいます」

「――」

「先ずは、どうぞ、お掛け下さい。ヘル・カツミも」

 

ゾルが、二基の椅子を手で示した。

 

イワンが、階段を下りる。

その後に、克己が続いた。

 

ゾルから見て、イワンが左、克己が右に腰掛けた。

 

克己は、浅く足を組んで、背もたれには寄り掛からなかった。

 

二人が着席すると、ゾルも、椅子に座った。

 

「私を呼んだのは、何者なのかね」

「我々にとっては、閣下に代わられるお方です」

 

ゾルが言った。

 

「そして、ヘル・カツミ」

「む――」

「貴方にとっては、この国に代わられるお方ですよ」

「何?」

「博士、カツミ――」

 

と、ゾルが、イワンと克己に顔を向けた。

 

真っ直ぐな瞳であった。

そして、妙な貫禄を持っていた。

 

イワンも、その背の高さと、疲労の為ではあるが削げた頬や、炯々とした眼から、凄まじい圧力を感じさせる。

 

恐怖を煽る。

敵意を持って睨まれれば、気の弱い者なら、糞便を垂れ流すかもしれない。

 

だが、それとは違うパワーを、ゾルは眼の内に溜めていた。

 

紳士的でありながら、凶暴。

圧倒的でありながら、寂静。

 

例えるなら、それは、満ちた月を背負い、崖の上に孤独に佇む、金の毛皮を纏った狼だ。

 

そのようなエネルギーが、ゾルの視線から感じられた。

 

克己でさえ、息を呑む。

 

「単刀直入に言います。我々の同志となって頂きたい」

「同志⁉」

「我々――?」

 

イワンと克己が、少し、訝しげな顔をする。

 

「ええ」

 

ゾルは頷いた。

 

「世界に平和を齎すのですよ」

「平和だと?」

「はい。その為に、博士の技術と、カツミのような若者が、必要なのです」

「――」

「新世界の建設です」

「新世界?」

「ええ。その為の組織に、貴方がたが欲しい」

「組織?」

「博士、カツミ――」

 

ゾルが、二人に呼び掛けた。

 

「この戦争は、終わりました」

 

第二次世界大戦の事である。

 

「しかし、争いがなくなるという事はありません。きっと、すぐに、次の戦争が起こるでしょう」

「――」

「だろうな……」

 

イワンが頷いた。

 

「争いは人間の本能です」

 

ゾルが言う。

 

「人間の歴史は、戦争の歴史と言っても良い。どんなに小さなものであっても、戦争の火種は消える事がありませんよ」

「――」

「但し――」

「ああ」

 

と、イワンが、ゾルの言葉を代弁した。

 

「次の戦争は、起し難くなるだろう」

「――」

「原爆だ」

「原爆?」

 

克己が訊いた。

 

広島と長崎に落とされた、たった二発の爆弾である。

しかし、そのたった二発が、無数の人々の生命を、無慈悲に奪い取ったのだ。

 

国民皆兵を謳ったとは言え、実際には戦う力などなかったに等しい人々でさえ、核の炎を浴びる事となった。

 

「只の二発で戦争を終結させる兵器――欲しくない訳がない」

 

ゾルが言った。

 

「これからの兵器開発は、それが主になって来るでしょうね」

「原爆が⁉」

「それは、そうでしょう。人は、常に、より良いものを求めます。戦争――人を殺し、領知を占領するに当たって、あれ程優れたものはない……」

「だが、あれを使うという事は、環境を著しく汚染する事になる」

「環境を?」

「左様――」

「つまり、人類は、自らの頸を、自らの手で絞め上げる事になるでしょう」

 

ゾルが、自分の首筋に、手を這わせていた。

 

「それだけは、防がねばならない」

「――それで、“世界に平和を”、か」

「はい。醜い争いに明け暮れている世界中の人々に、心の平和を与え、仲良く新世界の建設に協力させる――博士、カツミ、貴方たちは、その使命を為すべく、選ばれたのです」

「――何故だね」

 

自らの言葉に、恍惚としているようなゾルに、イワンが訊ねた。

 

「何故、私……たち、なのだね?」

「その優れた、頭脳と、肉体故に――」

 

ゾルが、イワンと克己を、それぞれ眺めた。

 

「頭脳?」

「肉体?」

 

二人が首を傾げると、ゾルが、このように言った。

 

「お話ししましょう――我らショッカーの、世界平和の為の計画を」


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